マンガとアニメーションと人文を、脱線(Digression)でつなぐブログ。
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『ソルヴェイグの歌』と大貫妙子とイプセンが繋がった!

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(演劇が不得手なためか、長いこと完全スルーできてしまった作家イプセン。たまたま聞いたソルヴェイグの歌から初めて回路ができたので、この機会に読んでみようかな。音楽の方が有名すぎるけれど、活字としては論創社から出版されたものもある様子)

たまたま耳にした『ソルヴェイグの歌』、なんともファンタジー的な楽曲で、へえ、グリーグの作曲なのかと。

で、そのグリーグさん仕事が『ペールギュント組曲』、ああ、アレか!というのでやっとイメージが湧いた。

でもそれにしゃなんか聞いたことある気がするーーと思ったらそのはず、大貫妙子さんが『みずうみ』という日本語カバーを1983年の「みんなのうた」で発表していた由。

リアルタイムでは知らないながら、大貫妙子さんがたまたま出演されたラジオ番組を聴き、うわっ、これは良い歌だ!と鮮明に記憶に残っていたので、それがヒントになったらしい。

それで複数の音源をチェックしてみたら更に納得なのは、むかーしの『ロードス島戦記』のオープニングテーマがコレに激似。今風に言うとインスパイアかな(^∇^)

ファンタジーという印象あったのはそのせいだったかと妙に腑に落ち、更にはイプセンの劇作にグリーグが音楽をつけて、そっちの方が有名になっちゃったという。

音楽好きとして、グリーグもペールギュント組曲も大貫妙子もインプットされてたけど、ヒョイとしたきっかけでそれが一つの線上に並ぶのだからフシギ。

学生時分のジョイスがデンマーク語だかを身につけて手紙をしたためたのがイプセンということだから、この機会にイプセンを読んでみようかなと思う。

なんだっけ、『人形の家』が一番有名なはずだけど、まさか『ペール・ギュント』がイプセンの作品とは知らなかったなー。ペール、つまり『ペール・ゴリオ』と同じで、お父さんがお爺さんという意味でしょう。

『みずうみ』という名前のドイツ作家の小品もあった気がするけど、何か関係があるんかな。シェイクスピアさんも元ネタを展開・発展させて自作を作ってたそうだから、ありえない話じゃないと思うけど。考えすぎかな( ´ ▽ ` )ノ

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by ulyssesjoycean | 2016-10-30 12:32 | Comments(0)

数学の分からなさを扱った哲学者・田辺元

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(最近は暇さえあれば数学の「学び直し」をしており、実際に計算してみてはじめて気づく疑問も。そういう「数理的な直感」に言及したのが田辺元さんなそうな。全集もあれば、岩波文庫でセレクションも出ている様子)

数学がわからないのではなく、「数学の表記がわからなかった」と納得できたので、いそいそと学び直しを進めている。

ただ実際に計算問題を解いてみると、因数分解はなんのためにやっているのかなど、新たなギモンも湧いてくる。特に、「これが因数分解できると『なぜわかるのか』」というのも引っかかる。

そしたら、そういうのを「数学的な直感」というらしい。数学の用語や表記を徹底して取り扱う片野善一郎さんの『数学を愛した作家たち』(新潮新書)を読んでいたら、田辺元さんのコメントが引用されていた。

要するに、その直観に至るルートのある・なしで、数学への距離感が異なるのではないか、云々。だって他の科目も論理的な思考力は十分に使うのだから、数学の場合はその直観が大事なのでは、という話。

なるほどそれはそうかもしれない!と嬉しくなり、これまで名前しか見たことなかった田辺元さんの著作にも触れてみようと思ったものの、くだんのコメントがおさめられた『一般教養としての数学について』(岩波書店)がまるで見つからない。

1936年出版のもののためか、密林にも出てないし、実物を手にするのは相当困難だろう。それなら田辺元さんの全集には収められてないかと考えるのだけど、全集のタイトルだけでは判然としないのがやりきれない。

最近、ニコルソンの『ピープスの日記と新科学』をちょこちょこと読み進めるに、いわゆる数学の四則演算は大半の人が知らなかったという。で、ピープスさんも航海士に九九を教わったりしてる。

なので、片野善一郎さんの前掲書を読んでたら、「グレシャム・カレッジ」が出てきたのでビックリ。グレシャム・カレッジとは王立協会のことだよ!と。

いやー、色んな分野が実は繋がってるなーというのを、自分の数学学び直しでも痛感してる次第。これであとは三角関数によく出る、「角度θ」が、なぜ「θ」を使うのか分かればいいんだけど。

OEDでthetaを調べてもよくわからないし、ギリシャ語辞典のθの項目を全部通読しても、「これだ!」というのがハッキリしない。そこさえなんとかなればなぁー。

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by ulyssesjoycean | 2016-10-27 19:13 | Comments(0)

センスを感じる絵柄!mebae『罵倒少女』が気になる

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(ネット初の作品が増える中、pixivで話題になったというmebaeさんの『罵倒少女』。軽く画像検索しただけで罵倒の数々が目に飛び込むというスゴイ内容。アスキー/カドカワから1,000円弱にて発売中)

ウェブやツイッター発でいろいろな作品が目にとまる中、おおっ、この線画にはセンス感じるぞ!!と思ったのが、この『罵倒少女』。

本体はマンガではなく、イラスト+セリフという体裁のため、純粋に画集として楽しむのが本道の様子。

変わった連想かもしれないけど、田島昭宇さんのキリッとした線画を思い出した。線の勢いから察するに、念入りに下書きをしてその後ペン入れ、というタイプでは「ない」気がする。

いいなー、こういう自信のある線が引けると…という、描き手のはしくれ(*自称)として羨ましい。デッサン系の、つまり面を意識させる絵柄は得意でないせいか、こうした線画に大きな魅力を感じる。

ネット発コンテンツと関係あるかはわからないけど、いよいよ目を通す資料が増えてきた関係から、PDFリーダー的なものを検討しなくてはいけないか。

今まで持っていなかったのは単純に、「ただでさえ積ん読の山なのに、電子書籍を増やしてどうする」ということだったけど一方また「目を通せばいい」という資料多く、そうするとパソコンは負担大きく、モバイルは画面が小さい。

実際の電子書籍も、サーバーコストがあるから紙に比べて大幅に安いというものではないし、今まではこれ以上資料を増やしてもと思ったけど、近年の「ネット発のマンガ」が定着してきたことで、「フォーマットも定まってきた」のかなという意識が。

テクノロジーやインフラ系は「定着するまで」が悩みどこなので、買ったはいいがそりゃないよという嘆きはギア好きな人たちから聞くこと多かったので慎重だったけど、いよいよ本式に検討だな、これは。

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by ulyssesjoycean | 2016-10-22 11:28 | Comments(0)

高山宏御大の『アレハンドリア アリス狩りV』が10月25日発売予定!

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(高山宏セレクションも第2弾がスタートする一方、YouTube上の対談など拝見すると、ご自身の新著はもう出さないのかなと思っていた面も。それだけに『アレハンドリア』としてこの10月末に出版されそうなのだからビックリ。青土社から10月25日に3,456円にて発売予定)

以前から「近刊予告」がされていた『アリスに驚け』が、『アレハンドリア』と名前をあらためて今月には出版されるみたい。Amazonのリンクもあるんだけど、ホントかなと思っている自分がまだ居たりして。


アレハンドリアは、アレクサンドリア(Alexandria)と「アリスの国」のもじりかなと思うんだけど、いったいどんな体裁になるのだろう。

そういえば「異貌の人文学」として先日発売されたエルネスト・グラッシの『形象の力』の訳文をチラ見したところ、哲学バリバリのページフェイスに、「こりゃ自分のドイツ語力じゃ読めないはずだ」と変に納得。

つい先日から自分の原点であるバーバラ・スタフォードを再読し始め、グラッシさんもイタリア人ながらドイツ語圏の底力を見せてる気迫が文面から伝わってくる。

グラッシさんはローヴォルトで叢書を編んだ出版人でもあり、むしろそっちの業績が大きいようだけど、多くの読者の目に届くようにとホッケを説得した話が興味深い。

実際、ミヒャエル・エンデさんはグスタフ・ルネ・ホッケの大ファンで、やはりその世代には特別な存在だったそうな。エンデが南イタリアで家探しをした際、隣に住んでたのがホッケさんということで、ドイツ人ふたりがイタリアで暮らすという縁の不思議を感じる。

プロデューサーたるエルネスト・グラッシさん自身がイタリア人で、それがドイツで出版業をやるんだから、ドイツとイタリアにはなにか共通する精神的な土壌でもあるんかね。

なんにしても、タカヤマ御大の新著刊行はたいへんめでたいので、11月はこの一冊を読みながら過ごすことになりそうだ^_^

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by ulyssesjoycean | 2016-10-18 22:06 | Comments(0)

ニガテ科目は逆コースから攻めるのが吉?『やさしい高校数学』

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(いよいよ「計算問題」に再挑戦しようかと考えていたら、この『やさしい高校数学』がちょうど良さそうなつくり。Gakkenから新課程・旧課程で複数版が出ている様子。多少の差はあるものの1,800円前後でどれも購入できるみたい)

ビックリするくらいヒドイ点数を取り続けた数学という科目。本来ならカタキのごとく憎む相手のはずが、どういうわけかそんなに嫌いではなく、ポアンカレ予想からリーマン予想まで興味を持ってたりして。

ただ、実際の計算をするわけでないしなーーと思っていたところ、ファイナンスという経済の実学をやろうとすると計算は避けては通れない。幸い、経済学はタカヤマ学の歴史チャートで馴染みができていたので、実学も思いの外イヤではなかった。むしろ嬉々として取り組めるのだから人間ってフシギ。

その結果、「自分が数学ニガテだった理由は、その表記にある」と気づくことに。x, y, zやf(x)という「記号」に納得できてなかったみたい。

数学史をひっくり返して学んでわかったけど、やはりこういうニガテ科目ほど、「得意な人の逆」から攻めるしかないんじゃないかな。

1. 数式が「実際に使われる場面」を知る
2. その数式に使われる「表記」を解説する
3. なんでそんな数式が考え出されたかという、「歴史」を知る
4. その「前後関係」を知る

こんな風に、使い方からスタートして、省略してる表記の由来を知り、またそれが必要になった時代背景をわかった上で、どこのだれが何に疑問を持って発展させたのかをキチンと踏まえれば、ニガテなりに楽しく学べる。

しかし一方で、こんなやり方はガッコーキヨーイクにドーニユーできるわけがない。別に「今の教育は!」みたいなことが言いたいわけでなく、単に「数学が得意な人にはかったるい」だろう( ´ ▽ ` )ノ。

調べてみた結果、数学には「純粋数学」と「応用数学」というザックリした分け方があり、ニガテなりに人は(*自分のこと)応用数学、つまり「使いみち」からアプローチしないと大変みたい。

また、数学が得意な人たちは(そりゃ個人差はあるだろうけど)、往々にして純粋数学がいいみたい。数学そのものの考え方だけを追っていくという形で。

長嶋茂雄さんじゃないけれど、得意な人の方法論はニガテな側には真似のできない、また真似しようとするとかえって負担が大きくなるばかりみたいだというのを、タカヤマ学〜経済学〜ファイナンス理論〜数学史と追ってきてやっとわかった。

文字にしちゃうと短いけど、数学もう一度学んでみようという「助走」に10年以上かかっているわけだから、こりゃ数学の点数が悪かったのも致し方ないな、と変な納得もしたよ^_^

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by ulyssesjoycean | 2016-10-16 17:31 | Comments(0)

ボードレールのネタ本、シュレーゲル『ロマン派文学論』

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(西脇順三郎さんの『詩論』を読んだら、大半がボードレールの話。そしてボードレールが「ネタ本」として利用してるのが、ドイツのロマン派文学論であり、その代表格がこのフリードリッヒ・シュレーゲルさんだという。全集は35巻だかあるらしく、これは抄訳。冨山房百科文庫から現在も購入可能)

ボードレールさんの師匠がエドガー・アラン・ポーだというのは知っていたけど、それと同じくらいドイツのロマン派文学論を大胆に利用してるそうな。

西脇順三郎さんにそう教えられたので、大ファンである冨山房百科文庫でフリードリッヒ・シュレーゲルの『ロマン派文学論』を手にする。

まだチラッとしか眺めてないけど、抄訳、つまりセレクションの関係なのか、全編がボードレールの「日記」みたい。ヴァレリーの『カイエ』にもそっくり。要するに断章といった雰囲気。

ボードレールさんのロマン派文学論(L'art Romantisme)をちょこちょこ読み進めてるけど、シェイクスピアよろしく先人の手法を使って自分のやり方を洗練させてったんだなーと感慨しきり。

あとはお師匠さんであるポーも、参考資料程度に持ってるだけだったけど、今まで未見だった詩論やエッセイも読んでみるかな。

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by ulyssesjoycean | 2016-10-11 22:06 | Comments(0)

ケインズさんの厄介な英語に再挑戦! Essential Keynes

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(最近読んだ中ではダントツの面白さだった『世界恐慌』[原題はLords pf Finace]、4人の中央銀行総裁がメインだけど、強烈な脇役として活躍したのがジョン・メイナード・ケインズ。これはスゴイ人らしいと思ってセレクションを取り寄せたけど、英語がややこしくて積ん読に。もう一度チャレンジしてみよう)

第一次大戦〜第二次大戦にかけて、それまで当たり前だった「金本位制」に、「いや、もうなくてもいいんじゃないか」と唯一気づいたのがケインズさんらしい。

エリート中のエリートではあるけど、英国的な中庸の美学も守った人として、「これはタダモノでない」と、ライアカット・アハメドの『世界恐慌』を読んだ人ならみんなそう思うだろう。

勧めてくれた友人もそう思ったらしく、同時期にケインズの本に手を出してみたけど、これがさっぱり読み進められない。英語としては何もおかしいところはないし、語彙もそう難解というわけではない。

お話が入れ子状になってるのか、一見平易に見えるだけにどうにもならないということで、しばらく積ん読だったけど、それはそれでもったいないので、経済学関連にだけアタリをつけて飛ばし読みすることにした。

実際、ケインズさんの著作は全集にすると軽く20巻を超えるとかで、しかも議論が各年代、著作に散らばっていて、セレクションを編むのは至難の技みたい。編者の方がセレクションにするにあたり、その苦心と苦労を序文に長々と書き連ねていて、これは大変だなーと痛感した。

そんなわけで本体そのものにはアタリをつけてる段階だけど、飛ばし読みするようにしたら案外ついていけるので、そういうやり方の方がケインズさんには向いてるのかもしれない。

『世界恐慌』の著者ライアカット・アハメドさんはケインズの英語をどう思ったのかな。英語ネイティヴも「読みにくい」と言ってたので、あれを資料として活用するのは地獄のリサーチだったんじゃないかなー。

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by ulyssesjoycean | 2016-10-08 13:28 | Comments(0)

UNIXの昔話 『UNIX考古学』

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(ちょこちょことプログラミングやピコピコの勉強を続けきたけど、ついに「サーバー」というものに手を出す段階が来た。で、例のごとく最新情報を知るためには「昔のこと」からスタートした方がわかりやすいので、この一冊が気になっている次第。角川から税込2,808円で発売中)

ピコピコの勉強を進めるうち、いよいよ本式のサーバー分野の学習を始める。もっとも、エンジニア志望!とかではないので、「何をやっているのか知りたい」という動機。

で、パソコンと違って365日24時間稼働、調べてみたら再起動もそう簡単ではないらしく、大変にデリケートな分野みたい。

で、常時動かすのが前提のため、パソコン的な余計な機能は削ぎ落とし、基本はコマンド入力で必要な作業をしていくそうな。で、そうしたコマンド入力系のOSがUNIXの由。

いまはもっと新しい言語もあり、それこそ専門書もズラッと並んでいるけど、やはり古いものからアプローチした方がはるかに取っつきやすい。相当むかしにUNIXマシンをいじった経験あるのも大きい。

あとはスティーブ・ジョブズの伝記を読んでたら、何のかんのでアップルを追い出された後、NeXTという業務用の高スペックマシンを開発、今に至るMac OSもUNIX系だという。

窓の方はとにかく頻繁にアップデートのお知らせが入るし、一方のMacは大変安定してる(ように見える)ことを考えると、その秘密を知るためにもUNIXを押さえてた方がいいのではないかーー

コマンド入力方式は一見取っつきにくく見えるけど、「実際に動かしてる感」があるのは明らかにこうした操作のマシンだという。たしかにタッチパネルとかグラフィックが派手になると、「じつはどうなってるか」というのは見えにくくなる。

山本貴光さんや各種のプログラミング、通信系の話も知識がたまってきたので、お次はUNIXを調べると新たなハハーンみたいな発見ができそう^_^

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by ulyssesjoycean | 2016-10-05 18:37 | Comments(0)

ヨーロッパ経由で茶道の話、『南方録』

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(このところ、縁あってやたら東洋思想の話を聞かされる。せっかくだからというので、千利休の著作に触れてみようと思ったものの、お釈迦さまやイエスさんと同じく、ご本人が手ずから何か記したものはないみたい。お弟子さんの南坊宗啓さんの著作は、この『南方録』として残ってる様子。岩波文庫他)

どういうのか、ヨーロッパの友人から千利休や茶の湯の素晴らしさを教えられ、せっかく教えてくれたんだからと『南方録』を読み始めた。

日本人の自分が旧約聖書やシェイクスピアを論じ、イギリス人が茶道を説いたって何も問題はないわけだから、そうしたやり取り自体を何となく面白がっている次第。

ただアレだな、和の表現を外国語でやろうとするとけっこう大変。「侘び寂び」とか、岡倉天心の『茶の本』を手掛かりに「英語で何と言うか」調べたけど、茶道もこれはまたややこしい。

*手水鉢のことをbowlと言うのはわかりました

アーネスト・フェノロサしかり、「ご当地の良さ」は「他所から来た方」が新鮮に映るようだ。ゴッホやセザンヌが浮世絵にビックリしたように、その逆があっても全然いいというか。

茶道・華道とある中で、唯一親しんでるのは書道だけなので、書道や漢字が海の向こうの人にはどんな風に見えるのかも聞いてみたいなー。

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by ulyssesjoycean | 2016-10-01 12:38 | Comments(0)