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カテゴリ:高山宏講演『脳にいい人文学』( 13 )

バスティアン・ヴィヴェス『塩素の味』

 前回の海外マンガフェスタにも来日・講演された若手作家のバスティアン・ヴィヴェスさん、注目作の『塩素の味 (ShoPro books)』が、気が付けば明日発売!
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 このところ追えていない新刊が増える一方で、作家さんはもとより、版元・訳者の皆様にも申し訳ない気持ちでいっぱい。

 そういえば、BDfile(ベデフィル)という小学館集英社プロダクションの販促サイトに色々な情報が載っているのだけど、研究者のブランシュ・ドゥラボルドさんいわく、「彼は(フランス的に)イケメンではないですね」との発言あって、ガクブル…
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 (会場で実際にお見かけしましたが、長身でこそないものの、男前な人だなぁ~と感激していたので、先の発言はええーっという感じ)
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by ulyssesjoycean | 2013-07-23 20:15 | 高山宏講演『脳にいい人文学』 | Comments(0)

高山宏講演『脳にいい人文学』(1)

 紀伊国屋サザンシアターで行われたトークイベント『脳にいい人文学』、今回から数回に分けて全体の流れをさらってみたい。
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 黒のタートルネークとボトム姿で登場されたタカヤマ御大、自己紹介もなしというスタート。4年前までは「英文学者」だったのが、現在は「江戸文学(と江戸美術)」を講じる身になっている由。

 ただ、「文学っていう言葉自体が嫌い」ということで、つまり氏が関心あるのは「litterature」という概念。これは「字で書かれたものすべて」を包括するもので、いわゆる「文学」という意味は殆どないという。
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 では文学ってなんだろう?というところから、タカヤマ読者なら予想されるように、「小説」という議論に入っていく。

 本来「新しい」という意味しかなかった形容詞novelが、どうして「小説」をも意味するようになったのか。
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 たとえば純文学というものもあって、プルースト、ヘンリー・ジェイムズ、夏目漱石がいるけれども、この人たちはみんな1880年から40年間ぐらいに渡って小説を発表してきている。

 純文学の代表選手であるヘンリー・ジェイムズは、ダイム・ミュージアムにばかり行っていて、スティーヴン・ミルハウザー、トマス・ピンチョンもこの系譜だという。
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 ダイム・ミュージアムは言ってみれば「ゲテモノ博物館」で、ここに日参していたのがジェイムズ。アメリカ文学とこうした見世物文化はつながるはずで、最近『アメリカン・ルネサンス』という本が出たけれども、見世物については言及は一行もないという。

 見世物は英語で言えばshowだけれども、これをキーワードにしようかとおっしゃりつつ、ご本人は「英文学会の見世物と言われて40年」だそうな。
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 (当然、この次は「スペクタクル論」になるけれども、それはまた次回に。
 
 高山氏が言っていた「アメリカン・ルネサンス」は、このF・O・マシーセンの『アメリカン・ルネサンス 上巻エマソンとホイットマンの時代の芸術と表現』のことだった)
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by ulyssesjoycean | 2011-11-27 13:15 | 高山宏講演『脳にいい人文学』 | Comments(0)

高山宏講演『脳にいい人文学』(2)

 さて肝心のSpectacle。この一語が訳せないので、「スペクタクル」とカタカナにして済ます状況が問題だと。こういうのはtranslateでなくtransliterateと言うのだそうな。
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 さてここで高山氏の「専門」の話になる。専門が50くらいあるそうで、最近は履歴書の専門の欄には「多い」と書くのだそうな。大学事務の人が困ってしょうがない由。

 そしてその数ある専門の一つが「スペクタクル論」だという。通常、スペクタクルは三つに分かれるという。
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 まず1.合法的なお芝居(regular plays, legitimate)というものがあり、2.それに属さない小屋がけの芝居(テント劇場)、3.そして戦争映画のようなもの。

 ここからはタカヤマ語源学の登場で、Spectacleと生物学のSpeciesがラテン語のSpecio(私は見る)に由来する、言葉はこういう語根(root)を見なければいけないという。
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 SpectacleとSpeciesは1750年代に一番使われた言葉だそうで、こうしたことをOEDで調べさせられるから、4月には一杯来た学生も、夏休み明けには10人になっているそうな。

 このOEDでConceptualなCoreを持った言葉を調べていくことが基本方針。SpectacleとSpeciesがなぜ同じ語根を共有しているのか、その「間」がない。
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 「見る」ということで言えば、図解の問題もある。1750年代になってはじめてillustrationという言葉が用いられるようになるけれども、それまではilluminatio(イリュミナチオ)と呼んでいた。

 要は、宗教的なものが抜け落ちていってイラストレーションという言葉になっていくのだという。
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 たびたび1750年代、つまり18世紀半ばが取り上げられたけれども、高山氏いわく「僕の専門は18世紀半ば!」なんだそうな。

 この先は、絵を使って物を理解するという考え方について。カール・リンネが登場するけれども、それはまた次回に。
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by ulyssesjoycean | 2011-11-27 13:15 | 高山宏講演『脳にいい人文学』 | Comments(0)

高山宏講演『脳にいい人文学』(3)

 18世紀半ばから、物を理解するのに絵が有効な手段であるという考え方が出てくる。これをやったのがスウェーデンのカール・リンネ(Carl Linné)。
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 分類できると分かるようになるということから、中尾佐助に話が及び、「分ける」から「分かる」という意味が生まれてくるのであって、「分かる」から「分ける」が出てくるのではないのだという。

 分けられないものをどうするか、そもそもこういう分ける・分けないというのが、数学の微分・積分につながる。
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 微分は記号にdが使われるということから「differenciate」の略であり、一方の積分は「integral」と言うのだそうな。

 分ける微分がニュートン、統合する積分がライプニッツで、マナリズム(マニエリスム)は、differenciateしたものをintegralで再統合するというのが、現在の高山氏の見解。
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 そして図解はなんのために出てきたのかというと、AとA’という図があったら、それはもう別のものとして理解するようになっている。図鑑というのも18世紀半ばに出てきた由。

 ヴィジュアル(Visual)の歴史と切り離せないからこそ、こうした基本語をOEDで引くことに意味があると。
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 先年、OEDを全部読んだ人の本が出たけれども、「ただ読んでるだけじゃん! よっぽどヒマなんだね(笑)」とおっしゃっるように、さかのぼることに意味あると。

 高山宏にはイデオロギーが足りない!と言われるが、自身がはっきり「イデオロギーゼロです!」、そしてイデオロギーというのは、「ある人にとって都合のいい考え方」と英英辞典に出ているそうな。
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 どうせある思想(イデオロギー)になつくんなら、OEDになつけと。なつくどころか学生と口論になって「OEDを投げつけ、投げ返される」という椿事もあった由。

 たしかに引くのは大変だけれども、これを使えば文化力は倍増、三倍増だという。この先は英文学への思いのたけから英国王立協会に入っていくわけだけれども、それはまた次回。
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by ulyssesjoycean | 2011-11-27 13:15 | 高山宏講演『脳にいい人文学』 | Comments(0)

高山宏講演『脳にいい人文学』(4)

 英文学については色々と手厳しい考えを持っているものの、その英文学の一番の専門が、「英国王立協会」の由。
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 2011年現在、なにがといって「0/1バイナリー」、つまりコンピュータランゲージが世を席巻している事実。

 カードひとつで物が買えるこれはいったい何か――というところから、「コンセプト」に話が及ぶ。
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 もともとはconceiveといって、女性が妊娠するという意味しかなかった言葉が、1750年代になって、頭の中に発想が生まれることをconceptと言うようになった。

 実際、good ideaのことをbrain childと言うそうで、そこからconceiveの意味は二分化。妊娠するという方は名詞conceptionになり、発想はconceptというようになる。
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 これは語学の問題でなく、発想うんぬんのconceiveは男性にしか使われない。言ってみれば知的な意味でのフェミニズム論になっていく。

 なんでそうなったかというと、これもまた18世紀半ばになって初めて、出産に立ち会うのが産婆でなく、男の医者(産科医)になったそうな。
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 その代表例がロレンス・スターンの『トリストラム・シャンディ』で、これはユーモア小説でなく、「産科小説」という位置づけになる由。

 これもまた氏の「専門」になってしまうから、書類に「産婦人科の研究」と書いて、また大学事務の人が困り果てるという按配。
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 こういうことをやっていると、「高山さんはインターディシプリナリーなんですね」ということを言われるが、もともと「ディシプリン」ということを認めないのが自分であると。

 ディシプリン、つまりは各分野で専門にやっている人文学がメタメタになっているのに、「なんで僕だけが元気なんだろう?」
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 しかし、(高山氏と)同じような人が増えてきつつあるという現状も、一方にはある。生物学で氏が唯一尊敬しているという福岡伸一氏がそうだけれども――というところから先の話は、また次回。

 *管理人追記:高山先生が言っていた「アメリカン・ルネサンス」はF・O・マシーセンの著書であるとご教授いただきましたので、第一回の内容を若干修正しました。
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by ulyssesjoycean | 2011-11-27 13:15 | 高山宏講演『脳にいい人文学』 | Comments(0)

高山宏講演『脳にいい人文学』(5)

 さて、高山御大が唯一尊敬している生物学者だという福岡伸一氏。「向こうはきっとケーベツしてます(笑)」とは言うものの、なるほど、福岡氏の専門は17世紀オランダの由。
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 フェルメールの絵画に見る装飾が、顕微鏡文化とつながっているという、そういった議論をされているそうな。

 ところでそもそもディシプリンは有効なのか? 実際にインターディシプリンをやろうとすると、「ヤバイもん! いろんな意味で」ということがあるらしい。
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 アナログ/アナロジーが必要になるということから、個人的に色々言いたいことはあるのだけれども、バーバラ・スタフォード氏の作品を孜々紹介してきた。

 本当は福岡氏に読んでいて欲しいけれど、読んでないだろうなぁ――と。著作を見ると、その辺は分かってしまうという。
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 18世紀半ばには百科全書(エンサイクロペディア)が登場するけれども、「百科全書ってなんだろう?という研究がなんでないんですか?」

 つまり、高山氏が40年大学に籍を置いてきて身にしみて感じているのは、「知識論」がないということ。
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 知識論、情報論の神様といえば、マーシャル・マクルーハン。この人はカナダ人。で、カナダのトロントというところがめっぽうオモシロイ場所だという。

 ひところ鳥インフルエンザが流行した際、東南アジア圏ぐらいでせき止めたはずが、なぜかカナダのトロントだけ、鳥インフルエンザが入ってしまった。
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 なぜかというと、文化的にはアジア系移民が10数パーセントを超えるという、移民受け入れをやってきたのがトロントだそうな。

 そしてそのトロントはカソリック文化圏だから、ジェズイット(Jesuit)、つまりイエズス会の話題がある。
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 フランシスコ・ザビエルにしても、みな、軍隊の訓練を受けた宣教師であって、四ッ谷から新宿に向かって歩くその道すがら、ジェズイット!と叫んだら、「二、三人振り向きますよ」[上智大はイエズス会系の学校だから]。

 明治大学で新学部創設の際、ヴィジュアル文化論をやる関係で以上のような事をスピーチしたら、そんな話を聴きに来たんじゃない云々、相当激しいやり取りになったそうな。
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 マクルーハン自身は、テレビのことをidiot boxと読んでいたそうで、この先、イエズス会とヴィジュアル文化のつながりになるけれども、それはまた次回。
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by ulyssesjoycean | 2011-11-27 13:14 | 高山宏講演『脳にいい人文学』 | Comments(0)

高山宏講演『脳にいい人文学』(6)

 「これとコタツがあったら人生おわり(笑)」という、idiot box、つまりテレビ。
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 そう言ったマクルーハン自身が、このidiot boxを使えないと生きていけないだろうと言った由。じゃあそのマクルーハンとはどんな人だったのか。

 実子曰く、「頭のキレたカトリック」だそうで、毎朝、『フィネガンズ・ウェイク』の一節を共に朗読するのが親子の日課だったそう。「Happy father and sonだよねぇ~」とタカヤマ氏。
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 マクルーハン自身はカトリックだったけれども、その弟子はみなジェズイット。明治大での基調演説では、ヴィジュアル文化とジェズイットの関係というところから、話は記憶術に及ぶ。

 記憶術、アルス・メモラティーヴァ(ars memorativa)というものの基本は、トポスに集約されるという。際立った特徴を持った場所という意味。英語で言えばTopic。
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 場所をまず記憶し、その場所とある種の知識を関係させて覚えるという技術で、未確認ながら、爆笑問題のテレビ番組にて、みごと「あの」田中氏が記憶術に成功したそうな。

 さらにこの場所という概念は劇場の設計にもつながり、シェイクスピアの演劇は記憶劇場だということを、フランセス・イエイツ、またはペルジーニ(伊)が研究している由。
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 こういったことは演劇研究者からすれば、そんな知的なものではずはない、役者ひとりひとりの所作とセリフで成り立っているもののはずだという。

 ここで話はスティーヴン・キングの『IT』に及ぶ。怪物に家族を殺された仲間が集まり、六人であの怪物を倒そう――そのときにかかってくる電話のメッセージが「Remember it」
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 「僕天才だから(笑)」の高山氏からすれば、「Remember」という英語も「re+member」と見えてくる。これは「バラバラになった身体をもう一度ひとつにする」という意味になるそうな。

 さてこういう記憶術が使われなくなったのはなぜかというと、現在はこの行為をコンピュータが代用し、それ以前は本が代用していたから。
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 ジェズイットは、本を布教先に持っていっても、それが発端で蝋に入れられる、軍隊の経験をつんだということは、死ぬことはもとより覚悟の上だという。

 本を持っていけない以上、「聖句を全部記憶していく」ため、記憶術が必要になったと。1.場所と知識を結びつける。2.その場所とヴィジュアルを結びつける。これが記憶術の骨子。
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 そこから『薔薇の名前』に話が進むのだけれども、これはまた次回。
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by ulyssesjoycean | 2011-11-27 13:14 | 高山宏講演『脳にいい人文学』 | Comments(0)

高山宏講演『脳にいい人文学』(7)

 さて話は『薔薇の名前』。といっても原作の方でなく、映画版。あの中で特筆すべきは、写本のあり方だという。
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 本を鉄の枠で装丁し、さらにそれが鎖で柱につながれているという――「本がそれだけしかないわけですよ」という状況。

 本がない世界での本の読み方というのが、すなわち「記憶」。数少ない本を全部記憶したうえで、トマス・アクィナスがこう言ったということを議論する。
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 それもただの議論でないから、「ドーパミン出まくり、全身アドレナリン」状態。本がない状態だからこそ、そうした読み方になったそうな。

 日本の大学でも「記憶術(必修Ⅰ)」なんて科目があってもいいだろうに――というところから、18世紀半ばから、普通の知識人が読める、いわゆる「本を読む」という行為が定着する。
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 記憶術をマスターしたイエズス会は一方で軍隊でもあるから、ペルーやメキシコを滅ぼしたのは、実は宣教師の集団だったということになる。

 その宣教師が日本に来て、「狙いは石見です」、つまり銀山に向かい、石見から九州へ向かったと。
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 ここから話は「出雲阿国(いずものおくに)」になる。阿国は歌舞伎の創始者と言われていて、その世界はまさにスペクタクル。市川猿之助のスーパー歌舞伎。

 現存している阿国の絵を見ると、みな金色のクロスを下げて、金色の刀をはいている。だからといってクリスチャンであったわけはなく、澁澤龍彦的な言い方をすれば「神聖娼婦」だったそうな。
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 出雲のお巫女さんとして布教して歩くときに、北九州でイエズス会と接触した可能性は非常に高いという。

 イエズス会はイエズス会で、その北九州で日本で最初の活版印刷をはじめたそう。当地の唱歌というのか、昔の歌は、とても日本語とは思えない歌詞になっているらしいけれども、それはイエズス会の賛美歌の名残だからという。
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 カソリックの中でこうした方法論をとったイエズス会、話はここから『ハリー・ポッター』になるのけれども、それはまた次回。
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by ulyssesjoycean | 2011-11-27 13:14 | 高山宏講演『脳にいい人文学』 | Comments(0)

高山宏講演『脳にいい人文学』(8)

 さて話題は『ハリー・ポッター』。同作に登場する悪魔は、「名を名乗ってはいけないあの人」という形で現れる。
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 この時点で、キリスト教のYHVHを指しているのだろうということが察せられる。一神教の神のこと。十戒にも「みだりに神の名を唱えてはならない」と書いてある。

 神の名を言うことができないので、ギリシャ語でテトラ・グラマートルと称するらしい。直訳すれば「四文字様」とでもなろうか。
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 それで言えば、主人公の「ハリー・ポッター(Harry Potter)」も神学的な意味がびっちり詰めこまれた名前だという。

 まずPotterは「すえつくり(陶工)」という意味で、これは「Creator」の別名だという。そして「Harry」「Owned Harry」(*うまく聴き取れなかった)、「悪魔」という意味らしい。
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 額にはZの文字があることから、「ゴーレム」(人造人間)のことであり、エディンバラというスコットランドのユダヤ人だまりでこうした作品が出てきたということが、神学的に意味がある由。

 ここからイエス・キリストの行う「奇跡」に話が及ぶ。英語で言えばMiracleで、これはMirrorから生まれた言葉。
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 方々で奇跡を行いながら、「それで信ずるのは二流の信者だ、信じないお前は一流だ」ということを述べるけれども、高山氏いわく「やるなよ!(笑)」。これがつまりキリスト教におけるイコノクラスム(iconoclasm:偶像破壊)の基本。

 それが基本理念だったんだけれども、プロテスタントに勢力を奪われつつあったカトリックが、徹底してヴィジュアルを使うぞ!ということに方針転換する。これが「バロック」の概念だという。
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 それをやったのがイエズス会で、その記憶術もバロック的なコンテクストから理解しなければいけないということらしい。

 だから出雲阿国がやっていたのも、いわゆる「教化演劇」というもので、これについて研究し本を出しているのが丸谷才一である――というところから歌舞伎の話になるのだけれども、それはまた次回に。
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by ulyssesjoycean | 2011-11-27 13:13 | 高山宏講演『脳にいい人文学』 | Comments(0)

高山宏講演『脳にいい人文学』(9)

 さて出雲阿国が創始したという歌舞伎はどんなものだったか。いかがわしい踊りということで処罰の対象になったそうだけれども、残された絵など見ると、ふくらはぎを出してるだけらしい。
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 ケレンこそが歌舞伎のオリジナルだということで、市川猿之助がスーパー歌舞伎を行い、本来の姿を見せようと尽力した。

 スーパー歌舞伎は、公演中、会場上空を宙吊りになって、それこそワイヤーアクション状態で叫び続けるという――「降りてきていいなさい(笑)」と思ってしまうような、でもそれが元々の形。
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 そういった歌舞伎の伝統が途絶えてしまうのは、外山正一という文部官僚がイギリスに留学したため。そこで改作されたハムレットを見て、それが演劇の正統だということになり、歌舞伎のケレンがすべてご法度になる。

 当時上演されていたシェイクスピアというものでは、ハムレットは死なず、リア王がハッピーエンドだったりする。そんなの見たいか?!というと「ちょっと見てみたいよねー(笑)」
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 Adaptation(翻案)のシェイクスピアしか許されなかったのが、1920年代に入ってやっとエリザベス朝に還ろうという運動が起こり、300年たってようやくオリジナルなシェイクスピアが見られるようになった。

 さてここから話はまた王立協会に戻る。王立協会は現在に残る色々な仕組みを発明し、その一つがカード文化。
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 Credit(信用)という経済制度、国勢調査というシステムを作り出したのも、この王立協会の経済部門。確率論(probability)というのも、この部門の発明なんだそうな。

 こういった基本語をひとつひとつOEDで見て欲しい――というのが、タカヤマ講演の骨子。たとえばヴィジュアル(Visual)。こういうものを調べる。
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 ヴィジュアル・カルチャーをやる上で、Imageという英語を「イメージ」と安直にカタカナで置き換えて済ましていることが問題だと。

 明治時代の翻訳者たちは、言葉がまったくないところから、原語の意味を汲み取って漢字に置き換えた。そういう気合がないからこそ、内容的に上滑りになってしまう、それが現在の学問の問題点だという。
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 ここから先、視覚化というところから裁判制度についての話になるのだけれど、それはまた次回に。
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by ulyssesjoycean | 2011-11-27 13:13 | 高山宏講演『脳にいい人文学』 | Comments(0)