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運動は日々欠かさぬほど愛好するようになったけど、勝敗を決するスポーツには全般的に縁遠い中、でもこれだけは見るよ!というのがアメリカンフットボール(NFL)。
![]() 先日その最終戦、スーパーボウルが開かれ、どうやったってオンタイムでは見られないから、全情報をシャットアウトして録画したものを見ましたが、いやー、良かったですな。 ただこっちもファンではあるけれど、細かな戦略や反則までは押さえきれていないので、一回ちゃんと、ルールやフォーメーションを知っておきたいよね。 ![]() つい先日まで連載していたと思しき『アイシールド21』(集英社)、これがアメフトマンガということで、連載開始当初、日本での知名度が極端に低いこのスポーツでよくやるな!とビックリした覚えがある。 でもこれって、ルールがしょっちゅう変わるから、描く方としては大変だよね。自分が見始めのころは、たしかタッチダウンが5点にトライフォーポイント(タッチダウン後のエクストラポイント)が2点じゃなかったかなぁ。 ここのところ、ちょいちょい『週刊ファミ通』(エンターブレイン)を購入して読んでいるけど、ゲーム業界の国際化はスゴイことになってるね。
![]() 各ソフトメーカーの代表者がそれぞれにインタビューに答えてるんだけど、やはりアクションゲームはインターナショナルな人気があって、RPGやキャラクターに特化したゲームは進出が難しい由。 人材の交流といった意味でも、単身、日本にやってきてゲーム作りに携わっている人がけっこうな人数でいる――など、そうした話は聞いていたけど、想像よりずっと早いペースでそうした流れが起きているんだな――と痛感する。 ![]() あとは日本ではそれほどの人気でなくても、海外ではものすごい認知度がある――とか。『メトロイド』がそうなんだってね! これはちょっと驚き。 あとは『ワンダと巨像』や『ICO(イコ)』も人気だとか。 ![]() 『ワンダ~』は、たった一人で巨大な敵に立ち向かうシステムがカッコよかったけど、ダークすぎる世界観がキツクて、またプレイ当時、けっこうこっちもヨレっていたから、そのダブルパンチがトラウマとなり、『ICO』はいまだにやっていない。 この数年と、本やマンガだけでなく、映画その他も全般的に趣味嗜好が大きく変化してるから、要素として愛嬌がないとキツクなったよね。 ![]() 着てる服の色も以前とはぜんぜん違うしね――って、何の関係があるんだと言われそうだけど、いや、これが案外、関係ありそうなんだよ。 大体、描いてる絵の色合いもこうでしょ。明度の高いぽわ~っと明るい色調に、もう自然になってしまう。 ![]() ゲームは好きだけれども、以前ほどやらなくなったのも、こうしたバックグラウンドの変化と無関係ではない気がする。 ただそれにしても、ドット絵のマリオを必死こいてやってた身からすると、色んな国にスタジオがあって、それでひとつのゲームを作っているというのだから、その移り変わりに驚くほかない。 (そういや以前、南仏からいらした方と会ったとき、「DSやってます」なんて自己紹介で言われたけど、「ソフトは何を?」って聞きそびれたなぁ。そのときの語学力では難しかったかもしれないけど、いまだに気になってるから・笑) 一巻からずーっと楽しみに見ている『∀ガンダム』。それが7巻まで来たところで、これはスゴイところに踏み込むな!と、感激しながら鑑賞。
![]() ところが、ガンダムシリーズに詳しい方に話を聞くと、オモシロイけど「ガンダムを見てる気がしない」由。たしかに、巨大ロボット同士の迫力の戦闘シーンといったものは、まあないよね。 こちらとしてはそれでいいし、また、そんな始終戦っていたら、本当に戦うべき相手と戦うとき、肝心なエネルギーがないでしょう――という思いもあるのだけど、こうなっちゃうと、もはや「好み」の問題だよな。 ![]() 同シリーズで言うと、『機動武闘伝Gガンダム』と『∀ガンダム』の二作がベストだから、いわゆる正規のファンとは違った立ち位置みたい。 そういうことで言うと、パロディの元ネタをわかんないといけない――というヘンな使命感から、古いほうに遡って作品を見ていったとき、『宇宙戦艦ヤマト』がビシッと来たんだよね。 ![]() たしか、ファーストガンダムを全部見て、その後にヤマトに行ったんだけど、これだ!という感じがあったから。 先日、その新作も劇場に見に行って、自分ではそれほど熱い想いはないだろう――と思っていたのに、オープニングの曲で完全にヤラれてたもんな(笑)。鳥肌が立ったのには、自分でもビックリ。 ![]() 脚本の完成度とか、そういった意味ではもっと優れた映画はいくらでもあるんだろうけど、見終わった後に、「見てよかった」感が久々にあったので、それがなぜなのか、ずーっと気になってる。 いま、フランス映画をやたら見てて、そりゃレイアウトとかで感激したりもするんだけど、どうやら「見てよかった」というのは、全く別の次元の満足度みたい。 ![]() これが「映画館に行ったかどうか」の違いなのかなぁ。上映してる場所に行くのに一時間以上かかる――という時点で、気軽に「映画でも見る?」といった感じではないから、その分の労力を脳内で補正してるのだろうか。 それで言うと、同じ場所で見た、『ポニョ』と『スカイクロラ』にもそういった感興はあっていいはずだよね。そうした違いが何に起因するのか、自分の中でも分からなくてモヤモヤしてる。 ![]() 色々の必要性プラス、いよいよ本式にやるぞ――ということで、比較的自由に、けっこうな数の仏書を借覧できるようになった。
![]() これで、気にはなっていたけど――といったものを原書で読めるようになったのは本当に有難い。 そうして手に取った一冊が、フロベールの『紋切型辞典』。気になったところを拾い読みするぐらいだけど、「権利」の項に、「よく知らない」なんてあったりするのがおかしい。 ![]() まあ、筒井康隆氏の『乱調文学大辞典』は、更にこれのパロディなんだろうな。いまだに覚えてる項目は、「マズルカ:マズらない」。 そうした仏書をたくさん読ませてくれる場所でも、さすがに辞書・事典のたぐいは禁帯出の由。ただそれ以外の、雑誌・新聞・DVD・BD(ブルーレイじゃなくてバンド・デシネ)はオールオッケーなので、これを機会にかたっぱしから目を通すぞー。 ![]() (でも聞いたら、そうした本式の場所でも、蔵書を利用する人は殆どいないそうな。なんともったいない(T-T)!) ここのところ、寝る寸前に各種マンガを読み返していると、「絵描きスイッチ」が入るようで、連日水彩をやってるなぁ。今回は『ももんち』に出てきた「われながらなさけなし」のワンカット。
![]() 相変わらず塗りは雑だけど、おおっ、これは今までで一番いいか?! 特に肌色はうまくいったような。 これもほぼ下書きなしだし、寝る前の朦朧とした意識の方が、絵を描くには適しているのだろうか。 ![]() (最初にやったこの「ナウシカ」から比べると、ずーっと簡単に着彩できるようになったな。あとはムラにならないよう、丁寧に塗ることか。 今までの完成度一位はこれだったけれど、下書き→用紙全体に水張り→下塗り→乾燥の度合いにあわせディティールを着彩というのが面倒で、それでしばらく水彩は止したんだよね) ![]() (今は鉛筆書きに直に色を塗るだけだから早いのなんの。透明水彩の絵具は、パレットに残しておいて、使うときに水で溶けばいい――と分かったのも大きかったなー) ちょっと前に、小さい頃に読んで(もらって)いたはずの童話をちっとも覚えてないな――なんて話をしたところ、でもこれだけは強烈に覚えてる!というのが、『おかえし』。
![]() いちごをもらったからお隣さんにおすそ分けしなきゃ――みたいなところから、ちょっとした「おかえし合戦」になるというもの。 先日、フッと思い立って中身を確認したら、やはりその「おかえしのおかえし」の過剰さにブッ飛んだ次第。やはりこれはスゴイ話だった。 ![]() あとはこれは具体的に何――というのではないのだけど、童話で覚えてるのは兄弟のエピソードか。 『長靴を履いたネコ』でもなんでもいいんだけど、兄弟のうち、必ず兄がヘマって、弟がヒーローになるという展開が、子供心にどうにも釈然としなかった。 ![]() ひとつならともかく、「おはなしのかい」ごとにそうしたエピソードを聞くと、なんだかお前はダメだと言われてるみたいでヤだなぁ――と、けっこう長いこと思ってたよね。 でも実際、その物語類型ってなんなんだろう。小学生ぐらいでジュブナイル版『古事記』を読んだときも、イナバの白うさぎのくだりで、同様のエピソードがあったから、洋の東西を問わないのだろうか。 ![]() (そうしたあたり、ウラジミール・プロップの本を読んだら分かるのかな――と思ったところ、予想以上にハードな記述で、こりゃいかんと。 せっかく話題に出したから、未見だった『長靴をはいたネコ』の劇場版、見てみようかな) 「pad」がつく例のアレの話でなく、本当に「カード」と「ノート」の話。メモのつけ方ですな。
![]() 「学魔」高山宏が助手時代、閉架書庫にあった五万冊の蔵書をカード目録化した――というエピソードは有名で、それがあったからというわけじゃないんだけど、「カード」にメモするということは一切してこなかった。 だから基本はいつも「ノート」だったんだけど、これが案外、あとあと確認することを考えると、おっくうなんだよね。「どこに何を書いてたかな~」というのを探すのが、けっこうな手間。 ![]() 使えそうな表現をまとめたフランス語ノートも、そうやってつけていった結果、二冊目が終わったぐらいのところで、殆ど読み返してないことに気づく。やっぱり面倒だったんだね。 ちょうど色んなところで「カード」の話を聞いていたことだし、一念発起して「カード式」に切り替えたところ、これが便利(笑)。表現の「順列組み合わせ」がメチャ簡単。 ![]() 「記録」するだけならノートでいいけど、「使う」ことを考えた場合、圧倒的にカードタイプが有利なんだなぁ――と。 まあこれも程度問題で、まだ始めたばかりだから10枚20枚で済んでいるけど、これが三桁を超したあたりからエライことになるな(笑)。 ![]() (でまた、カードはひとつの表現につき一枚ずつ作るから、ペースが早ぇのなんの) 『とめはねっ!』読みたさにスピリッツに目を通すと、おおっ! 冬目景(とおめけい)氏の新連載『マホロミ』が載ってる! すげー。
![]() つい興が乗って、建築部品マニア(!)の女の子・卯(あきら)を描いてみる。いつもそーなんだけど、やっぱ元の絵に比べて目が小っちゃくなるね。 あとは全・茶色な塗りは模写のしようがないです(笑)。パレットで混色してるときから、色を作るにもイメージができない――と思っていたら、こんなボホァ~っとした色合いに。 ![]() それにしても、冬目氏はよほど茶色がお好きなのだろう。使う色彩が渋いよね。彩度の高い、パーッと明るい塗りは滅多に見ない。 ただこの色彩が、「和服」になるとビシッと決まるんだよねー。氏のファンになったのは最近だけど、必ず和服姿の日本女性が登場するから(笑)、よほどそちらの志向が強いのだろう。 ![]() (色彩の感覚は生まれつきだというけれど、やっぱりこういう明るい色合いの方が、イメージもしやすい。ボトムスは絵具がなくなって、違う色になっちゃったけど) 週に一回は水彩をやろう――ということで、今回のテーマは『友達100人できるかな』に登場する女子のリーダー「山本さん」。
![]() 終わってから気づいたんだけど、先日のアコニーと比べて、色が思いっきり淡くなったなー。 アコニーの方は、4Bの鉛筆でガシガシ線を入れていって、全体の比率としても線の総量が違うから、そういうことでも違いが出たかな。 ![]() あとは顔ではどのあたりが影になるのか、やっぱり「こんな感じ?」というアヤフヤモードで塗っている。ま、顔だけじゃないんだけど。 今後は絵を見るにしても観察するにしても、そこをテーマとしよう。 ![]() 最悪ダジャレからスタートだけれども、昔の「手紙」って、どういう風にして届いてたんだろう。
![]() みなもと太郎氏の『風雲児たち 幕末編』もいよいよ動乱期に入ってきて、各地の志士たちが情報交換するんだけど、そうした手紙(書簡)が日本中を飛び廻っていた由。 でもそれって、どうやって出すの?というのが長年の疑問。だって街角にポストがあるわけじゃないでしょう。今回の16巻で、「飛脚屋」というものがあるのは分かったけれど。 ![]() いまなら、郵便番号と宛名を書いて、ハガキなら50円、封書なら80円の切手を貼って、その上でポストに入れれば届くけれども、こういったシステム的な部分を江戸時代はどうしていたのか。 江戸時代だけじゃないけど、オランダのフェルメールなんて、その絵画の多くに手紙を読む女性像が描かれている。あれがたしか16世紀じゃなかったか。 ![]() 以前、歴史家・阿部謹也氏の著作を読んでいたら、当時のヨーロッパは始終戦争をやってるから、配達途上で手紙が紛失することもしばしば――だから必ず、手紙を出すときは全く同じ「写し」を取っていたと。 なるほどなぁ――と思って、一時期それに近いことをしていたけど、一日一通に近いペースで手紙を出すようになると、とてものことその作業が面倒くさくってやりきれない。 ![]() ただそれも、手紙を出す上での当時の「マナー」みたいなもので、「出し方」については書かれていなかった。 京都の西郷隆盛から江戸(東京)の誰それへ――って、日にちはともかく、いくらぐらいの値段でそういう仕事を請け負っていたのか。 ![]() 当時はそれしか情報伝達の手段がないのだから、案外、簡単な書式と安価な手数料で利用できたのかなぁ。こういうのって、博物館あたりに行くと、教えてくれるもんなんだろうか。
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