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ま行

待て! しかして希望せよ!(てしかしてきぼうせよ) アレクサンドル・デュマ作「モンテクリスト伯」(岩窟王)の岩波文庫版最終7巻の最終行。ちなみにジェラール・ドパルデュー主演のフランス国営テレビの内容はアダプテーション(改作)なので、原作で読むとまるっきり違うので驚く。またまたちなみに現在アニメーション「岩窟王」がDVDで二巻まで出ている。こちらは原作に忠実であるのだが、主人公をモルセールの息子アルベールに据えたことで原作を全巻読んでいる人間(そのうちの一人)を驚かせた。

ルセル・デュシャン(Marcel Duchamp)。網膜(retina)をキーワードとする20世紀を代表するアーティスト、らしいのだが、こっちは美術史(Art History)など何も知らぬから美術的にどういう位置づけになるかは知ったことではない。ただ恐ろしくぶっとんだヘンさで他の追随を許さぬあたり尊敬に値する。また作品の「見せ方」にもただならぬ神経を使い、それが代表作「与えられたとせよ・・・」だそうだが、これはアメリカのフィラデルフィア美術館まで行かねば見ることは出来ない(見ることは出来るが面白みはない)。ちなみにこの人の言葉で最も気に入っているのは「il n'est pas de solution, parce qu'il n'est pas de probleme(回答はない、というのも問題がないからだ)」

マンガ夜話(んがやわ)。NHKBSが誇る日本一の教養番組、であるかどうかは知らないが、「ただ読んでいた」マンガに「なんとなくではない」読み方を、書き手側から発信してくれる唯一のテレビ番組ではあったわけで、この番組によって夏目房之介・いしかわじゅん・岡田斗司夫の名前が記憶に残り、その後のマンガ論の土台を作った、というかマンガ論なんてものの存在を認めた、などというのは少々口幅ったいが、事実そうである点は大いに評価できるが、こういう番組に対していまだに「批評なんてものは必要ない」という意見が散見されるのは困ったもの(存在を否定しちゃあいかんよな)。

うらじゅん。デビューは「ガロ」の元(?)マンガ家・イラストレーター、であるのかないのか、もはやそういった肩書きは当の本人が一番どうでもいいようで、他人が絶対やらないような恐ろしく下らないものをえんえんとやり続けるその姿勢はマジなのか、マジでないのか(恐らく前者だろうが)。この人自身も面白いが、横のつながりも充実していて、いとうせいこう・山田五郎・田口トモロヲなどと、また恐ろしく下らないことをやっていて、どれも腹を抱えて笑うが、ベストは田口トモロヲと組んだ「ブロンソンズ」。ロッキーにテーマにあわせて「ブロ~ンソ~ン、ブロ~ンソ~ン、なんじゃこ~りゃ~」と歌うだけの(!)企画。こんなんばっかし。

みなもと太郎(なもとたろう)。日本マンガ界における最高の知性であるが、悲しいかな、ギャグマンガという体裁で日本の歴史を書き綴る「風雲児たち」という傑作も、知らない人は知らないが、知っている人間もそんなに多くはない作品でそれを呉智英(くれともふさ)氏が「あなたは長距離ランナーだから」と言ったらしいが、やはり本人は「売れない」と悩むらしい。それでも去年(2004)手塚賞だかなんだか権威ある賞に輝いて、「賞をやるのが遅すぎる!」と識者からは怒りの声もあがったようだが、これで少しでも読む人が増えてくれればと、切実に思うばかり。損はしないから読んで欲しい。

宮崎駿(やざきはやお)。押しも押されもせぬ日本を代表するアニメーション監督で、この人は直接的・間接的にではあれ、押井守・庵野秀明に大きな影響を与え、押井さんは「アンチ・宮崎としての直系」であり庵野さんは「エゴイストな部分とサービス精神」を受け継いだというが、ここまで自分ひとりで背景美術・ストーリー・作画と何でもかんでもやってしまうと、なかなか後進は育たないのかな、と思っていたら、最近活躍中の吉田健一氏は元はスタジオジブリ所属ということで、ようやくそういう人が出てきたのか、という感じ。ちなみに「カリオストロの城」を頂点とする氏の監督したアニメーションも面白いが、実は一番面白いのは本人であるというのは、知らない人も多いが、知っている人もそんなに多くはない事実。

森薫(りかおる)。ヴィクトリア朝を舞台にしたメイドマンガ「エマ」で人気を博すが、一連のメイドものと違って、この人の「メイド好き」は半端ではなく、また書き手が女性だということも読者を驚かせ、事実単行本後書きには「女って本当ですか?いまだに信じられません」という質問が来ていてなかなか笑える。同人誌で「メイドもの」ばかり描いていたら、なんと周囲はエロだらけで吃驚した、と語っているがそりゃそうでしょう。稀に見るインテリジェンスを感じさせる作家でもある。
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by ulyssesjoycean | 2005-04-28 18:18 | Comments(0)

は行

百鬼夜行抄(ゃっきやこうしょう)。今市子(いまいちこ)作のどこかおかしい怪奇譚。以前BSマンガ夜話で同作がとりあげられた回など、「陰陽師」の夢枕獏氏をして「駄作がひとつもない」と言わしめただけあって、出演者一同絶賛という非常に珍しい放送内容になったことを記憶している。絶賛しているのは何も出演者だけの話ではなくて、こっちも当然絶賛。「百鬼夜行抄」の第一巻を読ませてもらったら、巻末の「真昼の月」を読みぶっ飛ばされて、それ以来ファンになっている。この手の先達である諸星大二郎氏と同じく、作品の中に人を傷つけるようなものがないのは、作者の並々ならぬ生活者としての知性を感じさせる。

The Pillows(ロウズ)。Nirvana(ニルヴァーナ)の正統な直系である日本のロックバンド。事実ニルヴァーナ以前以後とではものの見事に作風が違って面白い。どかーんと売れはしないが、一度ファンになるとずっと聞き続けるタイプの、最近こういうのないですよといったたぐいの良質なバンド。こっちが勝手に「ピロウズ三部作」と呼んでいる「ハッピー・ビバーク」「リトル・バスターズ」「ランナーズ・ハイ」は三枚とも捨て曲ゼロの名盤、あんまりこの三枚が良すぎたおかげで、それ以降のアルバムにはいまひとつのめりこめないのは少し寂しい。


福田恒存(くだつねあり または くだこうそん)。戯曲もやればシェイクスピアも訳し批評もやれば幸福論も説くという並外れた「まとも」な文士であった。まず女性誌の連載の第一回で「人間は顔である」というあまりにも「まとも」ではじめる。

しぎの海のナディア。「トップをねらえ!」で初めてメガホンをとった(といってもアニメーションだからとらないが)庵野秀明のテレビシリーズ監督第二作、その後の庵野作品とのバランス加減で言えば、非常に「ちょうどいい」内容で、シリアスもありながら、随所に挟み込まれるパロディなどの笑いも充実していて、藤津亮太氏のことばを借りれば「フルオープン」。また最終回をきっちり「たたんだ」稀有の作品でもあり、最終回のラストシーンからエンディングに移る手並みはゾクっとくるほど素晴らしい。
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by ulyssesjoycean | 2005-04-28 18:17 | Comments(0)

た行

大地丙太郎(いちあきたろう)。へいたろう、でなくあきたろう、ということでまず印象に残るのがこのアニメーション監督であるが、実作の分野でも印象に残る作品をやっていて、「マサルさん」から「フルーツバスケット」、それと「十兵衛ちゃん」から「おじゃる丸」まで、どれも違うがどれもがまさしく大地作品。ロシアのアニメ作家ユーリ・ノルシュテインを無意味に使ったり、江口寿史のファンだったりと、おしゃれなおじさまなのだろうか、と思っていたが、「アニメ夜話」でお顔を拝見すると、がっしりとした体つきのにこやかおじさんであって、これはこれで納得がいったけれども、動かせないアニメーターに対して「俺そういうのアニメーターじゃなくてイラストレーターだと思うんだよね」といった時の厳しい表情から察するに、こういう人は怒らせると一番恐ろしいから、現場ではどんな方なのだろうか。

高山宏(かやまひろし)。博覧強記の魔学、ご本人曰く「学の字がうざったい」そうであるが、英仏独伊西を駆使して爺むさい「文学」をなで斬りにしながら、「丸善借金地獄」を供に突っ走ってきたが、おもいつきの(!)東京都立大英文科消滅(!!)にともない、最近はペースダウンされた、が、必死こいてついていくこっちとしてはそれぐらいのほうがありがたい。

千葉繁(ばしげる)。古くは「うる星やつら」のメガネで知られる声優であるが、(いい意味で)常軌を逸した演技っぷりであるのは、この人の出てるものを見聞きすれば解かる。同業者からの信頼も篤く、やはり一目も二目もおかれる存在(普段はめちゃめちゃ真面目なんだそうだが、そうだろうと思う)。どんな人であるか興味をもたれた御仁は「パトレイバー」シリーズのシバシゲオを見ると良い。ホントーにこのままの人。

坪内祐三(ぼうちゆうぞう)。'58生まれの明治オタクでプロレスオタクなのだが御本人はあくまで「オタクではない」と主張(最近はそうでもないみたいだけど)。中公文庫の良さや絶版になったオモシロ本の紹介をしてくれて、読み始めはありがたかったが、読み込んでいくとバーバラ・スタフォードが糾弾する「ことばが上でイメージが下だというプラトン以来の上下層序」の信奉者であることが分かり、またもの書きとして同じところから一歩も動かない姿勢はどうなのよと思っていたら、案の定、ここのところ量産のツケがまわってきたのか行き詰まりを見せて、悪口と愚痴だらけになったきたのは無残としかいいようがない。これは中村うさぎ氏もまったく同じ。悪口と愚痴で原稿料をとるのはやめていただきたい。

出崎統(ざきおさむ)。遅れに遅れる手塚治虫の虫プロにスケジュール管理の(!)制作から入るという、地獄のスケジュールを見てきたアニメーション演出家で、「はじめ人間ゴン」「あしたのジョー1・2」最近では「白鯨伝説」なども手がけ、その独特な絵柄と演出で、誰が見ても一発で「出崎さんだ!」と分かる作風。代表作の「ガンバの冒険」はストーリーの面白さにも度肝を抜かれたが、それを支えているのが大胆に遠近を強調した非常に奥行きを感じさせるレイアウト(画面構成)だと最近気づいた。やはりすべてはレイアウトなのだな。

TOKIO(キオ)。ジャニーズのアイドルグループ。五人が出演している「メントレG」「鉄腕DASH」は非常にオモシロイ、というより、番組内に人を傷つけるものがない、つまりは上品さがあって、毎週欠かすことなく見る数少ないテレビ番組。見るたび思うのだが、国分太一氏の喰いっぷりは実にウマそうで、「メントレ・レストラン」など、番組を見たあとの強烈な食欲をどうするか、毎度苦労する。音楽については触れない。
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ナルド・バーセルミ(Donald Barthelme)。一時期ちょっと流行ったアメリカのポストモダン(今更!)短編作家。どうも今ひとつ面白いとは思わないが、アメリカには根強いファンがいるらしい。

富野由悠季(みのよしゆき)。宮崎駿と同年生まれのアニメーション監督。「海のトリトン」「イデオン」のラストは富野ゲージが振り切った演出になっており、まーとにかくキャラクターが情け容赦なく死んでいくあの展開には(いい悪いは抜きにして)腰が抜けた。代表作はもちろん「ガンダム」であろうが、ガンダムに心が遠いこっちとしては、最近の作品ではあるが「キングゲイナー」を推したい。同作でキャラクターデザインをつとめた吉田健一氏は自身の絵柄を、マンガ的な部分がありながらリアル方向に進んでいる目標として、「ガンダム」でキャラクターデザインをやった安彦良和氏の名前を挙げていたわけで、なるほどこれで「つながる」。
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by ulyssesjoycean | 2005-04-28 18:15 | Comments(0)

や行

矢島晶子(じまあきこ)。しっかりしたキャリアを持つ実力派声優。舞台役者をやってる方が多いだけに、声優には実力派の人が多いが、それにしても「クレヨンしんちゃん」のおバカまるだし「しんのすけ」から、「ガンダムウィング」でのクールな美少女ヒロイン「リリーナ」まで演じるなど、役柄の幅がむちゃくちゃある。「クレヨンしんちゃん」で競演している「ひまわり」役のこおろぎさとみ氏も、子供声の役が多いが、美人さんをやっても非常に上手いので、役者の底力というものにビックリする。しかし一番ビックリするのは、「こおろぎさとみ」という名前が本名だということ。もちろん「こおろぎ」が苗字(!)。

柳瀬尚紀(なせなおき)。翻訳不可能と言われていたJames Joyce 「Finnegans Wake」を個人完訳し、極少数の絶賛と圧倒的多数の顰蹙を受け、さらに当たり障りのある発言をしまくって、現在 James Joyce 「Ulysses」の個人完訳を目指す、といって全部で18ある挿話のうち1~3、4~6、12をあわせた7挿話を矢継ぎ早に刊行してから、早十年がたったが、いまだ完訳したとの報はなく(問い合わせたところ第一稿はあがっているらしいが)、こっちはこっちで翻訳をするまでになったという、まあ色々と人を動かすエネルギーを持った人であるのは確かというところで句点を打つ。

山田風太郎(まだふうたろう)。明治小説、エロ系忍法もので有名であるが、それ以前にこの人はおそろしく「へんな爺さん」である。どれだけ変であるかはこれをお読みになるとよい。
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由良君美(らきみよし)。哲学出身の英文学者でも、ただの英文学者ではなく、「超」英文学者であったので、それぞれの分野に引きこもる学問を「インターたこつぼ」と呼び、当然の如く大多数の(アホな)学者からは憎まれたが、「由良ゼミ」を主催し、高山宏などの脱領域的知性を育てるなど、教育者としても優秀、またビブリオフィル(愛書家)としても知られ、氏によると愛書家の度合いは三段階あって、犯罪すれすれの書痴、次が書狼、最後が書豚だそうで、そして氏は書狼だったそうな。ちなみに同じく書狼の篠田一士とは犬猿の中だったそう。氏の著作を読むとそれがよくわかる。

吉田健一(しだけんいち)。「生活を楽しむ」ということに土台を置かなければ英文学も仏文学も神戸に行って食べたビフテキが旨かったというのも結局は同じ話なので貧乏くさいことで寄り合っている日本の文士のなかで珍しい存在でということは文学が貧乏くさいものだという日本文学がどうかしているのでそういうものを後生大事にするよりは吉田健一の「舌鼓ところどころ」を楽しむべきである、というような文体で書いたものしりおじさんであり吉田茂の息子。
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by ulyssesjoycean | 2005-04-28 18:05 | Comments(0)

か行

桂文楽(つらぶんらく)。昭和の二大名人として、古今亭志ん生と並び人気を博した落語家で、天衣無縫の志ん生とはまるっきり逆の、人間ここまで芸を極めることができるのかという、完璧かつ巧緻の極みの芸だったが、堅苦しいところはなく、やはりそこは落語であるから、聴けばげらげら笑うのだが、志ん生は寝転がっても聴けるのに、文楽は何か端座して聴かねば失礼なように思う、そういう気品漂う高座である。そこまで違う二大名人であるから、当然仲は非常に悪く、ということは全くなく、互いに「孝ちゃん孝ちゃん(志ん生の本名は美濃部孝蔵)」「黒門町(文楽の住んでいた地所)」と呼び合う仲だったそうである。また文楽は不思議な造語をよく用いて、「いやぁお若いのに落語を研究するなんざ、これはベケンヤですな」「あの女はベケンヤですぞ」などと使った「ベケンヤ」が一番有名。

神山健治(みやまけんじ)。美術(つまり背景美術)出身のアニメーション監督。「攻殻機動隊 stand alone complex 1/2 」で「押井守の模倣者」になりますと宣言してシリーズスタート。アニメーションとしてより(なにせアニメなのに殆ど動きがないのと尋常でないセリフ量)、ある種の近未来シュミレーションとして高い完成度を実現したが、セカンドシーズンは登場するキャラクターが日本をここまでしておいて、なぜそんなことをしたかったんだと思っていたら「やってみたかった」ではないだろう、というのでこっちは大いに鼻白んだ次第。ただ「草迷宮」は傑作。
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関節話法(んせつわほう)。筒井康隆「宇宙衛生博覧会」におさめられた奇想天外短編小説であって筒井康隆作品中最高傑作であると信じる。関節をぽきぽきならして関節話法で話すマザング星で起こるこのむちゃくちゃさには度肝をぬかれた挙句に笑いすぎて腰が抜けた。柳瀬尚紀と筒井康隆の対談本「突然変異幻語対談」(河出文庫)にて氏が語るところによれば、「あれは英文法のパロディ」ということ。日本語でこれを超える笑いはないと思うが、英語作品でこれにかろうじて拮抗するものといえばウッディ・アレン「Get even(邦題『これでおあいこ』)」収録の「the big」であろうか。河出文庫から非常に高いレベルの翻訳が出ている。

北久保弘之(たくぼひろゆき)。アニメーターとして押井守の「うる星やつら」、アニメーション監督として「老人Z」「Blood the Last Vampire」などがあるが、それより「BSアニメ夜話」にてのヘンな人っぷりが印象に残る。

逆境ナイン(ゃっきょうないん)。島本和彦ファンのバイブルかつコーランでありケルズの書である前人未到空前絶後人外魔境奇想天外のとにかくすさまじい作品。作者本人によると「ギャグで書いてるところは一つもない(!)」そう。全巻読み終わると「どうかしてる」状態になる危険な書物。

リス・コーネル(Chris Cornell)。シアトル系の三羽烏のひとり、Nirvanaのカート・コバーン、Alice in Chainsのレイン・ステイリー、そしてSoundgardenのクリス・コーネルというわけであるが、現在生き残って第一線で活動しているのはクリスだけになってしまった(合掌)。まあSoundgardenも解散、その後のソロ活動が不発と、Audioslaveのメンバーになるまでには結構紆余曲折もあったようですよ。

呉智英(れともふさ もしくは ごちえい)。根源的かつ過激という両方の意味でラディカルな言論活動で人気を集める、といってもなかなかお茶目な所もある面白いおじさん(から、じーさんに近づいてきたけど)。この人のおかげで随分と知的に啓蒙された人も多いだろうし、事実現在活躍している物書きには(あまりおおっぴらに表明はしないが)熱心なファンが多い。文章だけでなくしゃべりも無茶苦茶面白いのはBSマンガ夜話にゲスト出演した回を見ると良く分かる。「俺は概して偏見かもしれないけれど、女ってものに嫌悪感があるのね(呉)」「人間じゃねえって感じ?(出演者)」「あーそうそう(呉)」って!

古今亭志ん生(こんていしんしょう)。落語家であり、昭和の2大名人として桂文楽と並び讃えられた、稀有の天才、ではあるのだが、文楽が完璧かつ巧緻の極みであるのに対し、酒飲んで高座にあがっちまうなど「出たとこ勝負」の芸と言われたが、無論そんなことはなく、勉強していたんだそうですナ、ねぇ安藤鶴夫さんなんかも、ソ言ってるよ。やはり「面白さ」という点では群を抜いていて、「替わり目」「火焔太鼓」「黄金餅」などいずれも絶品であるが、やはり「お~いあみちゃん」というまくらだけで20分はある「鈴ふり」をベストとしたい。
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by ulyssesjoycean | 2005-04-28 18:01 | Comments(0)

な行

夏目房之介(つめふさのすけ)。マンガ批評の先駆であり、もはや文豪の孫というより夏目さんのおじいさんがあの人だったのかという、(良い意味での)転倒がおこってきたが、それは氏の著作を読めば歴然。マンガ以外にも著作多数。
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ーヴォー・ロマン。ロブ・グリエ、ナタリー・サロート、クロード・シモン、ミシェル・ビュトールら、フランスの小説家を中心としておこった「新・小説」の動き。「アンチ・ノヴェル」とも言われるだけあって、従来の小説にあったストーリー重視の流れを脱構築した前衛文学の―――などと言っても仕方がないから簡単に言うと、「小説の『お約束』なんか無視してやろうぜ!」という動きである。例のごとく「難解」の枕詞を持って敬遠されてしまったが、やろうとしたアイディアにはなかなかオモシロイものが多い。上記「ヌーヴォー・ロマン四天王」では、ナタリー・サロートが良かったように思う。

だめカンタービレ。マンガで音楽をやる作品は色々あっても諸手を上げて最高!というものはなかなかなくて、そんな中では最大限まで健闘している作品。扱う音楽が巷間に溢れるロックではなくクラシックというのも大きいようで、ラフマニノフのコンチェルトの場面ではファンとして快哉を叫んだが、その後主人公たちがフランスへ留学してからというものまるで話が動かなくなったのは、フランスへの幻想が強すぎるというより、やはり明治このかた日本にとって海外は「夢の国か、悪魔の国」という両極のイメージしかないようで、ものの見事に、主人公のだめがフランスへ到着した当初は「夢の国」そのものであったのが、すこしたってオーボエ奏者黒木くんがフランスへ来るあたりになると「悪魔の国」のイメージになるというのは、いくらなんでもそれはないよ、というので大いに鼻白んだ次第であるが、何もこの手の勘違いというより、アチラへ行ったところでアチラの生活を何百年としている人間がいてそれはコチラも同じだからアチラもコチラもないということがあまり通じないのは、これも日本の特殊事情というものだろうか。

ーム・チョムスキー(Norm Chomsky)。アメリカの言語学者で、「生成普遍文法」の提唱者。人が言語を覚える時、周りにあるものを帰納的に習得していくという立場と、そうではなく頭の中に言語を覚えるためのメカニズムが初めからあるのだという演繹論があって、チョムスキーさんは後者になるのだが、そのメカニズムを「生成普遍文法」として記号を使い理詰めで理解できるものとして仮説を提唱したから、これはもう学者の間で喧々諤々の大論争になった。決着はいまだについていないのだが、最近の脳科学研究からチョムスキー側をフォローするような内容も出始めたものの、ことがことだけにそう簡単に「ハイ」とはいえないのと、この学説を支持する学者の論文は記号だらけで素人には何のことやら分からない、というより「そんなことばかりやっててどうする」と言いたくなるような内容でもあるし、しかし一番の問題は肝心カナメのチョムスキーさんが、最近は言語学よりアメリカ文明批判の旗頭になっていることだったりする。
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by ulyssesjoycean | 2005-04-28 17:58 | Comments(0)

さ行

作画監督(くがかんとく)。アニメーション制作において、(基本的には)動作の始まりと終わりの絵を原画といい(最近では第二原画というのもあるようであるが、詳しくは不明)、その間に中割り(なかわり)をいれるのが動画、そして上がった動画をチェックする動画チェック、そうした全ての絵を統括する存在として、作画監督がいる。またこの作画監督によって、テレビアニメーションならその回の絵柄が決定される、というよりその人の持ち味である絵柄になる。作画をする人間による絵柄のばらつきは、岡田斗司夫「オタク学入門」に、アニメーション監督北久保弘之氏による、「うる星やつら」の主役ラムの書き分けが非常に参考になる。

座頭市(とういち)。それまで泣かず飛ばずだった勝新太郎の大ヒット作。ヤクザのあんまが仕込刀を逆手にもってばっさばっさと居合いで斬りまくるそのスピード感あふれる姿には「いったい今まで見てきた時代劇というのはなんだったのか」と思わせるほどの素晴らしさ。アクションだけでなく笑いも充実していて、きれいどころと酒に弱いお調子者の市(勝新太郎)の姿が、実に嫌みのない、上品な笑いを提供してくれるあたり、唸らされるものがある。「関所破り」では、「三匹が斬る」の平幹二郎(ひらみきじろう)氏が出演しているが、この人も恐ろしく格好がいい(「二段斬り」には勝新太郎氏の実兄、若山富三郎氏が出演している)。盲人に対する使用語彙の関係で、現在テレビでは放送できないというのは無念の極み。

塩沢兼人(おざわかねと)。声優。非常な美声の持ち主でありながら、「ハイスクール奇面組」などではコメディもやるなど、その美声なるが故のアンバランスさが魅力であった。この魅力が最大限に発露したのが、ご存知「クレヨンしんちゃん」に登場する豚(?)キャラの「ぶりぶりざえもん」。これ以上は崩れようがないというほど情けないキャラクター造形に塩沢氏の美声と演技で、アニメ史上唯一無二のキャラクターとなり、クレヨンしんちゃん映画シリーズにおいて、傑作「ぶたのひづめ」は事実上ぶりぶりざえもんが主役となっているほど、すばらしい魅力をもった存在であったが、誰も予測していなかった塩沢氏の死により、以後クレヨンしんちゃんシリーズから発話する存在としてのぶりぶりざえもんは姿を消す。その直後制作されたのが「オトナ帝国の逆襲」であるわけで、映画シリーズの方針転換には、塩沢氏の死が大きく影響していると思わざるを得ない。合唱。

Visual Studies/Visual Culture Studies・視覚文化論(かくぶんかろん)。視覚一般ということはヴィジュアルからイメージから思想哲学歴史やエロ本にも着目するという殆どなんでもありな分野。したがって勉強する側も何でもかんでもの知識が必要とされる。旗頭はMIT(マサチューセッツ工科大学)出版局から著作を発信しているバーバラ・マリア・スタフォード(Barbara Maria Stafford)。MITから著作を出しているからてっきりMITの人かと思っていて「グッドルッキング」の謝辞を読んでいたら、シカゴ大学美術史学科所属ということに気づいて己が思い込みに唖然とした。やはり思い込みはアカンですな。ちゃんと調べよう。

篠田一士(のだはじめ)。その語の意味する通り「Amateur(愛するもの)」批評家であった。英・仏・伊・独・西・羅・希でありとあらゆる現代小説・現代批評を論じ、ボルヘスがこれほど日本で注目を集めたのは、ひとえにこの人のおかげといっていい。なぜだか知らないが、この人が名前を挙げた文士・作家はなんとしても読みたくなるので、やはりこれは文学の「Gourmand(食いしん坊)」の氏であるからこそ、できる業(わざ)なのだろうなぁ。エドマンド・ウィルソン、シリル・コナリー(Cyril Connolly)、ヘンリー・ミラー(Henry Miller)、マックス・ビアボーム(Max Beerbohm)、V・S・プリチェット(V.S.Pritchett)などなど、この人のおかげで親しんだ名前を並べていくときりがない。これもひとえに書狼(しょろう)の精神の賜物だろうが、おなじ書狼の由良君美氏とは犬猿の仲だったそう。両者の著作を読むと、それが良く分かる。

島本和彦(まもとかずひこ)。デビューから一貫して熱い作品を書き続け、「映画化しちゃう監督がでてくる」ぐらい根強いファンを持つ、「日本一の二番手なんだよ」(マンガ夜話)マンガ家。岡田斗司夫によれば「島本和彦ってマンガとおんなじヤツ」だそうだが、このインテリジェンスはなんなんだろうね。ものっすごい頭いい。

ョン・アップダイク(John Updike)。典型的な東海岸的エスタブリッシュ(Establish)の古参作家。一連のウサギシリーズ(といっても動物モノではない)が有名だが、コリに凝った文章とアメリカ臭さが鼻について、実はこの人の小説類はあまり好きではない。しかしエッセイの類は面白く、「Self consciousness」という自伝は素晴らしかった。ときおり「New yorker」に書評を書いている(があまり面白くはないね)。

しりあがり寿(りあがりことぶき)。田中圭一氏と同じくサラリーマンマンガ家だったが現在はマンガ一本(田中氏はいまでも二足のわらじ)。「コミックビーム」連載の「真夜中の弥次さん喜多さん」が映画化されるなど注目を集める、ってその前から注目されてるんだけどね。しかし「恋の門」「砂ぼうず」「エマ」とコミックビームの勢いがスゴイ。みんな読んでたの?
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by ulyssesjoycean | 2005-04-28 17:55 | Comments(0)

あ行

たしンち。みかん・ユズヒコ・父・母の毎日、といっても「日常」ではなく、きちんと「食事・笑い・好奇心」の三つを根幹とする「生活」を描いている数少ないマンガ。この三つがなければ、いくら家族を題材にしていようが「生活」とは言えなくて、吉田健一も言うように「生活」こそが最も重要なものなのであり、それを「日常」と混同してはいけない。今市子の『百鬼夜行抄』、和泉かねよしの『そんなんじゃねえよ』も「生活」のあるマンガで、何度も引き合いに出すのでファンの方には申し訳ないが、安野モヨコ氏の作品がオモシロイながらも常に張り詰めているのは、「日常」はあっても「生活」がないからである。

the rest is silence.(とは沈黙)。シェイクスピア「ハムレット」、主人公ハムレットが死の直前に残すセリフ。英文学者はあまり語らないが、劇中しゃべり続けるハムレットがあんまりしゃべくったので、死ぬ時に「もう言うことねーや」なんてアホな話もある。やっぱりシェイクスピアは小田島雄志訳ですな。面白さの桁が違う。

トラス。岡田・金子のタッグから生み出された『女神転生』シリーズが、悪魔+未来という奇想天外な設定でコアなファンを掴み人気作に。『デビルサマナー ソウルハッカーズ』以後はキャラクターの魅力を前面に押し出して、プレイアビリティ(操作性)を向上させ遊びやすさを重視したために、従来のファンからは「こんなのメガテンじゃねー」と反発もあったが、これぐらいオモシロければいいじゃないの。「世界観のない」RPGが多い中、しっかりした脚本とキャラクターでぐいぐい引っ張るオモシロさはずば抜けている。特に『ペルソナ2 罪/罰』2作のエンディングは秀逸。

阿部謹也(べきんや)。一橋出身という風変わりな歴史学者。ドイツ・ヨーロッパを中心に、中世都市のアジール・恋愛の発生・近代的自我の目覚め・森と夜と竈・ミクロコスモス・マクロコスモス・大学の出発・教養論など、一読するなりぶっ飛ばされ、全著作を読んだ。自分が当たり前だと思っていた世界がガラガラと崩れて眼前に全く違う風景があらわれるという、「知の快感」を初めて教えてくれたのは、この人。最近は日本の世間を中心にすえた著作が多いが、これがまた恐ろしく勉強になる。「世間」をおさえない日本論がいかに無意味であるか、よくわかる。しかし先進的な学者がうける評価の常で、同じ畑の歴史学者からは冷遇される、という話にならない現状で、「いやらしい人種だ。きえてなくなればいいと思う(福田恒存)」、とこっちも思うばかり。

甘木くん(まぎくん)。内田百閒(うちだひゃっけん)が考案した人名。某(なにがし)という字を上下に分けると甘木になるから、甘木君とはつまり某氏のことで、便利なので良く使う。

庵野秀明(んのひであき)。安野モヨコの旦那として「監督不行届」でおバカな一面を(フィクションとはいえ)さらけ出すなど、作品以外でも意欲的な人物で、よく内面世界を描く監督として知られてはいるが、上質なコメディ作家としての一面がいまひとつクローズアップされないのが実に残念。「エヴァ」や「カレカノ」も一番素晴らしいのは前半から中盤にかけてのコメディ部分だとエヴァブーム当時から言っているのだがなかなか理解されないのは悔しい限り。「コメディは最も上等な芸術形式である」とジョイスも言ってるのになぁ。
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伊集院光(いじゅういんひかる)。昼夜を問わずラジオ界では絶大な人気と信頼を得ている「痴豚(ちとん)」タレント。特に深夜ラジオでは局内を全裸原チャリで暴走するなど無軌道なるがゆえの異常なまでのテンションで圧倒的支持を得る。とはいえ、番組に届いた葉書・メールには全て目を通し、自分で選ぶなど、番組作りには非常に神経を使っているのも、支持されるゆえんか。
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出渕裕(ずぶちゆたか)。キャラクターデザイン・衣装デザイン・メカニックデザインなど、幅広くアニメーションのデザインを手がけ、パトレイバーのメカデザインで大いに脚光を浴びるが、実は「ロードス島戦記」のイラストにやられた人も多いはず、というか「ディードリッド」にがっちりやられた人多数。あのエルフのとんがり耳はこの人の発明なんだとか。

入り抜き(りぬき)。マンガにおけるペンテクニックのひとつ。Gペン・カブラペンなどのつけペンで、線を引き始める時を「入り」、線を引き終わる時を「抜き」という。これによって強弱がつき、それがペンタッチとなるが、現在のマンガ業界ではこの入り抜きのない、つまりタッチのない描線が主流になっている。逆にペンタッチだらけのマンガもあってそれは島本和彦氏が代表。

ァン・ヘイレン(Van Halen)。ギターのエディとドラムのアレックス、二人の兄弟が自分の名前を冠した「ヴァン・ヘイレン(生まれはオランダなのでこういう珍しい苗字)」というアルバムで80年代にデビューするなり革命的なギタープレイとノリのいい曲で一躍トップバンドになったけれども、人間関係のごたごたで3回もボーカルを替えたおかげで、ファンになった年代ごとに評価がそれはもう極端に分かれる。初期から好きになった人間からすれば、ボーカルはデイヴじゃないと、後期から好きになった人間からすれば、いやいやボーカルはサミーですよ、となって、今のボーカルはそのサミーに戻ったから後期のファンとしては万々歳だけれども、初期のファンは鼻白むという展開に。初期のファンには相済まないけれども、しかしデイヴのことを、バンド側は「あのクソタレ」などと代名詞がクソタレになってしまっては、もう無理でしょうな。

ゴイスト(Egoist)。イギリス19世紀の作家、ジョージ・メレディス(George Meredith)の同名小説。現在岩波文庫より、碩学、牟田夏雄氏の名訳で読める(もっとも氏には名訳しかない)。一度、原文でトライしたが、難解にして晦渋を以ってなる作家の文章だけに、というより意図的に分からなくしてほくそえんでいるところがあって、まるで読めたものではなかった。それだけに主牟田夏雄氏の翻訳作業は並大抵のものではなかったとろうと推測される。小説の筋自体は大したものではなくて、容姿端麗の金持ち貴族で頭も悪くない青年が、婚約相手に愛想をつかされて、その次の女にも結局振られ、最後はいつもそばにいた女と一緒になる、というおよそ詰まらないものだが、その主人公の無垢なるエゴイストぶりを描ききっていく様は、自分の一番嫌な部分を見せられているような気になって(多かれ少なかれ誰でもだろうが)、これを作者は喜劇とのたまっているが、そう気楽に読めたものではない。幡読するものではないが、一読には値する奇書である。

ドマンド・ウィルソン(Edmund Wilson)。アメリカの20世紀中葉を代表する文人かたぎの評論家。文人かたぎではあるのだが、その旺盛な活動は、まーあっちもこっちも手当たり次第という感じで、文学論自体はさほど多くはないのだけれど、これだけがっちりした文体で文章を書けば、何でもモノになる気はする。文章うめぇなあと手放しで感心する数少ない文人。

岡田斗司夫(かだとしお)。元ガイナックス社長であり、「トップをねらえ」では原作をつとめるなど色々やっている御仁であったが、その後あーだこーだでガイナックスを退社、そこから東大で「オタクゼミ」を主催し人気を博し、そのあたりからオタク代表オタキングとしてさまざまな著作を発表、こっちの視界に入ってきたのはこの辺から。氏の著作も面白いのだが、実は岡田氏の話を元に実際に執筆しているのは岡田氏の奥さんだそうで(だから奥さんの著作であるとはいわないが)、岡田氏がじかに「書いた(話した)」ものは、こっちにはアクが強いように思われて、「マンガ夜話」でも氏自身がプッシュした回は、番組としてのバランスが崩れるように思われた。しかし「アニメ夜話」などで一歩引いて司会に廻ると、さすが経営者を長くやっていたからなのか、非常に行き届いた差配を見せて、その手腕には感服。話も面白いし。

荻昌弘(ぎまさひろ)。映画評論家のはずだったけれどもはや食味随筆の方で有名になった感がある食いしん坊。「うまいものを楽しく食べたい、のは人間だれしもの望みで、だから私は自分の食い意地のはりようを(別にいばろうとも思わないけれど)人前から隠したいとは全然考えない・・・(後略)」ではじまる「男のだいどこ」(文春文庫 絶版)は食い物関連の文章でこれを超えるものはない傑作。絶版なのが惜しい。復刊しましょうよ、文芸春秋さん。

押井守(しいまもる)。「アンチ宮崎アニメ」であり同時に宮崎アニメの「反対の直系」でもある犬フェチ監督。「うる星やつら」シリーズで監督で注目を集め、それ以降の監督作品は「分かりにくいことがウリ」のようになっているが、宮崎駿のことばを借りると「意味ありげに作らせたらあんなにうまいヤツいないですからね」とのことだが(押井さん曰く、宮崎駿は「スターリン体制」だそう)、熱心なファン、そしてスタッフがすごく多い。北久保弘之、神山健治、今敏など押井がらみのクリエイターは結構多いので、魅力ある人物なんでしょうな。欠点即魅力というのでしょうか。
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デュッセイア。古代ギリシアの叙事詩人ホメロスが残した、オデュッセウスがトロイア戦争から故郷イタケーの息子テレマコスと妻ペネロペイアのもとへと戻る長い帰還の物語。ただもとが口承されていたものだけに、時間軸がリニアに進行しないので筋を追うのはなかなか難しく、まず手始めに「ユリシーズの冒険」というリライト(rewrite)されたものを読み、まずそれで流れを掴まないと挫折する危険大。そしてこれを下敷きに、「オデュッセイア」をラテン語読みにした「ユリシーズ」という「どうかしてる」書をジョイスは著したが、リアポルド・ブルームがオデュッセウスで、息子テレマコスがスティーブン・デッダラス、妻ペネロペイアがモリー・ブルームだという流れを掴んでも、こっちはあんまり読む人がいない。

トナ帝国の逆襲。名作ぞろいの映画「クレヨンしんちゃん」シリーズにおいて、現時点での最高傑作。日本商業アニメーション映画がなしえたひとつの頂点ともいえる作品。腐りきった現代(21世紀)から、「過去」を取り戻すという構成には誰もが度肝を抜かれた。また「ノスタルジー」というものを前面に押し出し、60年代~70年代の時代経験のあるなしに関わらず、「白い色は恋人の色」がかかる商店街の夕景には、体が震える。クライマックスに至るまでの感動に、見る人観る人が号泣。監督原恵一(はらけいいち)氏の並外れた演出に、ただひたすら感服。次作「戦国アッパレ大合戦」も良かった。
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by ulyssesjoycean | 2005-04-28 17:47 | Comments(0)

クソして寝ろ! ケニーはそんなの屁でもねー!(サウスパーク)

失われた身体をいかにして復権させるか、ということを考えているのはやはりこっちだけでもなかったので、「攻殻機動隊 stand alone complex first gig/ second gig」
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の監督、神山健治氏はインタビューなどで「皮膚感覚と地続き感」ということをよく口にしていて、前者については、「あ~あるある」というようなことは実写でやるよりもアニメーションの方が有効で、それが見る側の「皮膚感覚」としてあり、後者はそのスタジオが作り続けてきたものの一貫性であるとか都会は近未来的な都市でも田舎に行けば農村があったり畑があったり家には仏壇があるとか、歴史とは「地続き」なものである、というようにこっちは解釈している(詳しく知りたい人は「ユリイカ」で確認してください)。
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神山健治氏が模倣者になりますと言った当の押井守氏(シロクマ注1)は、失われた身体は取り戻せないよ、だから新しく手に入れた体が人形だ、ということを「イノセンス」の特典DVDに収められている対談で言っていますな。
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視覚文化論(Visual studies)のバーバラ・マリア・スタフォードも「ボディ・クリティシズム(Body Criticism)」なんて大著をものしている。
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テクノロジーで手に入れた新しい身体(義体)に対して真っ向から「否」と唱える作品があって、それが山口貴由「蛮勇引力」
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自分の体に「何かヒトでないものを入れ込む」ことに対する危機感、美学などが凝縮されマンガという形で結集した「アンチ・攻殻」の傑作。
そういえばE・Mフォースターが、もう宗教も信じられない、科学の発展も信じられない、それではお前はいったい何を信じるんだ、といわれて「人と人との結びつきだ」と喝破したのはもはや半世紀も昔になるが、いまや信じるに足る人間がいるかどうか、あとは沈黙(the rest is silence)(シロクマ注2)。

注1:押井守(おしいまもる)。「アンチ宮崎アニメ」であり同時に宮崎アニメの「反対の直系」でもある犬フェチ監督。「うる星やつら」シリーズで監督で注目を集め、それ以降の監督作品は「分かりにくいことがウリ」のようになっているが、宮崎駿のことばを借りると「意味ありげに作らせたらあんなにうまいヤツいないですからね」とのことだが(押井さん曰く、宮崎駿は「スターリン体制」だそう)、熱心なファン、そしてスタッフがすごく多い。北久保弘之、神山健治、今敏など押井がらみのクリエイターは結構多いので、魅力ある人物なんでしょうな。欠点即魅力というのでしょうか。
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注2:the rest is silence.(あとは沈黙)。シェイクスピア「ハムレット」、主人公ハムレットが死の直前に残すセリフ。英文学者はあまり語らないが、劇中しゃべり続けるハムレットがあんまりしゃべくったので、死ぬ時に「もう言うことねーや」なんてアホな話もある。やっぱりシェイクスピアは小田島雄志訳ですな。面白さの桁が違う。
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by ulyssesjoycean | 2005-04-28 12:55 | 駄文 | Comments(0)

あーガンダムがこんなにある!(小学校高学年男子 近所のTSUTAYAにて)

と言って「seed」をスルーして「めぐりあい宇宙(そら)」を借りてゆく少年。きっと父親がファーストガンダム見てるのを見て好きになったんだろうね。「存在の大いなる連鎖」(アーサー・O・ラブジョイ)ですな。
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島本和彦先生、誕生日おめでとうございます。庵野秀明(シロクマ注1)と大阪芸術大学で同期のはずだから、45歳になるのか! こういう年の取り方をしたいね。

注1:庵野秀明(あんのひであき)。安野モヨコの旦那として「監督不行届」でおバカな一面を(フィクションとはいえ)さらけ出すなど、作品以外でも意欲的な人物で、よく内面世界を描く監督として知られてはいるが、上質なコメディ作家としての一面がいまひとつクローズアップされないのが実に残念。「エヴァ」や「カレカノ」も一番素晴らしいのは前半から中盤にかけてのコメディ部分だとエヴァブーム当時から言っているのだがなかなか理解されないのは悔しい限り。「コメディは最も上等な芸術形式である」とジョイスも言ってるのになぁ。
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「瞬間、心重ねて」ぐらいのアホな時が一番面白かったなぁ。
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子連れ男、子連れ女が再婚会議にホテルで会食するアホな時が一番面白かったなぁ。
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by ulyssesjoycean | 2005-04-26 14:04 | Comments(0)