マンガとアニメーションと人文を、脱線(Digression)でつなぐブログ。
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「因数分解」はFactorization!でもなぜやるの?

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(最近は柄にもなく忙しく、大変なことはさておいて、またカンタンに解ける初歩の数学に戻ろうかなと思うところ。因数分解でつまづいて以来、ちょこちょこと数学史の本を見てるんだけど、あまりに基本的な項目のせいか、「なぜ因数分解をするのか」の説明がなくて大いに困っている)

数学IAくらいはやってもいいという心境になり、良さげな参考書を買ってやり始めたんだけど、「因数分解」がスタートしたところで蹴つまずく。

Xの4乗とか、こういう次数の高い式を分解していくのは分かる。ただ「なぜ因数分解をするのか」に納得がいかないという。

というのも、どうやっても因数分解できない場合は、帳尻合わせにXやYを足したり引いたりしてるので、「そうまでしなきゃいけない理由はなんなのかな」という疑問が生じる。

ところが他の分野と違って、あまりに基本的な項目のせいか、誰がシステムとして定着させて、なぜこれをやってるのかという歴史的な言及がさっぱり見つからない。

因数分解は英語でfactorizationと言うそうだけど、要はfactorに分けるということで、複雑なものを小分けにして扱いやすくするということ。

ーーいや、それはいいんですが、なぜそうまでしてやるのか、そのメリットはなんだろう?と。XとYの式であればグラフとして表記できるはずだから、どっちかにゼロを代入して処理した方がカンタンになるような。

こういうド素人の疑問ほど厄介なものはないので、「英語の三人称単数の動詞になぜsが付くのか」を説明するのと同じくらい大変だろう。

因数分解は今後も使うようなので、そこの「なぜ」さえ分かればスイスイ進めそうな気がするだけに、なんとも歯がゆい。アンリ・ポアンカレさんは一般向きに大変面白い数学の入門書を書いてたようだから、その辺にヒントはないだろうか。

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by ulyssesjoycean | 2016-11-27 18:30 | Comments(0)

UXデザインは昔のゲームに学ぶべき?

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(「ゲーミフィケーション」を導入するにあたり色々調べていたところ、むしろ「ゲームの作り方」の方が参考になるんじゃね?という理由で、ゲームの作り方にも目を通すことに。そのうちの一冊として吉沢秀雄さんの『ゲームプランナー集中講義』を手に取る。SBクリエイティブから税抜き2,300円にて発売中)

仕事そのものをゲームのように「可視化」して、やる気と能率アップを目指すゲーミフィケーション。最近はビジネス関連でちょいちょい名前を聞くようになった言葉。

色々の必要あって調べてみたけど、これならむしろ「ゲームの作り方」の本が参考になるんじゃないかというので、その手の書籍にアレコレ目を通してみたり。

それで気づいたのは、近年のHCDとか、人間中心設計やらデザイン思考やら、その手の分野がやることを相当前から手がけていたのがゲーム業界みたい。

家庭用ゲーム黎明期は、ある種の超人や特殊な技能を持った人がバリバリとソフト作りをこなしていたけど、ハイスペックになるにつれて分業化、その結果なんとかして「お客さんに飽きられないものを作ろう」と知恵を絞ってる雰囲気が感じられる。

で、これって最近よく聞くカスタマージャーニーマップとか、UXデザインそのものじゃん!と読んでて感じる。だってゲームは「体験」そのものを売ってるわけだから、「ツマンナイとは言わせない」工夫をどうにかして組み込まなくてはいけない。

「繰り返し遊んでもらう」は「リピーターになってもらう」に置き換え可能だし、アチラ由来のカタカナ言葉のオンパレードなものより、「実際のゲームを題材に、テスト版から完成品まで製作者に解説してもらう」方が学ぶこと多い気がする。

よくよく考えると、ゲームソフト販売は開発期間は年単位なのに、大きなキャッシュインは発売時しかない。毎月固定費は出て行くのに、お金が入ってくるのが年に1度ではやりきれない。

その辺を、こうしたゲーム制作をUXデザイン、つまり「顧客体験をデザインする」という方向と絡めて勉強会なんてやったら相当面白いと思うんだが、どうだろう。ゲームだったらすぐに遊んで試すことができるし、試作品と改善版の差異もものすごくわかりやすくなるはず。

ただあれかな、複数人で制作するもんだから、権利関係でOKを取るのはハードル高いかも。でもやってソンはなさそうなイベントにも思えるので、ちょっと書いてみた次第( ´ ▽ ` )ノ

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by ulyssesjoycean | 2016-11-20 20:00 | Comments(0)

プッと吹き出す筆絵の大家、『別冊太陽』の特集「仙厓」

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(河合克敏さんの書道マンガ『とめはねっ!』の影響で色んな書家に親しむことになったけど、同じ「筆で書く」ことから日本画にも関心生まれた。この仙厓(せんがい)さんのスッとぼけた画風は自分の筆絵にも通じるものあるので、ぜひ確認しよう。平凡社より税抜き2,400円にて発売中)

「日本画のモーツァルト」と言いたい伊藤若冲など、スゴイ、この人下書きしてないよ!という超絶画力に脱帽。その一方で、日本画ではすっとぼけた絵柄もあったそう。

歌川国芳の猫絵とか、こんな脱力したいい絵があったんだなーと感激していたところ、この別冊太陽の「仙厓」特集に目が止まる。

伊藤若冲とは別の意味でこれも下書きないだろうーーというか、日本画に「下書き」があるのか知らないけどーーそれこそ酔ったイキオイで描きましたというような、見事な力の抜けっぷり。

ヘンな話、「チカラを抜くためにはそこそこのチカラがなくてはいけない」と思うので、それを考えると仙厓さんのこのトボケ感はハンパでない。お餅のような犬の絵など、よほど何かの感覚にフィットした瞬間じゃないと描けないだろう。

またその絵というのが、たまに自分が描く筆ペン絵と似た雰囲気なので、そうした近親感も興味の一因になっている。こっちはもともと絵かきではないので、下書きをしてキレイに仕上げるという集中力がない。

詳しい人に聞いたところ、人はもともと「面に意識が行く」デッサン派と、「線に意識が行く」クロッキー派に分かれるそうな。好きな食べ物と同じで生まれつきの資質みたいなものらしい。

思うに、デッサン系の絵柄は、たぶん一定の修行をつめば、その時のコンディションに関わらずある程度安定したクオリティで描けるんじゃないだろうか。

こっちは生まれついてのクロッキー派らしく、しかも気分と右腕がシンクロした時しか描けないので、あー、仙厓さんはどんな人だったのかなと。

仙厓さんは絵だけでなく書も素晴らしい様子なので、ぜひこの別冊太陽は購入して楽しみたい。フツーの図録なみの値段なのが考えどころだけれども( ´ ▽ ` )ノ>じゃ、画集の方を買ってしまおうかという

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by ulyssesjoycean | 2016-11-16 22:00 | Comments(0)

「いま」読むとものすごく良い!ノースロップ・フライ『批評の解剖』

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(何度となく名前が出てきたけれど、その度になぜか関心わかなかったノースロップ・フライの『批評の解剖』。漱石の『文学論』と並べて紹介されていたので、そういえばというので手に取った次第。法政大学出版局から今も再刊されてるみたい)

本とは出会うタイミングあるみたいで、ラブジョイさんは読んだもののスルー、ひどい時には読む本としても意識すらしてないものものあったりして。

自分の場合はノースロップ・フライの『批評の解剖』がまさにそれ。ホッケ『迷宮としての世界』と同年!と、各種タカヤマ本に記載されていたのに、なぜか「手に取ってみよう」とは思わなかった。実際、なぜだろう。

というのも、今回はじめて目を通す『批評の解剖』がメチャメチャ面白い。訳文からも気合が感じられて、ユニベルシタス叢書イチの日本語じゃないだろうか。やっぱりタイミングってあるんだなとシミジミ。

タカヤマ御大の『アレハンドリア』を読んでたら、夏目漱石の『文学論』と並べてこのフライの一著が語られており、明治時代と1950年代カナダで「人文不要」の最中に書かれたものだという。

そうすると、もうフライ先生の気合も納得というか、この人は何か大変なことに取り組もうとしてるという雰囲気が序文からビシビシ感じられる。一方の漱石さんはそれでおかしくなってしまったぐらい、なんかすごいことに取り組んでるな!と。

最近読み始めたシュレーゲルの『ロマン派文学論』を見てもそう思うんだけど、案外こういう「背景知識」って大事だな、と。シュレーゲルさんの本も、パッとこれだけ手渡されたら面白いと思えたかどうか。

ところが、西脇順三郎さんがボードレールの解説をする際、頻繁にこのシュレーゲルの名前を出す。ボードレールさんが大事にした「イロニー」という思想は、シュレーゲルさん由来なそうな。「ありえないこと」と「ありえそうなこと」を「想像の中で」並べてみせるというやつ。

そうやって見ていくと、ははぁ、ボードレールさんはこの辺を自分の作品に活かしてるんだな、という箇所がいっぱい見つかる。裏を返せば、「西脇順三郎さんのチャート」のおかげで「楽しみ方」がわかったというか。

で、最近、全くの別件でゲーミフィケーションという舌をかみそうなジャンルを実践・導入してみたんだけど、これも結局「チャートのある・なし」が大事みたい。チャートというか、ワールドマップ。

「いま自分がどの辺にいて、こっちに何があるか」が大まかにでも分からないと、RPGどころの話ではないという。だってどっち行っていいかもわからないんだから。で、マップがないとリニア(直線)に進むしかなくなるので、たいへん窮屈な冒険スタイルに。

考えてみると、地図ってのもずいぶん色々あるなぁと思うし、それ自体が「世界の見方」なんだろう。実際、書いてあることのムツカシサとは別に、「この人はこの辺にいて、こういうことをやろうとしてる」というのがスッと見えると、一気に面白くなる。

ーーというのがノースロップ・フライさんの『批評の解剖』という感じ。序文の「これはただごとでない」感がハンパないので、思わず原書も読みたくなってしまう(ので、積ん読が山になるわけだけれども^_^)。

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by ulyssesjoycean | 2016-11-13 12:27 | Comments(0)

「承認願望」の観念史?!ラブジョイ『人間本性考』

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(「ヒストリー・オブ・アイディアズ」という、タカヤマ学派にはお馴染みの知性集団を率いたアーサー・O・ラブジョイさん。代表作を手に取った時期は哲学に対するアンテナがまるでない頃だったので、多少のメドがつくようになった今ならどうだろう。人間本性考のタイトルで名古屋大学出版局から邦訳が出ていると知らされる)

『存在の大いなる連鎖』が代表作ではあるけれど、出会いのタイミングがよくなかったか、また哲学のアンテナない頃だったせいか、またはその全部ということで、ラブジョイさんのご本を愛読するには至っておらず、申し訳なし。

とはいえそのLovejoyという名前が気にかかる。愛読してやまぬジョイスさんは、自分の名前にJoyが入っていると知って喜んだそうで、Lovejoyさんなんかそれを一層強めた名前に見える。

*気になって以前、デカイ英語辞書を引いてたら、Killjoy=興ざめ、という表現も見つかったりして

ーーというわけで、なんとなく気になりながら、そのまんまというお一人だったけれど、『アレハンドリア』を読んでいたら、「承認願望の観念史」を扱った書物として『人間本性考』が取り上げられていた。

近年、やたら耳にする言葉に「承認欲求」というものがある。流行りのアドラーから一昔前のマズローまで、人間の根っこに関わるモンダイとして「承認欲求」が主要なテーマに。

あまりにも頻繁に耳にする(し、またそれが大きなモンダイであるなぁとも感じる)ので、調べながらも唸っていたところ、なんと、思いもしなかったラブジョイさんがそんな本を書いていたとは。

あからさまにロックやヒュームを意識させる書名だけど、現代に話題になるテーマを半世紀前にさらっていたラブジョイさんはどんな風に取り扱っているのだろうか、俄然興味が湧いてきた。

名古屋大学出版局から邦訳は出ているけれど、やはり「ご本人の書きもの」が見てみたいとい思いもある。ロックやヒュームもそうだけど、哲学思想の本は原文で読んだ方が明らかにわかりやすいので、そうした狙いもあるんだけど。ヌー。

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by ulyssesjoycean | 2016-11-10 23:27 | Comments(0)

ムサヲ『恋と嘘』第5巻は11月9日発売!

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(サスペンス仕立てのラブコメとして、爆発的に人気が出たムサヲさんの『恋と嘘』。連載もとのアプリをダウンロードすれば毎回無料で読めてしまう以上、「お金を払って購入する」単行本には色々な気配りが。今回は通常版と特装版の2種類が発売予定)

別なマンガを買ったところ、折り込みチラシで一部が紹介されてたところから興味を持った、ムサヲさんの『恋と嘘』。それが今度の発売で5巻になるというので、感慨深いものが。

サスペンス要素もあるけど、全体のスッキリした描線がとにかく好印象。「ラブコメ」とメジャーなジャンルの中で埋もれてしまわないのはその辺の魅力が大きいと思う。

著者であるムサヲさんのツイートを拝見してると、お友達のマンガ家として、ちょこちょこと紗久良さわさんの名前が挙がる。ちょっと前に(これも愛読するマンガ雑誌)『ハルタ』で時代物の連載をされてたけど、透明感のある絵柄に共通点あるかも。

*あれだ、大学の先輩・後輩関係にある、冬目景さんと沙村広明さんの絵柄に何か通じあうものあるような、という

第5巻では新キャラがドーンと表紙に出てるけど、どんな内容になるのか、今から楽しみだ( ´ ▽ ` )ノ

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by ulyssesjoycean | 2016-11-05 17:56 | Comments(0)

「知識よ出会え!」17世紀科学者のハブ、マラン・メルセンヌ

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(数学史を学んでいると、ちょこちょこと名前を目にするマラン・メルセンヌさん。気さくな人柄、広い好奇心、豊富な人脈の結果、ヨーロッパの学者たちのハブになってた人みたい。日本語の関連書籍は見当たらないけど、フランス語では自著も出てるようだ。でも数百ユーロ単位なので眺めるだけ)

2016年は「今までやってなかったことをやってみよう」ブームが到来、その代表が超のつくニガテ科目だった数学の学び直し。

数学史と一通りの表記に目星がついたので、ついに『やさしい高校数学』など買って計算問題をやるようになったのだから、人生はわからない。

そういう数学の各種資料にちょいちょい名前が出るのがマラン・メルセンヌ(Marin Mersenne)さん。17世紀の知識人サークルを作ったお坊さんの由。

デカルトやフェルマーとも交流あり、むしろこうした人たちに発表の場を与えていたプロデューサーらしい。フェルマーさんはけっこうな人嫌いだったそうだけど、メルセンヌさんにだけは解法を伝えていた、とかとか。

つい先日ニコルソンの『ピープスの日記と新科学』(白水社)を読み終えたけど、各種スマートフォンやPS VRに入れ込む21世紀のGEEK(新しもの好き)と、ピープスさんのやってることに大した違いはなかったりして。

イギリス王立協会も、やろうやろうとして発足結成というより、そういう豊かすぎる好奇心の持ち主が集まった結果、やっぱりそういう人たちのハブになってる人がいて出来た団体に思える。

人間、やってることにあまり変わりはないな、というのと、プロデューサーやファシリテーターの周辺には「自然と」そういう流れが生まれるんだなー、なんて。メルセンヌさんへの関心もそうした流れ。

山本貴光さんの一連のお仕事でやっと自然科学の「見取り図」ができ、それまでまるで今日のなかった宇宙にも関心わく中で、一読したきりだったHélène Tuzet, Le cosmos et l'imagination, José Cortiも再読し始めたり。宇宙に関心なかったのに買っちゃったもんだから、テュゼさん、すみませんという気持ち。

当然、マラン・メルセンヌへの言及もあるので、せっかく多少はフランス語がわかるのだからメルセンヌさんの自著も読んでみたいなと思うけど、「思うけど」レベルでは踏ん切りのつかない値段がついていることよ。

「メルセンヌ数」という概念以外では邦語文献もあまりないようで、こういうことやり始めると荒俣宏さんと同じく「読むためには買うしかない」という冥府魔道がスタートする(^∇^) 。さすがにそれはマズイので、グッと思いとどまってる感じ。

「自然とその人の周りに人が集まる人」というのが自分の主たる興味関心なので、メルセンヌさんがどんなお人柄だったかは調べてみたいなー。

追記

このブログでも再三名前が挙がる高山宏御大の新著『アレハンドリア アリス狩りV』を読んでいたら、「あとがき」に拙ブログ管理人「シロクマ」の名前があるのでどビックリ。

そこに名前の記されていた山本貴光さんや棚橋弘季さんもそうだけど、タカヤマ学は「専門」と名のつくとこより、「アカデミー外」で直接の影響が出やすい気もする(自分の場合は「タカヤマ経済学」かな( ´ ▽ ` )ノ)。

何にしても、こうした「知識よ出会え!」なスタンスは高山本の数々に教わったもの、また「高山宏」をキーワードにして始まった交流も少なくないので、「知のプロデューサー」メルセンヌさんの投稿に合わせ、謝辞を記した次第です^_^

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by ulyssesjoycean | 2016-11-03 21:29 | Comments(0)