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ホームズ 暗号 江戸川乱歩

「シャーロック・ホームズじゃないが、百六十種くらいの暗号の書き方はおれだって知っているんだ」―――というのは江戸川乱歩の暗号小説『二銭銅貨』だが、推理小説に首を突っ込むと、かならず「暗号」というものに突き当たる。
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 では「暗号」とはなんなのか―――英語ではクリプトグラフィーというらしく、1660年前後、英国の清教徒革命に乗じて発生してきたものらしい。しかし「暗号」についてはまだ何一つ調べていないので、詳しいことはまだなんとも。

 シャーロック・ホームズでは『踊る人形』をはじめ、『恐怖の谷』でも暗号が用いられているが、ホームズが知っているという160種の暗号―――これを調べていくのは相当骨が折れそうだ。暗号といってすぐに思い浮かぶのはサイモン・シンぐらいだしなぁ。
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by ulyssesjoycean | 2006-06-30 22:07 | 駄文 | Comments(0)

ホームズ メディア 百科事典

シャーロック・ホームズほど捜査に「メディア」を駆使する探偵はいない。電報で連絡を取り、新聞広告で犯人をおびき出し、暗号解読には百科事典を使う―――メディア万能の時代、万国博覧会が開かれたヴィクトリア朝時代の申し子のように見える。

 中でもオモシロイのが百科事典のあり方。ある事件に「百科事典を書き写す仕事」というのが出てくる。一日に何時間か、『エンサイクロペディア・ブリタニカ』を書き写す。まったく無意味な仕事じゃないか―――とは、残念ながら言えない。フロベールが全く同じ話を『ブヴァールとペキュシェ』で試みている。
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 残念ながら未読なのだが、聞くところによると、これは「二人の老人が百科事典を書き写す」小説らしい。フロベールはこの小説のために、当時出たばかりの百科事典を丸写し(!)にした創作ノートを作り、創作ノートを作りすぎて、小説自体は未完になった―――いったいこれは何なのか。

 書簡体小説―――つまり手紙の行き来だけで成り立っている小説というのがあるが、手紙もメディア(媒体)だと考えれば、この先に百科事典を丸写しにする小説というのがあってもおかしくない。おかしいと思うのは、百科事典が現代において有効な「メディア」ではなくなっただけの話で、ホームズを読むと、いたるところに百科事典を調べる記述が出てくる。なにせホームズは自前の索引システムを作っているぐらいだから、百科事典というのは十九世紀において最強のメディアであったというわけだ。
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(そのものズバリ、ジョン・バースの『レターズ』)

 日記というのも、実はメディア。日記をつけるなんていう妙なことをやり始めたのは、清教徒革命があった17世紀くらいからだそうだが、その当時「日記(ダイアリー)」というのは今とは全く違う意味を持っていた。振り返れば、何月何日にあった出来事が書かれているわけで、こんな便利なものはない。それに目をつけたデフォーが『ロビンソン・クルーソー』という漂流「記」―――つまり漂流「日記」の小説を書いた。どうも小説というのはその時代の最先端と結びつくようで、つまりホームズはその典型となる。
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 ネット社会に生きている―――つまりメディアに取り込まれて生活していると、そこで情報の伝達をするのに「暗号」というものが欠かせなくなってくる。情報のやり取りが加速すると、暗号が必要になる―――ホームズが暗号に精通しているのも、なるほど、これで「つながる」『踊る人形』で、いみじくもこう言っている。
人間が考え出したものなら、かならず人間が見破れるものさ
 見破れないものはないという自信―――十九世紀とはつくづく怪体(けったい)な時代だったようだ。
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by ulyssesjoycean | 2006-06-29 19:54 | 探偵する小説 | Comments(0)

BSアニメ夜話 第7弾のラインナップは!

『BSアニメ夜話』の次回ラインナップが決定!

8月7日(月) 23:00~
「千年女優」 2002年/監督:今敏
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8月8日(火) 23:00~
「勇者ライディーン」 1975年/監督:富野喜幸・長浜忠夫
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8月9日(水) 23:00~
「鋼の錬金術師」 2003~05年/監督:水島精二

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(これは映画版)

 前回から番組の構成を変えて成功した『BSアニメ夜話』―――司会の中川翔子氏と里匠氏はかなりのアニメ好きらしく、見ていて不快感がないのが素晴らしい。あとはゲストである。前回は神山健治氏、石川光久氏を呼ぶなど大盤振舞であったから、今回もぜひ期待したいところ。
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(攻殻機動隊のテレビシリーズで成功した神山監督。本編も悪くないが、DVDの特典としてついている神山監督のインタビューがバツグンにオモシロイ。信頼できる知性の持ち主である)
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by ulyssesjoycean | 2006-06-28 22:38 | 駄文 | Comments(0)

蟲師 第六巻とアニメーションノート 

『蟲師』の第六巻は相変わらず素晴らしい仕上がりだったが、今回は原画スタッフにガイナックスの平松禎史氏とすしお氏が参加―――なるほど、これだけのクオリティを維持しているのは、そういうことだったのか!と思わず膝を打った。
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 その『蟲師』も特集している『アニメーションノート』の第二号―――『巌窟王』前田真宏(まえだまひろ)氏、『蟲師』の総作画監督・馬越嘉彦氏―――特集も企画も悪くないはずなのに、全然オモシロクないのはなぜなのか―――文章が良くないからである。
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 「文章が良くない」という場合、二つのタイプが考えられる。まず「誤字・誤用が多い」こと。「すべからく」「嘘ぶく」「筆を置く」など、「ブンガク」する態度が先に立って、辞書を引くことをおろそかにしているもの―――これがひとつ。

 そして二番目が、「リズムのない文章」。文法にも使用語彙にも間違いがないのに、どういうわけか読みづらいのは文章にリズムがないからである。例えばドイツ語でこういう表現がある。
eine kleine nacht Musik.
 「アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク」と音読すると、やけに調子がいいのに気づく。この裏に「タタタ タタタタ タタタン ターン」というリズムが流れているから、たとえドイツ語の意味は分からなくても、気持ちよく読むことが出来る。日本語だって同じことで―――と言いかけてすぐに思い浮かぶのは、やはり吉田健一である。『ものの見方』の一節を引用してみよう。
 その生きがいの問題なのだが、どこかその辺に間違いのもとがあるような気がする。ただ生きて行くという、初めからほかの一切の要求を切り捨てたことをしていれば不満が起こる位のことは、キリストに教えられなくても解ることで、さういふ間違つた考へを吹き込まれるためにマルクスを読んだのなら、相当な馬鹿である。何かすることを決めれば、それで生きて行ける。或は、生きて行けなければ、その時こそその苦労がものを言う。併し苦労するのは一切お断りで、その代わりに生きて行くために苦労する、というのだから、解らない。

(吉田健一 『乞食王子』 ものの見方 吉田健一集成 第四巻)
 「それで生きて行ける」の部分なぞ吉田健一の真骨頂とも言えるリリシズムだが、こういう「まとも」な文章ほど、読んでいるその裏には「リズム」が流れている。流れていなければ、読みづらい。
 
 その点『季刊エス』はさすがで、雑誌側の人間はひたすら「黒子」に徹し、インタビューする人間の発話に重点を置いている。「しゃべり」というのは、文章に比べればどうしたって「リズム」が生まれるから、そういう意味で、読んでいる時の不快感はない。やはり『季刊エス』の方が、一枚上手かな。
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by ulyssesjoycean | 2006-06-28 20:21 | 駄文 | Comments(0)

推理小説はいつからあるか

探偵と警察があってはじめて「推理小説」がある―――という考え方と、いや聖書やヴォルテールにも謎解きはあるから、推理小説はもっと昔からある―――という議論がファンの間ではなされているそうだ。聖書はともかくヴォルテールって何よ?というと、これが『ザディグ(Zadig)』という作品。これに謎解きが出ているらしい。
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 さすがにヴォルテールまでフランス語で読んではいないから、この作品がいったい如何なるものなのか、まったく知らない。しかしここにある推理のあり方―――データから、ありうる仮説を導き出す―――アブダクションという―――考え方は、まさに推理小説だという。

 そういえば、ホームズも重視する「データ(data)」とはなんなのか。データとは「datum」の複数形で、ラテン語の語源までさかのぼると、原義は「与えられたもの」だという。十九世紀の小説は、ホームズに限らずひたすら「データ」に狂ったものだという風に見える。今、久しぶりに読み返しているフロベールの『ボヴァリー夫人』も、「モ・ジュスト(適切な一語)」を駆使して、徹底的にデータを積み重ねていく。当然、人物描写は観相学そのもの。
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 現代に生きるこっちの感覚からすると、正直そういった描写は「うるさい」とまで感じられるのだが、それをヴィクトリア朝の人間はむさぼるように読み込んだという。高山宏氏や小池滋氏の訳書を読むと、そう書いてある。なぜ―――というのを読み解くには、「退屈」がキーワードになる。十九世紀に生きた画家、ウォルター・シッカート(Walter Sickert)の絵画にそのものズバリ『倦怠』というのがある。どうやらこれが―――偽らざる十九世紀の風景。これじゃ小説でも読むしかないなぁ。
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by ulyssesjoycean | 2006-06-27 21:25 | 探偵する小説 | Comments(3)

ホームズの推理とアブダクション

「アフガニスタンにいらっしゃいましたね?」と、ワトソンの経歴をずばり言い当てたホームズ―――この思考法を「アブダクション」という。「帰納法(induction)」とも「演繹法(deduction)」とも違う「アブダクション(abduction)」―――どうやらC・S・パースという論理学者が打ち立てた考え方らしい。
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(チャールズ・サンダース・パース)

 帰納法は経験から原則を見つけ、演繹法は原則から事例を導き出すが、論理学のややこしい説明を抜きにして大雑把に言うと、アブダクションとは「観察した事実を説明する仮説を立てる」―――「~かもしれない」の考え方だという。

 この一番の例が、エドガー・アラン・ポオ『モルグ街の殺人』。探偵オーギュスト・デュパンが、道を歩きながら、友人のちょっとした仕草・口ぶりから、今現在この友人が考えていることに到達する―――「アフガニスタンにいらっしゃいましたね?」は、ホームズというかドイル流のオマージュだということになる。
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 ところがこういう思考法を実際にやっていた人もいて、それがドイルの恩師ジョセフ・ベル。来た患者の「外見を読んで」、その人の経歴を次々言い当てていくその様子にコナン・ドイルは度肝を抜かれたらしい。ホームズものの第一作『緋色の研究』「きみは軍隊にいたことがあるね?」という件(くだり)があるが、あれはベル先生を模したものだという。
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(ジョセフ・ベル)

 シャーロック・ホームズというのは、この「アブダクション」を延々と再生産し続ける物語。『四つの署名』の冒頭から、ワトソンの持っている時計を「読み解いて」、その経歴をズバリ言い当てる―――外形を読んで内面を知るというのは、まるっきり「観相学(フィジオノミー)」で、要するに「全ては顔に書いてある」という考え方である。

 先日密室トリックの巨匠ディクスン・カー『三つの棺』を読んでいたら、登場人物の描写があまりに「観相学」そのものなので、笑ってしまった。「こういう性格をしている」とは絶対に書かず「髪の色はこうで、瞳の色はこうで、あごの形は、ひたいは・・・」と顔の描写ばかりが続く。
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 小説ぐらいだと笑ってすむが、これを実生活でもやろうとする人間がいたりするから話はややこしくなる。血液型占い・星占いの相性診断・「なんたらの泉」―――これすべて、十九世紀を席巻した観相学、その延長線上にある考え方。「楽しいんだからいいじゃないか」と安易に言う人がいたりするが、観相学は最終的に「ナチス」に行き着いた―――ということを知って、まだ笑っていられるだろうか―――といっても、やっぱり笑ってるから困ってしまうんだよなぁ。
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by ulyssesjoycean | 2006-06-26 18:41 | 探偵する小説 | Comments(0)

指紋とシャーロック・ホームズ 

いまや当たり前となった「指紋」―――実はこれ、警察の「弱点」が生んだ認識方法だったのである。英国ヴィクトリア朝の警察がもっとも頭を悩ませていたのが、犯罪者の「変装と偽名」。犯罪が繰り返し行われるとき、その犯人が変装し、名前を変えてしまうと打つ手がないのだ。

 そこで、犯罪者に何か共通の因子・形態を見出そうとした結果、身体の各部分を計測して、「足の長さがこれこれこういうタイプに犯罪者が多い」などというトンデモ科学―――チェザーレ・ロンブローゾの「犯罪類型学」が生まれた。
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 御存知の人には説明するまでもないが、十八世紀から十九世紀にかけて、人の顔をみて性格を言い当てる「観相学(フィジオノミー)」というのが大流行した。都市部の人口が増加し、どっちを向いても知らぬ人ばかり―――これでは困るというので、何かしら「調停のコード」が必要になり、その要求が「外」に向かったのが「ファッション」。顔を通じて「内」面を見ようとしたのが「観相学」というわけだ。
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 その流れの中で「指紋」が登場する。1823年にプルキンエという人が『視覚器官と皮膚組織の生理学的調査についての論考』という長ったらしい題目の発表を行い、これが「指紋」研究のはじまりとなる。ライプニッツの思想を受け継いで云々とあるが、要するに「人間には何か共通のコードがあるはずだ」という思想―――なーんだ、やっぱり「観相学」と同じ発想じゃないか。「外形を読む」ことにまるごと狂った時代だったというわけ。
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(ライプニッツ)

 そのスペシャリストが探偵シャーロック・ホームズ。この人が何をやっているのかというと、結局は「外形を読む」―――このことに尽きる。だからこそホームズが、ワトソンに会っていきなり「アフガニスタンにいらっしゃいましたね?」とズバリ言い当て、ワトソンはびっくりする。こういう思考形式は、帰納法とも演繹法とも違う「アブダクション(abduction)」というらしいのだが―――それはまた次回に。
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by ulyssesjoycean | 2006-06-25 15:09 | 探偵する小説 | Comments(0)

サイモン・シャーマ『アートの力』

高山宏が翻訳した『風景と記憶』(河出書房新社)によって、日本でも知られることになった稀代の歴史家サイモン・シャーマ氏の最新刊は『Power of Art』(BBC Books)―――つまりは美術書。
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 シャーマ氏はコロンビア大学で「Art hisrory and history」という講座を受け持つだけあって、卓越したヴィジュアル感覚を持つ人でもある。17世紀オランダに焦点を当てた『富めるが故の惑い』は、まさに「美術史と歴史」がクロスオーヴァーする傑作であった。それだけに「アート」と銘打った今作はどのような仕上がりになっているのか、非常に楽しみである。出るのはまだ先なんだけれどね。
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(図版のレイアウトが素晴らしい画期的な歴史書)
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by ulyssesjoycean | 2006-06-24 20:55 | 駄文 | Comments(0)

目からウロコのイエス伝! 

イエス・キリストに対するイメージが一変するほど、ぶっちぎりのオモシロさ―――『人間イエス』(講談社現代新書)。ギリシャ語を勉強して原典を読むと、聖書とはこんなにオモシロイものなのかという驚嘆の書物である。キリスト教を扱ってはいるが「宗教」書ではないので、この手の分野が苦手な人でもすいすい読めるはず。
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 キリスト教関係の書物はあまたあるが、そのどれもが聖書の訳本―――英語や日本語に訳された各国語の聖書―――を通じての「読み」でしかなかった。それが原典であるギリシャ語に拘ることによって、「なるほど、そういう意味だったのか!」という発見が連続する。その翻訳もこなれていて、「生硬」な印象だった聖書の文言(もんごん)が、実に活き活きとした姿で浮かび上がってくる。「翻訳なんて意味が通じればいいんだ」と平気で言ったりする人もいるが、そういう言葉に対する感覚がどうかしている人間は放っておいて、ぜひこの聖書の―――というかイエスの発話を耳にして欲しいと思う。
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(レンブラント『100フルデン版画』)

 イエスの発話―――そう、『人間イエス』で取り上げられるイエスは、スピーチの天才なのである。イエスなんて理窟ばっかりのややこしい人間―――だったかどうかは会ったことがないので分からないが、話はバツグンに上手かっただろうと思う。恐ろしく話の上手い人というのを何人か知っているが、聴いていると、そのあまりの素晴らしさに「酔って」しまう。その延長線上にイエスもいたのではないか―――というのが鮮やかに描き出されていく、この辺り、同書の白眉である。

 これだけオモシロイ書物なのに、アマゾンのレヴューではのきなみ評価が低くなっていて驚くが、吉田健一「文章がヘタだ」なんていう輩がいたりするから、ま、それも仕方のないこと。「いつの世も具眼の士の少ないことを嘆ぜざるを得ない」(森銑三)
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(レンブラント『聖家族』)
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by ulyssesjoycean | 2006-06-21 20:33 | 駄文 | Comments(0)

探偵と警察

シャーロック・ホームズに登場するレストレード警部、あれも実は探偵である。十九世紀において、警察=探偵だったらしく、レストレードは犯罪捜査局(CID)所属の探偵だという。
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 ことのおこりは十八世紀。愛読して止まぬ『トム・ジョーンズ』(岩波文庫)の原作者ヘンリー・フィールディングが、警察制度の原型を創案する―――といっても、訓練した若者を捜査に当たらせるようにした、というだけの話。その人数も10人に満たなかったそうである。
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 それが十九世紀(1829)になって、のちの首相ロバート・ピールが、警察というものを制度化する。ところが新しく出来た職種でもあり、「大丈夫なの?」という不安も多かったから、警察官になろうなんていう人間は相当アレな人たちだった。組織を維持するために税金も高くなったし、所属している人間もそういう方々だから、まあ、評判はよろしくない。

 それじゃあ財源確保のため―――ということで、必要のある個人がお金を払って警察を雇えるようにした―――これが首都警察法(1839)。調べたい事件や、これこれを捜査して欲しいという時は警察を雇う―――どうもこれが「探偵(detective police)」の発祥らしい。

 現代の感覚からすると、探偵と警察はまったく別のものという印象が強いが、アメリカで初の私立探偵となったアラン・ピンカートンも推理と調査というよりは体を張って事件を解決するのが本分だったから、分けて考える方がおかしいのかもしれない。シャーロック・ホームズが「探偵」というもののイメージを固定化させてしまった―――原作者のコナン・ドイルはこればかりが売れすぎてしまい、ホームズが嫌いだったらしいけれども、後世への影響はよほど強かったと言わざるを得ない。
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(探偵っていうと、この表紙のイメージだものね)
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by ulyssesjoycean | 2006-06-20 21:00 | 探偵する小説 | Comments(2)