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「行動と経済」とキルケゴールさんの違いは何?

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(ポパイみたいな名前の教授は脳鈴賞、こちらのアリエリー先生は「イグ」の方の脳鈴賞受賞。面白おかしい研究に捧げられる賞だけど、人の振る舞いと経済を連結させる分野は笑ってられない部分も多い。読んでいると悲喜こもごもであるなぁ)


人間は合理的な存在かどうかーー科学的な研究をするまでもなく、自分の日常をかえりみれば「非」のつく方の合理でいっぱいという、なんともトホホな始末。


そういう「人間の非合理性」も勘定に入れてやっていこうよ、というのが近年話題のBehavior Economics。ついにポパイ的な名前の先生が権威ある賞を取るまでになった。


実際、相当大切なことを扱ってると思うので、ピコピコ方面に適用させられる部分も多いだろうーーそんな理由でけっこう前からこの分野をフォローしてきたんだけど、色々と考えさせられる。


ポパイ的な(以下略)とはまた違う、アリエリー先生の著作を読んでみたら、人間はどうにもしょうがないという、今更ながらの感慨を持たざるを得ない。


あまりに「身も蓋も無い」というか、実際の適用方法を考える前にガッカリしてしまう面も。多分これは「自分自身もその通りだよなーガッカリ」も含まれてるんじゃないかな。


人間の行動や判断には様々なバイアスがあって、つまるところ、「本能的・直感的な判断」の真逆をやると「合理的・効率的な結果」につながるんだもの。


で、この分野はそれをわかった上で、「本能的・直感的にやっても間違いのないような設計を施す」のが眼目になってくる。


実際には「オプトアウト」という、『コール・オブ・デューティー』と関係がありそうでない選択肢も用意されてる。期日が来たらメールで「続ける? どうする?」という思い出させるモノが来て、「やっぱやめとく」も選べるというもの。


これを知ってから、「予定の入った瞬間に思い出させるモノを設定する」が基本になったけど、実際、「あとでメモろう」とかはまずアウトみたい。


その時は覚えてたとしても、「別の何か」を完了させちゃうと、「その前にやろうと思ってたこと」をスパーンと忘れちゃう。だからこそ、「予定の瞬間に思い出させるモノをセットする」のが大事だと。


そのこと自体役に立ってるのは事実にしても、一事が万事こうした調子なので、実際の適用方法を考える前にゲンナリしてしまった。この辺り、この分野の研究者はどうされてるのだろう。


先日キルケゴールさんの伝記を読んだら、宗教家になろうとしてもなりきれない自分を恥じ入りながらも、なんとか理想を追求し全うしようとするキルケさんに感激。


自分がダメなのは誰よりも知ってる、だけど目指さずにいられないーーみたいな姿勢には心打たれるんだな。ヒュームさんもそうしたこと言ってたけど。


行動と経済の話とソックリなのに、なんで欠点だらけのキルケゴールさんには感激して、行動と(以下略)の人間像にはガッカリしちゃうんだろう。だってどっちも言ってることは大差ないんだから。


ガッカリと言っても、分野や研究自体にガッカリするんではなくて、そこでハッキリしてくる「素のまんまの人間像」があまりに身も蓋も無いことにガッカリ、という感じ。


ただ実際、「意味のあるガッカリ」でもあるから、自分がかねてから主張してる「絵を描いてコミュニケーション」と同じように、やって損はない分野かと思う。少なくとも「思い出させる人」の使用頻度はグンと上がりました(^∇^)


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by ulyssesjoycean | 2017-10-31 12:00 | Comments(0)

ブルクハルト先生は「社交」の歴史までフォローしてたそうな

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(ニーチェの同僚だったという、バーゼル大学のブルクハルト教授。同僚だったどころか、ニーチェの良き理解者だったそう。イタリアとルネサンスがピンと来てなかったので、ブルクハルトさんも名前を知ってるだけだったけど、社交の歴史にわざわざ一章を割いていたというので急に興味が湧く)


人が3人以上集まったときにどうするか、というのがここ最近の「ぼんやりテーマ」だったりする。


複数人がいる中で、その集まりが円滑かつ自律的に、つまり「ある程度勝手にうまくいく」ようなやり方なんてあるのかな、と。コントロールするとかでなくて。


最近は哲学シソーばかり楽しんでるけど、ショーペンハウアーが一時ゲーテの仕事仲間兼友人だったりして、「サロン」というのがドイツ思想界では大きな役割を担ってたみたい。


実際うまくいくことも、その反対のこともあったようだけど、「自然と人が集まる」ことで「知性の化学反応」が起こる雰囲気あるのは確か。


それでたまたま、ぜーんぜん別の回路から手に取った書目に、「ブルクハルト」が登場! 更にはそういうサロンの会話を集めたカスティリオーネの『宮廷人の書』まで共通してる。


ブルクハルトさんは自分の中で、ヨーハン・ホイジンガ(フィツィンハ)と似たようなジャンルに納められてたけど、社交の研究までしてるとは知らなかった。実際、今でも必読の文献なのだって。


先日のスピノザさんも、難を逃れて隠遁生活してたのに、王立協会のオルデンバーグがイギリスから訪ねてきたり、果ては噂を聞きつけてライプニッツも面会を申し込んだそうな。


社交というと大げさだけど、人はなんで人と会うのかな、また気の合う同士で「会」を作るのかな、というのは興味あるテーマ。


「友達」とか「同士」というのとはまた違うでしょ、なんか「社交」っていうと。それに「集まってどんちゃん騒ぎ」というのでもない。


メンドクサーなイベントあるのは承知の上でやる以上、きっと何かしら大切なことが含まれてるのだろう。実際、夏目漱石先生も、「漱石山房」としてそういう会を開いていたわけだし。


で、そっから内田百閒や芥川なんかが出てきたわけだから、友達同士やどんちゃん騒ぎもも違う、「社交」に何か大切なことが含まれてる気がしてならない。


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by ulyssesjoycean | 2017-10-28 12:04 | Comments(0)

行動パターンと思考パターンは2つで1つ?

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(長らく関心の持ちようなかったオランダの思想家スピノザ。生前は無神論者として非難ゴウゴウ、そのため主著『エチカ』はあえて読み取られにくい構成にしたのだとか。でもそういった思想的な話より、趣味で絵を描いていたというエピソードに興味がわいた)


このところソリューションやイノベーション、UとかXのつく分野ばかり学んでたので、気持ちを大きく切り替えるために清水書院のセンチュリーブックスを愛読。


そしたらたまたまなんだけど、スピノザその他の哲学者で、「行動」を思想のコアに据えている人たちがいて、へえ、と思う。


つい先日、Noのつく世界的な賞を行動エコノミックスの研究者が受賞したとかで、フーム、時代は「行動」がテーマなのかな、と。


というのも、イノベーションは「革新」とか訳されるけど、ベルガンティ先生のご本を読んだら、製品やサービスを利用する文脈を変えてみよう、という話らしい。


一方のソリューションは「改善」で、こっちはパーっとドーにかしてシーらんぷりせずにエーっとエーっと考えるサイクルを回していくやり方だとか。


もういい加減、フツーの言葉を使った方が話が早い気がしてしょうがないけど、こういうヘンクツなブログをやる以上、そこは譲れません!的な変なコダワリ(^∇^)


何にしてもイノベーションもソリューションもどっちも大事、実際両方ともメチャメチャ役立ってるけど、頭を切り替えて取り組むのはカンタンではない様子。


イノベーションやソリューション以前に、「自分の知らないことに取り組むのはヤダナー」という話は多いので、それはなぜなのかな、とも思っていた。


で、ヒョイと思ったのは「考え方を変えることで行動を変える」のは難しいのかな?ということ。むしろ、「行動が変わったことで考え方が自然に変わった」方が自然なのかも。


色川武大さんも、わかった、というのは数万件の例外を頭に納めておいて、ある状況に対して反射的に身体が動くこと、と説明してた。裏を返せば「反射的に身体が動かない」のでは「まだわかってない」とも言える。


で、先のイノベーションもソリューションも、カンに頼って以前のやり方を何となく実行するより、よっぽど身になる実感あるんだけど、行動パターンはいつもと同じで考え方だけアップデートする方が大変かもしれない。


たまに必要に迫られてビジネス書なども読むけれど、どれも大概「自分にとって一番大切なことは何か見極めよう!」的なことが書いてある。


それが「みんな」「誰でも」できるのなら苦労はないよ、と思ってしまうし、結局のところこういう話を読んでも「やらない人はやらないよなぁ」と思ってしまう自分がいる。こっちだって何もかにも実践に移せるわけじゃない。


で、話が冒頭に戻ってスピノザとかフィヒテとかの「行動」になるのだけど、これ、思索の結果を行動に紐づけるより、先に行動しちゃった方が思索に行きやすい人多いんじゃない?と。


自分の乏しい「仕事店」体験から言うと、先に概念やグラフの説明があって、それから「世界喫茶店」をやったりするけど、あの順序を逆にしてみたらどうなのかな。もちろん、最低限度のルール説明がないとできないにしても。


色川武大さんは「坊や哲」として鉄火場に出入りしたとき、誰も何にも教えてくれない中で、その勝負事のルールと、張り方と、主要メンバーと、自分の戦い方の方針を学んでいったそうな。


で、大半の人は用心深いから基本的なことは押さえるんだけど、実戦では例外ばかりで基礎が使えなくなってしまうそう。なので、ここで1〜2万件の例外を眺めて身体に染み込ませると。


それで初めて勝負に移れるそうなんだけど、それができるのは10万人に1人とかなんだって。で、上のクラスに行くとそういう人同士のぶつかり合いになる由。


スピノザと坊や哲と「仕事店」は同じではないだろうけど、なーんかヒントが隠れてる気がしてならない。スピノザや坊や哲のやり方は明らかに万人向けでないから、それをもっとフツーにしていけないのかな、と。


例外だらけで何にもわからない!というのを一通りやってから、やっと理論的なアプローチに進んだ方がいいのかな、と。だって理論を学んで行動に移せる人があまりに少ないのなら、先に理論をやっちゃうのはそれこそ非効率なのでは。


さてどうする、というのがカンタンに思いつくならこんな長文を書いたりはしないので(^∇^)、とりあえず、人の考え方と行動パターンはセットじゃないのかなーということをノートにしてみました。


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by ulyssesjoycean | 2017-10-23 18:00 | Comments(0)

『たそがれメモランダム』の田村茜さんの新刊!『モブ子の恋』

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(超愛読してた『たそがれメモランダム』の作者・田村茜さんの新刊が出てるとは! 『モブ子の恋』というタイトルで徳間書店から発売の由。コミックゼノンでは見つけられなかったはずだ…… 10月20日発売、価格は税込626円なり)


絵から何から素晴らしい!と「ココロ鷲掴まれたー!!」(©︎『吼えろペン』)な作品だった『たそがれメモランダム』。


新聞部のヒロインと同級生たちのイノセントな話がもう、ココロに刺さる刺さる。中にはシビアなエピソードもあるんだけど、森薫さんよろしくサラッと嫌味なく描ききるあたりに脱帽。


連載が終わっちゃうのは惜しい!と思ってたけど、コミックゼノンで連載されてたとは。嬉しくもあり、また見逃してたのも致し方ないな、と思うところも。


何にしても単行本化は嬉しい。コミックゼノンも今度みてみよう、どこで買えるかわからないけれども(^∇^)



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by ulyssesjoycean | 2017-10-21 12:00 | Comments(0)

これは「擬似ドキュメンタリー」? フロベール『ボヴァリー夫人』

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(クーブリックのモンダイ作『バリー・リンドン』を正面から論じてるのがドナルド・リチー『映画のどこをどう見るか』の由。ジブリのプロデューサー・鈴木敏夫さんがこの書面を挙げており、タカヤマ本で名前を目にした気がするぞ、というので印象に残った次第。というか、リチーさんのこの本、ジブリの出版部から出てるのね)


このところ目を通してるフロベールの『ボヴァリー夫人』。読み進めるに従って、「この人、作品を書くことで何を実現しようとしたんだろう」というのが念頭から去らない。


エミール・ゾラは愛読しないまでも、「この人がやりたいこと」というのは何となく察することができる。バルザックさんもプルーストさんも、趣味嗜好とは別に「なんでこんな作品を書こうと思ったのか」は、自然と漂ってくる雰囲気。


一方のフロベールさんは、その辺がまるで見えてこないので、何をやろうとしたんだろう、というのをついつい考えてしまう。文学史的な手法やその後の影響が大きいのはわかるんだけど、肝心のご本人の「かんどころ」はどの辺にあったのか。


それで思い出したのがクーブリックの『バリー・リンドン』。長い上に面白くないことで有名だけど、事前に「擬似ドキュメンタリー」というキーワードがあったのでちゃんと楽しめた。


鈴木敏夫さんが自著の中で何度かドナルド・リチーに言及していて、そのリチーさん、『バリー・リンドン』は擬似ドキュメンタリーである、と言ってるそうな。


現物を確認してないので何とも言えないけど、18世紀のアイルランド〜ヨーロッパ大陸をドキュメンタリーにしてる、と言われると、ナルホドという気がする。


その後、アンドレイ・タルコフスキーというさらにワケワカンネー映画にハマったりしたので、クーブリックさんはそうメチャメチャなことしてるとも思えないのもある。慣れってコワイ(^∇^)


そうやっていくと、フロベールさんも小説という媒体を選んで擬似ドキュメンタリーにしてるのかな、と。


一語もゆるがせにしないのはいいんだけど、後からやってきたジョイスさんのような楽しい雰囲気が文章からまるで感じ取れないので、これはなんなんだと終始落ち着つかない気分。


落ち着かないからこそ、ゾラと違って原書まで買って持っているのかもしれない。楽しさを感じない割に『感情教育』と『三つの話』は持っていたわけだから。バルザックは『ゴリオ爺さん』が面白かった記憶あるのに、原書は持ってないし。


あとはあれだ、ドナルド・リチーさんと合わせ、プルーストさんのフロベール論に目を通してみるのもいいかもしれない。プルーストさんは必要に迫られて目を通したけど、案外なことに愛読してしまってるわけだから( ´ ▽ ` )ノ


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by ulyssesjoycean | 2017-10-20 12:00 | Comments(0)

「頭に入る」分野と「入らない」分野があるのはナゼ?

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(技術評論社、オライリーと並んで日々お世話になる日経BPの名シリーズ「なぜ○○は××なのか」。その中で「今までで一番読み通すのに時間がかかった」という強烈な印象を残したのが、『電話はなぜつながるのか』。説明がムチャクチャなわけでもなく、悪文でもなく、しかし読み通すのにものすごく時間がかかったという点でキーポイントになったなー)


近年はカブトムシにも高値がつくので、これを仮に「割高ムシ」と称すると、この反対の言葉で、さらにムシとは全然関係ない分野についてもよく耳にする。


いい加減、自分もピコピコだの情報貯蔵庫だの、果ては「貝殻命令文」など、何かもうその手のワードを使いたくないというのが意地になってしまってるけど、別段ホメられたことではないな(^∇^)


ただ、言葉の内実がなーんにも自分の実感を伴ってないというのは、いくらなんでもオカシイという思いあり、「割高ムシ」は言ってもいいけど、その真反対の言葉はなぜか使いたくない。


本来的には、割高ムシの逆を自分でも使おうと思っていて、お手軽なピコピコではサッパリ内実を伴わないことに腹を立て、これもまた意地になって電話の学習をしたところからスタートする。


学習した甲斐あって、割高じゃないムシを大満足で使っているけど、そこまでしないと使いたくないというのだから、大変に面倒くさい性分だナー。


またその時はじめて「電話ってこんな超メンドイ仕組みで動いてたの?!」と驚嘆することに。『電話はなぜつながるのか』一冊を読み切るのに、1ヶ月弱はかかったんじゃなかったか。


それで思うんだけど、「スッと頭に入る」分野と「スッとは入ってこない」分野があるのかもしれないな、と感じることに。


電話の場合は単純にこっちが知ってることが何もなかったので、ゼロから水を溜めていくようなところあったけど、いまだに工学や通信の力学的な部分には抵抗を感じる。


一方、経済のもろもろのことはスッと頭に入るので、単純に計算をするしないとか、そういうことではないみたい。助けになる知識量が少なくて大変なせいもあるけど、その知識量を積むペースにも、分野ごとに違いがあるような。


自分はたまさかニンゲンの言葉には抵抗をまるで感じなかったけど、こっちが力や運動の伝わり方にヌヌー?となるように、他の土地に住んでるニンゲンの言葉にムムー?となる人だっているだろう。


抵抗を感じないというのは、何もしないという意味ではもちろんなくて、気構えなくスイスイ取り込める感じ。いくら食べても胃もたれしない、みたいな。


一方で抵抗感バリバリの分野は、ちょっと食べただけですぐお腹いっぱいみたいな。もしくはお腹いっぱいで入らないから皿が目の前を通り過ぎていく感覚。


なんでそんな風になるのかな、という、素朴とも深遠とも取れることを最近つくづくと感じるようになったので、それもまたノートしてみた次第。


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by ulyssesjoycean | 2017-10-18 12:00 | Comments(0)

ムサヲさんの『恋と嘘』7巻は11/9発売予定! めでたいヽ(´▽`)/

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(アニメ化、実写映画化とイキオイに乗るムサヲさんのマンガ『恋と嘘』。別なマンガ単行本についていた折り込み小冊子で、「これは面白そう!」と期待。ちょうど第1巻が品切れ〜増刷の時期だったので、そういう「スタートダッシュ」の頃だったんだなー。画像は6巻のものです)


楽しみに読むマンガの中で、単行本化のページが安定していて嬉しいのがムサヲさんの『恋と嘘』。第7巻は11/9に発売予定だって。


*並べて紹介しちゃっていいのかギモンだけれども(^∇^)、横槍メンゴさんの『君だら』第2巻(完結)も11/17に発売予定の由


山本崇一朗さんの『からかい上手の高木さん』についても言えることなんだけど、初期も初期からマンガで愛読してると、アニメ化は嬉しい反面、見られない!という思いが強い。


マンガ愛読〜アニメーション化あるあるだけども、前に「本を読んでる時に頭の中に声が響く」人と響かない人という話題があったなー。


それこそマンガの単行本を初めて読みはじめた頃は、マンガを読み終わった後に、自分が頭の中で考える言葉のリズムが、さっき読んでたマンガそのものになることも( ´ ▽ ` )。


そうしてみると、マンガとアニメーション化に、嬉しいけどヌヌヌヌヌというのは、ちゃんと研究すると大事なことが含まれてるかもしれない。「自分の声を自分で聞くのがイヤ」というのと、なんかしらカンケーあるのかな?


*何度も聞いてるうちに慣れてしまった面がある


11月はくだんの横槍メンゴさんの単行本と合わせ、『恋と嘘』の7巻発売と、楽しみにする作品が多くて嬉しいヽ(´▽`)/


そういえば、ピン!とくる絵柄は大抵女性作家さんなので、ムサヲさんもその雰囲気をヒシヒシと感じるなーと思ってたら、最近は少年マガジン誌上で対談もされてたり、そのへんオープンになったみたい( ´ ▽ ` )ノ


絵を自分で描くようになって気づいたことはそれかな、「直感的に『グッとくる』のはみんな女性作家さんだ」という。


もちろん、そうに違いない!とヘンに思い込んでいて、アレッ?! 女性作家さんじゃないんだ、ということもあるのだけど(^∇^)


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by ulyssesjoycean | 2017-10-17 12:00 | Comments(0)

今はない科目「人間学」、そもそも何なの「人間学」って

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(『純粋理性批判』とかいうタイトルからして近寄り難い著作を世に出したカントさん、でもご本人の講義はいつも大入り満員、大盛況だったそう。実際面白おかしい講義だったらしいけど、カントさんの「人間学」とはどんなものなんだろう。純粋理性も実践理性も有名なのに、人間学の方の邦訳はあまり目にしたことがない)


このところベルリン大学創設に関わったフンボルトさんの話を追っかけてるけど、フンボルトさんも「人間学」というのを学問の主軸に据えてたらしい。


カントさんも「人間学」の講義を受け持ってたとかで、ドイツでは一般的な分野だったのかな。ナントカ人間学部、という名前は現代にあるけど、「人間学」そのものは寡聞にして聞いたことがない。


だいたいドイツ語で人間学なんてどう表記するのだろう。Humanischewissenschaftとかになるの? 荒俣宏さんのお好きな神秘学が学校の科目から外されたのと同じく、人間学も今は正規の科目じゃないのかな。


というのも、どーもフンボルトさんの言ってることから推測するに、いまの「心理学」みたいなことだったのかな。人間学が人間の内実に迫るものなら、心理学に統合されたというのも頷ける。


その心理学にしたって、どーいう経路をとって正規の学問として扱われるようになったのかまるで知らない。ウィリアム・ジェイムズの頃にはバッチリ科目化されてたけど、ジェイムズさんも医師なので、その中に心理学も含まれてた雰囲気。


そういうことを言い始めれば、英文学がケンブリッジだかオックスフォードで正規の学科に加えられるとか加えられないとかでは大問題になったそう。ギリシャやラテンの古典文学はあっても、英文学が科目になるかというのがイギリスでモンダイになったくらい。


話をもとに戻して、フンボルトさんもカントさんも向き合った人間学、この正体はなんなのだろう。フンボルトさんは観相学のラファーターにも直接面会したということだから、観相学も取り込んでたのかね。


フンボルトさんはどうか知らないけど、カントさんについては立派な全集があるのだから、そっちで人間学の有無をあたったほうがいいんだろうけど。


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by ulyssesjoycean | 2017-10-16 12:00 | Comments(0)

金融のホーマーさんは叙事詩のホーマーさんを意識してる? 『History of Interest Rates』

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(ようやく手にすることのできた、名著の誉れ高いSidney Homer, Richard Syllaの『History of Interest Rates』。未邦訳と聞いていたけど、質量ともにそうスイスイと読み通せるものじゃないなーと本体を手にして実感する)


『金融の世界史』で紹介されてたシドニー・ホーマーさんの『History Of Interest Rates』をようやく落掌。やったやったと喜んだけど、格式高い文体から著者の教養がにじみ出ていて、そうスラスラ読み通せる雰囲気でない。


序文に目を通すと、ホーマーさんなのかSyllaさんが書いてるのか分からないけど


Few business or professional persons have no curiosity about the history of their callings.


(Sidney Homer and Richard Sylla, A History of Interest Rates, Rutgers University Press, 1991, p.13)


なんて大変シンラツなことが書いてある。


実際ホーマーさんは「ボンドマン」を名乗っていて、007や接着剤の方面ではなく、「国債の専門家」だった由。


で、専門家が自分のやってることの来歴にまるで無関心なのはケシカランと、わざわざ序文にも記すことになったんだから、よほど強い想いがあったんだろう。


そこから脱線すると、最近せっせと取り組むピコピコ方面でも「専門外のことをフォローしてる参考書は段違いに面白い」というのが共通してる。


たまたま手に取った一冊も、データベースの話をするのに貝殻命令文のことは全く出てこない。そのかわり「アレクサンドリアの図書館」や「図書館十進法」が取り上げられてる。


メルヴィル・デューイまできちんとフォローされてたので快哉を叫んだけれど、ちょっと前にホーマー本の引用を目にしたばかりだったので、やっぱりそういうものだな!と共感を強める結果に。


しかしまあ、専門「以外」の分野を追っかけはじめると、これはもう単純にキリがない。だいだい10数冊が同時並行、ジャンルもバラバラ。金利の歴史の傍に検索動力機の話があり、ドイツ啓蒙思想と小説が一緒に並べられてたりする。


それはいいにしても、「通読」「読了」しきれなくなったのが悔しい。以前は積ん読をしないのを誇りにしてたけど、むしろ積ん読アンド途中で別のサイクルに切れ目がなくなった。


先日やっとProustのÀ la recherche du temps perduのÀ l’ombre des jeunes filles en fleurの第1巻を読み終えたけど(タイトルだけでも長い^_^)、手に取ってから読了までが年単位だと気づく。


かと思うと、山本貴光さんの漱石文学ロンロンが、『「文学問題 F+ f」+』として脱稿されたそうで、これも5年ではきかない期間をかけたそうな。もはや泡盛の古酒レベルの発酵と熟成期間。


そしたらたまたま気晴らしに読む哲学書に(*気晴らしで哲学書もすでにどうかしてるけど)、自分にはあんまピンと来てないニーチェさん、大事なことはノロノロとやるしかないノダと言ってるそうな。


そうだそうだとそこのところだけニーチェさんの尻馬に乗ってみるけど、本題のホーマー本は、粘土板のメソポタミア以前から始まってる。


そんな雄大なスケールで資料を集めてたら、金融業界の同業者からは完全ムシだっただろうな、ホーマーさん、と思わなくもない。


ペラペラめくったらオデュッセイアの話にも触れてるから、ホーマーさんもご本家ホーマーを意識して長ーい航路をわざわざ選ばれたのかもしれないな( ´ ▽ ` )ノ


*[10/14 訂正アンド追記]なんかヘンだな、と思ったら、上記の引用文は二重否定だから「専門家は何がしかの好奇心をその天職の来歴に向けるものだ」という意味だった。明らかに間違って読んでたけど、その時はそう思い込んで読んでたので、この記事はそのまんまにしておきます。引用文自体に間違いはないです。


*もっと言うと、その仕事を「天職」と思う専門家であれば、という書き方がされてるから、「その仕事の歴史に関心を持つものだけが、その道を天職とする専門家である」とする見方も。裏を返せばJobやLaborとしか思ってない人は、その仕事の歴史にキョーミなんかないよ、ということか


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by ulyssesjoycean | 2017-10-14 12:00 | Comments(0)

トミイマサコさんの幼児さんマンガが『とびだせハウス』としてWEB連載に!

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(メチャメチャ再読してるマンガ家・とよ田みのるさんの育児マンガ『最近の娘さん』。奥様のトミイマサコさんも時折カラーで赤さんイラストを発表されてたので、奥様視点の「娘さんマンガ」も見てみたい!と思ってたら、ついに『とびだせハウス』としてWEB上で連載されるように。めでたい。トミイマサコさんは小説の挿画や表紙を数多く手がけてるので、絵柄を見たことある人多いかも)

ここ1〜2年で再読回数ナンバーワンは、とよ田みのるさんの『最近の赤さん』シリーズ。同人誌で発表されたカラー小冊子がまー素晴らしい。

奥様のトミイマサコさんも、また繊細なタッチのイラストを描かれるので、こちらの赤さんマンガも見られないものだろうかと念じていたら、やはり同じことを考えてた人がいたと思うんだけど(^∇^)、ついにWEBで連載!

『とびだせハウス』のタイトルで、現在第3回まで発表中。とびだせのタイトル通り、幼児さんを連れて遊びに行ける公園レビューもふんだんに。

マンガ自体、フルカラーで楽しいんだけど、こういう「ヒョイとしたタイミングでマンガになる」のは大変よろこばしい。

超愛読する吉川景都さんの『子育てビフォーアフター』も、たまたまツイッターに描いたら思いのほか反響があって、その流れを受けて最終的に単行本に。

くだんのとよ田みのるさんの赤さんマンガも、ムスメさんはママにべったり、パパはそうでもないという受難ある中で、うわー、ついにコテッとされたよー!という嬉しさをマンガにしたら大反響。

そのうち糸井重里さんもツイッターで発見して、また自分も公園お散歩エピソードで朝から号泣してたりして、「狙ってない」展開から作品が広まっていったような。

もちろん、綿密に計画してスタートする企画も大事なんだけど、たまたまあるエピソード描いたら思いのほか反響あって、それが結果単行本になるという流れは、歓迎していいんじゃないだろうか。

実際、赤さんものならなんでも単行本化されるわけじゃないし、サツバツとした日常にだいぶヘコタレて赤さんマンガを愛読してる当方も、赤さんさえ描いてあれば好んで読むわけでもない。ネコ系のマンガでも全くことがあるなぁ。

WEBで発表することの良し悪しはあるにしても、良いものは良いと言っていかないとアレなだけなので^_^、願っていたトミイマサコさん版の娘さんマンガが読めた!ということを大いに顕彰したい( ´ ▽ ` )ノ


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by ulyssesjoycean | 2017-10-13 12:00 | Comments(0)