マンガとアニメーションと人文を、脱線(Digression)でつなぐブログ。
by ulyssesjoycean
カテゴリ
全体
駄文
高山宏講演『脳にいい人文学』
佐々木果、「コマ」を語る
グルンステン×高山宏
物語の中の動物
ヴィジュアリゼイション
詐欺の文化史
探偵する小説
美しい洋書たち
翻訳小説『サンタール』
翻訳小説『七人の男(抄)』
翻訳小説『不安な墓場』
シロクマの文学雑学コレクション
ネコログ
今日のなぐり書き
語学参考書
未分類
以前の記事
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
2005年 07月
2005年 06月
2005年 05月
2005年 04月
ライフログ
フォロー中のブログ
前田真宏のINUBOE
最新のコメント
>右往左往さん コメン..
by ulyssesjoycean at 12:21
度々すいません・・訂正で..
by 右往左往 at 11:17
早速お答えいただいて有難..
by 右往左往 at 11:13
>右往左往さん コメン..
by ulyssesjoycean at 12:53
どうも度々お邪魔してすみ..
by 右往左往 at 12:03
>右往左往さん コ..
by ulyssesjoycean at 16:55
どうもお久しぶりですお邪..
by 右往左往 at 00:03
>mimizoさん ..
by ulyssesjoycean at 23:41
こりはまんぞくさんではな..
by mimizo0603 at 16:33
>右往左往さん コメン..
by ulyssesjoycean at 10:46
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


カテゴリ:翻訳小説『七人の男(抄)』( 10 )

翻訳小説『七人の男(抄)』 最終回

 その晩、カシノの玄関で、グリアサンがこっちに近づいてきた。「ジミー・ピーセルに会った? 君に用があるって。君にだけ会いたいんだとさ。バカラルームにいるけど、張ってはさ―――勝ちまくってるのはもちろんだよ。滅多に会いたいって思わないそうだが君は別だと。大した変わり者だけど、どうしたの?」。好かれて嫌な奴はいない、それにピーセルが私を気に入ったというのを聞いて罪悪感を切り抜けてそのときは満足した。もっともバカラ・ルームに行って会うことはしなかった。大した変わり者だというのは全くその通りで、(私が至らないということもあるし、こやかましい批評家でもないけれど)お付き合いしたいと思う手合いではないよな。

 どうして私にだけ会いたがったのだろうかということも翌朝、部屋に届いた手紙で明らかになった。小旅行に招待したいとのこと。そんなことを頼むなんて厚顔無礼な奴だと思わないで欲しい。来てくれたらこんなに嬉しいことはない。妻もすごく喜ぶだろうから。いい返事を期待してる。一筆係りのものに持たせるよ。三時には発つから。心より。

 あいつに噛み付くのは、今からでも間に合う。宿泊先に行ってみるか? ためらうなァ―――それに一番最初に言ったはず、最後に会ったのは初めて会ったその翌朝だって。何を書いてやったかは覚えていないけれども、上手く体裁のいい言い訳を思いついたのは間違いないし、それで夫人へよろしくお伝えくださいという手紙を出した。私も一緒だと妻も喜ぶなんて言って、それを知らせてはいないな(というのも間違いないね)。そのほかに彼女のことを考えて長々と苦しむということはない。今も生きているのかどうか。訃報には何も書かれていないから、それで記憶が蘇ったのだ。この知らせを私の手で書き写すと、(未熟な言い回しだからでもあるが)、そこにこだまするものがあるし、補完するという意味でも興味を引くものである。「資産家飛行士の死」―――これがタイトル。文面はこうだ―――ジェイムズ・ピーセル氏の悲報を受け、レスターシャーに悲しみが広がる、この場所に居を構えて長く、オールラウンドのスポーツマンとして知られていた。近年は飛行機に多大な関心を示し、アマチュア飛行家の中で並ぶもののない情熱を見せていた。昨日の午後になって突然倒れ、帰宅中のできことであったが、氏は表面上気力体力ともに平生と変わらず、ショートフライトでは新しい複葉機で高々と舞い上がり、結婚された令嬢とその赤ん坊も同乗していた、その直後にである。検死が必要であるとは予定されていないが、主治医のソーンダース氏の診断に寄れば死因は心臓病であるということで、故人はここ何年も患っていたとのことである。ソーンダース医師は幾度も緊張状態になるのは非常に危険だと警告していたの由。」

 かくして―――私が思うところ、その疾患の原因は生活態度にあったのだろう―――悲しみが漂うだけの表情にもかかわらず、刑罰を免れて人生を生きることは出来なかった。それこそが死の理由である。その死に方を見れば、これ以上はない死に方だろう。最後の最後までツイてたんだなということを、くよくよ考えるのは止すことにしようか。

[PR]
by ulyssesjoycean | 2006-06-09 19:41 | 翻訳小説『七人の男(抄)』 | Comments(0)

翻訳小説『七人の男(抄)』 第九回

 それにだ、私が腹を立てているのは娘のほうではなく、むしろ母親の方である。この娘はこの男を知っていはいないけれども、だとしてもそのいやらしいツキの恩寵を我知らず受け継いでいる。しかしその妻であれば私が知りえたことと同程度のことはもうこの何年という間に分かっているはず。もう一度言うが、この女を愛しているのではなくて、自分がやることの身代わりにしようと願っているのに間違いない。愛していないとなぜ判断できるかといえば今日の午後のゲームに連れて行こうとしなかったことで、もはや疑う余地はない。愛したこともなく―――その早咲きの頃に娶りはしたが、目の前にある巨大なチャンスというだけであって―――こういうことも十分ありうる。何より間違いないのは、妻に対する姿勢から考え付いたこと。しかしこれももう十分だ。このゲームの見物人から守ろうとして、しかしついに賭けを続けることは出来なかった。この女が即座にこの世で一番強い男であり弱い男だと認定したのは正鵠を得ていたと言えよう。「神経質な女だから」。オックスフォードの自室にかかっていた版画を思い出し―――他にも部屋は沢山あったんだけどね。マーカス・ストーン卿(当時は氏)作の、ゲインズボロ風の帽子をかぶった、少女といってもいいほど若い人間の肖像で、楡の木のたもとに座り、この女が今にも叫びだしそうな勢いで、そのタイトルを「ギャンブラーの妻」といった。ピーセル夫人には似ていない。大学生の心情を和らげるような、この女の版画などこの世にありはしない。しかし男はひとりいて、この人物の同情が役に立っているのは確かである。どうやってこの女を手助けしてるんだろう。こういった考えが頭をよぎるうちに、どれだけたくさんの九死に一生を得るような脱出劇があったのか私は知らない。目を閉じることにした。考えがまとまってはいたが、顔めがけて風が駆け抜けていくのがやむなんてことはなく、もうどうにでもなれという感じで、自宅の肘掛け椅子にとっぷりと安座していることにする。しばらくの後、駆け抜けていくのが弱まったのに気づいた。目を開けるとそこは昔ながらのルーアンの街路であった。オテル・ダングレールでお茶にしようということに。さあどうしてやろうか。ピーセルの脇へでも行って、「紳士の名誉にかけて誓ってくれるな、自動車機器(この際呼び方はどうでもいい)には二度と手を触れないって。さもなきゃ世界にぶちまけるぞ。それはそれとしてもだ、ディエプには列車で帰ったほうが良くない?」。顔を赤らめるかも―――そうなりかねないのは知っていたが―――私に説明してくれる。それでどうなるか。私の顔を見て笑うだろう。君はもう車に乗るのはよしといたほうがいいねなんてさ。ディエプに帰るのに鉄道なんてのは危ないからと注意さえしてくるだろ。イギリスからバス・チェアを送ったからそれまで待とうじゃないかなんて勧めてくるんだろうな……

 「よし、着いたな!」と明るい声がした(私のだよ!)。御婦人方が降りるのに手を貸す。紅茶を頼む。ピーセルは刺激のあるものはよすといって水を頼んだ。私はリキュール・ブランデー。紅茶はピーセル夫人にいたく効いたようである。二杯目を飲んだら力が戻ってきて、三倍目には若返ったように見えた。それでも、この人を助けるのは私の役目、できればの話だけれども。談笑している間もそのことを忘れなかった。しかしだ―――何が出来る? 私はヒーローなんかではないし。バカなことをするのはゴメンだ。小うるさいことが大嫌いだということについては年季が違う。大体帰り道の恐ろしさを考えると、ピーセルにかぶりつくというわけにもいかない。こわいのは確かである。母親だからというのもあるがこの女は毎日やっているんだろうか、私は一度だって思い切れないのに。一定不変のツキがあるというピーセルの評判を思い返した。桁外れの腕を持つ運転手なのだと自分に言い聞かせた。この腕とツキを頭に刻みつけておこう……

 私がやるべきことを、あなたは期待するわけですか?

 もっとも数行前に答えは出ているんだけどね。私の信条は元を取ったからそれでよし。ディエプにも無事着いた。よくできたものだと驚いたよ。

[PR]
by ulyssesjoycean | 2006-06-05 22:32 | 翻訳小説『七人の男(抄)』 | Comments(0)

翻訳小説『七人の男(抄)』 第八回

 ピーセルは腕のいいドライバーらしく、口を開かなかった。ただ走らせるばかり。ルーアンの道路まで達すると、フランスにいるとさ、いつもイギリスのネズミ捕りが恋しくなるんだ、とだけ言った。「今まで捕まったことはないけど」と付け足して「でもさ、いつ警官が突進してきて、捕まるなんてしくじりをやるかも分からないっていうのは、興奮がいや増すってもんだよ、そう思わない?」。ネズミ捕りに捕まるかもっていうのは生きるうえでの刺激だよねなんて風な口調で答えはしたものの、内心その発言の骨子をとてもいいとは思えなかった。とはいえ、それを気持ちの中から打ち消したけれど。それに天気はいいし、風はやんだし、絶好のドライブ日和だよ。でね、ノルマンの風景っていうのは、渋い落ち着きがあるものだから、これよりいいものはないと思えたんだね。ただ結局、この風景も真価を十二分には発揮していないなとすぐに思うようになった。それにしてもちょっと速すぎないか? 「ジェイムズ!」という甲高い神経質な声が後ろから響く。それが段々と―――「ホントだよお母さん!」と、もうひとつの声が主張して―――風景がその速度を緩めた。しかし暫くすると、少しずつではあったが、風景は節度を失い、体裁も忘れて、前にも増して速くなっていく。道はすさまじい速さで後方へと駆け抜けていく、もう洪水じゃないか。ポプラ並木が目にもとまらぬ速さで過ぎ去り、私たちが走るその両脇にある木々がすっさまじい音を立てていく。私たちがうえっとするのと同じ速度でルーアン地区を行く車も通り過ぎたように思う。前方に広がる風景の中から城(シャトー)だの興味を引くようなものを見出すなんてことはとても出来ないし、ツルのように首を伸ばして最後の一目を拝む前に地平線の彼方へと消えていってしまう。いつ終わるかも分からない上り坂が登り始めたとたん、突端(とったん)について下り坂へと姿を変えるのだがその終わり近くになって、「ジェイムズ!」との声が次第に聞こえるようになってきたけれども、私たちの車が正面の上り坂をまっすぐ飛び越えていく頃になって―――自然の法則が実証するようにその声がまた次第に消えていった。スピードそれ自体に危険はないというのを疑いはしなかったが、急カーブに達するというときでも、ピーセルは作法にのっとってスピードを落としたりクラクションを一二度ならすなんてこともしないのはなぜなのだろうか。車が一台いたりでもしたら―――まァ、それはよしとしよう。見通しはいい。が、次の曲がり角でスピードも落とさずクラクションも鳴らさず、道路の内回りが混んでいれば、すぐさま、身体が痙攣して(ぜったい……になるに違いないと思うと)それがしばらく続く。全てが上手くいっていたとしてもだ。吐きそうなほどビビってるから、ピーセルの方を向くなんて出来ない。前を見ろ! その前にいるワゴンなんか、干草をつんで大儀そうに進む後ろ姿が見えるけれど、道路を占領しちゃってるんじゃないか? さすがにピーセルだってスピードを落としてクラクションを。やらない。遠くからすばやく一回で針の穴を通すと思えばいい。ワゴンと道路のはしを切り抜けて、そこはほんの数メートル―――いまや数インチの位置であり、それたかと思うと―――荷車があって、その荷車を信じがたいほどかすめるようにして駆け抜けていく。そしてまさに今ピーセルの横顔に目を向ける。そこで目にしたものは落ち着き払った、それでいて非常な興奮にある姿であり、恐怖と驚愕を覚えた。これをはじめて体験したことを思うと、おかしいとは思ったけれども、憎悪ではなく満足感さえ覚えたのだった。今日は吸っていないけれどもギリギリのスリルを感じたのかどうか、それだけを訊きたかったからだ。こいつを理解した。もうそれですぐに満足した。そのぱかーっと開いた口元は、キッと閉じているのが普通の自動車乗りとは随分違って昨晩はどこでも見受けられた深甚たる面白さを感じさせるだけであり、それでハタと、ピーセルについて知りたいと思っていたこと全てが判明した。ほら、さあ―――うわっ、そっちじゃなくてこっち!―――身の内にある情熱を手玉に取っているのか。思い込んでのごまかしなんていらない。ギャンブルはいつも「生きるか死ぬか」なの、と私が訊いたときは、ヘンな顔つきをしていたのを思い出した。これこそ本物の―――正真正銘のゲームであって、これ以上の賭け金はない。それに私もここにいて、テーブルに上乗せをしてしまったからな。「何かデカイこと」が「私にある」と誓ってくれたけれども、もしかすると、そのことについてこの人物の思い込みが手ざわりとして感じられたような…… 私が自問自答のあげく道義心を働かせる前に、憎悪が働き出すなんてことにならないといいが。ただ、この男の悪巧みの中では私も単なる細部(ディティール)以上のものでないとだけは言っておきたい。他人のために激怒しているわけではないのだから、情に欠けるという点では私も同じか。自分の人生を賭しているのは間違いないと思い、疑う余地なく賭しているそれは、他のなにものでもなく幾度も幾度もイチかバチかの―――それでいて節度を保った―――大地(だいち)と水龍(みずち)に生きる人生である。昨夜もう一杯コップの水を飲んでそれで腸チフスになるかもしれないということがあったのを思い出し、このことに私は動かされたのである。決してアルコールには手を出さないというのを取り消したのを思い出し―――事実、何かしらのギャンブルをやっていないときがないということにも動かされたのである。愛娘への献身、これも間違いのないことだ。もっともその献身にしたところで自分自身を守るための冷酷な手段であり、行き着くところまで行ったそのギャンブルのスリルなんてものは、私からすれば吐き気を催させる。

[PR]
by ulyssesjoycean | 2006-06-04 15:15 | 翻訳小説『七人の男(抄)』 | Comments(2)

翻訳小説『七人の男(抄)』 第七回

 海水浴をしようといったことでもだったが、二人はピーセル夫人に言うことと言っていないことが常にあるのだと感ぜられた。ペギーが父に「投資」のアドバイスをしているなんてこともありそうなことだと思う。果たして二人はピーセル夫人にスイスへいって登山でもやってみようかという気持ちを話したのだかどうだか。

 妻のためを思って秘匿するその例をちょっとだけ昼食後に見つけた。コーヒーを飲もうというのでホテルの正面に席を移した。車は既に待機中で、ペギーは飛んでいって日々の点検を行う。ピーセルがタバコをくれたのを見て、氏の細君がこの人は吸わなくなったんですよと教えてくれる。ここのところ吸い過ぎたように思うからねと説明して、それでしばらく「禁煙」するつもりだという。目を合わせたとしても私はにこりともしなかっただろう。はっきりと分かったよ、昨晩、ニコチンというのはギャンブルのスリルにとって有益ではないと私が言ったことをよくよく「考え直した」んだということをね。私はにやにやするのを堪えきれなくてそれをピーセル夫人に見られてしまった。そこで私もタバコをやめられたらと思ってはいるんですけどね、御主人の意志の強さにはかないませんな、と説明した。青ざめた瞳で自分の夫を見ては、にこにことした。「こんなに意志の強い人はほかにいませんよね」と言った。

 「何をバカな!」と笑う。「僕ぐらい弱い奴はほかにいないよ」

 「そうでしょうとも」と静かに言う。「それも本当よね、ジェイムズ。」

 それでまた笑いはしたが、その顔を紅潮させてる。ピーセル夫人の方でもうっすら顔を赤らめたのが分かった。こんな風に前の人間がやったことを繰り返すのが分かってくるっていうのはあまりゾッとしないね。ピーセル夫人のパラドックスから突如として静寂が差し込み、そこへ娘さんが跳んで帰ってきて顔を突っ込むと、早く行くことにしようよと頼み込んできたからこれには助かった。私のほうを見ている自分の妻をピーセルが見つめ、なんとも妙な話だけれども一緒についてくるんだろうねと頼まれているようだった。もちろんそうですよと主張する私。ピーセルは妻に行きたくないときはそう言えよと言う。「だってそうだろう。昨日はカレーから走ってきたんだぞ。それで明日にはまた走りに出て、その後はずっとそうなるんだから」

 「そうだよ」とペギーが言う、「ウチにいたほうが絶対いいよ、ねぇお母さん、ちゃんと休まないと」

 「ペギー、さ、着替えましょう」とピーセル夫人は席を立って答えた。夫に運転手を呼んでくるのと訊いた。そうするつもりはないという答え。

 「やったね!」とペギー。「じゃあ私がフロントに座れるじゃん」

 「それはいけません。ビアボームさんが前に座りたいはずですよ。」と母親が言う。

 「母と一緒の方がいいですよね」とこの娘が訴える。あたうる限りの力を込めてピーセル夫人とご一緒したいと応えた。もっとも程なくして、母娘が自動車に乗るときのいでたちで再び姿を見せると、私の望みは脇へ追いやられるということが明らかになった。「私、お母さんと一緒に乗る」とペギーが言うのである。

 結局のところ、ピーセル夫人が何かの理由から自論を主張したのを、内心ありがたいと思った。私を嫌いなんだなと思って、傷ついてしまったよ。もっとも事故でもあったりしたとき、助手席に座る人間のほうが後部座席に座っている人間より危険度が高いと、単にそう思ってるからなんですよとは言っていたが、私と一緒の座席は嫌だというのに間違いないと思う。それにね、もちろん私という人間より実の娘の方がいいに決まってるよな。しょうがない女だなァ、気持ちだけでもご一緒しよう。車が海沿いからノルマン風の拱道(きょうどう)を通り、街を抜けその周縁を通り過ぎていくと、自信たっぷりに私を鼓舞してくれたけれど、自分のカミさんにもそうしてくれないかなと願ったりした。(ゴーグルをつけていない)そのりりしい横顔を見ると自信がみなぎっているように思えた。(私もゴーグルをしていなかったけれども)折々辺りを見廻しては細君に会釈し明るく微笑んだ。会釈を返してくれないということはなかったけれども、微笑みの方は娘にとっておいたようだ。

[PR]
by ulyssesjoycean | 2006-05-31 18:30 | 翻訳小説『七人の男(抄)』 | Comments(0)

翻訳小説『七人の男(抄)』 第六回

 「でもね、お母さん、泳げないじゃない。お父さんと私はこんなに泳ぎが得意なのにね。」

 私は明るくピーセルのほうを見ると、母親の出来ないことを包み隠すようにして、波間での武勇伝を熱く認識させられる思いがした。その頭の動かしぶりを見ると、この娘が―――この世界でかけがえのない存在だということを示していた。これには私も賛成だな。事実、この娘はなかなか面白い。その父を気に入ったとしたら(私はピーセルのことをこれ以上ないくらい気に入っていたけれども)、だとすればその娘も気に入らないというわけにはいかない。この二人はありえないほど瓜二つなのである。この子を見つめるその男の視線を(めったに目を逸らすということはないのだけれども)、気の利いた風に言うとすれば、鏡を前にしたうぬぼれ男と同じ効果だとしておこう。この男に謎があるとすれば、その娘を通じて解決できそうだという風に私には思えた。もっともね、実を言うと、こんな謎がありそうだなんてことはすっかり忘れてしまっていたんだけれどもね。その父親が愛する人物にこっちも肩入れしてしまっているから、その素人探偵の観察も用をなさないんだな。ピーセルが自分の娘を愛していることを疑う余地はない。ある感情がウソでないというのは、もうひとつの感情が優位を占めているからである。父と娘の間柄を目の当たりにして、その愛情が一方ならぬものであるのを疑うなんてことが出来るものは一人もいない。その一方ならぬものが身の内にある何かの強さを推し量るものと私には見えた。ピーセル夫人の愛情も、そうあからさまなものではないにせよ、浅薄なものでないのは明らかである。もっとも、これは当たり前のことなんだけれど、見物人からすれば母性本能というのは父性のそれより魅力が落ちるからなァ。気の毒なピーセル夫人をいいなと思うのは―――そう、こんな形容辞をつけざる得なかった点にある。かわいそうなことではあるが、その点が抜きがたいものであるように思う。そのせいで、夫と子供の相通じあう縁というものが発する光を感じさせる。つつましいやり方ではあっても、食事のさなか、自分のことを主張しないわけではなかった。そうしたものであったから、この女性を数に入れるという認識はなかったし、数に入りそうもないと私には思えた。大昔のケンブリッジにあったバーで、どうやってピーセルの結婚相手にまでなったというのだろうか。すっかりその手の店から足を洗って、いまやどこから見てもその面影がすっかりなくなってしまった女なのかもしれないな。どうしたのか多くのものがその内側より消えてしまっていて、時間をかけたところでそれを取り戻す方とはないようにしか見えなかった。ピーセルはその歳にしてはやけに若く見えたが、それに反して、この人はその年齢にもかかわらずやけに老け込んでしまったに違いない。どうにも手がつけられない子供を二人も押し付けられた家庭教師のようで不憫に思った。もっとも家庭教師はいつでも警告を与えることができるのを思い出した。気の毒なピーセル夫人を愛情が現在の位置にしっかと結び付けている。

 この三人は明日からフランス縦断旅行を始め、そしてこの場にいる四人は今日の午後からルーアンへと向かうことになっていて、ここでの話題はといえばほとんど車のことばかりで―――このテーマについてペギーが熱弁を振るったけれどもまあまあ聞いていられた。本心というよりは好意の気持ちから、お嬢さんは「大好きでしょうがない」ようですねと言った。そうなんですよと答えてくれた。

 「でもお母さんはそうじゃないよね。キライなのは分かってるからさ。お父さんにスピード落としてっていうばっかりだもん。のろのろ運転なんてしても楽しくないよ」

 「よせってぺギー、のろのろだなんてしたことないだろ」と父。

 「本当にそうなんですよ」と母が言うのを聞いてピーセルはニコニコしながら午後になるまでその話は延期しとこうかと言った。私は通ぶって見せて、ピーセル夫人に、スピードを出すのはいいんですが、ヘタな運転、これがあぶないだけなんですよ。「ほらお母さん!」とペギーが声を上げる。「いつも私たちが言ってるとおりでしょ」

[PR]
by ulyssesjoycean | 2006-05-27 19:30 | 翻訳小説『七人の男(抄)』 | Comments(0)

翻訳小説『七人の男(抄)』 第五回

 それでもやはり昼食に誘われたのは嬉しかった。この人物を気に入っていたし、なにより謎が謎のままなんてのは好まない。はじめて会ったその間にピーセルのことを少しも理解できていないんじゃないかというので私のことを鈍い奴だとお思いになるかもしれないが、実のところはこうなんだよ、この男はベールの裏に隠してあると思しき、グリエルソンが気取って授けた称号を引っぺがそうと注意を払っていたというのではなくて、この男の内面に確固たるものがあると、私はぼんやりと感じ取っていたに過ぎなかった。ヴェールがあるとすれば、その穴を明日にでも見つけ出してやろうと、自分に言い聞かせた。もっともエンジンと同じように稼動中のときよりも動いていないときの方が人間の直感も常以上の力を発揮すると思われる。そして翌日ピーセルが止宿先の表で待っているのを見ると、自信がなくなったきた。その活き活きとした顔はなんら―――なんら核心をつくようなことを語ってはくれなかった。もっともそれだけでなく、屈託のない中に探り出せそうにない部分があるのにも気づいた。それにだ、あらゆる点でごく普通の顔であり―――たとえそこに注意を向けても、その顔が「たいそうな変わり者」との関連性を裏切るところがない(とそのときは思った)。確かに精悍な顔つきではある。でもそれってどこにでもあるものなんだよな。

 それと表情がすっきりしていて、話を聞いてみると、ピーセルは午前五時まであの「バケモノじみたバカラルーム」に居座っていたのだという。それで私が、負けたのと訊いた。そうなんだよ、四時間(というところを誇らしく強調したが)かかって打たれ越してね、でも最後は―――そう、負けを全部取り返して(と認め)、「ちょっと浮いた」。「ところでさ」とつぶやいてホールに入ろうとすると、「君に話したアルゼンチンの取引のことだけど、うっかり妻に喋ったりしないでくれよ。投資についてはね―――いつもピリピリしてるから。それについては黙ってることにしてる。神経質なたちの女だからさ、こんなこと言って悪いんだけれども。」

 これについては私の先入観と合致しなかった。私は旧弊な観念にとらわれてしまっているから、てっきり「ひけらかし」の金髪女で、大抵の男には高慢ちきな態度を取るくせに、これはという奴らの肩越しにはしゃくにさわる笑顔を振りまいているんだろうと想像していた。その亭主の言葉をきいても、自分の目にしているものが嘘なのではないかという疑いを振り払うことは出来ず、引き合わされた恐ろしく色の白い小柄な女性の、その頭髪は銀髪というよりは白髪に近かった。そこへ「小さな娘」がきた! この神童の髪は「ダウン」にしてあったが、どんなときでもアップにしているのではないかと見えた。父と肩を並べるぐらいの背の高さで、その顔かたちといい握手のときの熱のこもった様子など父親にそっくりだった。頭の中で高速計算を行い、この娘を数に入れることにした。「注意しとかないといけないな、今朝はひどく腹を立ててたから」。その娘は赤面してしまい、笑いながらお父さんそんなバカなこと言わないでとせがんだ。どうしてまたひどく腹を立てたりしたのと訊いた。その娘が言うには、「がっかりしてたって言いたいんです。父もガッカリして。そうなんでしょ、お父さん?」

 「あの人たちの言うことももっともだと思うぞ、ペギー」と笑った。
 「あの人たちが正しいって言ってるでしょう」とピーセル夫人が言ったけれども、どう見てもはじめて言ったという様子ではない。

 「あの人たち」というのは海水浴協会の権威であると、たった今教えてもらった。ピーセルは娘を泳ぎに連れて行くと約束したんだという。ところがその連中が海野井絵にやってきて血も涙もなくこういう風に伝えたのである、海水浴は「悪天候のため差し控えるように(デファンデュ・ア・コーズ・デュ・モベー・タン)」。この出港停止命令をサカナにしながら腰を下ろして昼食となった。ペギーはフランス人は意気地なしだという見解である。私は、いやいやイギリスだって海が荒れているときの海水浴は禁じられていますよと弁護して。今日の海は荒れてなんてないのに、と認めはしないんだ。それに、穏やかそのものの海で泳いで何が楽しいんですかとこの娘が言う。そういう海でなければ泳ぎたくないとはさすがに言わなかった。「あの人たちが正しいんですよ」とピーセル夫人が繰り返す。

[PR]
by ulyssesjoycean | 2006-05-23 19:20 | 翻訳小説『七人の男(抄)』 | Comments(0)

翻訳小説『七人の男(抄)』 第四回

 私は吹き出してシガレットケースを取り出した。「吸うんだね」と、火を貸しながらつぶやいて、「ニコチンも薬物の一種ではあるから。自分を和らげたりはしない? 震えだとかそんなものをなくしちゃうんじゃないかって」

 重々しい目つきでこっちを見ると「そうか、それは思いつかなかったな。多分君の言うとおりだよ。そうだな、考え直すことにする」と声を上げた。

 私のほうを向いてひそやかに笑っているのかどうか。(想像力を働かせてこう思ったのだけれど)ここにいる男には数百ポンドの浮き沈みも、問題になりはしない。冗談のつもりでこう言ったのである。「タバコをやめれば有り金を賭すギャンブラー特有の心地よい苦悶ってのがいや増すんじゃないかとね。でも君の場合だと―――その、心地よい苦悶っていうのがどこからやってるのか分からない」

 「それってつまり僕がバケモノじみた金持ちだから?」
 「バケモノじみたは余計だよ」と訂正した。
 「君が言うところの金持ちってことに全てはかかってるわけだ。三パーセントしか満足できないっていう手合いとは僕は違う。何ヶ月か前に―――君にだけ言うけれど―――正味の話、全財産を賭けたんだよ、アルゼンチンの取引にね」
 「失ってしまったとか?」
 「いいや、実のところたんまり儲けさせてもらったんだけどね。この二月もなかなか悪くなかったし。でも未来を知るなんてことはありえない。ほんのわずかな判断ミスが―――こっちじゃ戦争、あっちじゃ革命、どっかじゃ大規模なストライキ、それにだ―――」口元から煙をふっと吹き上げて、失墜してしまっても、それを察してくれる人物を信ずるようにして私のことを見た。

 さすがに同情も仕切れなくなって、自分の質問にこだわることにした。「話は変わるけど、君がただ単に金持ちだっていうんじゃなくて、大きなリスクにも積極的に張る人物だとしたらさ、どうしてあんなちっぽけなバカラの賭けが君をそんなに興奮させるんだろう?」

 「君のほうが分かってるみたいだけど、自分でも考えることがよくある」と笑って解き明かしてくれた。「こうじゃないかな、僕は山ほどごまかしをやっているからね。張り取りをしている間に今こういうゲームをしてたんだよ、とんでもない額の賭け金だぞ、この世にはあとの一ペニーもないんだぞって思い込むわけ。」

 「へぇ、それじゃ君はいつも生きるか死ぬかっていう風に?」

 そっぽを向いてしまった。「いやいや、ぼくはそこまで言ってない」

 「バカなことを言った」と私は認めたうえで、もうひとつだけ訊いてみたいことがある、「でもさ、いつもいつも―――とんでもないツキがあるとして―――」
 「ツキなんてものはないよ」
 「そう、確かにないと私も思うんだけどね。でもさ、君がいつも勝利を収めるっていう事実があるわけだよね、だったら―――まァその、ツキが完璧なものだったら恐怖が入り込む余地はなくなるってことにならない?」
 「僕がいつも勝利をおさめてるだなんて誰から聞いた?」射るような口調で訊いてきた。

 私はかぶりを振ってこう言う「そういう評判なんだよ、とんでもないツキがあるっていうさ。」

 「そのことと、いつも勝利を収めるっていうのは同じことじゃない。それにだ、僕にとんでもないツキなんてない―――あったためしもない。ったく」と声を荒げて、「負けるより勝つチャンスが多いなんて思ってたら、俺は―――」
 「もう今夜はバカラルームに行くのはやめにしよう」とさわやかに言ってのけた。
 「バカラなんてどうでもいいよ! バカラのことなんかじゃないんだ。頭に色々と浮かんでくるのは、まァバカラもあるといっていいか」
 「どんなこと?」と思い切って訊いた。

 「どんなことかって?」イスを引いて、「こうしよう」と笑って言った。「あれこれ自分のことばかり喋ってしまったから、君は退屈だったろうけど、そんなことないなんて言わないでくれよ。辛抱強いにもほどがあるって、君は。おひらきにしよう。明日会える? 妻がすごく喜ぶはずだよ。ホテル・ロワイヤルにいるから」

 それは嬉しいねと言って、ウェイターを呼んだ。その姿が目に入ると友人は喉の渇きをうったえて、もう一杯水を持ってきてくれと頼んだ。車に乗ってきてるんだとも教えられた。ウチの娘が車に乗るのが大好きでね(子供がいると知って、驚きのあまり呆然としてしまった)、それに家族みんなが三人揃ってあさってには「フランスを駆け巡る」のだという。そのあとはスイスへ行って、「登山とか」をやる予定らしい。車に乗るってどうなんだろうな。昼食後にドライブに行くとして、ルーアンかそれともどこだろう。コップの水を飲み干すと、屈託ない様子で私と腕を組み、連れ立って廊下へと出た。今何を書いているのかと訊いてきて、今の時代に何かひとつデカイことをやってくれるだろうと期待してるよ、構想があるのは分かってるから、と言ったのである。この発言にはカチンときた(が、もちろん嬉しそうに装ったんだけれどもね)。このことを思い返しては腹を立てると言う定めになっていたのは、そのうちお分かりになると思う。

[PR]
by ulyssesjoycean | 2006-05-19 18:49 | 翻訳小説『七人の男(抄)』 | Comments(0)

翻訳小説『七人の男(抄)』 第三回

 カフェの席に腰を下ろすと、やんちゃな好奇心でうきうきしながら辺りを見廻している。それから両の手を小さなテーブルにのばすと、何を飲むのかと訊いてきた。懐中が暖かいのはこっちなんだからホストは私だろう―――と主張するとすぐに折れてその立場を譲ってくれた。シャンパンでも頼んだらどうしようかと思っていたが、ありがたいことに欲しがったのは水だった。「アポリナリス産の? サン・ガルミエのにする? 他のかい」と訊いた。普通の水でいいんだという。これは私が言わなければと感じて、この辺の水が「安全」だったなんてためしはないよと注意した。そういう話はよく聞くけどね、でも賭けてみようじゃないかと言うのである。私がいさめても、聞き入れなかった。ウェイターにこう注文した。「そうだな(アロー)、この人には普通の水をたのむ(プール・ムッシュー・アン・ヴェール・ドー・フレシュ)、それと私はビールを小瓶でもらおうか(エ・プール・モア・アン・ドゥミ・ブロンド)」。ピーセルは登場人物のあれは誰だったんだいと訊いてきた。特別誰かってわけじゃないんだと言って、自分たちの話しをすることに使用じゃないかと持ちかけた。「つまり、僕がどんな奴なんだか知りたいってわけだ」と笑ったから、いや君のことをよく耳にするからさと念を押した。これを聞いても嬉しそうな様子はない。「それに、男が自分自身を語るっていうのは、決まって面白いもんなんだ」と付け足した。それに実は、自分の勝ちを手渡さなかったその時から、「大した変わり者」の部分を私にどうかして見せてくれないだろうかと願っていた。その人生が満ち満ちたものだったとしても、当の本人は休みになって外へ出てきた悪賢い生徒のように見えた。もっと知りたくなったわけである。「そのビールうまそうだね」と、ウェイターが戻ってくるなりそう認めた。気が変わったのかいと訊いた。しかし首を振って目の前に置かれた水の入ったタンブラーを口元に差し上げ、瞑想でもするかのようにがぶッと飲み干した。「どんなものでも酒には決して手を出さないことにしてる」と言うその姿は実に厳かであった。もっとも、男が自分に課した習慣、それが肯定的なものであるにしろ否定的なものにしろ、それがいかにつまらないことであっても、それについて語っているときと言うのは厳かに見えるものである。(飲んだくれが改心したわけではないと思ったことについては本当に言い訳の仕様がないけれども)なんでまた禁酒しているんだいと訊いてみた。

 「酒に決して手を出さないっていうのはね、そうしょっちゅうはってことで―――まァなんていうか―――ギャンブルをやってる時は決して手を出さないってこと。鈍ってしまうからね。」

 その声の調子には怪しからんところがあった。ほんの少しではあるけれども、魅力があるからというよりは、むしろ象徴としてその女給と結婚したのではないかと考えてしまった。そんなはずがあるわけはない。まだたったの十九歳だったのだから。堕落した人間が見せる特徴を少しも感じさせない、毅然としながらも快活な、そして澄んだ目をした男なのである。「鈍るって、興奮が?」と訊いた。

 「そうとも! もちろんこの手の興奮なんて君には馬鹿げたことに思えるだろうけどさ―――否定はしないよ―――胸騒ぎがするあの感覚―――たまにではあるけどね、それがたまらなく好きなんだ。何しろ覚悟しなきゃならないだろ。ぐでんぐでんになったらチャンスを目の前にしたところで、何の楽しみがあるっていうんだい。ありゃしないよ。単に程度の問題ではあるけど。ちょっとでも酒を入れて自分を落ち着かせては、ギャンブルをやるときの興奮をくまなく感じ取ることはできやしない。一勝負が決まる前にくる震え、決まったときの悶える感じ、決まった後にくる苦しみや喜びの恍惚感、こういう特別なものを失ってしまうことを、君は知っとかないといけないなァ―――」こう付け足し、持ち上げておいておいた高みからわざと話をストンと落っことして、私のほうを見ながら微笑んだ。

 何らケレン味のない様子で親をとっていたことを思い出しながら、「それじゃ今夜も、その悶えとか恍惚ってものを限界まで感じ取っていたわけ?」と訊いた。

 うんと頷く。

 「もうひと勝負する体感できそう?」
 「そう願いたいね」
 「欠席したなんてことはないの?」
 「一時間かそこらすると弱くなってしまうね。気持ちを切り替えないと。君を退屈させてないといいんだが―――」

[PR]
by ulyssesjoycean | 2006-05-15 20:16 | 翻訳小説『七人の男(抄)』 | Comments(0)

翻訳小説『七人の男(抄)』 第二回

 そういうこともありうる、と私は思う。もっとも、そのまァ友人は、迅速な商取引だの「顔がきく」信用払いなんてものには長けていたが、私のとろくさい、文士稼業の自意識にそういう事例を証明してくれたためしはなかったが。この人物のおかげとはいえ、数分後には、その見解をためすチャンスがやってきたのである。「さあ(メッシュー)、親を張る方はいらっしゃいませんか(ラ・バンク・エ・ト・ザンシェール)」という声が響いて辺りを見廻すとお目当ての人物がその場を立とうとしていた。「今なら張れるぞ!」グリエルソン(というのがこの友人の名前なのだが)はチップの売り買いをしているカウンターの方へ向き直った。「ジミー・ピーセルが張るんなら、そのツキに乗ろうと思ってね」と付け足した。もっともその狙いはなくなったがね。友人がチップを購入しているその間、私も買ってみようかどうしようかと考えていると、ピーセルその人がカウンターにやってきた。口をしっかと閉じるということもなく、重々しい雰囲気は消えていたし、若々しく見えた。その後ろにはお付きの人間がいて木製のボウルをたずさえ―――これが何の変哲もないんだが魅力的でね、親をやる人間にはこういう人間がついてくるようだが、その浮きというのがあまりに大きいからポケットに収められない。グリエルソンと挨拶をしている。ディエプには今日の午後到着したばかりで―――一日二日の滞在だと言っている。私も引き合わされた。熱心な様子で話しかけてきて、なんと私の仕事の「大ファン」だというのである。こん畜生とはもう思わなかった。グリエルソンはチップで武装して、いまだとばかりに突進して空いた場所を確保した。ピーセルはテーブルの方に手を振りながら、こう言った。「君がこういうものに手を出すなんて思いもしなかったよ。」

 「まァね―――」大目に見ておこうと微笑んだ。
 「くだらん時間つぶしさ」と打ち明ける。

 ふっと下に目をやると、チップと金と紙幣がおりなす混沌が、カウンターにいる男の手さばきによって、整然とした列を成すようになってきた。これだけの大勝をおさめた男と対等な関係で顔をあわせたり、話したりするというのは実に嬉しいことだなんて、さすがに大声では言わなかった。今こうして畏敬と嫌悪をこめてあった人物が、私の作品の大ファンだったなんていうのは全く素晴らしいものだと思えたけれども、そんなことは言わなかった。私はただこう言ったのである(またしても大目に見ておこうといった様子で)、何とかとよろしくバカラは暇つぶしには悪くないと思うね。

 「おいおい、そうまで言ってくれるなよ!」自分は素質を有する人間がうらやましいんだという風に付け足した。私はふふっと笑って、その手の素質を持ってるというのは大層気持ちよかったことは良かったけれども、自慢しようという気はない。まァ確かに、カウンターの小男が持ち主に千フランにしますか(ミーユ・フラン)、五千フランに(サンク・ミーユ)、それとも一万フランで受け取りますか(ディズ・ミーユ・コワ)と尋ねているその莫大な金額より自分が劣っていると感じたことは、誓ってもいいけれど、一度もない。私だったら、五フラン紙幣にしてくれと頼むところだな。ピーセルは一番コンパクトな形にしてポケットにぐいぐいと詰め込んだ。私は、今日はもうやらないのかね、と訊いた。

 「うん、また後でね」と言う。「海風を少し肺に入れてやろうと思うんだけれども」と控えめな様子で、一緒に来ないかと尋ねてきた。喜んでそうさせてもらおう。向こうのテラスで突然こういってくるものだから、私の脳裏に火花が走った。「いやね、その、失敬な奴だなんて思わないで欲しいんだけど、この金はもう僕にはなんら用のないものなんだ。どうか君に受け取って欲しい、君が与えてくれた楽しみの見返りとしてはごくごく小さいものだけど……ほら! 頼むから! 何も言わずに!」―――これほど実直かつ繊細な、それでいてこれほど熱心に迫られては断ることは出来ない。もっとも読者にヘンな期待をさせるわけにはいかない。こんなことはなかった。これから先もこんなことはなかったが。

 テラスには長くいなかった。とても話しながら歩いたりできるような晩ではなかった。風が吹けばよろめかずにはいられないし、帽子をぎっちり押さえてさっきのことを言うにも叫ぶしかないなんていうのは、実際体験してみないと分からないだろうな。こういう強風の知遇を得てしまっては前進するなんてとてもできない。こんな強風にもかかわらず―――というよりそのせいだと言うべきだけれど、今になってはこう思う、さァてとカシノにあるカフェに腰を下ろすともうちょっとピーセルを知っておくべきだったってね。歩くというのかよろめくというのか、欄干にもたれて一休みして、その場から暗く荒れ狂う海を眺めたんだ。そこでピーセルがこう叫んだ、今日セーリングをやったら滅茶苦茶楽しいだろうに、かつてはセーリングも得意としていたようである。

[PR]
by ulyssesjoycean | 2006-05-09 18:57 | 翻訳小説『七人の男(抄)』 | Comments(0)

翻訳小説『七人の男(抄)』 第一回

『ジェイムズ・ピーセル』
マックス・ビアボーム著 シロクマ訳 『Seven Men』より


 一九一二年九月十七日
 最後に会ったあの日、もっとも初めて会ったその翌日に過ぎないのだが、それから七年の歳月が流れ、今日の朝刊を見ると突然の死を迎えたとの報があって衝撃を受けた。

 うすぼんやりと過去のことを思い出すと、八月はディエプで過ごすことに決めていた。その当時は今ほど有名な場所ではなかったのである。気のいいイギリス人が気のいいフランス人とお互いそこそこの人数でシェアしていた。レース・ウィークというのがあり―――第三週がそれに当たるのだが―――そうなると生活が侵害されるので、私たちは憤慨していたものである。パリ版のニューヨークヘラルド紙を読んではそこに出てくる名前が闖入してくるぞといっては冷ややかに笑っていた。夜になってカシノのバカラルームに人が押し寄せたり、ディーラーたちが大博打で熱狂していたりするのも大嫌いだった。一週間はその部屋を避けるようにしていたのだけれども、ギャンブルが習慣になっている人たちの真剣そのものの様子を見たりすると、吐きそうな気持ちでいっぱいになる。大抵の男は、支配欲から生じたストレスでもあるんだろう、バケモノじみた太り方をしていて、大抵の女は痛々しいほどに痩せている。それ以外の女たちは卒中になりそうだというので目に付き、それ以外の男たちは痩せ細っている。何か投げつければめり込むかコナゴナになるといった様子で、空しいとは知りつつもその中から中肉中背の男を探した。こいつらみんな、目の毒になるな(でもここにいる大抵の連中だって私生活では貴族並みなんだろうな)。しかし、アメリカの街にでもいれば遅かれ早かれ―――訴訟が行き詰って、それでもどうにかして―――ダイム・ミュージアムに入っていく、これだから年々歳々、ディエプのレース・ウィークともなれば、たった一夜だけバカラルームに滑り込むことにしたのである。そんな一夜に出会った男の記憶を言祝いでみたいと思う。たった一人の男に目が止まったのだけれども、その男はどこへ行ってもまるで気づかれる様子がない。異彩を放ってはいたが、メインのテーブルで親をはっていたなどという単純なものではなく、どこにも奇妙なところがないというのが、むしろその理由だったのである。
d0026378_21591116.jpg

 くわえたタバコのサイズは中庸であった。張り取った金額を別にすれば、そのどれもが中庸を行っていた。太ってもいなければ痩せてもいない、その顔も青白くもなければ季節ギャンブラーにありがちな赤ら顔でもない。ただ血色が良いばかりである。その目に不自然な明るさもなければ不自然な気だるさも見えない、ごく普通に透き通った、ごく普通なグレーの瞳。その年齢までも中庸を行っている。三十六かと思われたが、それ以上ではない(「それ以下でもない」と言っておいたほうが良かったかな)。平気を装っているわけでもない。まわりがやれやれと思うようなカードの配り方もしない。それでいて近寄りがたいほど集中している様子には見えない。口元からタバコを動かしてもその顔には少しも変わるところがないのに気付いたが、吸っていない時でさえその口元はしっかと閉じられている。常に閉じているその口元には深甚とした面白みを感じさせた。

 その親番ももうすぐ終わる。ほんの数枚しかカードが残っていない。その目の前には色とりどりのチップが引き散らかされており、ディーラーが片付けるには時間が足りないし、そこにはもう札束が出来上がっていた。その他にも紙幣が山と積まれているし金が積み上げられていくつか小さな山をなしている。総額、五百ポンドは下らないのは確かである。この親はツイてるな。たった数分のしのぎで、私が四苦八苦しながら数ヶ月にわたって稼いだのより、多いんだからね。なりかわってみたいもんだよ。そのお銭がなんだか個人攻撃をしてくるように思える。こん畜生。また親をとるなんてことにならないといいのだけれど。浮いた分をポケットにおさめて帰ってくれたりするとありがたいのだが。この金を全てなくすほどバクチを打つのかと思うとますます侮辱されるような心持ちがしてきた。

 「さあ、親を張る方はいらっしゃいませんか(メッシュー、ラ・バンク・エ・ト・ザンシェール)」快活な宣言が響きわたり、その合間にディーラーは新しいパックを二つ開封しシャッフルする。恐れていたことが起こってしまった。こん畜生と思っている男がその場にとどまったのである。

 「皆様、親が決定いたしました(メッシュー、ラ・バンク・エ・フェット)。一五〇〇〇フランが親の浮きでございます(カンズ・ミーユ・フラン・ア・ラ・バンク)。さあ、カードをお配りいたします(メッシュー、レ・カルト・パッセ)。さあ、カードをお配りいたします(メッシュー、レ・カルト・パッセ)。」

 さあ帰るかというところで、友人に出くわした―――レース・ウィーク目当ての一人だが、まァ友人と言えなくもない。

 「張るのかい」と訊いた。
 「ジミー・ピーセルが親じゃなァ」と答えて笑った。
 「あいつの名前?」
 「そうだよ。知らないのか? ジミー・ピーセルのことを知らないやつがいたなんてなァ」

 みんながジミー・ピーセルのことを知らなければいけないとは、一体どういうことなのかと訊いてみた。

 「なにしろ変わり者でね。馬鹿ヅキなんだよ。それがいっつもだ。」

 この友人は知らないようだが、幸運というのは無意識下の英知であり、意識がはっきりしている状態での賢さが形をとる前の姿である、といった洒落た理論があるのだ。証券取引所に務めているのだが、この相手の発言にちょとしたひねりを込めて微笑んだ。運のことはともかく、変わり者だというのはどういうことなんだい。ああ、それか、ピーセルは証券取引所で大儲けしてね、まだ二十三の時だ、そのあとすぐ二倍にして、またそいつを二倍にしたと思ったら、辞めちまった。まだ三十五にもなっていないはずだよ。それで? そういやスポーツなら何でもこなすんだって―――大勝負のあとは世界中を駆け巡ってギリギリのしのぎをいくつもやってるんだとさ。競馬の障害レースもお得意だとか。もっとも今は身を固めたそうだがね。レスターシャーにいることが多いみたいだ。大邸宅なんだとよ。週に五日は狩だとさ。それでも虫が騒ぐときがあるらしくて。この二月にはメキシコドルで八万も完済したんだって。細君はケンブリッジで女給をしてたらしい。結婚したのは十九の時だぜ。そこから全てが上手くいくようになったみたいだ。全く、たいした変わり者だよなァ。
d0026378_215927100.jpg


[PR]
by ulyssesjoycean | 2006-05-04 21:49 | 翻訳小説『七人の男(抄)』 | Comments(0)