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夏目漱石『坑夫』に色川武大を発見

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(あらゆる面で影響を受けたと言えば、色川武大さん。人によっては「阿佐田哲也」なんだけど、自分にとっては「色川武大」の存在が超デカイ。実際、影響を受けた人は直接、間接に多いみたいで、井上陽水さんから伊集院静さんといった直接の交流から、自分のように活字から入った人間も相当数にのぼるみたい。自身の偏った食を扱った名著『喰いたい放題』は光文社文庫から514円で発売中)

以前から「なんかニガテ、でも気になる」夏目漱石の作品、その中で『坑夫』は案外入りやすそうだぞ、と思って読んでいくと、そこに色川武大さんの姿を発見する。

そんなカッコいい言い方しなくても、「あ、この文章の雰囲気、色川さんにソックリだ」ということ。実際には色川さんの文章が夏目漱石に似てる、という順序なんだけど。

でも、『こころ』やその他の作品でそう思ったことはないから、『坑夫』が特別なんだと思う。漱石さんは10年ぐらいで書ききった人だけど、『坑夫』はどの辺の作品だろう。

というのも、〜〜ない、〜〜ない、なのだから仕方がない、といった「ないない尽くし」のリズムに色川さんを感じる。

いま手元にないので記憶だけれど、『喰いたい放題』の中に、「どうも人間というものは、簡単な決意をするにも手続きが面倒くさくていけない」というくだりがあったはず。

『坑夫』もまさにそんな感じで、調子のいい「ないない拍子」のリズムが心地いい。実は色川さんの愛読書だったりするのかな。

実際、色川さん自身、明治以後の日本の小説家で誰が重要か、という問いに対して「夏目漱石と長谷川伸」と答えている。

色川さんというと、ジャズや映画、芸能を含めた広い交友の著作はあっても、読書論的な印象はない。『わたしの旧約聖書』がとりわけ目立つ一冊というか。

しかし、「夏目漱石と長谷川伸」と名前を挙げるくらいだから、全く読んでないということはないだろう。むしろ深く読み込んだから言及しない、という心理もあるし、それも頷ける。

ーーホントのところはどうか知らないけれども( ´ ▽ ` )ノ、『坑夫』に対して「これなら読めそうだ」と思ったのも、この辺が理由かな。親しみを感じたのは色川さん経由だったからかも。

『坑夫』はアレコレ考えるばかりの自分のことを、語り手自身が突っ放してる感じがして、その辺がすっとぼけた感じがしてて良い(^∇^)。推理小説っぽい仕掛けは『こころ』にもあったけど、『坑夫』はこの辺が違うなー。

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by ulyssesjoycean | 2017-03-29 18:22 | Comments(0)

フランス革命はすごかった? 夏目漱石『坑夫』

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(英訳版『吾輩は猫である』を読んで、やっと漱石さんが「やりたかったこと」に合点がいった。「大好きな作家」というのとは違ったジャンルとして、「なにか気になる作家」にプルーストや夏目漱石がいる。目に付いた『坑夫』が入って行けそうだったので読み始めた。刊本はもう色々)

英語で漱石作品に触れ、ハハァ、『吾輩は猫である』は、『トリストラム・シャンディ』をスウィフト的にやりたかったんだな、などなど、外国語を通じてはじめて読み通せた。

また、あちらの若い友人たちがSoseki作品を読んでるみたいで、そのことにフームとも思う。まあ、向こうからすれば『A la recherche du temps perdu』を読んでるジャポネなのだから、類友だな( ´ ▽ ` )ノ

漱石とプルーストは、自分の中の二大「気になる作家」ワク。好きかと言われると困るけど、関心が途切れずヒョイとしたタイミングで「読んでみようかな」と思う、そんな感じ。

大好きな方では、色川武大さんや吉田健一、ジョイスやスタフォード、エドマンド・ウィルソンなどなど、ザクザクと名前が出てくるぶん、「気になる」方はぐっと少ないかも。ポーやヴァレリーも、たまーに関心がよみがえる的な。

で、肝心の『坑夫』だけど、『こころ』と同じく推理小説風の仕掛けがしてあって、つい先が気になってしまう。まだ読み始めたばかりだけど、ふっと口調が切り替わったりして、時間軸がズレたのかな?なんて思わせるあたりもニクい。

坑夫ってくらいだから、山で穴を掘るんだろうけど、以前タカヤマ御大の講演に「フランス革命ってすごかったよねえ!」という言及の仕方がされていた。この冒頭からどう持っていくとフランス革命の話題になるんだろうーー

たまたま英訳タイトルを見ると、Minerとなっていた。英語にCoal Minerという言葉もあるし、夏目漱石さんも何かしら発想の念頭にしてる小説ある気がする。

が! 残念、自分の連想の中にMiner系の「小説」は思い当たらない。モンティ・パイソンにそんなスケッチがあったな、というのは思い出したんだけど(^∇^)。

過酷な環境下の、というと、即エミール・ゾラを思い出すけど。ゾラの愛読者ではないからわからないけど、だとするとフランス革命に話が繋がってもおかしかない。

『彼岸過迄』も、出だしから面白そうだ!と食いついて、結局中座してしまったので、『坑夫』もそれと同じになるかもしれないけど、ま、いいや^_^

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by ulyssesjoycean | 2017-03-28 18:26 | Comments(0)

今も昔もニンゲンは変わらない『エラスムス=トマス・モア往復書簡』

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(世界史や文学史で「見たことある」人名、エラスムスとトマス・モア。ただ実際にその作品を「読んだことある」人は多分少ないんじゃないだろうか。トマス・モアはイギリス人だけど、エラスムスと同じくほとんどラテン語で執筆してたみたいだし。岩波文庫から税込1,166円で発売中)

このところ数学を生まれてはじめて真剣に学び直した結果、頻繁に使われる「ギリシャ文字」にも関心が湧くように。

数学が超ニガテだった理由の1つが、こうした「表記に納得してなかった」とわかったので、ちゃんとギリシャ語の文字も見てみるかーーなんて。

近年、意欲的に執筆される山本貴光さんの本にギリシャ語が登場する縁もあり、いよいよ古典ギリシャ語まで学び始めることに。相変わらず節操がないなぁ( ´ ▽ ` )ノ。

で、そうした古〜い言葉を遡る途上で、エラスムスやトマス・モアというのが「実際、どんな人だったのかな」という興味も出て来た。世界の共通語としてラテン語が活きていた時代に、せっせと作品を書き、また友情を育んだのがこの2人だとも。

で、岩波文庫から出た『エラスムス=トマス・モア往復書簡』をユックリ読み進めてるんだけど、良くも悪くも「ニンゲンは変わらない」というのを切実に感じる。

むかーし、吉田健一さんが1950年代に書いた文章に「選挙カーがうるさい」という話が載っていて、その頃からそうなのかと思ったけど、1518年にやり取りされたエラスムスとトマス・モアにも2017年と全く変わらない話が出ている。

論争になれば嬉しくないし、また片方の論争相手がもう片方の友人だったりして、当人以上に気苦労抱えたり、何気ない一言からその論争が始まったりしてーーといった光景は、ぶたいが変わっただけで、全く当今と変わらない。

一方、友人を気にかけて助力したり、久々に会って話をするのが楽しみだ、あの書き手は年若いながら大変優秀で感激した、そのうち本人に会えないだろうかーーというのも、2017年と変わりないところ。

そうした交友に感激したり、また喧嘩相手の理屈がむちゃくちゃでゲンナリしたりと、500年前もそうしてるということに、嬉しいようなガッカリするような、両方があるなー。読み応えがあって面白いのは間違いないんだけれども。

ただ読み進める中で「へえ」と思ったのは、エラスムスさんもモアさんも、そういう極めて嬉しくない状況でも、「サタイア」の精神があるな、ということ。

サタイアを単純に「諷刺」と訳していいかわからないけど、向こうも怒っていて、こっちもカンカンになっている姿を、より極端に描いて自分ごと笑う、という雰囲気が感じられる。

ミヒャエル・エンデさん曰く、「ユーモアが生まれたのは『ドン・キホーテ』から」ということで、そうなると17世紀くらいか。実際、『ドン・キホーテ』はめちゃくちゃのことをやるけど、「悪い人ではないし、まあその辺で」というタイミングが必ず現れる。

そういう「おおらかさの精神」以前が、エラスムスとモアさんの時代の様子。実際、宗教改革はおおらかどころの騒ぎではないし、ホイジンガが言う「中世には両極端しかない」というのも、なんとなく頷ける。

で、始終とんでもないことが起こっている中で、おおらかさは持ちようがないけど、なんとか精神的な均衡を求めようとして、激おこりの最中で、極端をより極端に描いて笑おう、という感じだったのかな。

通常、イザコザの話は大して読みたいものではないけど(実際、ニンゲンは共感する生き物らしいので、近年の心理学研究によると、「友人の友人まで」その影響が及ぶそうな)、エラスムスとモアの「両極端ジョーダン」で、けっこう楽しく読めてしまう。

さっさと読み飛ばすのはもったいない代物なので、じっくり読み進めてるけど、読み終えた頃にはトマス・モアの『ユートピア』に挑戦してみたいな。

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by ulyssesjoycean | 2017-03-24 18:13 | Comments(0)

法律も「はじめて物語」で遡ると案外楽しい

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(フランスは絵画と料理、ドイツは哲学とクラシック、イギリスはポップミュージックと文学などなど、その国ごとに「らしい」分野と「らしくない」分野が自然と頭に浮かぶ。法律もその国の考え方を反映したもののようで、「なんでこんな風になったのかな」と遡ると案外楽しめる)

最近はとんと小説を読まなくなりーーというより、「カンタンには読めない小説ばかり」手元に増える格好。プルーストさんやマックス・ビアボームの原書はスラスラ読むどころではないし。

また、経済に関心を持つようになったら、勢い、周辺の各分野にもキョーミが広がることに。土地の代金ってどう決めるのかな、とか、この計算はどうしてるんだろう、などなど。

法律の分野も「歴史」から追っかけると、お国柄や事情が絡み合ってできたものとわかる。成り立ちがわかると納得感があるし、いまは当たり前の制度も、100年前にはなかったのか、なんて。

ーーこういうことをやってなんになるかといえば、なんにもならないのだけど( ´ ▽ ` )ノ、1つだけ確かなのは「納得できると怖くなくなる」ということかなー。

例えば「SIMフリー」云々と聞くようになったけど、「SIM」が何するものなのかわからないまま、「安くなりますよ」とだけ言われても不安が残る。

結果、電話の仕組みをイチから調べて一通り納得、「自分にはこの使い方があってる」とハッキリわかった上でSIMフリーのモバイルを愛用することに。もちろん、キャリアの利点もわかった上で「自分はこうしたい」と目安ができるのが嬉しい。

経済学の話に戻ると、こういう自力で(というより本人にもよくわからない執着心で)取っ組みあうユーザーはごく少数のよう(^∇^)。自分でも「何やってるんだ」と思うところあるけど、「やらずにいられない」のだから仕方ない。

でもそうやって調べてると、ちょいちょい「タカヤマ学」で見知った名前が出てくるのが面白い。経済学の本に引用されてたトマス・クーンの本を見ると、序文に「A・O・ラブジョイ」の名前が出てきたり。

こうしたビックリのつながりが、「偶然」よりちょい高い頻度で現れるので、観念史は思った以上に大事なことの気がする昨今。歴史というより、「マップを作ろう」という狙いだったのかな。

アレだな、「納得できると怖くない」というのも、「自分なりのマップができて、道に迷わなくなった」ってことなんだろう。地図があると、「自分はいまこの辺にいる」というのがわかるのがありがたい。「行かなくていい場所」もわかるし。

このところ哲学や思想書ばっかりになったのはナゼかなーと不思議に思ったので、そんなこんなをノートしてみました^_^

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by ulyssesjoycean | 2017-03-23 18:04 | Comments(0)

マンガの模写絵、黒川裕美さんの『図書室の君』

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何年ぶりだよ!というくらい久々にマンガの模写をしてみた。黒川裕美さんの『図書室の君』の一コマより。

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by ulyssesjoycean | 2017-03-20 18:49 | Comments(0)

この新人マンガ家が気になる!黒川裕美『図書室の君』

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(新人登用に意欲的なマンガ誌『ハルタ』。最近ポツポツと読み切りが載るようになった黒川裕美さんが、大変印象的な作品を発表してらっしゃる。新作『図書室の君』は、ハルタ2017, March号に掲載)

新人マンガ家をドシドシ登用する点で応援しているマンガ雑誌、『ハルタ』と『ゲッサン』。読者側だけでなく、雑誌本体もコラボするなど版元を越えたタッグが頼もしい。

読み切りで見かけて「これは!」と思った山本崇一朗さんは、押しも押されもせぬ人気作家になり、大変うれしい。雑誌に目を通してると、そうした作品にいち早く目がいくのが楽しみの1つだったりする。

で、本題の黒川裕美さん。読み切り第1回から、昭和レトロな雰囲気に、小学生男子と憧れの先生のエピソード。今回の『図書室の君』も、見るからに文化系なヒロインとボーイッシュなヒロインの図書室を通じた交流ーー

ストーリー自体は王道だけど、なーんか心に引っかかるものがある。というか、ストーリーが目新しいかどうかはあんまマンガの魅力とカンケーない気がしてる昨今。

だって前述の山本崇一朗さんの人気作『からかい上手の高木さん』なんて、席は固定だし、たまに登下校があるだけで、あとは延々と高木さんにからかわれる日々。でもそれが面白い!(力説)

なので、黒川さんのストーリーというより、絵柄も含めたトータルで「何か印象に残る」マンガ家なんだよなー。先日完結した石黒正数さんの『それ町』も、何がどう、というんじゃないけど面白いし。

要注目の新人作家としてメモしておきました( ´ ▽ ` )ノ 応援する意味合いも込めて、たまには模写してみようかな。

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by ulyssesjoycean | 2017-03-19 18:05 | Comments(0)

世界の言葉を日本語に、『文芸翻訳入門』

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(スラブ系からエスペラントまで、その分野の翻訳に携わる14人のエッセイ本をまとめたもののようだ。近年関心が哲学アンド思想に移り、「哲学や思想系はオリジナルで読んだ方がわかりやすい」と気づいてからは原書ばっかりになってしまった。英語圏「以外」の話に興味ある。フィルムアート社から3月24日に1,944円で発売予定)

ひどい話もあったもので、各種人文学、新旧の名訳に感激して外国語を真剣に学び始めたのに、今となっては小説自体に縁遠く、読むのは哲学や思想書の原書ばかりに。

実際、オリジナルで読んだ方がわかりやすいぞ、というものが少なくないので、実益からそうなってしまった面が。デヴィッド・ヒュームさんなんかはエッセイストとして鳴らした腕前で、18世紀の英語のリズムが気持ちいい。

最近、数学を学び直して気づいたのは、「訳したのはスゴイと思うけど、訳語からイメージがわかない」ということ。もちろん全部じゃなくて、数学や経済が特にそれを感じるかな、という。

「賃借対照表」や「貸方、借方」なんて表現を編み出したのは関心するけど、「実感を持って使いこなす」場合を考えると必ずしもYesとは言えない。だって原語はBalance Sheet, Asset, Liabilitiesなんだもの。

山本貴光さんが「『百学連環』を読む」の中で指摘してるけど、明治に発想された訳語には、そのバックボーンに「漢文」があったそうな。訳語を考えた人にはもちろん、受け取る読者側にも漢文の素養がしっかり。

なので、漢文的な表現も、ただ字面をなぞるのではなく、「ははぁ、これは◯◯に書いてあった✖︎✖︎を参考にしているな」と推測できたらしい。そうすると、訳語に込められたニュアンスも受け取りやすいだろう。

現代は漢籍のバックボーンがないから、当時のまんまの言葉から「連想するイメージ」を辿れなくなっちゃったんじゃないかな。少なくとも、自分には漢語単体から出典や連想を広げることはできない。

数学でせっせと学ぶ「行列」も、実際はMatrix, Matricesだし。Eliminationというのがやたら出てくるので、なんだろう?と思ってたら、「消去法」のことだった。

用語の場合、一度「実感」が掴めると、あとはスイスイと行くので、この辺、会計学やファイナンスを「日本語オンリー」で学んでいる人は大変な苦労だろう。自分の場合、「英語でやればよい」という選択肢があったから良いけど、「実感ない言葉」を追っかけるのは相当キツイ。

ーーなんの話をしてるのかわからなくなったけど(^∇^)、くだんの『文芸翻訳入門』、どんな内容かな。気にしてるところにポンと目に付いた書名なので、きっと何かしらのヒントがあるんだろう。たぶん( ´ ▽ ` )ノ。

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by ulyssesjoycean | 2017-03-18 17:59 | Comments(2)

トマス・モアが気になる、映画『わが命つきるとも』

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(エラスムスとトマス・モア、中世の人文学を担った二大巨頭で、かつ大の仲良しだったこの二人。最近、お二人の書簡集など読んでいて、むしろモアさんの方に興味が湧いてきた。モアを主役にした『わが命つきるとも』なんていう歴史映画もあったそうな)

文学史の知識はあったものの、中世はどうも、という気分が相まって、長らくスルーしてきたトマス・モア。

それがヒョイとした弾みで法律用語の「法人」(Body Corporate)を調べてたら、ヘンリー八世のことがOEDの例文に出てくる出てくる。

で、そのヘンリー八世のラテン語教師兼、アドバイザー(今風に言うとコンサルタントかな?)を勤めていたのがトマス・モアらしい。

ヘンリー八世のことを知ろうと思って、『チューダーズ』という海外ドラマもちょこっと眺めてみたけど、「トマス、トマス」とファーストネームで呼ばれてるのが印象的。

書簡集を読んでも、生一本というか、実直な性格らしいトマスさんの方に共感する面が多々ある。時代の違いはさておいても、エラスムスさんにはどーもそうした親近感を感じようがない。

トマス・モアさん自体は法律家として身を立てて、その後ヘンリーさんの宮廷に深入りするようになったらしい。だとすると「法人」という概念形成にも一役買ってないかな、とかとか。

シェイクスピア「以前」の英文学作品はサッパリで来たので、この機会にトマス・モアさんの『ユートピア』に目を通してみるかなー。考えてみれば、500年経ったいまでも「普通の言葉」として残ったわけだから、すごいことなんだけど。

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by ulyssesjoycean | 2017-03-17 18:14 | Comments(0)

デスロード人気にあやかりたい!マクレーン『怒りのロードショー』

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(高校生4人がB級映画をダダらにトークする、みうらじゅんテイスト全開のマンガなんじゃないかと予想する『怒りのロードショー』。著者名からしてマクレーンだし( ´ ▽ ` )ノ。近年、洋書一冊読み切るより、実際に映画館に行く方が気分的に大変になったので、こうした一冊で下調べできないものか。KADOKAWAより税込734円で発売中)

『マッドマックス 怒りのデスロード』にあやかりたい雰囲気全開の、マクレーン『怒りのロードショー』。未見なんだけど、マンガ家のとよ田みのるさんがツイートしてると、どーしても興味を持ってしまう。

昔はそれこそB級、C級映画を頼まれもしないでセッセと鑑賞してたけど、今となってはレンタルDVDも、ましてや映画館に行くのも気分(アンド視力)的にキツイ昨今。

ありがたいことに、2015年でタルコフスキーの全作品を見ることができたし、2017年のいま、どーしても見たい映画作品というと、デビッド・リーン監督の『ライアンの娘』と、ロマン・ポランスキーの『テス』ぐらいだろうか。

そんな体たらくなのに、なぜか映画とは妙な縁があるらしく、実際、押井守監督の『勝つために闘え!』3部作(*勝手に命名)は再三再読してるし、みうらじゅん法師の映画論(?)も敬愛している。

さてこのマクレーンさんのマンガ。作者名からして二周三周してる雰囲気だけど、デスロードをこの人はどう見たのかな。たまにオトナぶって難しい映画にもチャレンジしててほしい( ´ ▽ ` )ノ

近年、ドンパチ系の作品を見るのは相当しんどくなっており、『デスロード』もスゴイナーと思ったと同時に、B級映画参りをしてた当時に見てたらどう感じたんだろ、というその辺りを『怒りのロードショー』で確認できたらいいなと思い中。

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by ulyssesjoycean | 2017-03-15 18:12 | Comments(0)

やっと我が家にも『伊和中辞典』が!

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(イタリア語を学んだのは何年前かわからないのに、イタリア語の辞書を手に入れたのが2017年のいま、というよく分からない話。そしてまた、安いから、というのとは全く別の理由から90年代の伊和中辞典を入手。新版は小学館から今も手に入ります)

「語学を身につけるためには、どうしてもオリジナルに触れたい作品と、読んで面白い辞書がなければダメだ」ということを教えてくれたのがイタリア語。

要するに、どーしてもな作家もいなければ、辞書もケチって安いものを手に入れてしまい、逆説的に以上のモットーを学ぶことになったというか。(その後、他言語ではきちんと辞書選びにエネルギーとコストを費やすように)

英仏独以外の、いわゆるマイナー言語を学ぼうとすると、◯和辞典の選択肢はグッと少なくなってしまう。原語の辞典はそもそも買うのが難しいし。

あとは最近どういう理由なのか、OxfordもLongmanも近年に出版されたものは、見出しが「青色」に指定されている。これが自分には合わない。

緑と赤の組み合わせは色弱の人に優しくないと聞いたことあるけど、紙辞書のインクを青にする理由はなんなんだろう。それはそれで興味あるけれど、自分が使うには正直キビシイ。

小学館から出ている『伊和中辞典』も、御多分に洩れず、青色指定。これでは買えないけれど、新宿の東口、南口の紀伊国屋書店でもイタリア語の原語辞典は適当なものが見つからず、酸っぱいブドウ感覚でスネていた。

が! たまたま手に取った古〜いバージョンが、なんと黒字で組まれていてーーそうか、この年代のを入手すればいいんだ!なんて。なので90年代初頭に出たものを2017年に使うという。

辞書は新しいものの方がいい、という話も聞くけれど、英語については斎藤秀三郎の熟語本位英和中辞典なんて大正時代のものだし。愛用するランダムハウス英和大辞典も80年代のをいまだに使ってる。

その他にも、愛用する辞書辞典は古いものばかり。本当に新しい単語を調べるときは当今にふさわしい手段がいっぱいあるので、日常使うのは、活字が大きくて、二段組くらいの紙辞書で良いですーーだから新しく出ていけないことはないんだけど( ´ ▽ ` )ノ

最近は経済学やら数学やらプログラミングやら、馴染みのないものばかりやっていてくたびれたので、一番長い付き合いので語学に戻り、それでまたイタリア語のうんと初歩をやり直す心境に。

ただまあ、辞書は自分に合ってるものが見つかったけど、いまだ「これ!」というイタリア作家はいないかなー。読むには読んだけど、心酔するほどでなかった。どうせだからうんと遡ってダンテにしてみるかな。

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by ulyssesjoycean | 2017-03-11 12:22 | Comments(0)