マンガとアニメーションと人文を、脱線(Digression)でつなぐブログ。
by ulyssesjoycean
カテゴリ
全体
駄文
高山宏講演『脳にいい人文学』
佐々木果、「コマ」を語る
グルンステン×高山宏
物語の中の動物
ヴィジュアリゼイション
詐欺の文化史
探偵する小説
美しい洋書たち
翻訳小説『サンタール』
翻訳小説『七人の男(抄)』
翻訳小説『不安な墓場』
シロクマの文学雑学コレクション
ネコログ
今日のなぐり書き
語学参考書
未分類
以前の記事
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
2005年 07月
2005年 06月
2005年 05月
2005年 04月
ライフログ
フォロー中のブログ
幻戯書房NEWS
前田真宏のINUBOE
最新のコメント
>右往左往さん コメン..
by ulyssesjoycean at 12:21
度々すいません・・訂正で..
by 右往左往 at 11:17
早速お答えいただいて有難..
by 右往左往 at 11:13
>右往左往さん コメン..
by ulyssesjoycean at 12:53
どうも度々お邪魔してすみ..
by 右往左往 at 12:03
>右往左往さん コ..
by ulyssesjoycean at 16:55
どうもお久しぶりですお邪..
by 右往左往 at 00:03
>mimizoさん ..
by ulyssesjoycean at 23:41
こりはまんぞくさんではな..
by mimizo0603 at 16:33
>右往左往さん コメン..
by ulyssesjoycean at 10:46
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


<   2006年 08月 ( 20 )   > この月の画像一覧

ニーチェ 涼宮ハルヒ フランクリン

中公クラシックスが、これは相当なものだ――というところからニーチェ『ツァラトゥストラ』を読んでみたが、散文詩といった風合いの作品で、「神は死んだ!」の核心部分は分からずじまい。おそらくカント以来の認識論だと思うのだが、こういう文体では手が出ない。

 同時に読んだフランクリンの『自伝』も、かなりアレな翻訳で、せっかくの魅力が半減していた。原文はオモシロそうなだけに実に残念。小泉八雲の翻訳で知られる平井呈一氏あたりが訳してくれると、これはもう桁外れに奔放な書物になったことだろうと思う。

 話は変わってアニメーション。最近つとに話題となっている『涼宮ハルヒ』も見なければいけないのではないか――と思って手に取ったらキャラクターデザインにドン引きという、まるでひょうたんなまずな結論と相成った。

 第一話のレイアウトが恐ろしく高度なので、これは確信犯に違いない、きっと『転校生』のようなガタンと変わる演出があるのだろう――と思って見ていったが最後の最後まで何も無い。どういうことかと思って二話目を見ると、普通のレイアウトに戻っている。なんのことはない、予算の都合か。

 やはり頼みは『蟲師』になるか。もうそろそろ最終巻になってしまうのが寂しいけれども。
[PR]
by ulyssesjoycean | 2006-08-29 15:55 | 駄文 | Comments(4)

パソコン菅見

非常に優秀な外部記憶装置――ところが困ったことに、その外部記憶装置を使いこなすための労力と、使いこなした結果というのがまるで釣り合わないのがパソコンというものではないだろうか。

 例えばビデオを考えてみればいい。ビデオの役割は「録画」「再生」の二つであって、これさえ覚えてしまえば、機能を十全に使いこなすことができる。カセットテープやMDも同じこと。

 ところがパソコンは用途が多岐にわたるため、使いこなすのも難しい。自分で「設定」できますよ――とは言うが、その操作はあまりに煩雑。

 例えばファミコン(とはもう言わないけれど)、よく操作性というものが話題にのぼるが、それはメーカー側が尽力すべきものであって、ユーザーが行う「コンフィグ」という設定は、あくまで最小限。ゲームの方では、90年代後半から整理されてきた印象があるが、PCはまだまだだという気がする。

 ハードディスクが壊れていなかったら、感想も違ったと思いますが。
[PR]
by ulyssesjoycean | 2006-08-26 10:23 | 駄文 | Comments(0)

福田恒存

自分の本当の声に耳を傾ける事だ――とは、福田恒存(ふくだつねあり)氏の弁だが、その「本当の声」がない人はいったいどうすればいいのか。

 ファン/観客論を発展させていくと、「何かを選ぶ」という行為にたどり着き、「何かを選ぶ」という行為は、「自分で選ぶか、他人に選んでもらうか」という二者択一に行き着く。これは結局、「自分の価値観を確立する」というところにおさまる。

 この先がややこしいことになるので、どうしても「ホンモノ/ニセモノ」という分け方が生じる。今回その全集を読ませてもらった福田氏など、何の疑問もなくその分け方をしている。そして出てきたのが冒頭の「自分の本当の声」というくだり。

 1%のホンモノと99%のニセモノという、安易な分け方をしていいものだろうか、価値観を確立するとはそもそもどういうことなのか、価値観と嗜好との違いはあるのかないのか――などというえらく厄介な問題になってきて、平たく言って、お手上げ状態になった。

 しかし依然として、作品や作家ではなく、それを受け取るファンのことを考えなければ話は進まない。スポーツ番組が一様にふざけた作りになっているのは(ここで言っているのは、本当にツマラナイ番組のことで、などとわざわざ断らなければならないのだろうか、まったくやりきれない)、結局、作り手というより、それを甘受する「受け手」こそが問題なのである。

 なんだかややこしいことになってきたなぁ。
[PR]
by ulyssesjoycean | 2006-08-22 14:36 | 駄文 | Comments(0)

フロイト『精神分析学入門』

コナン・ドイルは晩年オカルティズムに傾倒したが、それは時代の流れとして必然だった――というところから読み出したのがフロイトの『精神分析学入門』(中公クラシックス)。推理小説との兼ね合いで読むと、これがとてつもなくオモシロイ。

 推理小説に出てくる「見る人が見ればわかる」という思想は、万物が連環しているというライプニッツの魔術思想に行き着く――これは世界が未曾有の拡大をすすめる中で出てきた必然なわけだが、フロイトの精神分析にも、その思想は色濃く受け継がれている。もちろん、精神分析は魔術だ――なんて意味ではない。あしからず。

 まだ読了していないのだが、この『精神分析学入門』の翻訳がムチャクチャ素晴らしい。いわゆる「上手い」翻訳を読んでも、つい「上手に訳しているな」と思ってしまうのだが、この翻訳は、はじめから日本語で書かれたような、読んでいる最中は翻訳書であるとまったく意識しない――これはとてつもないことである。目指すべき地平だ。

 *常ならば画像をふんだんに利用するところですが、お知らせしたとおり、PCが「ぶんむくれ」てしまったので、テキスト(文章)オンリーになりました。今後も更新は続けていきたいと思いますが、その場合も、「画像なし」になってしまうかと思います。ご了承下さい。
[PR]
by ulyssesjoycean | 2006-08-19 12:49 | 駄文 | Comments(2)

PCトラブル発生(管理者:シロクマより)

昨日(八月十六日)、使用しているPCに問題が発生し、解決を試みましたが、現時点でまったく使用できないという状況に陥りました。

 したがって当分の間、満足な更新もできず――閲覧してくださっている方々には多大なご迷惑をおかけしますが、なにとぞご了承ください。

 ブログそのものを凍結・閉鎖するということではありませんので――マシントラブルによる一時的な休止と考えていただければ幸いです。

 メール・ブログも、可能な限りチェック・返信をしようと考えていますが、やはり以前ほど頻繁にはできなくなるかと思います。関係者の方々には深くお詫び申し上げます。

 八月十七日 Digressions管理者 シロクマ
[PR]
by ulyssesjoycean | 2006-08-17 11:28 | 駄文 | Comments(0)

押井守 天守物語 絵コンテ

これだけ自論を語ってくれる監督は他にいない――という理由から積極的に読み出した押井守の著作であるが、「けっこう良いかも」と思った直後にドン引きするようなことを言うあたり、自身の映画と非常に近い印象がある。押井さんの映画は必ず、「スゴイ」「どうかしてる」が交錯するからなぁ。
d0026378_17282859.jpg

 『四谷怪談』のクオリティにもめげずに見た『怪(ayakashi) 天守物語』であるが、これがまたスゴイ出来で驚いた。人間が描ける描けないとかそういう以前に、「これ放送して大丈夫だったの!?」と、いち視聴者が不安になるような出来栄え。レイアウト(画面構成)にもすさまじいものがある。
d0026378_17363920.jpg

 レイアウトというところから話を押井氏に戻すけれども、常々「絵が描けない」と公言してきた氏であるが、『攻殻機動隊 絵コンテ集』を見ると、これがびっくりするぐらい描けている。「描けない」というのは、要するに「アニメーターと比べて描けない」だけであって、人体パースや背景レイアウトなど、どれも「ちゃんと描けている」
d0026378_174405.jpg

 コンテを読んでいくと、多少の変更はあるものの、基本的には監督である押井さんのコンテに忠実な内容で――それはつまり、押井さんの「描いた絵」に忠実という意味でもある――押井さんが重視するレイアウトも、コンテの段階でほぼ決定している。実に勉強になる一冊だった。

 惜しむらくは、他の監督さんがこんなに語ってくれないことであり、宮さんも庵野さんも富野さんも、これだけ語ってくれたら――という想いはある。しかしそれが、「絵描き」である人と、そうでない人の本質的な差なのかもしれない。
d0026378_17563089.jpg

(宮崎駿関連ではもっとも充実した内容のインタビュー集。押井守とは対極にある、しかし完全に「どうかしてる」稀有の一著である。)
[PR]
by ulyssesjoycean | 2006-08-15 17:28 | 駄文 | Comments(0)

翻訳小説『不安な墓場』 第十一回

 女性について酷いことばかり言ってきたが、バイロンと共に、男よりよほどマシなものだということは肯(がえん)ぜざるを得ない。意を尽くし、己ひとりのことばかり考えるということもなく、その感情面においては忠実そのもの。その長い信管(ヒューズ)におさまった残酷さが、虚偽と復讐とに火を点けるとき、男の悪辣さが火を噴く。

 恭順を装わない女は決して男を幸福にすることはできず自分自身を幸福にすることも決してない。婦人参政権を求める女で幸福だったものがいようはずがない。男女の完璧に結びついた様というのは強弓に似ている。弦が弓を曲げるのか、それとも弓が弦を引き絞るのか。とはいえ男の弓と女の弦とが互いに調和してこそ矢がおさまるというもの。弦を外せば、弓はだらんとなる。弦はしだらなく音を立てる。

 女なんかという男では不完全である。清教徒(ピューリタン)が不完全だというのはその点で、己が半身を締め出すというのは不安だからでもあり内心深いところで己を潔癖のもとに監禁するとなれば、粗野に振舞うだけの気概を持った女を見つけるのは甚だ難しくなって、それで気分が楽になるということもない。

 サッバ・ドゥッカ、サッバ・アナッタ、サッバ・アニッカ

 川の流れに石がひとつ、木片がそれに引っかかる。枯れ葉、丸太、かたまった枝が泥と一緒に集まる。そこに草が生え、ほどなくして鳥が巣を作り子を養いその周囲に水草が萌えいずる。川面(かわも)が荒れて地上は洗い流される。鳥は立ち、花々は萎び、枝は流され下流へと下る。浮島の痕跡はなく、ただひとつ、石だけが水中に沈む――これが私たちのパーソナリティー。

 もし(キリスト教徒が、仏教徒が、神秘論者が、ヨガの行者が、プラトン主義者が信じるように)私たちの人生が虚栄であり、この世界は非有(ひゆう)であり、パーソナリティーが非―在で、五官は嘘つきで、その知覚も理性さえも想像も間違いだとしたら。いつもいつも肉体(フレッシュ)からこの手の推理が導かれるとは悲しいことというほかない。もし人生における使命というのが霊的(スピリット)に展開させることだとすると、この御しがたい身体を与えられたのはなぜか、何千年もかけて改善できぬというのではおかしいではないか。肉体(フレッシュ)から生ずる欲(ラスト)ひとつ、幻想のたったひとつも、男にもある乳首というものさえどうにもならない。新生児さえもが感覚から生ずる貪欲と自分が中心にいないと気がすまぬというので激怒する。

 三つの間違いが、共に在りすべての活動を悪感化する。怠惰、虚栄心、臆病。もしあるものがあまりに怠惰で考えることもできず、虚栄心のお蔭で物事をなすにも酷い有様で、あまりに臆病でそれを認めることもできないから、英知を手にするなぞおよそ無理な話。習慣でやっている考え方を手放してこそ考えることも芽生えるというもので、ひと続きとなった思考の論理に火が点く、これこそ追い求める価値のあるものだ。節度ある人間というのはオリジナルな理想を追ってロンドンのハトが飛ぶその先まで求めるなんてことはまず滅多にない。

 自得するという精神の怠惰が、我が国民の病。

[PR]
by ulyssesjoycean | 2006-08-14 14:28 | 翻訳小説『不安な墓場』 | Comments(0)

ゲストはかくあるべし!

BSアニメ夜話の第七弾が放映され、第二夜『勇者ライディーン』の回は、ゲストであるデーモン小暮氏の立ち位置がとくに素晴らしかった。実際に御覧になった方からすれば「そんなにしゃべってたっけ?」という印象があるかもしれないが、ああいう対応のゲストこそ珍重すべきものである。
d0026378_14253060.jpg

 リアルタイムでその作品に触れ、思い入れのある人間が深いところまで語る――これは当たり前。その逆に、「なんだよコリャ」という風にクソミソにけなすのも、また「全然わっかりませーん」という態度をとるのも、どちらも実に簡単。

 作品に対して距離があるのは確かだが――しかし、全否定するのでも思考停止をおこすでもなく、自前の好奇心と価値観をもって番組に参加する――こういう姿勢こそ、今一番必要なものではないだろうか。

 第三夜の『鋼の錬金術師』が、番組としていまひとつな印象になってしまったのは、そういうことだろう。あまりこういうことは言いたくないけれども、「機を見るに敏」な人と、「好奇心をもって参加する」人とでは、その差が如実にあらわれる。
d0026378_14293099.jpg

 しかしこういうゲスト選定というのは、ある種ケミストリー(化学反応)といった側面もあるので、上手くいくときもあれば上手くいかないときもある。そういう意味では、司会である里匠(さとたくみ)氏と中川翔子氏が、きちんと番組に参加しているのが素晴らしい。マンガ夜話と違って、来たメールの文章も、ちゃんと読めてるもの(笑)。
[PR]
by ulyssesjoycean | 2006-08-13 14:10 | 駄文 | Comments(2)

「選ぶ」のは自分か、他人か

自分で「選ぶ」か、他人に「選んで」もらうか――ファンにとってキモとなる「選択」という行為は、つきつめていくと、ここに辿り着くようだ。この手の恐ろしく本質的な話題は、だいたい福田恒存(ふくだつねあり)氏がもうすでに手がけているので、氏の集大成とも言える『芸術とはなにか』にあたってみると、ズバリ――そういう内容であった。
d0026378_1824438.jpg

 他にもオモシロイことを言っているのだが、本質はそこに尽きるので、選ぶ主体が「自分」「他人」か――という話である。となれば当然、「他人に選んでもらって何が悪い」という反応が出てくる。なにもそれほど喧嘩腰な言い方をしなくとも、「自分で選ばずに、他人に選んでもらって、それでいいじゃないか」という考え方はありうるはず。

 この先がややこしいことになるので、その気配を知ってか知らずか、福田氏もそこまでは書いてくれていない。頼みの綱であるカントさんの『判断力批判』も、果たしてそういう内容なのかどうか。谷川渥(たにがわあつし)氏の著作によれば、どうもそういう内容ではないらしい(美的判断がうんぬんかんぬん、とある)。こうなるとお手上げである。
d0026378_1828475.jpg

 じゃあ調べるのをやめにすれば良さそうなものだが、それでは困る。なぜといって、テレビや新聞(に限らないけれども)、そういったメディアが焚きつける熱狂、あれは要するに、熱狂に「乗っかる」人たちがいるからやっているので、煽る側も煽られる側も、不愉快なことにかわりはない。ただなんでこっちが不愉快になるのか、その理由が分からないから困っているのである。

 以前ファッションについて調べたとき、鷲田清一(わしだきよかず)という人の卓抜な仕事によって、「服はほんらい他人の視線のためにある」ということが理解できた。この本質さえ分かっていれば、ファッションに対する馬鹿らしい言動も、あまり気にならなくなる。「ものさし」ができたから、混乱しないですむ。つまりこっちが欲しいのは、その「ものさし」なのである。しかしなにより参考にする文献がない。これが一番困る。
d0026378_18285624.jpg

[PR]
by ulyssesjoycean | 2006-08-12 17:49 | 駄文 | Comments(2)

世界と世界像 岩合光昭のシロクマ

「何かを選ぶ」とはそもそもどういうことか――ということから調べ始めたカントであるが、『プロレゴーメナ』(中公クラシックス)はそれとはまるで関係のない書物であった。しかし翻訳がそこそこ良かったせいもあって、言いたいことは分かる。
d0026378_14322416.jpg

 要するに、「世界(Welt)」「世界像(Weltbild)」の分離ということだろう(そういう言葉は使ってないけれども)。この世の「カテゴリー」は、すべて人間のためにあるものだから、その向こうについて語ってはいけない。

 例えば、「犬」というのを英語では「dog」といったり、フランス語では「chien」といったり、ドイツ語では「hund」といったりするが、これはぜんぶ人間がつけた名前であって、「あの動物をこう呼ぶことにしよう!」という「約束」である。こういう約束ごとを「表象(representation)」という。
d0026378_152235.jpg

(『イノセンス』にも登場するバセットハウンド)

 ところがこれは、人間の側からかってに押し付けた約束だから、その「向こう」に本当の世界があるのだ――しかしそれを人間が知ることはできない。だから、その向こう側の世界を、人間にとって都合のいいように捻じ曲げてはいけない――ということだろう。
私が時間と空間における諸対象について論ずるときには、私は、物自体について問題にしているのではない。なぜなら、私は物自体については、何も知らないからである。そうではなくて、ただ現象における物について、つまり、人間にだけ許されている、客観についての特殊な認識の仕方としての経験について問題としているのである。

(イマニュエル・カント 土岐邦夫・観山雪陽訳 『プロレゴーメナ』 p143~144)
 よく、犬がしゃべったり、「ボクおなかがすいた」などとポストカードに書いてあったりするけれども、そういう風に、「世界」に対して人間の性格を押し付けてはイカンと。「かわいい動物大集合!」みたいなテレビ番組がどれも著しく不愉快なのは、なるほど、そういうことだったのか。
d0026378_15433.jpg

(豚リンピック。つい笑ってしまうが、こういうのもカントさんから怒られてしまうな)

 こちらが尊敬してやまぬ動物写真家の岩合光昭(いわごうみつあき)氏も、似たようなことを言っている。だからこそ、氏の撮影する動物には、他のカメラマンでは写しえない魅力があるのだろう。シロクマ(ホッキョクグマ)がちょいとしたブームだけれども、他のカメラマンのものは、正直見れたもんじゃないからなぁ。
d0026378_15003.jpg

[PR]
by ulyssesjoycean | 2006-08-11 14:32 | 駄文 | Comments(2)