マンガとアニメーションと人文を、脱線(Digression)でつなぐブログ。
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<   2005年 08月 ( 32 )   > この月の画像一覧

やだナーそんなことないヨー(エマ)

寒色を使ったダークな表紙の「エマ」第六巻は、表紙と内容がばっちりシンクロ、つまりかなりダークな仕上がりに(後味が悪い、ということではないが)。
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 今回の白眉は、やはりウィリアムから破談にしたいと告げられた時の、涙のエレノアでしょう。男の読み方女の読み方がどうのと区別するのは好かないのだけれども、こっちからすると、もうエレノアがカワイソウでならないから、たのむやめてくれ、と作者に言いたくもなりますな。希望の光ゼロだから。エレノアというキャラクターに感情移入して読んでる人は、特に今回ショックが大きいと思う。
 
 この巻から、エレノアの父親であるキャンベル子爵が暗躍することになり、いわば恋仲を妨害する唯一の悪役であるはずなのだが、こっちからするとそれほどイヤな人間には見えない。いままでに下賎な成り上がりもので不快な経験をしていれば、これぐらいはするのでないだろうか。妨害工作もごくストレートで、陰湿なものがないだけ、読みながら「それほど悪い人でもないよな」と思ってしまう。人間のねじくれた根性のおぞましさには及びもつかないものがあるが、悪役をそのように描けない(描かない)のは、やはり作者である森薫(もりかおる)氏の知性がなせる業(わざ)だろうか。
 
 それにしてもシリアスの合間合間に挟み込まれる、メイドであるターシャ・アルマ・ポリーの掛け合いは、素直に笑えて、本当に面白い。ごくごく普通の演出、おっちょこちょいのターシャと噂話に眼がないポリーにしっかりもののアルマが普通にツッコむ、というただそれだけの話に、笑ってしまうのは何故だろうか。できればこういう軽いコメディで一冊書いて欲しい、とアンケート葉書にも書いてしまったが、これは本当に描いていただきたい。
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by ulyssesjoycean | 2005-08-31 13:44 | 駄文 | Comments(0)

美術書あれこれ

美術の勉強をはじめて、分かったことがひとつある。美術書の書き手には(もちろん優秀な方がいるということを断っておくが)、誤字・誤用が多いのである。これはちょっと困ります。
 
 吉田健一が「学問に親しむことがなくて、文章を書くということはありえない」といったけれども、これはひっくり返せば「文章に親しむことがなくて、学問をやるとはありえない」とも言えて、別に文章といったってな、文章を書くときの唯一のモラルは辞書を引くことではないだろうか。言語学者から言わせれば辞書にも必ず間違いはあるそうだが、だからといって使わないのはもったいないのが辞書である。紙媒体だろうと電子辞書であろうと、どちらにも長所はあり、そして調べればその言葉の正確な意味が出ている、こんな便利なものを使わない手はない。そして使いに使って「辞書」というものに惚れるようになってくると、辞書を使わずに書いてある文章が覿面に分かるようになる。そして「これは辞書を引かずに文章を書いているな」というものが、美術書にあまりに多い。
 
 一例を挙げると小山清男(こやまきよお)「遠近法」(朝日選書)が、そういうものの最たるものではないだろうか。例えば辞書を引いていない書き手の典型で、やたらと重苦しい漢語・漢字が多い。バカらしいからあまり説明しないが、「フランス語っておっしゃれー」というのと同じメンタリティであるとだけは言っておく(そういうことをいう人間でフランス語を知っている人間もいない)。それではお前がよくいれる原欧綴りはありゃなんだ、ということになれば、関連した原書を調べやすいように、ということに他ならない。これはこっちがマックス・ビアボーム、シリル・コナリーといった人名の原綴りがMax beerbohm、Cyril Connollyだと分かるまでに、ばかばかしい苦労をしたことに始まるので、翻訳があるものでもなるべく原綴りを入れるようにした。スヴェトラーナ・アルパースがSvetlana Alpersだなんて、言われなきゃ分かりません。まあ外国語に限らず、やはり辞書を引く手間を惜しんではいけない。
以上のように彫刻は、対象を取り巻く空間を捨象して、「もの」として造形する芸術である。(小山清男 「遠近法」 朝日選書 p17)

 辞書を引かずにこんな文章を書いてはいけないのである。もちろん「捨象(しゃしょう)」というのは「捨てる」という意味ではない。まあ美術書であるし、哲学限定の用語でそういうのがあると言ってみてもいいかもしれないが、だったら美術書で土竜(モグラ)・章魚(タコ)・海月(クラゲ)という表記をわざわざルビつきで使うのは、なぜだろうか。
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by ulyssesjoycean | 2005-08-30 17:59 | 駄文 | Comments(0)

自分の「からだ」と『世間』

毎日「眼」にしていても、「見」ていないのが、自分の「かお」「からだ」である。それを「観」せてくれるのが、歴史学者の阿部謹也(あべきんや)氏である。この「かお」「からだ」というのは、阿部謹也氏が主張してやまぬ『世間』の比喩に他ならないが(実は比喩でもないのだが)、これは最も「見」たいもであり、また最も「見」たくないものでもある。特にある種の人たちにとっては。

 その人たち、つまり日本の「知識人」というものがどういうものか、阿部謹也氏の新刊「『世間』への旅」におさめられた「網野善彦さんを想う」で、暴かれていく。
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いわば日本の知識人は欧米の文化圏に属していると思い込んでいるのである。南アフリカ連邦で日本人が名誉白人とされていたのと同様に、日本の知識人は自ら白人と同じ舞台にあがっていると今でも信じているのである。(阿部謹也「『世間』への旅 p84 筑摩書房)

西欧の文化圏に属していると想っている人は「世間」という言葉に耐えられないのである。彼らも日本人である以上「世間」のことはよく知っている。それだけに「世間」が自分の周囲にあることを明言したくないのである。「世間」は隠しておくべきものであり、あえて口に出すべきものではないのである。こうして「世間」に関する議論は知識人によって封殺されてきた。しかし一般の人々は「世間」のしがらみの中で苦しんできたから、そこから解放されたいと願っている。その点が知識人とは違うのである。(同上 p84~85)

 驥尾に付して言わせてもらえば、何故自分たちを「白人」と信じるのか。それは「外国人が怖い」からだろう。逆説のようだが、そうではなくて、「外国人が怖い」なら、自分が「外国人」になってしまえばいいのである。これほど単純明快なことはない。しかしそういう人たちにとって自分の「かお」「からだ」を見ることぐらい耐えられないことはないだろう。見たら気づいてしまうもの、自分は「白人」だと思っていたのにただの「日本人」なんだから。
 
 「国際化」といいながら今でも「留学」「海外」ということばが、実のところ「西欧以外を意味しない」ことにもつながる。そりゃそうだろう、そうでなければ、英会話教室の「外国人スタッフ」というのが全て「白人」のわけがない。よくよく考えれば英語を母語とする人たちには黒人もいるしアジア系の人たちも多い、日系だっていいわけだが、その人たち全てがアクセントの強い、要するに「なまっている」英語を話すわけでもない。しかし「白人」でないとクレームがつくそうだ。要するに接したいのは「英会話という表象」であって「英語そのもの」ではない、ということ。

 それほど「外国人」になりたければ、行ったきりで帰ってこなければいいと思うのだが、やはり自分が「日本人」であることはどうしようもないのか、必ず帰ってくるようになっていて、それはそれでいいとしても、その挙句に「自分は日本人でない」というようなことを言うのは、あれはなんなのか。ある人に「英語で夢を見て、だんだん日本語を忘れてきたのが嬉しかった。これで自分の英語も一人前だ」などと言われた時は、どうしていいか分からなかったな。やりきれない気分にはなったが。

 人間知りたいことを知る、というより知りたくないことを知らずにいるためには最大限の努力をする、これはこっちだって全くその通りだ、と気づいて、今ではどうしようとも思わなくなったが、せめて自分の「かお」「からだ」が日本人のものである、とは思っていたい。
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by ulyssesjoycean | 2005-08-30 12:30 | 駄文 | Comments(0)

ちょーおいしいもの(よつばと)

あずまきよひこ「よつばと!」第四巻、それまで鼻についていた「あざとさ」が三巻あたりからうまくこなれてきて、この四巻の中盤でようやくエンジンの回転数が上がり、「あずまんが大王」以来の絶妙な間のオモシロさが十全に発揮され、「コレだよコレ!」という感じになった。
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 よくよく考えれば、「あずまんが大王」も記憶しているギャグのテンポや間の感覚が出始めるのは一巻の終盤から二巻にかけてであって、エンジンがかかるまで時間のかかる作家なのかもしれない。

 「あずまんが大王」「よつばと!」の大きな違いは、と言われれば「キャラクターの身長が全員違う」ということではないだろうか。四コマでないがゆえの広い空間をどうするか、ということを考えた時に、身長の高低差をつけることで1コマの中に緊張感が生まれる、といってもこれは押井守の受け売りで、「パトレイバー」にひとりだけ背が高いキャラクターを入れた、というのは画面レイアウトのバランスからくる必然だったということ。そう考えると、主人公よつばの身長がやたら低いというのも、その反対にジャンボというやたら身長が高いキャラクターがいるのも、画面に極端な遠近(perspective)をつけるためなのだと理解できる。身長があまり違わないキャラクター同士では、恐らく難しいのだろう。
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by ulyssesjoycean | 2005-08-28 14:42 | 駄文 | Comments(0)

新美術史とマンガ研究をつなぐ

オランダって何語を喋っているのか、という話になり当然オランダ語なわけだが、自然そこからオランダ美術とオランダの栄枯盛衰の話になった。
 今、美術で大流行(おおはやり)なのがオランダの画家たちであるのは周知の事実だが、学問である美術史(art history)においてもベラスケス、フェルメール、レンブラントの研究が、アチラでは新美術史(new art history)としてスヴェトラーナ・アルパース「描写の芸術(art of describing)」として結実している(らしいがまだ未読)。
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 「新(new)美術史」っていうけれども、じゃあ何が新しいのかというと、要するにそれまでの美術史が「絵画(picture/pittura)」だけを相手にしていたのを、絵画以外の広範な「イメージ(image)」メモ・落書き・教科書の挿絵まで含めた上で研究していくという、まあ当然のことながら学会からは賛否両論、そして当然のことながら否の方が圧倒的に多いという結果になったが、「超」えるエネルギーを欲する学徒には天恵となったらしい。
 ここのところオモシロそうな学問領域の基本ラインは、「新歴史学(new historicism)」「新美術史(new art history)」も同じことで、とにかく「情報に序列をつけない」ことに始まるらしく、新歴史学の泰斗でありシェイクスピア研究のスティーヴン・グリーンブラット(Stephen Greenblatt)が協力している「新歴史学の方途」という本には目次に「逸話・挿話」(つまりはちょっとした小話)なんて項目があるぐらい。すると当然、本のページ数は驚異的になってサイモン・シャーマ(Simon Schama)の著書なんて700、800ページは当たり前。
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 そして新歴史学の人たちも、相手にするのは「言葉(logos)」だけではなく、ちゃんと「絵(image)」を扱っていて、というよりも、これから先の人文科学(humanities)はイメージを相手にしないと話にならないな、という確信がある。だからこそコチラの学問領域として期待が持てるのは「アニメーションとマンガ批評」ということになるのだが、大方の研究が相変わらずの言葉狂い(logopholia/logophilia)なのはちょっと困る。文化文化と持ち上げるのも結構だが、そういう定義しずらい概念を振り回すのは剣呑だから、手で書いているもの(claft/metier)だ、それが眼に映るもの(visual optics)だ、と解釈した方が、なんだか分けの分からぬ印象批評よりはいいのではないだろうか。といってもそれを評価する人が、まずその方面を勉強していないとイカンから、難しいとは思う(商業的にも)。今は研究する側も、「マンガを、アニメーションを『批評』してもいいんだ」ということに浮き足立っている感じがなくもないし、またそういう『批評』行為そのものを否定する読者・版元・作家がいるのも事実、国内限定の分野だったから、その辺時期を見るのが難しい。
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by ulyssesjoycean | 2005-08-27 21:00 | 駄文 | Comments(0)

Bebopがルパン!?

よく見ると「カウボーイビバップ」はキャラクターが、まんまではないにしてもルパン三世(渡辺信一郎氏が最も影響された作品らしい)。
スパイク  女に振り回される→ルパン
ジェット  元警官→銭形のとっつぁん
フェイ  記憶喪失・ギャンブラー(?)→次元   
ヴィシャス  日本刀ブンブン→五右衛門
ジュリア 敵にも味方にも→富士子

そして主人公たちは「賞金稼ぎ」、つまりは「お宝探し」なわけで、なるほど確かにルパンと言えなくもなくもない。
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by ulyssesjoycean | 2005-08-27 14:03 | Comments(0)

美学(esthetics)から見るエヴァ

一通り美学・色彩光学・遠近法の知識がついたところで見ると作品の見方も変わるようで、何の気なしに「エヴァ」を見ると、マー眼からウロコがぼろぼろと。
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気づいた点は二つ。
①作品に登場するコンピューター画面は、バックグラウンドは緑にして、文字はオレンジ色。
②作品後半は、動きまるでなし。画面を支えるのは、レイアウトとバンク映像の編集技術。

 まず①についてだけれども、オレンジ―緑―(紫)というのは、色彩学でいうところの「等色相差」といって、三色全てが反対色になるという緊張感を生む組み合わせ。紫色はもちろんエヴァ初号機のカラーリングになっているわけで、なるほど、作り手というのはそこまで考えた上で、画面やキャラクターの色分けをする、というのは大きな発見であった。
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(Hess, Robert. http://www.microsoft.com/japan/msdn/columns/hess/hess08142000.asp.)

 次は②。制作スケジュールの影響もあってか、後半、絵が殆ど動かなくなるが、あまりにレイアウト(画面構成)とそれまで使ったバンク映像の編集が見事で、それほど気にならない。スタッフクレジットを見ても、毎回レイアウト担当者の名前が出るわけではなく(20話の鈴木俊二、24話の摩沙雪・貞元義行ぐらい)、こういう映像をカットバックするうまさというのは、秀逸なオープニングを手がけた、副監督の鶴巻和哉(つるまきかずや)氏に由来するものだろう。

 それでは「レイアウトがいい」とは理論的にどういうことか、美術や遠近法を勉強して、これに答えは出たのかというと、残念ながら、、と言わざるを得ない。今まで読んだ限りでは、「遠近法というのはこういうもの」と教えてくれる書物はあっても「遠近法というのはこういう風に使うもの」ということを教えてくれるものは皆無であった。やはり実作がメインになる分野だからか、あまり具体的な方法論というものはないだろうか。「職業上の秘密だから教えないんじゃないの」という意見も聞かせてもらったが、案外そういうこともありうるかもしれない(違ったらスマン)。
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by ulyssesjoycean | 2005-08-25 08:21 | 駄文 | Comments(0)

『保険詐欺の危険性』神話

という題目で雑誌「New yorker」に医療系ライターのマルカム・グラッドウェル(Malcolm Gladwell)氏がアメリカ医療の惨憺たる現状を達意の文章でレポートしている。いつもなら翻訳を添えるところだが、著作権法に「無断で二時使用(翻訳など)をされない権利」というのが規定されてるから、とりあえずやめておこう。またやろうとしても出来るかどうかという問題があって、それは冒頭の英文を見れば分かる。構文はすごく易しい。問題は語彙である。

Tooth decay begins, typically, when debris becomes trapped between the teeth and along the ridges and in the grooves of the molars. The food rots. It becomes colonized with bacteria. The bacteria feeds off sugars in the mouth and forms an acid that begins to eat away at the enamel of the teeth. Slowly, the bacteria works its way through to the dentin, the inner structure, and from there the cavity begins to blossom three-dimensionally, spreading inward and sideways. When the decay reaches the pulp tissue, the blood vessels, and the nerves that serve the tooth, the pain starts—an insistent throbbing. The tooth turns brown. It begins to lose its hard structure, to the point where a dentist can reach into a cavity with a hand instrument and scoop out the decay. At the base of the tooth, the bacteria mineralizes into tartar, which begins to irritate the gums. They become puffy and bright red and start to recede, leaving more and more of the tooth’s root exposed. When the infection works its way down to the bone, the structure holding the tooth in begins to collapse altogether.(Gladwell, Malcolm. "The Moral Hazard Myth". New Yorker, issue of 2005 8/29.)

 かなりの英語力がある人でも「正確に」内容を読み取るのはシンドイはず。debris岩屑(がんせつ)molars臼歯enamelが歯を覆うエナメル質cavityが虫歯でできた窩洞(かどう)pulp歯髄(しずい)gums歯ぐきなんていわれなきゃ分からない。こっちだってエラそうにしているが、調べてはじめて分かった。
 それにしてもアチラの医療保険、どんなに安くても年間500~1000ドル(これと診療次の20~30ドルは別)、95%保証で6000ドル(!)というのは、なんともはや、スゴイ話。日本は現在三割負担程度と考えると、つまりこれは70%保証なわけで、アチラの制度に当てはめると年間4・50万円は払わないと、この水準にならないというわけか。
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by ulyssesjoycean | 2005-08-24 09:49 | 駄文 | Comments(0)

人文地獄にスタフォード菩薩!

高山宏が啓く文化史の三巨頭、オランダ美術史のスヴェトラーナ・アルパース(Svetlana Alpers)
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新歴史学(New-historicism)のサイモン・シャーマ(Simon Schama)
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視覚文化論(Visual Culture Studies)のバーバラ・マリア・スタフォード(Barbara Maria Stafford)
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この中では再三言及している通り、スタフォードの仕事がもっとも分かりやすく、かつ刺激的。とにかくこの人の基本線は非常にシンプル。
絵(image)が言葉(logos)より劣ったものだという、プラトン以来の執念(しゅうね)き上下層序にケリを入れる。

この「熱血」にも通ずるエネルギーには圧倒される。正直な話、広い意味での絵(image)の勉強を始めたのは、この人の「グッド・ルッキング」を読んでぶっ飛ばされたことに始まるわけで、「何と何が違う、ということより、何と何が似ているかということにこそエネルギーを注ぐべきだ」という趣旨にも眼からウロコ、そしてそれを「image/visual」をもってして「つないで」いく、だからこそスタフォード女史の最新作の副題が「Consciousness as the art of connecting」となっているわけで、この二重三重にも読み解ける副題をあえて高山宏的に翻訳すれば「『つなぐ』技術/美術(art)としての良心/意識(consciousness)」とでもなるか。言語大好き(logophilia)な人にこそ小さな大著「グッド・ルッキング」は読んでいただきたい。
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by ulyssesjoycean | 2005-08-23 17:21 | 駄文 | Comments(0)

ジョン・ダニエル(セント・オブ・ウーマン)

アル・パチーノ主演の「セント・オブ・ウーマン」という爽快な傑作があって、話の筋とは関係ないが、パチーノ扮する盲目の主人公とその付き添いをするアルバイトの高校生が、NYの超高級ホテルのスイートに泊まる。部屋に入るなり、「酒は何がある」とバイトの少年に尋ねると、ジム・ビーンにアーリータイムス・・・なんだそれだけか、フロントに電話してジョン・ダニエルを持ってこさせろ、えっとジャック・ダニエルですよね、俺は親しいからジョンと呼ぶ。これを見て以来、いつかこの冗談を使ってやろうと思っているが、なかなか使う機会がない上に、よく考えたら、こっちはジャックをジョンと呼べるほどウィスキーとは親密な付き合いをしていないことに気づいて、途方にくれている。
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映画に出てくる飲み物でもうひとつ印象的なのが「パルプ・フィクション」に出てくる、主人公がボスの細君と入った「有名人そっくりさんレストラン」で頼んだヴァニラ・コーク。これは一体なんだろうと、アチラに滞在経験のある人に尋ねると「コーラにヴァニラエッセンスをいれたもの」という答えで「なーんだ」と拍子抜けした次第だが、これが実際にやってみると案外イケる味であって、興味のある向きはためされるとよい。
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by ulyssesjoycean | 2005-08-22 12:23 | 駄文 | Comments(0)