マンガとアニメーションと人文を、脱線(Digression)でつなぐブログ。
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<   2006年 01月 ( 25 )   > この月の画像一覧

知って得する遠近法(パース)

和泉かねよし『そんなんじゃねえよ 第8巻』を読むと、本当に画がうまくなっている―――しかし、画がうまくなるとは何なのか。パースという概念がその手がかりになるはず。
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 パースとはパースペクティヴ(perspective)の略称で、パースペクティヴとは遠近法の謂いである。では遠近法とは何なのかといえば、要するに人間の眼に適したものの見方。消失点だなんだといったところで、そんなものが世の中に「ある」はずがない。しかし人間の眼には「見える」から「ある」―――という、非常に人間中心主義な技法。
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(こんな点が実際の世界にあるわけはないわな)

 人間の身体も、その延長線上で考える―――といったって人間の身体ぐらい複雑なものは、と言われるかもしれないが、セザンヌ(だと思う)という画家が、基本的に円と円錐と長方形の組み合わせで絵は描けるといったことをのたまって、事実そうやって考えると、人物の描き方も理解しやすい。事実、そういう風に考えて描け、というのが小林七郎氏の名著『アニメーション美術―背景の基礎から応用まで』で言っていたことでもある。
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(ポール・セザンヌ 『ヴァニタス』

 そしてこの考えを更に敷衍させて、人物を動かすということを突き詰めて考えたのが、アニメーターの湖川友謙(こがわとものり)氏である。人が横を向くときはどういう骨格の動かし方になるか、上を向いた顔(アオリ)を描くにはどうすればいいか―――ありがたいことに『Webアニメスタイル』にて、氏のインタビューが読めるので、ぜひ読んでいただきたい。図版入りで非常に分かりやすい。多少癇に障るものの言い方ではあるにしても、発言内容は非常に分かりやすいし、筋が通っている。

 こういった理窟や理論があった上で画を見ると、何の判断基準も持たなかった時とは違って、分かりやすい物差しができる。「画のことは分からないので」と問題を棚上げするより、よほど良いのではないだろうか。しかし絵心のある人が、その理論にまで通暁しているというのはまずないので、というより、理論や理窟から画(絵)を見たり考えたりするというのは、一種禁忌(taboo)になっているから、風通しが良くならないというのは、ちと寂しい。もちろん理窟さえあればいい、というわけではないんだけれども。毎回いしかわじゅん氏に御登場願うわけにもいかんでしょう。
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by ulyssesjoycean | 2006-01-31 22:05 | 駄文 | Comments(0)

ニーチェ タイプライター キューブリック

哲学者ニーチェ―――なんていうと厄介なイメージしかないが、手元でかたかた打っているコンピュータのキーボードとは、切っても切れぬ関係にあるらしい。
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 要するに目が悪かった。目が悪いと本を読むのも大変だが、それと同じく書く作業も困難を極める。うそだと思うなら、目を閉じて文章を書いてみるといい。現代のように万年筆だとかサインペンなんて便利なものはないから、Gペンにインクをつけてペン先をかえながら書かねばならない。Gペンを使い始めて分かったことだが、これは相当に面倒な作業で、これを目が見えない状態でやるというのは、ほぼ無理である。
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 その点、キーボードは目が見えなくても文字が書ける。言われてはじめて気がつくことだが、ペンで文字を書くには、常に書いている文字をチェックしなければいけない、しかし、キーボードで文章を書くときには、見ているのは「モニター」上の文字であって、手元ではない。目が見えなくとも書く作業に支障はでないわけだ。だからこそニーチェ(Nietze)はタイプライターで文筆作業にいそしむという、テクノロジーに多大な関心を持つ現代作家でもあった。
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(厳密に言うと、こういったタイプライターでなく、ボール型のタイプライターだった)

 筆記用具が変わったことにより、文体(style)も変化する。タイプライター以後のニーチェは、簡潔な電報文体に変化し、随分と読みやすい文章を書くようになったという。ドイツ語で読んだページ数も1000を超え、随分ドイツ語も分かるようにもなってきたが、だからといって後期ニーチェが読めるのかどうか。何より哲学なんてものに興味がない。しかしドイツ語に明るい人に話を聞くと、要するにあれは翻訳が良くないのであって、原書で読むと案外分かるという。『ツァラトゥストラはかく語りき』なんて、『2001年宇宙の旅』でしか、キョーミないぞ。
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by ulyssesjoycean | 2006-01-30 22:08 | 駄文 | Comments(0)

「見えない」=「いない」世界

見たことのない者と、その世界を分かち合うのは難しいさ(アニメーション『蟲師』 第一巻)
 この世の「いる/いない」を分けるのは、「見える/見えない」だけが焦点であって、それが実在するかどうかというのはさしたる問題ではない、というのが視覚文化のキモである。
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 「見える」ことをテーマにして突き詰めていくと、ヨーロッパで発生した「博物学(natural history)」という分類に向かうけれども、当然その反対に「見えない」ことをテーマにした世界もあって、それが伝奇ものというジャンルに落ち着く。

 愛読してやまぬ『百鬼夜行抄』から諸星大二郎の作品群、新しいところでは『もっけ』『蟲師』など、これ全て「見えない」はずなのに「見える」、だからこそ「いない」はずなのに「いる」という話である。見えないものにとっては「いない」けれど、見えるものにとっては「いる」―――それを考えると、マンガというのは伝奇ものをやるのに最も適した媒体かもしれない。
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 分類大好きヨーロッパの方々も、19世紀にカメラが登場して「あちらの世界」に関心を持つようになる。コナン・ドイルルイス・キャロルが、カメラという最新機器を使用して「うそ心霊写真」作りに熱中するのは、この時代。何も二重露光のトリックまで使ってやるこたないよなぁ、と思うが、「見えない」ものは何が何でも「見える」ようにするというヨーロッパ人の執念。
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 なにもあちらだって最初からキリスト教だったわけではなく、土着の精霊文化のようなものは根強くあり、ケルト神話なぞその宝庫といった感じさえする(W.B.Yeatsの『Short Fiction』は傑作!)。ものの本によると、キリスト教の三位一体「父と子と精霊」というのも、実はそういう流れをくむものらしい。

 この三位一体(trinity)という概念はあちらの人でも説明に苦しむらしくて、スペインの宣教師がペルーの人々に説明しようとしてこう言ってしまったそうである。
三位一体と申して、三人の神があり、そして一人の神があり、それ故に合計四人である。 (吉田健一 『酒に呑まれた頭』 ちくま文庫 p21)
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by ulyssesjoycean | 2006-01-29 20:39 | ヴィジュアリゼイション | Comments(0)

『シャンバラを征く者』とレイアウトの法則

『鋼の錬金術師 シャンバラを征く者』に何か不満が残る人が多いのはなぜなのか―――レイアウトが良くないからである。作画が悪いわけでもストーリーが悪いからでもない。レイアウト(lay out)、つまり画面構成が良くない、これに尽きる。
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 何も表立って『ハガレン』の批判をしようというのではない。『ハガレン』が優れた作品なのは間違いない事実であるし、ギャグからシリアスまでできるポテンシャルのある作品だと思う。しかしどれだけ優れた作品でも、どれだけ優れたスタッフが参加しようと、画面のレイアウトが良くなければ、作品全体のテンションがガクーっと下がってしまう、その証明となってしまったのが実に残念と言うほかない。

 レイアウトの問題とは、畢竟(ひっきょう)、遠近法(perspective)の問題である。このブログを見ていただいている方々ならば御存知かとは思うが、一点透視・二点透視・三点透視といった消失点(vanishing point)の取り方、これが問題になってくる。
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(赤い点が消失点)

 名美術監督・小林七郎(こばやししちろう)氏の著作から透けて見えてきた法則は、
 一点透視以外(二点・三点)のパースでは、消失点は画面からフレームアウトして、はるか彼方に配置する
 これ、言うのは簡単だが、画面の外に消失点があるというのは、作業する上では非常にメンドクサイ。だからこそ最近では、まず3DCGでモデリングし、その上で背景を描いていくやり方がスタンダードになっている。
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 その法則を頭に入れて見ていくと、二点透視なのに画面内に消失点があったり(0:16:13)、または画面のすぐ外に消失点があったり(0:17:00)、三点透視で描くべきところが二点透視だったり(0:20:37)、遠くのものが霞んで見える大気遠近法を使用していなかったり(0:39:00)、あげていけばきりがない(からもう止す)。

 あまり批判をするのは趣味でないのだが、杉浦幸次・川元利浩・馬越嘉彦・高橋久美子・中村豊などなど、斯界(しかい)の名アニメーターがこれだけ揃っていて(というより参加していただいているのに)、しかも背景レイアウトに専門の担当者がいて(エンディングクレジットに三名の名前が出るが、あえて名前は出さない)これはないでしょう―――ということである。事実、上に名前を挙げさせてもらったアニメーターの中には、『Cowboy Bebop 天国の扉』に参加している方も多い―――ぜひ、それを考慮したうえで、両作品を見ていただきたい。レイアウトがどれだけ重要なものか、思い知らされるはずである。
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by ulyssesjoycean | 2006-01-28 20:15 | ヴィジュアリゼイション | Comments(0)

『巌窟王』 最終巻

デュマの原作・フランス国営放送版とも全く違ったラストに仕上がっていて、何より驚いたのはユージェニーメルセデス(過去)の衣装デザイニングを、ANNA SUI(アナスイ)が手がけていること。
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 このブランドがどうだというのではなく、アニメーションの衣装デザインに別な畑のデザイナーが参加する―――『巌窟王』という、ポテンシャルのある作品だからこそ出来た試みだったと思うが、こういうジャンルの越境はどしどしやっていただきたい。デザインを引用することも出来るが、それをやってしまうと著作権法で言う「公衆への送信」に該当するおそれがあるので、下記リンクからジャンプして、各自でチェックしていただきたい。

 『ANNA SUI  春のコレクション』
(Next pageから12番目中央が『ユージェニー』の衣装、14番目右側が『メルセデス』の衣装になっている。Previousからだと、7番目、9番目となる)

 それにしても、アニメーション『巌窟王』には、原作では重要キャラクターになっているファリア神父が一切登場しなかった。なぜあれだけの力を持ったモンテ・クリスト伯なれたのか、というのは、実はこの神父のおかげなのだが―――まあ、これだけ楽しませてくれる作品はそうめったにあるものではない。興味のある方は、原作・フランス国営放送版もぜひチェックして欲しい。どちらも、まるで違う世界なのでビックリするはず。
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by ulyssesjoycean | 2006-01-27 18:35 | 駄文 | Comments(3)

映画館 カメラ マシンガン

映画館に入ると、まず館内が暗くなってそれから上映開始となるが、この方法を一番最初に考え出したのは、音楽家のワーグナーだという。『ニーベルングの指輪』初演で、これをやった。
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(リヒャルト・ワーグナー Richard Wagner)

 「映画」論は腐るほどあるのに、「映画館」論がないのがいつも不思議だった。映画の内容はこの100年随分変わったが、おそらく映画館自体は、その初期から殆ど変わっていないのではないだろうか―――と思っていたら、やはり変わっていないことを『グラモフォン・フィルム・タイプライター』に教えられた。
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 ワーグナーの『ニーベルングの指輪』初演時、観客に誰がいようと、まず完全な闇という状況を作り出し(19世紀だからこれをやるのはそう難しくない)、開演と同時に最先端の発明であるガス灯をつけ、開始からドラマの世界へ観客を引きずりこむ。この手法が、20世紀の映画にまで尾を引いて、21世紀の現在でもこのシステムをやっている。
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 そして映画の撮影技術というのは、まったく機関銃の歴史と重なる。写真について「ショットが良くないね」なんて言い方をするが、「ショット(shot)」といえば、もちろん銃を撃つことでもある。そして写真を連続して撮影したものが映画(film)なわけで、つまりショット(shot)を連続させる―――連続して弾丸を発射(shot)する機関銃の方式が、カメラに採用されて、今の映画の原型がつくられた。

 そういえばタイプライターを最初に作ったレミントンという会社も、実は銃器メーカーだったりする。「300年の平和がスイスに何をもたらした。ハト時計だけさ」という、『第三の男』の有名なセリフがあるが、戦争によって技術が進むというのはうんざりするにしても、しかし事実である。それにしてもタイプライターや映画もその範疇に入るというのは、知らなんだ。実はティッシュ・ペーパーも戦争の副産物だというのはあまり知られていないが、これも事実である。
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by ulyssesjoycean | 2006-01-26 18:20 | ヴィジュアリゼイション | Comments(0)

キミら ズレてるよ!!(島本和彦)

『逆境ナイン 全力版』付録(メイン?)のオーディオ・コメンタリーは、『水曜どうでしょう』に通じる突き抜けた明るい雰囲気の中、ひたすら笑い転げるほかない傑作。島本和彦氏の明るさはもとより、脚本家の福田雄一、監督の羽住英一郎とのかけあいも文句なし! 映画自体に賛否両論はあるが、安易に「否」を唱えるより、このどこまでも朗らかな知性と笑いにこそ「賛」を送りたい。
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 さすが豪華な全力版というべきか、とにかく付録が多い。未公開映像・キャストへのインタビュー・メイキングなどなど、この全てを見るというのは、相当の通人でも難しい。特筆すべきは、やはりインタビューにおさめられた、島本和彦氏と羽住監督のアツイ思いであろう。

 富野監督が糾弾する「なれてるオトナ、大っ嫌いです。あ、なれてる風に見せてるオトナ、大っ嫌いです」という、まさに「なれてる風に見せてる」、その対極にあるインタビューは、聴いていて胸に来るものがある。
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 こうしたものを綜合して考えていくと、島本和彦氏のマンガ『新・吼えろペン』は、こっちが想像している以上に実話のようだ(笑)。ああいう日常を描いたとは思えないような作風ながら、実は日常を描いた作品を、愚痴であるとか「誰もわかってくれない」なんて、しみったれた考えなど微塵も見せずにエンターテイメントできるあたり、素晴らしいというしかない。愚痴ってるヒマがあるなら「逆境だ!」といって大いに笑う努力をすべき、ということですな。
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by ulyssesjoycean | 2006-01-25 21:29 | 駄文 | Comments(0)

『音・映像・文字』

映画と蓄音機が発明されるまで、音・映像を含めた何から何までが、文字の担当だった。「はじめにことばがあった。ことばは神であった」という聖書の文句は、なるほどそういうことかと合点がいく。フリードリヒ・キットラー『グラモフォン・フィルム・タイプライター』という、傑作中の傑作が教えてくれた。
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 人文科学と哲学や知覚、自然科学から脳科学までが「音・映像・文字」という共通項によって緩やかに接合された画期的な名著で、こっちがおぼろげながらに感じていたこと、または「こういう考え方をするとオモシロイのでは」といったことをはるかに先駆し、その限界まで行っていて、思わず平伏。しかも、オモシロイ!

 同じことに興味を持っているなんて言うのは、著者であるキットラー氏に対しておこがましいが、博物学的な視覚文化の知識・教養というのが、どうも近しい所に流れているようで、そういった意味では非常に読みやすい。ハードかつ濃密な内容であるのは間違いないが、不必要に難解だったり、衒学(げんがく)趣味に走ったりするところなど微塵もないから、このブログを見てくださっている方であれば、おそらく琴線に触れるものがあるのではないだろうか。

 「ことばが上で、絵(image)が下だという、プラトン以来の上下層序」に対してケリを入れた、バーバラ・スタフォード(Barbara Stafford)氏の画期書『グッドルッキング』に並ぶ、傑作中の傑作。スタフォード氏のように、熱い高揚感がある書物ではないが、スタフォード氏の提示した思想(idea)を応用して一冊ものするとすれば、まさしく『グラモフォン・フィルム・タイプライター』になるという、嬉しい証左である。
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(バーバラ・スタフォード氏)

 翻訳もこれ以上はない素晴らしさだが、こういう風に名著に名訳がつくというのは本当に珍しいことで、アホな学者の辞書語を引き写した翻厄(!)によって訳殺(!!)される名著の数々を思えば、まことに幸福な一冊である。どちらも手に入れにくい著作ではあるが、ぜひ『グッドルッキング』『グラモフォン~』の二冊を並べて、愉しんでいただきたい。
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by ulyssesjoycean | 2006-01-23 21:20 | 駄文 | Comments(0)

ビバップ レイアウト レンズ 

BS2で放送された『Cowboy Bebop 天国の扉』、とにかくレイアウト(画面構成)カメラの位置(Eye level)に感心しっぱなし。遠近法・作画・カメラ・色彩を知ってるととてつもなくオモシロイ(ストーリーはいたって普通の話だから)。
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 レイアウト(lay out)、つまり遠近法でいう消失点の取り方が凝っている。具体的に言うと、殆どのシーンが二点透視三点透視で描かれていて、これ、言うのは簡単だが、こんな複雑な画面構成の中で人物を動かすとなったら尋常ならざる神経と労力を使う。
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 テレビ媒体でのアニメーションが殆ど一点透視図法で描かれているのは、知識の有無ということもさることながら、やはり人的労力と時間のためと言わざるを得ない。しかし一点透視も使いようによっては効果的な画面作りができる、というのをこの作品から教えられた。一点透視でも、カメラの位置(Eye level)を下げればいいのだ。

 カメラの位置・目の高さをアイレベル(Eye level)という。これは要するに、背の高い人の視点であれば、高い位置に目があるからアイレベルも高くなり、子供の視点を描きたければ子供の目の高さにまでアイレベルを下げる、と、こういうことなのだが。映画というのはカメラで撮っているから、どんな高さにでもカメラは置けるわけで、一点透視でアイレベルをぐぐぅ~っと下のほうに置くと、何もかも見上げるような構図になって、それで画面に緊張感が出る。

 かといって何でもかんでも下から見上げるようにしてはマズイので、次にレンズ(lens)が出てくる。カメラに使うレンズを魚眼にすれば、画面全体がぐにゃ~っとゆがんで、たとえ一点透視でも画面に緊張感が出せる。優秀な人たちは色々考え付くなぁ、と本当に感心する。
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(fig. from
http://www.zam.fme.vutbr.cz/~druck/Eclipse/Ecl1999n/Fisheye/Lq/Se1999n_fisheye.jpg)

 こういったレイアウト重視の画面作りが徹底していて、何もなくても(というのはヘンかもしれないが)ただ見ていて気持ちの良い画面が続き、見ている側がダレない。話(ストーリー)はオモシロそうなのに、見ていて何となく退屈だ、というのはこの辺に原因があったりする。

 とはいえ「言うことはひとつのことである。行うのはもうひとつのことである」というように、理論や考え方の枠組みはあっても、実行できるかどうかというのは、映画製作が一人で行うものではない以上、難しいところ。そういった意味で『天国の扉』は稀有な作品ではないだろうか。しかしこれだけの作品がアニメーション(animation)媒体でしか見られない、というのはちと悲しい。実写とアニメーションのどちらが上か、なんてバカげたことを言うつもりはないにしても、(例外はあるにせよ)テレビドラマの無残きわまる貧寒さを見ると、レイアウトがもう少しどうにかなったら―――と思ったりして、これもまた事実だったりする。
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by ulyssesjoycean | 2006-01-22 15:24 | ヴィジュアリゼイション | Comments(0)

『島本和彦×羽海野チカ』対談

おれにはまったくわかんねーよ!! 読者の頭がわりーんじゃねーのか!? とか思いはじめたら―――確実に自分自身が病みはじめてる凶兆!(島本和彦 『新吼えろペン』 サンデーGX二月号 p117)
 よくぞ言ってくれました! バカ売れしてる作品、超メジャーなヒット作への言辞というのは、安易な悪口に傾きがちなもの。そういうことを言いはじめたり、考えはじめたりしたら、まず自分を心配しろ!というメッセージは、当たり前と言わば言え、やはりこの時代だからこそ必要な姿勢であろうと思う。

 また、これをお説教でなく、エンターテイメント作品として笑える仕上がりにしていることも、島本和彦氏の知性と品性が並みのものではないという証左。
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 今回は『島本和彦×羽海野(うみの)チカ』の対談がおさめられており、『ハチミツとクローバー』という作品の外見(appearance)からは想像もつかぬ、筋金入りのマニアっぷりを見せている。

 この対談のほかにも、押井アニメのファンであると雑誌『Continue』で公言したり、『攻殻機動隊 Official Log』では神山健治監督と対談(未見)を果たすなど、相当気合の入ったオタクなのだろう。
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 それにしても一番驚くのは、島本和彦氏が『ハチミツとクローバー』をちゃんと読み込んでいるところ。好きなキャラは山田って―――と感心せざるを得ない。かくあるべし。
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by ulyssesjoycean | 2006-01-21 20:04 | 駄文 | Comments(0)