マンガとアニメーションと人文を、脱線(Digression)でつなぐブログ。
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<   2005年 11月 ( 32 )   > この月の画像一覧

タネムラの文業

「詐欺の勉強」(語弊オオアリ)ということで一連のタネムラ作品を読んでいるが、4・5冊読んで解った。種村季弘氏はあとがきが一番オモシロイ。「ナポレオンは一番ふざけたやつだったので天下を取ったのである」「詐欺に引っかかる人間は衣服の先に人間を見ている。詐欺に引っ掛ける人間は衣服の先ががらんどうであること弁(わきま)えている。」「知能の高い馬鹿」云々、クセの強い本文より、それがすっとヌケたあとがきの軽妙さをとりたい。
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 「詐欺の勉強」をしようと思ったが、やはりというべきか何というべきか、マトモな「詐欺(師)」本は殆どない。とりあえず見つかったのがこの二冊。
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 「詐欺から見る経済」というのは良いアプローチかと思ったのだが、経済という視点を持った本はないのだろうか。

 別に経済というわけではないが、今回の『押井守 勝つために戦え』「自転車にのった理窟」こと押井氏が珍しくいい事を言っている。当たり前といえば当たり前な内容なのだけれど、一般には見えにくい「プロデューサー」論としてオモシロイ。
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by ulyssesjoycean | 2005-11-30 22:14 | 駄文 | Comments(0)

まんまる顔のキャラクター

 アニメーションで未見のものはもはやないので(!)、というのはウソだが、琴線に触れるものを見つけにくくなったのも事実。ということでDVDになったのを機に『新・天地無用』を見る。
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 キャラクターの顔を見ると、それまでのシリーズ作品と違ってまる顔、というよりまんまるそのものと言ってよくて、キャラクターデザインを担当された方がどういう経歴なのかは知らないが、絵柄としてはうつのみやさとる氏の直系。

 何度も引き合いに出す『Webアニメスタイル』のインタビューにて、井上俊之(いのうえとしゆき)氏がうつのみや氏について、いみじくもこう述べている。
もっとも、キャラは似ない。似ないどころか顔なんて、真ん丸なんだけど(笑)、でも、アニメーターに必要な、ありとあらゆるアングルをものにできる、という、そういう才能に溢れていた。(http://www.style.fm/as/01_talk/inoue03.shtml)
 こういう特徴を受け継いで、今回見た『新・天地無用』でも、ありとあらゆるアングルをものにできる、つまり作画の方々が自由にキャラクターを動かしているという印象を受ける。表情を思いっきりギャグ調にしたり、または苦悶の表情を浮かべたり、とそれまでのシリーズ作品と違って、「顔の遊び」が多彩になっている。ただこれも一長一短であって、『天地無用』シリーズの熱心なファンからすれば「顔が違うよ!」となるだろうから、キャラクターが従来持っていたイメージを大事にするか、それとも作画スタッフが自由に出来るデザインにするか、作り手としては悩むところであろう。
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(↑こういうアニメ的な絵柄がそれまでのシリーズでは基調となっていた)

 ただそれほど熱心なファンではない、というより「これだけ続編が作られ続ける人気の秘密はなんなのだろう」とある種リサーチ目的で見ている側からすれば、作画の遊びが見られるので「新」の方がありがたい。
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by ulyssesjoycean | 2005-11-29 18:25 | 駄文 | Comments(0)

『目に映る』が『見えない』こと

MIT Press(マサチューセッツ工科大学出版局)の出版物を調べていると、間違いなくオモシロそうな『Inattentional Blindness』が見つかって、同書の紹介がこうある。
Many people believe that merely by opening their eyes, they see everything in their field of view. In Inattentional Blindness, Arien Mack and Irvin Rock make the radical claim that there is no conscious perception of the visual world without attention to it.
多くの人々が目をただ単に開ければ、それで視界にあるものは全て見えると信じきっている。見えている盲目(Inattentional Blindness)として、エイリアン・マックとアーヴィン・ロックは根源的/過激な問いかけをする、注意しなければなにものも意識下の知覚としては存在しないのだと。

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 これこそこっちが常々思っていることであるけれど、思っているだけでその裏づけができないのを歯がゆく感じていたが、認知科学の専門家がものする著作ということであれば理論的な部分に関して不安はないはず。楽しみである。
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by ulyssesjoycean | 2005-11-28 16:32 | 駄文 | Comments(0)

美術と科学をつなぐ書物

 アーサー・I・ミラー『アインシュタインとピカソ』(TBSブリタニカ)を読了。美術と科学をつなぐ書物だろうと期待していたが、物理と絵画の交差する部分、つまりインターセクション(intersection)が殆どなく、二人の伝記が一冊で読めるというのはアリがたかった、ではなく有難かったけれども、美術と科学の橋渡しのあり方ががたがたたった。
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 アーサー・I・ミラー氏は、先日紹介したMIT press(マサチューセッツ工科大学出版局)からも著作を発信しているのだが、このぶんだとそっちの本にもあまり期待はできないなぁ。
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 美術と脳科学ということで言えば、同じくMIT出版局より、ロバート・L・ソルソ(Robert. L. Solso)氏が新刊を出すとのことだが、氏の著作は翻訳も出ているから、こちらもおそらく翻訳作業中であろう。視覚系の翻訳では右に出るもののいない、鈴木光太郎氏に翻訳を担当していただきたいところ。翻訳者によって内容に天と地ほどの差が出るからなぁ。よろしくたのんます。
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by ulyssesjoycean | 2005-11-27 11:22 | 駄文 | Comments(2)

『信用』でつなぐ詐欺と経済

種村季弘(たねむらすえひろ)氏の詐欺師モノを二冊読了したが、詐欺と経済は、つまるところ信用と紙幣、この二つが理解できれば簡単だという直感が働く。
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 それまでは金貨でやっていたのが、紙幣になり近代経済の始まり――となるけれど、紙幣なんて紙でしかない。自分で「一万円」と書いた紙を作っても、そんなものに一万円の価値はないが、銀行が「一万円」と書いた紙を作ると、それには一万円の価値がある、というのはよくよく考えてみれば凄くヘンな話である。これも結局は「信用」というものに行き着く。

 「信用」ということを考えた場合、例えばある著者の略歴がこんな風になっていたらどうだろう。
ホンジュマカロホピレタカタ共和国はホビレマララシロチ大学クンビラホッケ学科卒。卒論題目は『ヘロヘロシロタナテにおけるクビラハンテソワラ的展開』
 これは「ウソつくなよ」となるけれど、それならばこれはどうか。
アメリカ合衆国コロンビア州はUCLAに学び、経済学の学士号(MBA)を取得
 「ウソ」ということで言えば、こっちも一箇所「大嘘」が入っている(解答はありますが、どこがウソか自分で考えてみよう!)。

 じゃあこの二つを分けるものはなんなのか、というところが分かれば、もはや経済は分かったも同然と言う予感がする。「信用(Confidence)」をキーワードに経済を調べてみるか。しかし、同じことばを使いながら「Confidence Man」といえば、これ即ち「詐欺師」になるのだから、経済と詐欺とはまこと表裏一体なのだな。

(解答:コロンビアなんて州はない。コロンビア(Columbia)は都市名)
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by ulyssesjoycean | 2005-11-26 11:05 | 駄文 | Comments(0)

巌窟王 第十巻

 第九巻でのフランツショックから一転、非常にまとまったオモシロさの第十巻となった。張りに張った伏線を「たたむ」作業にようやく入ったようで、次の11巻からどうなることか、非常に期待できる。
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 見所としてやはり、声優・福山潤(ふくやまじゅん)氏の服装でしょうか(そこかい!)。キャストによる次回予告は録音スタジオで撮影しているはずで、ということは私服なのか、それ! ベルベット(velvet)が流行っているとは聞いていたが、う~むと唸るだけ。

 見所パート2は、ヒロイン・ユージェニーを助け出すシーンに出てくる
il se disguis a femme, mais Je ne comprend pas que tous les homme ne peux pas sentir sa faux?
という疑問。ネタバレになるのでフランス語で書いたけれども(文法的に正しいかどうかは知らない)、あのシーンはギャグであって欲しい。
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by ulyssesjoycean | 2005-11-25 17:50 | 駄文 | Comments(0)

エッセイと随筆の違いって?

「エッセイ」「随筆」は何が違うのか、多少英語・仏語を知っている人ならば「Essai/Essay」といえば「試論・小論」であって、日本語でいう「エッセイ」ではない。「論」という性質があるので、じゃあ「随筆」ってなによ、とその辺りを調べてみた。

 エッセイといって思い出すのはモンテーニュ(Montaigne)の『エセー』
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 これが16世紀フランスの文物であるから、これを翻訳するときに『随想録』という訳語を当てた。そして「随筆」ということばを調べていくと、同義語として「漫筆」というものに突き当たる。漫遊とか、正岡子規の『仰臥漫録』とかのあれ。
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 この「漫」には語義として
とりとめのない。とりたてた目的のないこと。そぞろ。みだり。
 とある。これから「漫(そぞ)ろ」「漫(みだ)りに」と読むのも分かって、語義は「何となくそのように感じることを表す」「正当な理由や資格もなく事をなすさま」とある。つまり日本で「エッセイ」と呼ばれているものには、この「漫筆・随筆」という部分が非常に大きい。感じたことを書くというのが大事なので、別に論である必要はないわけだ。

 ではその本家(?)たる「Essai」が出てきたヨーロッパ16世紀はどうだったかというと、もう「感じたことを書きました」どころの話ではなく、戦争・病気・宗教改革と厭離穢土(おんりえど)というやつ、平たく言って地獄。ちょっと調べただけで処刑だの火刑だのといった物騒なキーワードがボンボン出てくる。こんな時代に「感じたことを書きました」なんて言っていられるはずはなくて、「論」という部分が非常に大きかったというのが分かる。それが現代にも脈々と流れていて、先日読了したグリーンブラット(Greenblatt)『呪いの手習い』も、副題に「エッセイ」とは入っているが、これは事実上「論文集」であるわけで、「感じたことを書きました」という部分は非常に少ない。いわゆる「エッセイ」的な序文にしてからが、かなり「論」だしね。
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 この辺り松岡正剛(まつおかせいごう)氏が編集した『情報の歴史』を使って、年代ごとに読み込んでいくと、更に詳細なことが分かるのだろうけれど、ま、当然こっちが持っているわけはない。
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by ulyssesjoycean | 2005-11-24 17:44 | 駄文 | Comments(0)

ミヒャエル・エンデ

ミヒャエル・エンデ『Die Unendliche Geschichte(はてしない物語)』をようやく読了。『モモ』とあわせてドイツ語で読了したページ数が700を超えた。どんな言葉でも2000ページ読めば分かるようになるから、残りは1300ページほどになる。
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 それにしてもミヒャエル・エンデ氏の頭の良さというのはタダゴトではない。対談本も読ませていただいたが(むろん翻訳)、博覧強記というより、学は東西に広く識は古今に及ぶといった、実にエレガントな頭の良さ。さりげない語り口の中に、作劇法、悲劇を喜劇にかえる手法などなど、とにかくヒントとなるものがぎっちり詰まっている。ドイツ語不人気のせいで読まれないというのは、ちと寂しい話である。
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by ulyssesjoycean | 2005-11-23 16:17 | 駄文 | Comments(0)

人文科学はMIT出版局

これからはMIT Press(マサチューセッツ工科大学出版局)だと、高山宏氏に教えられ、そんなにスゴイのかと見てみたら、これが本当にスゴイ。まず表紙がカッコイイよく、スタフォード氏言うところの「つなぐ知性」が満載。目に留まったものをいくつか紹介。
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 上から「美術と建築」「アルベルティからウィンドウズ」「芸術とファッション」と、どれもこれもオモシロそう(この5倍はリストが作れるぐらい、スゴイ本だらけ)。いくつか翻訳が出ているものもあるようだけれども、このスッキリまとまった表紙の美しさはどこにもなし。書籍デザインが、日本のデザイン分野では一番遅れてるからなぁ。
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by ulyssesjoycean | 2005-11-22 10:27 | 駄文 | Comments(0)

経済学ぶにゃ「詐欺師」に学べ

経済書のとてつもないツマラナサに辟易し、しかし何か経済への魅力的なアプローチがあるはずだと思っていたら、高山宏種村季弘(たねむらすえひろ)氏の対談で「詐欺」というキーワードを教えられた。これだ!
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 詐欺とは、これ経済と表裏一体のはず。信用があるから詐欺があり、詐欺があるから信用があると種村氏もおっしゃっている。18~19世紀において、株式というのは全くの山師商売、つまり詐欺すれすれのものだったことを思い出せば、詐欺を勉強した方がどれだけ「まとも」な経済へのアプローチとなるか分からない。種村氏は詐欺師大好き(笑)で、それ関係の著作も多い。まずはこの二冊から。
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 上記『エクスタシー』に収められている対談で、マルクスについてこんなことを言っている。
 種村 マルクスも山師志望だったんですよ。搾取とばかり訳される「エクスプロイト」なんて、もともと鉱山用語だよね。マルクスがもしも『資本論』を書かなければ、鉱山発掘して、失敗すればアメリカに渡ってカリフォルニアの金鉱掘りになっていたわけですよ。それで大儲けしていたら、そっちの方が良かったんじゃないかな(笑)(p220)
 これには大笑いしたけれど、なるほどなぁ、やはり詐欺と経済はきっちり結びついているわけだ。経済でちゃんと詐欺を教えれば良いのに、なんて思ったけれども、実際にやる学生が出てくるからダメだろうな(笑)。
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by ulyssesjoycean | 2005-11-21 12:52 | 詐欺の文化史 | Comments(0)