マンガとアニメーションと人文を、脱線(Digression)でつなぐブログ。
by ulyssesjoycean
カテゴリ
全体
駄文
高山宏講演『脳にいい人文学』
佐々木果、「コマ」を語る
グルンステン×高山宏
物語の中の動物
ヴィジュアリゼイション
詐欺の文化史
探偵する小説
美しい洋書たち
翻訳小説『サンタール』
翻訳小説『七人の男(抄)』
翻訳小説『不安な墓場』
シロクマの文学雑学コレクション
ネコログ
今日のなぐり書き
語学参考書
未分類
以前の記事
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
2005年 07月
2005年 06月
2005年 05月
2005年 04月
ライフログ
フォロー中のブログ
幻戯書房NEWS
前田真宏のINUBOE
最新のコメント
>右往左往さん コメン..
by ulyssesjoycean at 12:21
度々すいません・・訂正で..
by 右往左往 at 11:17
早速お答えいただいて有難..
by 右往左往 at 11:13
>右往左往さん コメン..
by ulyssesjoycean at 12:53
どうも度々お邪魔してすみ..
by 右往左往 at 12:03
>右往左往さん コ..
by ulyssesjoycean at 16:55
どうもお久しぶりですお邪..
by 右往左往 at 00:03
>mimizoさん ..
by ulyssesjoycean at 23:41
こりはまんぞくさんではな..
by mimizo0603 at 16:33
>右往左往さん コメン..
by ulyssesjoycean at 10:46
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


カテゴリ:未分類( 516 )

「志村、うしろ!」の脚本術、根本聡一郎『プロパガンダ・ゲーム』

d0026378_21422067.jpg



(アニメ監督の神山健治さんが紹介していた脚本術、思い切り分かりやすく例えると「志村、うしろ!」になるのだそう^_^  でも実際、読者や観客を引き込むタイプの作品はみんなこの「志村、うしろ!」テクニックの名人ばかり。今回読み切った『プロパガンダ・ゲーム』も、志村うしろの完成度に舌を巻いた。双葉文庫から税込710円で発売中。バージョン違いの電子書籍版もあるよ)


フランス語や英語のめんどくさい小説に日頃から向き合っていると、たまに爽快感や疾走感のある作品を読みたいな、という気分になる。


先日手を伸ばした『ボヴァリー夫人』の新訳はおよそそういう内容ではなかったけど、アルベール・カミュの『ペスト』は迫力が凄まじい。


ずっと以前に読んで未だに頭から離れない名作にヴァンダインの『僧正殺人事件』があるけど、ああいう打ち上げ花火的な世界はやはり印象が鮮烈。


ミステリーやサスペンス映画の「やられた!」感や、池上さんと関係のない方の「そうだったのか!」展開はこの手のものを楽しむ醍醐味だなー。


今回、縁あって読了した根本聡一郎さんの『プロパガンダ・ゲーム』も、この手の醍醐味本(*そんな言葉はない)で、夢中になって読み切った次第。


こういう「見ている人を引き込む構成」には、ちゃんとセオリーがあるんですよと教えてくれたのが、他ならぬアニメ監督の神山健治さん。


色んな例を使って説明してくれてたけど、『刑事コロンボ』が一番わかりやすい。番組冒頭で犯人と被害者(になる人)の経緯が語られ、事件が起こり、全てが済んだ後で捜査に現れるコロンボ。


犯人の動機もトリックも、そして冴えない忘れ物ばかりする刑事コロンボが実は相当なキレ者だというのを、スタートから全て知っている人間がただ1人いる。それが「観客」とのこと。


犯人の行動をコロンボは知らない。コロンボの洞察力を犯人は知らない。番組のラストでその二つの情報のズレが一致した時、観客にカタルシスが訪れるというーー


これを名付けて「志村、うしろ!」と言うわけだけど、なんだかコロンボの所でシリアスな語り口をしてたのがアホらしくなるような名称だけど、分かりやすいのだから仕方がない。


なるほど! 良い脚本はそうやって作るのか!!と気がついてから見ていくと、アニメ版の『ちはやふる』はこのテクニックの最高峰という感じすらする。


主要キャラクターが3人なのも「志村、うしろ!」を倍増させる効果が。主要女子Aと主要男子Bは知っているが、主要男子Cは知らない、とかとか。で、その3人の情報がピタッと一致した時、感動の波がドドーン。


で、肝心の『プロパガンダ・ゲーム』はどこへ行ったんだと、書いてる本人もいま気づいたような塩梅だけど、これがうまくできてるんだ。


ある種の情報戦を、正反対の立場のチームAとチームBが繰り広げる。チームAとチームBは飛行機で輸送される時のコング並みに隔離されてるからお互いが何をやってるか知りようがない。


で、読者だけは双方の様子を知ってるわけだけど、それぞれのチームに1名ずつ「スパイ」が紛れ込んでいる、というところがニクい。


『ちはやふる』で言う3人の関係を、チーム戦に置き換えると、チームA、チームB、そしてスパイのCがいる、と。


扇情的なタイトルが付いてるけれども、まずこの「志村、うしろ!」の巧みさに参りました、というのが第一印象。


実際、タイトル通りの方面に読んでいってもいいんだけど、それじゃ自分的にあまり面白くない。名作ゲーム『龍が如く』だって893の話だけど、お話の仕掛けから何から、それだけで通り過ぎるのはもったいない。


実際、根本聡一郎さんの『プロパガンダ・ゲーム』でも、小さいコダワリが徹底されてるので、そこが素晴らしいと。架空の固有名詞がテーマ的に統一されてるとか、ゲームとしてのルールに八百長はないとか。


尊敬するミヒャエル・エンデさんも、キャラクターのネーミングと作品の世界観は統一させてるからこそ、ファンタジーが「絵空事でなくなる」云々。やっぱ細かいところの統一感が大事なんだなーと。


夢中になって読了したのは確かだけど、ううーんと思うところがなくもない。というか、作者の根本さんは(電子書籍を別にすれば)これが商業出版第一号の由。


ふだん目を通してる分野とあまりに違うので、エンタメ系の小説に向き合うまで時間かかったけど、これは読んで良かった。


あとは何より、登場人物たちが不意に漏らす一言や独白が自分のツボだったなー。別に本筋のストーリーとは関係ないんだけど、ボソッと言う、もしくは内心つぶやく一言に気が利いてる。


なんでそういうミニマルなところを面白がるのか分からないけど、実際、面白いんだからしょうがない。


また、「チームA」から『特攻野郎Aチーム』を思い出し、飛行機嫌いのメンバー・コングをなんで例えに使ったのかも、「なんかそう思っちゃったから」ということで勘弁ねがいたい( ´ ▽ ` )ノ



[PR]
by ulyssesjoycean | 2017-11-22 12:00 | Comments(0)

プロダクトデザインのため、超久々にデッサン系にチャレンジ。でもクロッキーがいいな(^∇^)

d0026378_07152497.jpeg
(言ってるだけでは仕方ないので、自分の肉眼で見た記憶から、イスをスケッチに起こして見た。ここまで描いてから、しまった! 実際の作りはこうじゃなかった!!と気づいたけど、それはそれで(^∇^))

絵を描く人には2大傾向あり、それが「面派」と「線派」だという。傾向というより「嗜好」みたいなもので、ある程度は生まれた時から決まってる様子。

なんでも、子供向け絵画教室とかやると、意識が面に進む子と線に進む子がいるんだそう。上手い下手のレベルでなく、そのどっちかに意識が向くそうな。へー。

で、自分の場合は圧倒的に「線派」の様子。一時期以降、「筆ペンの一発勝負」を心がけるようになったけど、たしかにそっちの方が自然体。そのため、練習方法もクロッキー系の手法が馴染みやすい。

デッサンの方は、だいぶ前になるけど一回習ってみて、「2次元上に箱を作って、その箱を削り出して目的の形にする」という作業だとわかった。

今回描いたイスもその手法にチャレンジしたんだけど、とにかく根気が続かない。デッサン系の学習は持ち時間:4時間5時間が普通なので、その間、集中し続けるのがキツイ!

*もちろん、このイスだってかけた時間は20〜30分だけど、それでもやってるうちに「飽き」が来てしまう

これもまた随分前に録画した番組で、大友克洋さんがブリューゲルの『バベルの塔』を「自作する」という試みあり、それに触発された部分も。

こっちは久しくクロッキー的な一発勝負しかやってないけど、少しはデッサン系もできるようになったのではないか、なにしろプロダクトデザインは3面図のように「誰が見てもわかる」方がいいだろうーー

前よりは抵抗少なくなったけど、「削り出し」作業を「破綻なく」やってのけるのがなかなかうまくいかない。

ただデッサン系の手法は、技術がキチンと身につけば「一定の能力をコンスタントに発揮できる」んだろうと思う。クロッキー的な筆ペン一発勝負は、「その時の体力と集中力が噛み合わないと、全く描けない」ので振り幅が大きい。

自分のクロッキー絵も、現物を見てザクザクスケッチし、そのあと、「何も見ないで描く」のが一番良いみたい。

大友克洋さんがあれだけ遠近法や構造力学とかをキチッと考えて構造物を作るのは、それを壊すために必要な手続きの由。ご自身のバベルには、壁の厚さのメートル数で記載されてて、そこまでやるんだという気分。

ルソーさんは『エミール』関連の教育書の中で、「子どもにとっては『つくること』と『こわすこと』は等価値だから、それを責めてはいけない」と言ってた記憶が。

自分が構造物をキッチリ描く気力ないのは、つくる=こわす遊びが希薄だからなのかな?と思ったりもする。プロダクトの世界では、作れる人は直す人でもあるわけで、そこは連環してる。

例によって何を言いたいかわからなくてなって来たけど(^∇^)、数学と違って何か取っ付きにくさを感じる物理も、プロダクトデザインの一環としてやればいいのかな。

「長時間座っていて負担が少なく、座ってる姿勢から立ち上がりやすいイス」を作るのがなぜ難しいかは、もうスケッチとか観察の世界ではない気がするもの。

[PR]
by ulyssesjoycean | 2017-11-19 10:35 | Comments(0)

2進数のお友達、16進数を紹介されても、2進数と親しくなってない(^∇^)

d0026378_23243208.jpg
(山本貴光さんの『コンピュータのひみつ』で知った「16進数」。ピコピコで使われる2進数も知らないときに、ええーっ?!16進数?!となったのを覚えている。驚いたというより、馬の耳にどこかの方角から風が吹いてきた感じだった)

ピコピコ武者修行も、いよいよアイドルと関係がありそうで全くない、「ナントカv6」までやってきた。

もともとはそんな深〜い技術の話はお呼びでなかった。ただ、placeでもareaでもない「留イン」さんを知ろうとすると、そっちに進まざるを得ない。

航空会社の名前とよく似てるけどまるで関係ないIANAとか、小浜(元)大統領の「Yes, we can!」ならぬICANNとか、ジャパン・レイルウェイ・ソサイエティの略ではないJPRSとかとか、まーピコピコ網の団体にも色々あるもんだ。

団体と言ったけど、実際、「留イン」を調べていくと、それが単純に「借りてるだけ」ということに落ち着く。「ラジオは免許事業」なんて言われるけど、使っていい周波数帯は「国家の財産」として管理されてる由。

「留イン」さんや、それを通じたIP住所も、ラジオの周波数と似たようなものらしく、「財産=有限の資源」として扱われてるのね。電気ガス水道と同じく、インフラはそれを管理統括運営する団体がないと手に負えない、みたいな。

で、その有限資源、結局はピコピコさん用のものだから、2進数で表記するんだけど、これが人間にはエラくわかりにくい。何しろ桁数がバカでかくなる。

日常で使う十進数を2進数でどう表記するかは数学書を見て知ってたけど、2進数を見て十進数に直すのは出来なかったのだから何ともお粗末。

それがIP住所をやって、やっと「2の乗数の個数を表示してる」と納得できた。1101なら、左から8(2×2×2)が1個、4(2×2)が1個、2(2×1)がゼロ個、1が1個、8+4+0+1で、13になる。

「余は近頃、2進数で計算をしている」とのたまっていたライプニッツさんならともかく、こっちはやっとのことで2進数に納得できた形。今まで何となくスルーしてきただけに、「実感をもって」分かると嬉しいもの。

ところがv6になると、これを16進数でやるからたまらない。せっかく2進数に馴染みができたのに、もう16進数にまで進んじゃうの?という。

16進数は何だっけ、0〜9は数字で、そっから先はA、B、C、D、E、Fで表記するんでしょ。10はAで11はBで、「17」は位取りが変わって16進数だと「11」と表記するはず。

こんなの、2進数にやっと入門した頃合いにやるもんではないな(^∇^)。実感も何もないもの、アルファベットまで入ってくるし。

フランス語を学んだ時も、この「不規則な数字」でえらい困ったことを思い出す。フランス語は20進数だから、80のことは20×4で表記する。

今でこそ、quatre-vingt dix-neuf を十進数で「99」と言えるけど、4×20 + 19=99なんてのは、やり始めた頃には苦痛でしかない。いまだに自信持ってわかるフランス語の数詞は4桁まで(^∇^)

数の扱いは自分の親しんだやり方でないと「実感が持てない」のがシンドイところ。イギリスの小説なんか読んでると、ポンド、シリング、ペニーという通貨単位で頭が痛くなる。

1ポンド=12シリングで、1シリング=30ペンスのはずだから、ポンドとシリングで位取りが異なる。さらには貨幣も異なる。ワーオ。

裏を返せば、一度定着した数値基準を変えるのはとてつもなく大変なのだろう。だからこそ昔の日本の数学は、度量衡に照らして各数値を別な数値に置き換える試験がほとんどだったとか。

しかしなぁ、2進数がやっと馴染みできたと思った頃合いに、2進数のお友達の16進数さんを連れてきました、と言われても(^∇^)

ところが世の中には同じ悩みを持つ人がたくさんいるらしく、窓の基本ソフトには「関数電卓」なんて入ってたそう。これを使えば2〜10〜16進数に自動変換!

持ち運びピコピコようのを探したら、やはりあるのね。使う機会はあんまないだろうけど(^∇^)、読んだ参考書に「これを日常で使ってると親しめる」と書いてあったから。

16進数なんて見たことないよ!と思ってたけど、16進数が3つ並んだ姿を見て、RGBのカラースケールで見てたやつだ!と納得。

たぶんカラースケールに16進数を当てはめた理由もあるんだろけど、今のところ関数電卓で十分です( ´ ▽ ` )ノ

[PR]
by ulyssesjoycean | 2017-11-17 23:24 | Comments(0)

Twitterで大反響! カメントツさんの『こぐまのケーキ屋さん』が書籍化決定!(早くね?)

d0026378_19454677.jpg
(Twitterで大反響[らしいです]、カメントツさんの『こぐまのケーキ屋さん』が書籍化されるそう。カメントツさんといえば独特の作風と思っていたけど、「たまたま」の試みが爆発するのだから世の中面白い。画像出典:https://mobile.twitter.com/Computerozi/status/930702787859632128/photo/1)

独特の取材マンガを手がけるマンガ家のカメントツさん。「オモコロ」にルポマンガを描いてらしたり、今は『ゲッサン』でマンガ家さんへの取材マンガを執筆してたりする。

木版画ではないのだけど、変わった画風だなーと『ゲッサン』を読んで思っていた。作風もどこかシニカルだし。

それが何の因果か、親戚の子に「おためし」で描いた「こぐまのケーキ屋さん」が大反響。かくいう自分もクマ好きがDNAレベルで反応する魅力! これはいい!!

白黒のマンガ雑誌だと、木版画的なタッチがシニカルに見えたけど、こうして絵本的なタッチになると、むしろ自然に見える。〜〜児童文庫の挿絵みたいな雰囲気で。

じゃんぽ〜る西さんのフランスエッセイマンガも、ひねりのきいたシニカルな作風という印象強かったけど、育児マンガで描かれてる赤さんが可愛らしいのなんの。

今回のカメントツさんのクマさんマンガを読んで、じゃんぽ〜る西さんのマンガについても思い出した次第。もしかして、シニカルな作風の書き手にはメルヘン的な要素がフィットするのか?

何度も例に出してアレだけれど、デビューはしたものの、方向性に迷っていた大武政夫さん。もういよいよ書くことないよというので、今までやったことないジャンルとして「ギャグマンガ」描いたらそれがビシッとハマる。で、傑作『ヒナまつり』があるという。

もっとも、こういうのはさんざん煮詰まった挙句にえいやっ!という思い切りか、それこそ「たまたま」「なんとなく」でやったことが数珠つなぎになるのであって、狙ってやるものではないだろうけど。

でもなんか色々と感慨深いなー。「やりたいことと向いてることは違う」「自分が向いてることは、自分以外の人が知っている」という持論なので、今回のカメントツさんの「こぐまのケーキ屋さん」書籍化話、なんだかやたら印象的。

笑うのが、こぐまのケーキ屋さんの二次創作の展開が早い早い(^∇^)  マンガを音声つきの動画にしたり、羊毛フェルトで実体化したり、こぐまがプレデター(!)になってるパロディまで。

御多分に洩れず、マンガ家のとよ田みのるさんのツイートで知ったけれど、こぐまのケーキ屋さんが絵本になった際は是非「ぎんいろのおかね」で購入したいです( ´ ▽ ` )ノ

[PR]
by ulyssesjoycean | 2017-11-15 19:45 | Comments(0)

日本のソシュール、「言語学者」の本居宣長先生

d0026378_20465579.jpg

(『紫文要領』『石上私淑言』を岩波文庫で読んで大感激、本居宣長さんはスゴイ人だった!といっぺんでファンになる。古文も読めるようになったので、ついに『本居宣長全集』に手を出すことに。)


むかーし何の機会だったか、本居宣長全集を手に取ったときは全く読み進めることができなかった。


その後、色々あって古文をちゃんと学び直した結果、ちょこちょこと古文に親しむ形に。最初に読んでいいな、と感じたのは『土佐日記』かな。


ヘコタレてる時など、古文の落ち着いた雰囲気が素晴らしく感じられる。映画もタルコフスキーとか楽しむようになってるし、こっちの調子を合わせる必要もあるんだなーと。


で、古文をやって一番良かったことが、本居宣長先生の大ファンになったこと。必ず「先生」をつけるくらいだもの(^∇^)


『源氏物語』についての論考は、一語一文もゆるがせにしない徹底した姿勢で、柳瀬尚紀さんがジョイス作品に向き合うような真剣さを感じる。


宣長先生がそういう非常に厳密な考察をやれたのも、言語学者としての素養がそうさせたんだなーと、今回全集を読んでみて思ったな。


言語学なんかで言われる音韻変化がビッチリ書いてある。このときはこうで、この言葉の後に○○が来ると、音がこんな風に変化する、で、その例はコレコレで、と、全く淀みない手つき。


江戸時代にどんな言語学があったか知らないけど、本居宣長先生のやり方など見てると、ソシュールとか、グリムの法則とか、そういう言語学上の立派な仕事に接するときと同じ気分。


その意味で、大変に近代的な学者だったんだなぁーと、感銘を新たにする。実際、「古い日本語トリビア」のように「へぇー、そうだったんだ!」という小さな発見がいくつも。


母語はつい、無自覚・無意識で感覚に流れやすいだけに、それを理路整然と研究しつつ、しかも面白いというのはスゴイ。


もっとも、古い歌を熱心に唱導した稀代の批評家・宣長先生も、ご自分で作られた歌にはあまり見るべきものがないとか。


いいじゃない、あれだけ名作批評を残せば、という気もするし、「歌の実作はそーでもなかった」あたりに、何か人間らしささえ感じるけど( ´ ▽ ` )ノ


[PR]
by ulyssesjoycean | 2017-11-15 12:00 | Comments(0)

シャレオツとは無縁の北欧家具調査。狙いは「イス」だけ!

d0026378_22142184.jpg
(流行とはまるで関係ないところで、北欧家具へのキョーミが湧いた。オシャレ&ステキとは違う文脈から、「イス」について知りたい、で、北欧家具、と、そんな流れ(^∇^))

デッサンスケッチクロッキー、分野は色々だけど、「イス」には前々から関心があった。下手なりに、イスを描こうとした記憶は鮮明にある。

ただそういう個人の嗜好とは全然違うところで、「イス」について考える必要できた。というか、出来てしまった。

タカヤマ文化史では「テーブル」がテーマになってたけど、自分の方はプロダクトデザインの一分野から、イスに興味を持ったという。

というのも、いまは腰をサポートするドクター何とかというスグレモノのイスも開発されてるんだけど、幾つか試してみた結果、「座り心地がいいイスは立ち上がりにくい」ということに気がつく。

座ってしまえばいいんだけど、そこからいざ「立とう」とすると、すごくエネルギーがいる。ソファーとか、深々ゆったり腰かけるものは、身体を相当前に持ってこないと、立つ準備(姿勢)ができない。

座り心地がよくて、しかも立ち上がりやすいイスなんてあるんだろうかーーというので、その辺の目配りをしてるらしい北欧家具ってどうなのかな、と。

なんだっけ? 北欧は日照時間が短いから、特定のビタミンが足りなくなり、結果、骨が脆い人が多くなってしまうとか。それで「負担の少ない家具」を発想しなきゃいけなかった、という話を聞いたことがある。

「聞いたことがある」というのではマズイので、「座り心地がよくて、しかも立ち上がりやすい」イスを考えるにあたり、じゃあ北欧家具を調べてみる?と。

一番は、そういうイスに自分が座ればいいんだけど(^∇^)。プロダクトデザインの学習したら、とにかく「まず製品を使え」と出てくる。

そこで感じたことを、観察や思考やスケッチに反映させる由。見たり観察したりするだけでは不十分、実際に製品を使いなさい、と。たしかにそうだなぁ。

随分まえに『ロビンソン・クルーソー』を読んだら、島についたロビンソンさんが、イスを作るくだりがあった。

イスを作って、その後にテーブルも作るんだけど、「テーブルなしでは何も楽しむことができない」と、独特の英語で綴られてて「そうかなぁ」と。

座布団とタタミの生活を目にしてると、地べたに座っちゃダメなの?と思ってしまう。岩だらけの地面じゃ困るだろうけど、野っ原に腰を下ろすのは悪くないと思うけどなぁ、なんて。

ただまぁ、そんだけテーブルとイスの歴史があるのなら、イスについて考える上ではヨーロッパが大先輩に間違いないわけで、ちゃんと目を通してみたいかなと思います。

[PR]
by ulyssesjoycean | 2017-11-11 12:09 | Comments(0)

山本貴光さんの『文学問題(F+f)+』、表紙がついに発表! 11月24日発売予定‼︎

d0026378_20012730.jpg
(山本貴光さんの新著、『文学問題(F+f)+』の表紙がついに発表! 11月24日に幻義書房から税込3,888円で発売予定。版元の幻義書房さんにメール購入予約を入れると、山本貴光さんの執筆ノートもついてくるとか)

なんだか最近やたらソーセキソーセキと耳にするなーと思ったら、2017年は夏目漱石の150周年記念だそう。でも「なんの150周年」かは知らないあたりがヒドイ(^∇^)。生誕かなー(適当)。

山本貴光さんが、漱石読者でもファンの少ないと評判の(?)『文学論』を真正面から論じるというので、大変興味深い。

『文学論』論になるから、ブンガクロンロンにみたいなタイトルになったらダンガンロンパみたいで楽しそう!と思ってたけど、さすがにそうはならなかった。正しい!( ´ ▽ ` )ノ

自分の中で夏目漱石とビートルズはおんなじような位置にあって、「この人がいたから、次の世代が出てきた」という意味で、なくてはならない存在、みたいに感じてる。

夏目漱石もビートルズもいまだにファンになりきれないあたりも共通してて、一時期、変に抵抗感あったけど、今となっては「やっぱりこの人(たち)がいたから、次に続く世代が出てきた。それはやっぱりすごい」みたいな落ち着き方に。

山本貴光さんは、西周(ニシアマネ)先生を相手にした『「百学連環」を読む』でも、ドトーンとすごいボリュームだったけど、今度のブンガクロンロン、じゃなかった、『文学問題 (F+f) +』もすごい厚さになりそう。

漱石先生は人柄の方に関心を持ってたけど、『坑夫』がメチャメチャ面白かったのと、これまたメチャメチャ面白い池辺三山『明治維新三大政治家』(中公文庫)を読んだら、その序文が漱石だったりして、変にインネンめいた雰囲気。

ということで、下半期にドドンと出る山本貴光さんの夏目漱石ロンロンで、漱石キャンペーンを締めくくりたいと思います(^∇^)


[PR]
by ulyssesjoycean | 2017-11-09 20:01 | Comments(0)

「効用」はユーティリティ! 考え出したベンサムおじちゃんを調べよっと

d0026378_10012041.jpg
(「ミイラにして保存して」というトンデモ遺言を残したイギリスの功利主義哲学ジェレミー・ベンサムさん。最近になって、経済学でよく使われる「効用」の原語が「Utility」であると知る。じゃあ「ユーティリテリアン」の本家本元ベンサム先生にもっかいチャレンジしてみよう。画像はウィキペディアより)

高山宏御大の『奇想天外英文学講義』(講談社選書メチエ)で、スコットランド啓蒙思想の話と、それをやっている稀有の人物として、土屋恵一郎さんのことを教えてもらう。

それから爾来幾星霜、主要な関心は経済学になってしまい、今度は経済に直結する人間の心理を追っていて、結局「功利主義」にたどり着いた。

最近は行動と経済のつながりを追っかけてたんだけど、あまりに身も蓋もない人間像にゲンナリしてしまったけど、そこに「ちょっと違う視点」のヒントがあった。

人間はつい、ある商品が5ドルから10ドルになったというと、その「変化した5ドル」を気にしてしまうけど、モンダイはそこじゃないはずだ、大事なのはある商品に出す予定の「10ドル」でどれだけの満足感を得られるかである、云々。

で、この「最終的な満足感」というのをベンサム先生にならうと、「効用を最大化する」と表現するのだって。

サッカーなんかで「ユーティリティ・プレーヤー」という言葉を耳にするけど、そうか、「人間にとっての満足感」と置き換えると「ユーティリティ」「効用」も掴みやすい。

さっきの行動と経済学の話だと、楽しいこと(効用が大きいこと)も、時間+頻度と共に減少していく、「効用逓減仮説」なんて、日本語だと大変ややこしい説もあったりする。で、それを提唱したのがベルヌーイさん。

で、そのベルヌーイさんが偉かったのは、人間にとって大事なのは「計量可能な富」ではなくて、「その富を使って得られる(はずの)効用だ」と気づいたことにあるらしい。

そんな話を読んで、たしかに美味しいピザ(好物=効用が大きい)は素晴らしいけど、じゃあその10倍の値段のピザを買ったからと言って、効用も10倍になるかはわからない。

いくらピザ好きの人にしても、毎日食べるようになったら効用は減少するだろう。たまに食べるピザだから素晴らしいのであって、毎日食べてたらもうカンベンになるのが人情。

じゃあ効用が最大になる「こと」ってなんだろー、というのが最近のテーマになった。そのテーマはテーマとして、じゃあ「効用」の方も調べておかないとね、というのでベンサムさんが出てきたわけ。

ベンサムさんは『自由論』のジョン・スチュアート・ミルの家にも出入りしてて、幼いジョン少年は「ベンサムおじちゃん」が好きだったそうなので、色んなところで繋がってるんだなーと感慨しきり。

ミルさんの英文はケインズばりに込み入ってて中々読む気にならないけど、『ミル自伝』は吹き出す話のオンパレード、時にホロっとくるエピソードあり、大変おもしろい読み物でした(^∇^)

[PR]
by ulyssesjoycean | 2017-11-04 12:01 | Comments(0)

キルケゴールとマルクスは同時代人! それにしても極端すぎる2人(^∇^)

d0026378_22232169.jpg
(エヴァのアオリでタイトルだけはみんな知っているキルケゴール『死に至る病』。なんだかスゴイ名前の本だな、と思っていたけど、ずーっと前に一度手に取ったら、むしろマンガ家・島本和彦さんを想像させるアツイ内容だった。哲学界の『逆境ナイン』と勝手に呼んでるけど賛同者はいるものやら。中公クラシックスから税込1,728円で発売中)

哲学思想が何より落ち着くようになった昨今、以前から気になっていたデンマークの思想家キルケゴールさんを手に取る。

随分前に『死に至る病』だけ目を通したんだけど、むしろこれ、明るい内容だな、ということで、哲学にまるで興味なかった時期に鮮烈な印象を残した。

最近、19世紀ヨーロッパの思想地図が埋まってきて、その中でキルケゴールさんに改めて関心湧いたんだけど、何よりまず、「マルクスの完全な同時代人」というのでビックリ。

お菓子の方ではない「カールおじさん」ことマルクスさん、『共産党宣言』を発表したのが1848年、で、キルケゴールさんがデンマークで『現代の批判』を書いたのが1846年。ほぼ同時期の発表だったのね。

マルクスさんは「外の世界のあり方」を、キルケゴールさんは「内面の世界のあり方」を改革しようとして突っ走ったパンクロッカーの雰囲気。

その時代の雰囲気を追っかけててわかったんだけど、19世紀は全体に「モラルの世紀」だったみたい。道徳とか倫理とかが行き過ぎて、始終気にしてなければならない時代。

キルケゴールさんなんかはもともと牧師になろうとしてたくらいだから、デンマーク一のモラリスト。ところが実際の人間はモラルに徹することができないので、その落差に苦しむ。で、結果パンクになる(^∇^)

ニーチェ先生になると、パンクよりむしろハードコアになるけど、実際はキルケゴールさんと同じだったみたい。あまりにも道徳心があり過ぎて、「真っ暗な部分を強調することで、逆に光を強めよう」みたいなことだったらしい。

ボードレールの『悪の華』も同じ構造を文学や詩の世界でやろうとしたわけだから、19世紀はみんなモラルで困ってたんだなーと。

ヨーロッパをずーっと覆ってきたキリスト教が儀式化してしまい、また一方で産業革命で社会機構はバンバン変わる。科学バンザイ!にはまだ到達しないし、教会の権威はまだちゃんとあるので、にっちもさっちも行かない。

それでキルケゴールさんとか、マルクスやニーチェといった方々のように「突っ走る」系の思想家が出てきたんだなー、なんて。

で、今になってキルケゴールさんを調べたら、これがシミる。マルクスさんは外の世界を相手にしてたから、歴史の移り変わりに合わせてこっちも多分に調整しなきゃいけないけど、キルケゴールさんは内面の話だからまだしも付き合える。

ーーどころか、腰を据えて著作を読んでみたらこれがいいんだ。読んでるとちょっとウルッとくるくらい。キルケゴールさんも極端な人ではあるけど、人間らしい一面が見えて思わず涙する。

実際、詩人というか、文学者・文章家としての声明高かった人らしいというのも、後期の著作に接して納得。

これでデンマーク語の原文も見てみたいなという気もするし、ネットで引けば出てくるんだろうけど、そんなことやってたらますますキリがないな( ´ ▽ ` )ノ

語学人(*自称)としては、デンマーク語ってどんなかな、というキョーミはあるんだけど。メタリカのラーズ・ウルリッヒもデンマーク生まれだし、ディジー・ミズ・リジーもデンマークのバンドじゃなかったっけ。

[PR]
by ulyssesjoycean | 2017-11-02 22:23 | Comments(0)

「行動と経済」とキルケゴールさんの違いは何?

d0026378_22280076.jpg

(ポパイみたいな名前の教授は脳鈴賞、こちらのアリエリー先生は「イグ」の方の脳鈴賞受賞。面白おかしい研究に捧げられる賞だけど、人の振る舞いと経済を連結させる分野は笑ってられない部分も多い。読んでいると悲喜こもごもであるなぁ)


人間は合理的な存在かどうかーー科学的な研究をするまでもなく、自分の日常をかえりみれば「非」のつく方の合理でいっぱいという、なんともトホホな始末。


そういう「人間の非合理性」も勘定に入れてやっていこうよ、というのが近年話題のBehavior Economics。ついにポパイ的な名前の先生が権威ある賞を取るまでになった。


実際、相当大切なことを扱ってると思うので、ピコピコ方面に適用させられる部分も多いだろうーーそんな理由でけっこう前からこの分野をフォローしてきたんだけど、色々と考えさせられる。


ポパイ的な(以下略)とはまた違う、アリエリー先生の著作を読んでみたら、人間はどうにもしょうがないという、今更ながらの感慨を持たざるを得ない。


あまりに「身も蓋も無い」というか、実際の適用方法を考える前にガッカリしてしまう面も。多分これは「自分自身もその通りだよなーガッカリ」も含まれてるんじゃないかな。


人間の行動や判断には様々なバイアスがあって、つまるところ、「本能的・直感的な判断」の真逆をやると「合理的・効率的な結果」につながるんだもの。


で、この分野はそれをわかった上で、「本能的・直感的にやっても間違いのないような設計を施す」のが眼目になってくる。


実際には「オプトアウト」という、『コール・オブ・デューティー』と関係がありそうでない選択肢も用意されてる。期日が来たらメールで「続ける? どうする?」という思い出させるモノが来て、「やっぱやめとく」も選べるというもの。


これを知ってから、「予定の入った瞬間に思い出させるモノを設定する」が基本になったけど、実際、「あとでメモろう」とかはまずアウトみたい。


その時は覚えてたとしても、「別の何か」を完了させちゃうと、「その前にやろうと思ってたこと」をスパーンと忘れちゃう。だからこそ、「予定の瞬間に思い出させるモノをセットする」のが大事だと。


そのこと自体役に立ってるのは事実にしても、一事が万事こうした調子なので、実際の適用方法を考える前にゲンナリしてしまった。この辺り、この分野の研究者はどうされてるのだろう。


先日キルケゴールさんの伝記を読んだら、宗教家になろうとしてもなりきれない自分を恥じ入りながらも、なんとか理想を追求し全うしようとするキルケさんに感激。


自分がダメなのは誰よりも知ってる、だけど目指さずにいられないーーみたいな姿勢には心打たれるんだな。ヒュームさんもそうしたこと言ってたけど。


行動と経済の話とソックリなのに、なんで欠点だらけのキルケゴールさんには感激して、行動と(以下略)の人間像にはガッカリしちゃうんだろう。だってどっちも言ってることは大差ないんだから。


ガッカリと言っても、分野や研究自体にガッカリするんではなくて、そこでハッキリしてくる「素のまんまの人間像」があまりに身も蓋も無いことにガッカリ、という感じ。


ただ実際、「意味のあるガッカリ」でもあるから、自分がかねてから主張してる「絵を描いてコミュニケーション」と同じように、やって損はない分野かと思う。少なくとも「思い出させる人」の使用頻度はグンと上がりました(^∇^)


[PR]
by ulyssesjoycean | 2017-10-31 12:00 | Comments(0)