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デザインの「両極端」をおさえよう!『デザインの次に来るもの』

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(「UX」という言葉を目にしない日はない、というくらい快進撃を続けるユーザー・エクスペリエンス。それと並行して「デザインの考え方がビジネス全体に使えるじゃないか!」と、デザインを取り入れた手法についてもよく耳にするようになった。で、そんな流れに棹さすのが本書。クロスメディアパブリッシングから税込1,814円で発売中)

信頼するビジネスパーソンの安西洋之さんが、デザインマネジメントを専門とする八重樫文(かずお)さんと共著を出された。それがこの『デザインの次に来るもの』。

どんな本でも、まずザックリ目を通し、その上で気になったところを再読するのだけど、発売直後でもあるし、「ザックリ」の段階で一度感想など( ´ ▽ ` )ノ

「UX+デザイン」が流行り言葉になっているけど、その肝心のところが浸透する前に、流行りだけで終わってしまってはマズイ!というスタンスから記された由。

実際、UXやデザインの考え方には学ぶことが多けいけど、何か「捉えどころのない」印象も持っていた。役には立つけど熱中するほどではない、みたいな。

このモヤモヤの理由はどこにあるのかなぁ、と自分でも訝しんでいたけど、それは「真逆のベクトル」が不足していたからみたい。

プラスがあればマイナスがあるように、片方だけ取り扱っているとモヤーン感が出てしまうのは世の習い。UXやデザインの発想が「ユーザーの行動を観察し」「現状を改善する」ことに有効だとすれば、当然その逆もあるだろう、と。

新しい発想を作るため、自分をスタート地点にして少人数でアイディアを育てる、そういうスタンスが本書で紹介されている。たしかに、よく聞くUXの捉え方とは真反対だなぁ。

重要なのは、「どっちのベクトルも大事だよ」ということ。実数と虚数のようにーーと付け焼き刃の数学の言葉を使ってみる^_^ーー両極端をおさえることが、物事の捉え方に広がりを出すよね、という。

「意味のイノベーション」という言葉がキーワードとして扱われていて、ロウソクを例えにナルホド、というスタンスが紹介されていたけど、それと並んで「メタファー」という言葉が心に残ったな。

アンガス・フレッチャーの『アレゴリー』が邦訳されるという話が頭にあったせいか、類語として記憶してる「メタファー」が活性化したのかも。

でもその実、「メタファーってどんなもの?」と言われると、そういやよく知らない、いや、全然知らないな、なんて。

この辺の言葉は、自分にとって、アイロニー、サタイア、サーカズムという言葉が今ひとつ腑に落ちてないのと共通してる。ホメ言葉だと思って返答してたら、今のはサーカズムだ、というのが度々ある。

『デザインの次に来るもの』は決して安直な回答を出すものではないし、「◯◯をやれば売上倍増!」みたいな本だったらそもそも手に取らないし(^∇^)。

で、読んでると頭の中に、「それはどう?」とか、「こういう人はいないかな?」とか、「そもそもメタファーってなんだっけ」と色んな「問い」が浮かんでくる。

それについての後日談はまたのちほど、ということにして、まずはOEDでメタファーを調べてみたいと思います( ´ ▽ ` )ノ
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# by ulyssesjoycean | 2017-04-28 18:16 | Comments(0)

山本さほ『無慈悲な8bit』、今年も再読マンガ一位か?!

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(『岡崎に捧ぐ』でホントにマンガ家になった山本さほさん。ゲームが好きすぎる度合いと、この脱力した絵柄がたまらない。模写したけれど、「最初からこういうの描いて」と言われても出てこないだろうなー。ファミ通での連載をまとめたゲームエッセイ『無慈悲な8bit』は1〜2巻がKADOKAWAから税抜き694円で発売中)

この脱力感がスゴイ! そして、ゲーム好きというまとめ方でいいのか?!というくらい「どうかしてる」ゲーム愛でいっぱいの山本さほさん。

マンガ自体おもしろいけど、なかなかここまでデフォルメした絵が自分には描けない! そう思ってたけど、初めて模写にチャレンジしたら、スラッと描けましたヽ(´▽`)/
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1話が見開き2ページで、好きなところから読み始めて好きなところでやめる感じ。寝る前やお風呂の読書にいいかも。

1巻は2016年で1番読み返した本になったけど、このペースで行くと2巻も今年、1番読み返すマンガになりそうだなー。
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# by ulyssesjoycean | 2017-04-27 18:01 | Comments(0)

こんな人がいたのか!ドイツ語の橋本文夫さん

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(哲学思想にドップリ、ちょいちょい出てくる専門用語も「たぶん元はドイツ語のアレだろう」とアタリが付く程度にはなんとかなる。参考書も良さそうなのを拾い読みしたものの、申し訳ないことにこの橋本文夫さんのことは印象になかった。どうもトンデモナイ人だったらしいと分かり、その著作にも触れてみたくなった。ドイツ語の文法典も複数編まれているようで、大冊は14,000円弱で現在も三修社から発売されてる様子)

新聞雑誌、ニュース程度であれば聞いたり読んだりはどうにかなるドイツ語。当初は完全にやる気なかったはずが、ミヒャエル・エンデの作品に感激したおかげで多少は身についたよう。

最近は思うところあって思想関係にも触れるけど、そんな中で「ドイツ語学の巨人・橋本文夫」の存在を知る。

ドイツ語関係というと、「関口存男」という名前は方々で目にするので、そちらの名前は覚えていたり、また種村季弘さんがドイツ滞在時に唯一それだけは持って行っていたという相良ナントカさんのドイツ語辞典も見知ってはいた。

ただ、関口ナニオさんで、相良ダレさんなのかをパッと言えないあたり、チェックはしたけど自分にはシックリ来なかったのが思い出される。橋本文夫さんも、そうした中で通り過ぎてしまったのかな。

ーーところが、思想関連の「訳者あとがき」を読んでいたら、この橋本文夫さんへの賛辞が尋常でない。戦前の中・高等教育で飛び級だった、というのもスゴイけど、単なる頭いい人というのを遥かに超えたスケールあった人のよう。

というか、そんな雰囲気で訳者あとがきに記載されてるので、嫌でも気になってしまう(^∇^)。また、それぐらい人を引き込む力を持っていた人物だったみたい。

フランス語はそこまで困らなくなったけど、ドイツ語で思想系の本を手に取るまではいかない。手に入れるのが簡単でない、という話もあるけど。

せっかくの機会だし、もうちょいドイツ語に深入りしてみようかな、と、変に殊勝な心がけを起こしてみたり。別に哲学やらなくても、ミヒャエル・エンデをもう一度オリジナルで読んだっていいわけだからナー。
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# by ulyssesjoycean | 2017-04-25 18:01 | Comments(0)

テツガクシソー的には19世紀が百花繚乱?

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(1920〜30年代は、ヨーロッパ文学の大豊作。それまでとまるで違う作品がドシドシ出てきたけど、そこに入れ込み過ぎた反動か、「それ以前」にまるで興味が持てなかった。ところが哲学とか思想系の分野では際立った時代みたい。J・S・ミルさんなんかその典型。みすず書房から出てるこの自伝は超面白かったし。税抜き2,800円で発売中。岩波文庫版に思い入れある人もいるみたいだけど、この新訳もすばらしかった)

なんの因果か、ヨーロッパの言葉に馴染みが出来たおかげで、テツガクとかシソーと呼ばれるジャンルが一番面白くなってしまった。

「オリジナルにあたるのが大事」とは知っていたけど、思想、つまり「ものの考え方」となると、それを考えた人と、その人を取り巻く時代背景を知っておいた方が何かと入りやすいーー

実際、懐疑主義という画数の多い分野の代表選手と言われるヒュームさんも、アダム・スミスの友人だったり、大変気さくな人柄だとか、自分の発見に対する気負いと覚悟とか、調べるにつれ「共感」のようなものが芽生える。

案外、エピソード的な部分を押さえると距離が近くなるな、と気づいて以来、哲学者や思想家と呼ばれる人のものほど、周辺の話題から入るようになった。

で、調べてみると、19世紀終わり頃は哲学や思想の分野が大豊作だったみたい。その時代の文学作品はどれも重たくてやりきれないと思ってきたけど、思想関係ではこの時代に充実を見た様子。

むしろ、その影響が1920〜30年代の斬新な文学作品に花開いたのかな、とかとか。なんだっけ、ウォルター・ペイターの『ルネサンス』なんか、「青年の書」としてバイブル的な位置にあったらしい。

当時は、十万歳のあの方とは違う意味の世紀末だから、色んな価値観が混乱してたみたい。科学がグングン進歩する、共産主義が良いのか悪いのか分からないものとして広まる、ヨーロッパの屋台骨のキリスト教も流石にほころびが見える、ニーチェさんはそれに輪をかけて過激なことを言う、とかとか。

そんな中で、各自がなんとか自分なりの足場を作ろうとして必死に取り組んでた、という雰囲気を、その時代の思想なり哲学なりから感じるな。「やらずにいられない」みたいな。

ちょうどその頃は日本も明治から数十年経過したタイミングで、牧野伸顕さんの『回顧録』に出てくる人名が、ハイデガーの伝記で見たことのある名前だったりする。

バルザックの『人間喜劇』だと、あっちの作品に出てきた誰それさんが、こっちの作品にも顔を出すとか、そんな手塚治虫さん的な仕掛けあるけど、その歴史版みたいな感じか。

ジグソーパズル感覚で段々とピースが揃ってきてしまい、いやでも残りの部分が気になる、なんていうのが今の状況(^∇^)。

ただモンダイは、この時代の著作はどれもトンデモナイ分量なので、気軽に「オリジナル」に手が出せないことかな。J・S・ミルさんなんか、ある意味いまだに現代の制度に骨格を残してるけど、全集が30数巻だかあるそうな。
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# by ulyssesjoycean | 2017-04-23 12:12 | Comments(0)

この人が気になる! ドイツを統一した宰相ビスマルク

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(ドイツといえば哲学とクラシック音楽、『風立ちぬ』で技術者憧れの的になっていた工業国、明治時代に森鴎外が当時の最先端医学を身につけるため留学した場所、あるいは地方自治のモデル国ーーでもこうした良いイメージは割と最近のものみたい。で、「それ以前」と「それ以後」のドイツを作ったのがこのビスマルクさんだとか)

このところ思想や哲学ばかりに触れているので、自然とその誕生の地、ドイツにも「どんな国だったのかな」という興味が湧いてきた。

というのも、18世紀くらいまでダメダメな状況だったらしく、マルクスやエンゲルスの登場もそうした背景があったらしい。

ドイツは日本より国土面積は小さいのに、そこに300以上の「領邦」という小国がずらっとあって、まとまってるフランスやイギリスに太刀打ちできない、そんな事情があったらしい。

日本だって現在、47都道府県なのに、それより狭いところに「国」が300あったのではさぞかし大変だ、という。エンゲルスさんは大体過激だけれども、当時のドイツを描いたものはそう誇張でもなかったそう。

で、18世紀終わりにフランス革命が起こって、当時のドイツというのか、各領邦でイジケていた青年たちは歓喜した由。すごい! ダメだダメだと思っていたけど、人間にはこんなことができるんだ!的な。

哲学者のヘーゲルさんもそうした1人だったらしく、バスチーチ陥落の日(ということはつまりパリ祭の日か)には必ず祝杯をあげていたんだって。それもずっと。

ーーで、そうした状況が大きく変わったのが、また変えたのがプロシアのビスマルクさんだという。変えたといっても、300以上のをどうやってまとめたのか、スティーブ・ジョブズばりの無理難題を吹っかけたんだろうか。

ジョブズの伝記など読むと、24時間365日一緒に居たいタイプの人ではないけど、一方で何かをまとめて一丸になって推進する時には、こういう「鬼軍曹」みたいな人が必要なんだよな、とも思う。

実際、ただの鬼軍曹ではなく、やはりどこかに人間的な魅力があるのもジョブズさんだったとか。そうだなぁ、夏目漱石も具合悪くなると猛烈な怒り方をしたそうだけど、お弟子さん達からあれだけ好かれてるわけだし。

といった延長で、ビスマルクさんが気になってる次第。しかもこの人、王様ではなくて宰相ということだから、その意味でも気になる。まあ、王様より大臣的なスタンスの方が動きやすい面もあるだろう。

幸い、世界史の教科書にも載ってるくらいの人だから、調べるのに資料がなくて困る、ということはなさそうだ(^∇^)。マラン・メルセンヌさんなんか気軽に調べられないもの( ´ ▽ ` )ノ
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# by ulyssesjoycean | 2017-04-20 18:17 | Comments(0)

高山宏セレクション、フレッチャー『アレゴリー』は4/29発売予定!

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(ロザリー・コリーの『パラドクシア・エピデミカ』と並び、前々から名著と名前の上がっていたアンガス・フレッチャーの『アレゴリー』。白水社のPR誌を読んでて、おおついに!と思っちゃった。4/29日に白水社から税込8,208円にて発売予定)

白水社の「高山宏セレクション」、次は『アレゴリー』みたい。ロザリー・コリーとほとんどセットで語られてた印象あるので、感慨深いものが。

表紙の絵柄、オディオン・ルドンだと思うけど、これ、アレゴリーとどういう関係にあるのだろう。押見修造さんのマンガ『惡の華』にもドドーンとモチーフとして使われてたけど、ルドンのこと、そういえばサッパリ知らない。

本体そのものは勿論として、「訳者あとがき」を楽しみにしてるんだけど、担当した伊藤誓さんはどんな文章を綴るのかな。すでにフレッチャー作品は複数手掛けてるけど、刊行する今、どんなことを感じてらっしゃるのか。

なんにしても、今月末には店頭に並ぶのだろうから、原書も相当なボリュームだったけど、翻訳書もどんな迫力なのか眺めてみたいところ( ´ ▽ ` )ノ

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# by ulyssesjoycean | 2017-04-16 12:04 | Comments(0)

食えないオジサン、エドマンド・ウィルソン

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(今に至るまで愛読してる、アメリカの批評家エドマンド・ウィルソン。雑誌『ニューヨーカー』の書評委員を務めたり、多種多様な分野で活動ーーでもやっぱり文学系の作品集が一番好きかな。なんとも食えないオジサンという雰囲気を感じる)

その都度愛読する作品は変わるけれど、一番長いこと読み続けているのは、結局エドマンド・ウィルソンかもしれない。

一時期ヘンリー・ミラーのエッセイが面白いとか、エズラ・パウンドの散文に入れ込んだけど、ウィルソンほど愛読する期間は長くなかった。今でも好きではあるけど。

たまたま上の3人がアメリカ人だけど、ヨーロッパ的な教養を身につけ、語学的にも多文化な視点を盛り込んでる懐深さが一味ちがう、という印象を残す。

ウィルソンさんは時に激しい口調もあるけど、なんだか食えないオヤジというか、どこか愛嬌がある。呉智英さんも、著作中には激烈な調子もあるけど、最終的な愛嬌の部分でイヤミにならない。

そんなわけで、ウィルソンさんも、数こそ多くないけどインタビューの書き起こしなんかで、「しょうがねえな」みたいな部分が見え隠れ。

ご本人、還暦を過ぎたあたりのインタビューで、「下あごに歯なんてないんですから」と言いつつ、それにしてはお元気そうに見えますがという記者の言葉に対し、「そりゃ飲み物があれば話は違いますよ」なんてくだりがオカシイ。

自分と同じウィルソンファンはちょこちょこいるようで、誰だったか、エドマンド・ウィルソンが推理小説を認めなかったから、長いこと推理小説に手を出さなかったミステリー作家がいた気がするけど、あれは誰だったかな。

ウィルソンさんの何が、というと、とにかくその英語が良い、ということなんだろう。メチャメチャ簡単に読める、とは言わないけど、簡潔明瞭な英文使いとして理想の1人。

ただ作品数も多いぶん、全著作が良いとは言えないかな。ジャンルもさまざまだから、読者的にも関心の濃淡がある。戯曲はいまだに手に取る気にならない。

また原文でこれだけ親しんでしまうと、日本語でウィルソンの著作に触れようという気がなかなか起こらない。ウィルソンの評論集が志ある版元から出版されたのは知っていても、買ってしまうのはいつもオリジナル^_^。

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# by ulyssesjoycean | 2017-04-12 18:02 | Comments(0)

「ルールをつくる」のが「自己防衛」? なぜなぜ心理学

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(必要に迫られた方面以外だと、学びの中心は全く心理学ばかり。でも昔の心理学とは違って、モバイルユーザーの行動やUX方面でも有効とわかった結果、いろんな分野の「橋渡し」を心理学が担ってる気がする。あまり注目してなかった[申し訳なし]この図解雑学のシリーズ、良い試みをしてるものが多く、最近頻繁に目を通すなー)

ホームページのデザインから商品購入までの流れなど、テクノロジーや経済の方面から再注目という雰囲気の「心理学」。従来の心理学もアドラーがグッと存在感を増すなど、アプローチしやすい分野かもしれない。

で、ちょこちょこ目に付いたものを拾い読むうち、「おやっ?」と思ったのが、「自己防衛」と「自分ルール」の関係。

「話し下手」というのは、自らを守ろうとする意識の表れ、だからこそ話す前には色んなルールで自分をがんじがらめにしてしまうのですーーなんてことが書いてあった。

そーなんだと思って読み進めるうち、あれ、と思ったのは、「『ルールを作る』ことがなんで『自分を守る』ことになるの?」という。

そりゃ人前での話がスベればツライけど、そうならないように防御姿勢を固めるのと、「あれをしてはいけない、これをしなくてはいけない」というルールづくりに、どんな関係があるのだろう。

ルールというとトランプやスポーツを思い出すから、むしろ「決まりごと」「セオリー」「一定のと手順」とすべきかな。それでも「一定の手順を踏む」のが「防御になる」とは飲み込みにくい。

というより、「ルールなし」が不安、もしくはストレス、というのはありそう。スポーツ選手がよくやる「ルーチン」(バッターボックスに入った時に行う一連の動作)もそうだし、ある意味「厄除け祈願」なんてのも「然るべき手順」がある。

人間は偶然の出来事でも「関係している」と思う性質あるそうだから、「やったことAと結果Bが関係している」と思えると安心するのかな。

で、そのルールが何かの事情で破られると、ものすごく困惑する、とかとか。近年モンダイになってるあれこれも、もとをただすと「自分のルールが破られた」ことに発してるのかもしれない。

そう考えるとつじつまが合うというか、ルールを守ること=自分を守る、だとすれば、ルールが守れなかった=自分を守れない、大変だ、というのは志の輔師匠ばりにガッテンがいく。

結局、遊ぶことも、実質「ルールをどう設定するか」が大事だからなぁ。だからこそイカサマは禁じられてるし、そこまで行かなくても「反則」とスポーツは不即不離の関係。

じゃ、結局ルールってなんだ、ということになるんだけど、こんなの教えてくれるものはあるのかね。ホイジンガの『ホモ・ルーデンス』は翻訳も素晴らしかったので、この機会に再読するかな。

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# by ulyssesjoycean | 2017-04-09 12:06 | Comments(0)

『坑夫』は夏目漱石の『麻雀放浪記』だったのか

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(色川武大/阿佐田哲也作品と文章の雰囲気がソックリだーーと思って何気なく読み始めた、夏目漱石の『坑夫』。読み進むにつれ、『麻雀放浪記』はこの系譜を継いでるんだとわかって嬉しい。麻雀放浪記は小説もいいけど、真田広之さん主演の映画も傑作)

『坑夫』というタイトルなので、鉱山の話が中心なのかと思ったら、半分読んだあたりでやっと山に到着。まだ山に入るところまで行かないので、これは予想とだいぶ違うなぁ。

ただ半分読んだところで確信したのは、夏目漱石の『坑夫』は、色川武大さんが韋編三絶、再三再読ーー言い方はなんでも良いけれど、とにかく愛読していた作品に違いない。

そんな証拠はどこにもないんだけど(^∇^)、読み進めるうちに、『麻雀放浪記』の背景が、『坑夫』のなかに読み取れてくる。

色川武大さんが夏目漱石のこの作品を愛読してたか、具体的な記述は覚えてないものの、「山が嫌いである」旨はどこかに書かれていた。あの存在感と圧迫感がよくない、とかとか。

『坑夫』前半は「山小説」という雰囲気だし(*そんなジャンルがあるか知らないけど)、実際、「自然の神秘!」みたいな書き方ではない。一種「得体の知れない」存在として山が描かれてる。

フーンと思って読み進めるうちに、思いつめた勢いとちょっとした成り行きで山へ行くことになった青年が、先輩坑夫の皆さんが集う場所へ入っていく雰囲気でーーあ、これは「坊や哲」だ、と。

『麻雀放浪記』でも、育ちのいい青年が、グレた挙句に混乱期のドサクサまぎれでバクチ打ちになっていくわけで、先輩バクチ打ちに混じっていく空気感がビックリするくらいよく似てる。

色川さんは博識博読というより、『旧約聖書』とか、気に入ったものだけを繰り返し繰り返し読むタイプだろうから、きっと『坑夫』は念頭にあったろうなぁ。

また、色川さんの作品はどれも自伝的な雰囲気だから、『坑夫』の名前もわからない主人公に激しく感情移入した気もするな。まあ、そういうショーコはないんだけれども( ´ ▽ ` )ノ

どうも夏目漱石作品では、明治という時代はあるにしろ、あまりに四角四面な人物たちについていけない感覚を持っていたけど、『坑夫』はそういう自分を客観視してる感じが良い。

漱石さんはあまりメタフィクションの意識はない作家だーーと思ってたものの、『坑夫』にはそういう意識がハッキリ見て取れるし、今まで目にした中では一番のお気に入りだなー。

まだ半分しか読んでないので、この先どうなるか知らないけども(^∇^)。でもこんなに一生懸命日本の小説を読むのは久しぶりで、たいへん新鮮な心持ちです。

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# by ulyssesjoycean | 2017-04-06 18:14 | Comments(0)

「ハンダづけ」も実践する今なら?『フェンダー解体新書』

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(エレキギターの2大ブランド、フェンダーとギブソン。ギブソンはビンテージ含めて高価だけれど、フェンダーは「量産できる設計」にしてあるのだとか。そうした仕組みをバラして理解しよう!という異色のムック。リットーミュージックから2,700円にて発売中)

古くはエディ・ヴァンヘイレンが、色んなギターのパーツを組みあわせてストライプ柄のギターを自作したり。クイーンのブライアン・メイさんは、実家の暖炉の木材を使ったとか。

作ろうと思えば作れちゃうみたい。実際、エレキギターもフタを開けてみると、ごくごくシンプルな配線で出来ていて、何も木工や旋盤をやらなくても、注意して扱えば扱えるレベル。

実際、色んなマシンと同じく「経年劣化」するので、部品が錆びたり断線したり。そうするとガリガリガリッ!というノイズも出るし、最悪音も出なくなる。

近年、YouTube上に「修理動画」もアップされてるので、それを参考にペンチとハンダの準備をすれば、ボリュームポッド(音量調節のつまみ)やシールドジャック(ケーブル接続部)の交換くらいは自前でできるように。

ピタゴラ装置がキッカケで「キチンと修練を積めば、ちゃんと直せる」という自信も手にした今、フェンダーのギターを解体して解説するという、杉田玄白ばりのムックも楽しく読めるかも。

実際、ドライバー1本でかなりバラせるとわかったのでーーということは「組み立てる」のもカンタンに出来てる、ということなんだろう。

エレキギターは色んなギアが開発されてて、6本のうち1本だけ音程を変えられるスイッチとか、最近では「一度チューニングすると、絶対にズレない」というEvertune Bridge(エバー・チューン・ブリッジ)なんていうシステムも登場したみたい。

実際、ギターは木材ので出来てるから、湿度や温度で伸び縮みするし、本体が伸び縮みすれば張ってる弦のチューニングも変わる。ライブハウスなんか行くと、あれは照明で暖まるんだろう、演奏ごとにチューニングを直してミュージシャンも目立つ。

昔から、エレキギターはどんな仕組みで動いてるんだろ?とは思ってきたけど、大した解説書もないし、かといって自分のギターをバラすだけの度胸も技術もなかったので、2017年現在、『フェンダー解体新書』を読むと楽しめそうだなー。

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# by ulyssesjoycean | 2017-04-01 18:40 | Comments(0)