マンガとアニメーションと人文を、脱線(Digression)でつなぐブログ。
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子供たちを助けたいんでしょう!?(トップをねらえ2)

と主人公のノノ(って名前だっけ?)が言うけれど、これ、喋ってるのは、実は後ろのカトフヴァンディス(Quartre vingt dix)ですな(身体を借りて喋っている)。説明は一切ありませんが。気づいている人はあんまりいないようなので(別に気づいたからどうというものでもないが)。
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といいながら実は「トップをねらえ2」「まあガイナだから」とお義理で見ている程度ですが、これ、なんで出てくるロボットの名前がどれもこれもフランス語の数詞なのか。ディズヌフ(dix-neuf、19)ヴァンセット(vingt-sette 27)などなど、そういえば主人公たちの中継基地もフラタニティ(フランス語だとfrataniteだけれども、フランス革命時の自由・平等・同胞愛の同胞愛に相当するもの)、あーだこーだで今こっちにはロボットがン十台しかないからどーのこーのと言っていたような気がするので(本当に適当にしか見てない)、それと絡んでくるのかね。ちなみにカトルヴァンディス(Quatre vingt dix)は何番なのか、フランス語を読むのに不自由はしないけれども、あんなややこしい数詞体系はいちいち覚えてられない。quatreが4で、vingtが20、dixが10だから、えーこれで多分90じゃないっすかね。違ったところでこっちの知ったことではないけれども。

フランス語は実はある程度までやればそう読むのに不自由はしないので(ただ英語の頭で理解しようとすると考え方を切り替えるのにエライ苦労をする)、そのうち聞いたり・話したり自然にできるようになる・・・と良かったのだけれど、そこは人間良くしたもので、そうあなたまかせに行く世の中ではない。であるから、いまだに「岩窟王」のアタマに入るフランス語のナレーションがあまりよく解からないでいるが、これ、フランス語で読んでるのは日本人の方らしく、ある種「Kill Bill」に出てくる日本語みたいなもんで、日本人でもよく解からないから、こっちが日本人が読むフランス語を良く聞き取れないのも、これは当たり前である、と理屈をつけようかと思ったが、こりゃまんま詭弁ですな。でも向こうのテレビの方が聴き取りやすいというのは、これ本当。
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# by ulyssesjoycean | 2005-06-24 23:02 | 駄文 | Comments(0)

Every player deserves a MVP(ティム・ダンカン SAスパーズ)

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「NBAファイナルで三つ目のMVP受賞となりますが、これはマイケル・ジョーダン~シャックに並ぶものですが、いかがです?(インタビュアー)」
「いやいや、このチームは素晴らしいよ、どのプレイヤーにもMVPを手にする資格がある、みんなMVPだよ(ダンカン)」

といってましたね、MVPを受賞して。同時通訳ではかえって解からなくなるので、こっちの記憶に基づきながら訳させていただきましたが、謙虚だよなぁ、だからこそMVPに選びやすいのかもしれませんが。監督であるポポヴィッチも
「まず言っておきたい、ラリー・ブラウン(相手方Pistonsヘッドコーチ)は最高のヘッドコーチだ、彼は素晴らしい」
なーんて言うので感心していたら、オーナーが「Keep on doin’(まだまだやるぜ)!」との挨拶。やはりこういうのもなくては。

そういえばティム・ダンカンのインタビューを聞いていると、発音が西海岸的な気がして(東海岸の方は巻き舌が強く出る)、でも生まれはアメリカじゃないそうなんだが、どうなのか。ダンカンなんて、もろアメリカだがなぁ。
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# by ulyssesjoycean | 2005-06-24 13:28 | 駄文 | Comments(0)

ご冗談を~(マシュー なまり亭)

マシューTVに多少距離はあってもなまり亭は抜群の面白さで、見ているうちに、なまりがヘンなのではなく、それをまったく除外した共通語というものが、ノッペラボーのバケモノに思えるてくるのが面白い。「ことばについて語ると人は恐ろしく自意識過剰になる」(福田恒存)というのは全く確かなので、ややこしいことは抜きに楽しむようにしている。

中でもレッド吉田氏(京都出身)が母親に電話をかけて「お母さん」という時の、あの不思議さと言うものはなんであるか、まあなんであってもいいのであって、京都出身つながりということでみうらじゅん氏(シロクマ注1)の発言が思い出される。

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みうらじゅん氏によれば、自分の住んでいた地域(つまり京都府)には、「お母さん」も「母上」も「ママ」も「おっかさん」も存在しない、いるのは「オカン」だけだ、ダウンタウンの「オカンとマー君」を見ていて、「なんで自分の母親のことが出てるんだ」と即座に思ったらしいが、要するにレッド吉田氏の「お母さん」が面白く、また「お母さん」と呼ばれた当の母親も当惑するというのは、なるほどみうらじゅんの言う通りであることよ。

注:みうらじゅん。デビューは「ガロ」の元(?)マンガ家・イラストレーター、であるのかないのか、もはやそういった肩書きは当の本人が一番どうでもいいようで、他人が絶対やらないような恐ろしく下らないものをえんえんとやり続けるその姿勢はマジなのか、マジでないのか(恐らく前者だろうが)。この人自身も面白いが、横のつながりも充実していて、いとうせいこう・山田五郎・田口トモロヲなどと、また恐ろしく下らないことをやっていて、どれも腹を抱えて笑うが、ベストは田口トモロヲと組んだ「ブロンソンズ」。ロッキーにテーマにあわせて「ブロ~ンソ~ン、ブロ~ンソ~ン、なんじゃこ~りゃ~」と歌うだけの(!)企画。こんなんばっかし。
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# by ulyssesjoycean | 2005-06-23 17:14 | 駄文 | Comments(1)

天主さまをお助けください(Samurai 7)

こんなに早く野武士ならぬ野伏りを倒してしまって後の展開をどうするのか、と思ったら嫌な予感的中でテンションダーウン!
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オリジナルである黒沢明の「七人の侍」は、野武士を倒すことそのものが目的であったため、それ以降の話などないわけで、同じGONZOの「岩窟王」など、岩波文庫で全七巻を読み通している人間などそうそういない上に、オリジナルに忠実に作っているため現在までネタ切れを起こしていないが、「Samurai 7」がネタ切れを起こして、最終回に「なんだそれ」みたいにならないことを望む(とはいいながらいや~な予感が)。

その昔マルセル・デュシャン(Marcel Duchamp)(シロクマ注1)という恐ろしくヘンなアーティストが、
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「芸術家の使命は作ることではない、選ぶことだ」といみじくも喝破して、まさしく20世紀の作品群はそれでいいわけで、要するに作品の源流をたどってしまえば、全て神話に行き着くことを考えれば、最初っから神話を選んでその上に作品を構築すればいいじゃないかというので、「Samurai 7」「岩窟王」など、黒澤作品やアレクサンドル・デュマを神話として「選んだ」わけで、驥尾に付して言わせてもらえば、選んだものを「どう並べるか(lay out)」という問題が次に出てくるぞ、などということをしたり顔で言っていたら、松岡正剛(まつおかせいごう)氏がとっくの昔(といっても90年代だが)に言っていて、がっかり。

注:マルセル・デュシャン(Marcel Duchamp)。網膜(retina)をキーワードとする20世紀を代表するアーティスト、らしいのだが、こっちは美術史(Art History)など何も知らぬから美術的にどういう位置づけになるかは知ったことではない。ただ恐ろしくぶっとんだヘンさで他の追随を許さぬあたり尊敬に値する。また作品の「見せ方」にもただならぬ神経を使い、それが代表作「与えられたとせよ・・・」だそうだが、これはアメリカのフィラデルフィア美術館まで行かねば見ることは出来ない(見ることは出来るが面白みはない)。ちなみにこの人の言葉で最も気に入っているのは「il n'est pas de solution, parce qu'il n'est pas de probleme(回答はない、というのも問題がないからだ)」
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# by ulyssesjoycean | 2005-06-22 17:48 | 駄文 | Comments(0)

アニメ夜話は、また収録してるらしい。(いしかわじゅん)

唐沢俊一氏が、裏モノ日記で、

文字で語るとき とテレビのトーク番組で語るときとでは論というものは性質がまるで違ってくる。テ レビの場合、限られた時間内でこの線に沿って話を盛り上げるという演出上、まず語 ることありきで、データは補助線の役割。今回はとにかく、この補助線上で語るよ、 というワク決めでしかない(しかなくもないが、まあ、しかない)。そこがテレビの 限界であり、また、テレビならではの視点が出て面白くなってくるところでもあるん である。唐沢俊一 裏モノ日記 6月7日)

「BSアニメ夜話」についてのコメント。こういうタレントならざる人の「テレビ」視点が面白い。そういえば夏目房之介氏も

テレビ的につくられる人格をそのまま信じもしないし、それが本人とまったくちがうとも思わない。両方とも、その人なのである。(中略) 漱石が千円札になった1980年代、僕がマスメディアで「漱石の孫」を演じることに、いわば「あらたな人格」をつくっていく面白ささえみいだすことができる気がしたのは、つまりそういうことだ。むろん、過剰な露出と演出は自分の輪郭をどんどん溶かしてしまうので、うまく制御しないと精神的にアブナくなるが(夏目房之介 漱石の孫 p78)

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なーんてつらつら引用してきましたが、とうとう「いしかわじゅん」氏のHP上に、
アニメ夜話は、また収録してるらしい。
はたして、本家マンガ夜話(シロクマ注1)は消滅してないだろうか。

やっぱり終わったんじゃないっすかね。「視聴者が見たいもの」「出演者がやりたいもの」との乖離がはっきりし、番組の長期化による定型化とモチベーションの低下が拍車をかけた、ということでしょうが、「終わってしまった」というのも一つの言い方であって「マンガ夜話はその役目を果たした」という言い方もできるはずで、少女マンガと少年マンガの「文法」の違い、なんて、そもそも「マンガの文法」というような言い回しが定着し、使えるようになったのは、マンガにまつわる印象批評を脱却する大きな一歩だったのではないでしょうか。「終わった」と言って私小説的な愚痴を並べるより、功績を讃えた方が生産的な気がする、ということにして逃げておく。

注:マンガ夜話(まんがやわ)。NHKBSが誇る日本一の教養番組、であるかどうかは知らないが、「ただ読んでいた」マンガに「なんとなくではない」読み方を、書き手側から発信してくれる唯一のテレビ番組ではあったわけで、この番組によって夏目房之介・いしかわじゅん・岡田斗司夫の名前が記憶に残り、その後のマンガ論の土台を作った、というかマンガ論なんてものの存在を認めた、などというのは少々口幅ったいが、事実そうである点は大いに評価できるが、こういう番組に対していまだに「批評なんてものは必要ない」という意見が散見されるのは困ったもの(存在を否定しちゃあいかんよな)。
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# by ulyssesjoycean | 2005-06-21 20:39 | 駄文 | Comments(0)

ふーかは足ふといな!(よつばと)

さきほどアマゾンの新着案内を見ていると「よつばと!」の英語版が出ていてびっくり。
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チラベルト、ではなく調べると「あずまんが大王」の英語版まで出ているではないですか。
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こっちは英・仏・伊・羅(伊と羅はかなりテキトー)を知ってはいるが、あんな「言葉のニュアンス」が勝負のマンガ、英訳して伝わるのか、つーかそれを英訳しようというのがスゴイ。

いまパッと「よつばと」の第三巻を開いて
「お嬢ちゃん一匹もってくかい?」
「なさけむよう!」

こんなところをどう訳すのよ。「お嬢ちゃん~」はI'll give you a little one. Won't ya?ぐらいでいいでしょうが、「なさけむよう!」をどうするか。
ごく普通にやれば。

Leave me alone!

でしょうが、それでは「ほっといてよ!」ぐらいで、子供が時代劇のセリフを言っている面白みがない。じゃあ「なさけ」をsympathy,sympathizeと読み解き、

No sympathy with me!
I don't want no sympathy!


か。しかししゃっちこばった感じが出ても古臭さがない。じゃあいっそのこと思い切りシェイクスピア時代まで英語を古くして、

Sympathize me not!

としてみたらどうか。どうもこれが原文の「な・さ・け・む・よ・う」の六音節に、「sym-pa-thi-ze me not」とリズムもあっていい感じ。しかしこうやって延々と訳すのはある種のパズルですな。「よつばと!」は普通のコマ割だからまだしも、「あずまんが大王」なんて四コマですぜ。四コマ特有の間、言葉のずれ、各自(ちよ・とも・よみ・大阪・榊)の文体をあんな短いスペースでどうやるのか。

それと英語→日本語、に限らず、日本語→英語、という母語を外国語に訳すのは結構シンドイ。自分の文体でやっていいならともかく。日本語の文体使い分けはできても、英語の文体使い分けはできないなぁ、まだまだだな。
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# by ulyssesjoycean | 2005-06-19 21:41 | 駄文 | Comments(0)

なんでも手伝うといったら、なんでも手伝え!(新吼えろペン)

やっちまったよサンデーGX(ジェネックス)! 島本和彦氏は何度もHP上で「度肝を抜く」ということをおっしゃってましたが、抜かれましたよ! 吃驚してあいた口が塞がりませんよ(二重の意味で)
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「逆境ナイン」が映画化される、その宣伝のためでしょうが、まあよくこれを編集部が許可したな(してない?)と思われるデキで、「逆境ナイン特別編」+「吼えろペン」の豪華二本立て、というより、特別編の内幕暴露ですな。これは永井荷風の「墨東綺譚」に匹敵しますよ。しませんが。

現在「逆境ナイン」の第六巻(最終巻)は「プラスワンコミックス」となっていて、ドラマCDつき(通常版もある)。内海賢二さんもでてらっしゃるそうで、まず間違いなく面白そうだけれども、コミックスはもう持ってるんで(旧大判)、そのCDだけ売っていただきたい。
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# by ulyssesjoycean | 2005-06-19 11:24 | 駄文 | Comments(0)

それしかやることないのかッ(森薫 「季刊エス」インタビューにて)

「季刊エス」なる雑誌がクォータリー(季刊)なだけあって、かなりの充実振り。
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まず荒木飛呂彦
森薫(エマ)、
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吉田健一(エウレカセブン)
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のインタビューが載り、どれも絵コンテ、配色、下書きなどを技術的な面から話すので、精神論に傾きがちなこの手のインタビューとは違って、かなり読み応えがある。

そんな中一番びっくりしたのは、図版のレイアウト。図版が右斜め下に5度ほど傾いていて、これが直線的(linear)な文章の中に配置されると、画面にうねりが出て、視線移動に無理がない。なるほど、こんな簡単なやり方でよかったのか、と心底驚く。

う~む、一本取られたって、これでは版元の飛鳥新社の回し者だな(笑)。というわけで、今回の図版は全部5度ほど傾けてみました。別に見難くはならないのが不思議。これからはこれでいくか。
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# by ulyssesjoycean | 2005-06-18 15:39 | 駄文 | Comments(0)

それでテレ朝もうくんな(城島茂 愛のエプロン)

「愛エプ」を見ていて常々思うのは、いかに不味い料理だと言うことが解かりきっていても、面と向って「不味い!」と言われると、皆一様にへこむのが面白く、またその逆に「旨い」と言われるとパーっと表情が明るくなるあたり、料理と言うのもが恐ろしく面白く感じられる。

食べてもらってありがたい、ということですぐに思い浮かぶのは「カードキャプターさくら」(アニメ版)
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あまり「この手の」アニメは見ないし、見れないのだが(クランプだし、なぁ)、不思議とあまり抵抗なく見れたのは、ひとえに料理がしつこいまでに描写されてるからだろう。要するに、生活を大事にしているので、最近のテレビはまったく、などというつもりはないが、生活描写があまりにも少ないのが気になっていた。いったいいつ寝て、いつメシ喰っているのか、身なりと住まいだけが立派で、仕事に恋に結婚に、と言われたところで、家で茶をすすってはんなりして仕合せを感じることだってあるだろうに、目玉焼きにしょうゆをかけて食うでしょう、人間だったら、ねぇ。勿論ソースかけて食ったっていっこうにかまわないわけだが。

メシの好きな人間の描くメシの絵というのは、やはり違うんだそうで、そこから自然と「カリオストロの城」で、ルパンと次元がレストランで取り合うミートボール入りスパゲッティの話を思い出した。あれ、ウマそうだったもんなぁ。自分でミートボールをいれたやつを作ってみたこともあったが、悪くはないものの、何かが違うという感じであったのは、少々期待しすぎたためだったかもしれない。
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# by ulyssesjoycean | 2005-06-17 12:22 | 駄文 | Comments(0)

何ードギアだかしんねーけど(伊集院光)

「魔方陣グルグル」で脚本を担当した、三井秀樹氏が参加していると言うので、ファンタジックチルドレン(以下FC)を見てみましたが、
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第一話・二話を飛ばしながら見ても、大体つかめたので以後見ないことに決定。以下それにいたる流れ。

1:主人公がトーマ
2:トーマと言えば萩尾望都の「トーマの心臓」
3:萩尾望都と言えば「ポーの一族」
4:「ポーの一族」といえば、永遠の生命とその悲哀
5:FCでは永遠の生命が、永遠に転生するとなっている
6:転生して、それ以前の記憶を保持するにはアイテムがいる
7:ヘルダだかヘルガの転生した少女はアイテムを持っていないので記憶がない
8:その少女に主人公トーマが南海の島で出会う
9:なんか未来少年コナンみたいだなぁ
10:なんだ未来少年コナンのスタジオか
11:トーマ&少女(未来)、転生した少女と転生の子供たち(過去)
12:この二本の軸が最後に一つになるのか


じゃあいいやもう見なくても、とそれはなりますな。先日「エウレカセブン」の時に言ったとおり「背景美術とレイアウト」「シンプルな造詣のキャラクター」は全くそのままで、我あやまたず、なのだが、それにしても、ちょいとキャラクターがシンプルすぎやしませんか。

しかしなぜ最近のアニメーション(に限らない)には「笑い」がないのだろうか。やはりシリアスだけでは、話がもたないというのは周知の事実のはずなんだが「喜劇は最も高尚な芸術形式だ」とジョイスも言っているけれど、それだけにやるのはしんどいのか。確かに笑いをやるには、常に勉強していなければならないからね。あれだけ出たとこ勝負にみえた古今亭志ん生(シロクマ注1)でさえ(というより、だからこそ)、洒落本など必ず見ていたそうで、やはりそれが当然の姿だと思いたい。

注:古今亭志ん生(ここんていしんしょう)。落語家であり、昭和の2大名人として桂文楽と並び讃えられた、稀有の天才、ではあるのだが、文楽が完璧かつ巧緻の極みであるのに対し、酒飲んで高座にあがっちまうなど「出たとこ勝負」の芸と言われたが、無論そんなことはなく、勉強していたんだそうですナ、ねぇ安藤鶴夫さんなんかも、ソ言ってるよ。やはり「面白さ」という点では群を抜いていて、「替わり目」「火焔太鼓」「黄金餅」などいずれも絶品であるが、やはり「お~いあみちゃん」というまくらだけで20分はある「鈴ふり」をベストとしたい。
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# by ulyssesjoycean | 2005-06-14 13:13 | 駄文 | Comments(0)