それから『ダブリナーズ』のなかに「アラビー」っていう、子供がバザーへ行くっていうのがあって、そこで、何かを抱えてね、聖杯を持ってるみたいに一生懸命になっている場面がある。これも読むと、ほんとうにコミックですね、いまは。
(柳瀬尚紀 『フィネガン辛航紀』 p33)
これを読んで、久々に――ほんとうに久々に――
『Dubliners』を手に取った。フロリン硬貨を握りしめて駅へ走っていくところなんかは、縁日の屋台を楽しみにしていた気持ちを思い出させて、なるほどなぁ、と思う。
そういえば、ジョイスの作品にはやたらと
「こども」が出てくる。こどもの目から見た世界を、ちゃんとこどもの目で書ける――最初読んだときは、それでびっくりした。
『Portrait of the Artist as a Young Man』でも、なにかの用事で校長先生に会わなければいけなくなったスティーヴン少年が、当時は寄宿舎学校だから電気も何もない真っ暗な校舎の中を、びくびくしながら歩いていく。
その様子が、田舎に泊まったときに、夜中おきて便所へ行くときの不安な気持ちそのままで、これですっかりジョイスに
「やられて」しまった。英語の右も左もわからない人間にそう思わせたんだから、なおすごい。芥川もびっくりするよ、そりゃ。