マンガとアニメーションと人文を、脱線(Digression)でつなぐブログ。
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名前しか知らないヴェブレン『有閑階級の理論』

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(世界史で名前だけ知った[気がする]ソースティン・ヴェブレンの『有閑階級の理論』。「うぇぶれん」と思ってたら、「う」に濁点がついた「ヴェブレン」が本名みたい。英語の本ではあるようだけど、作者は何系の人なんだろ。訳書もちくま学芸、講談学芸、岩波白版ほか複数あるみたい)

コロコロと関心が変わるようでいて、相当長持ちしてるのが経済学。経済学というより、「経済って何だろう?」かもしれない。

面倒なことは抜きにして、言葉を扱う文学、音を扱う音楽、視覚を扱う美術と、非常に身近なものからスタートもできる。

その点、経済学は数式でゴチャゴチャしており、カタカナ用語も多い[気がする]。でも実際、「ものを買う」というのは日常なくてはならない基本的なこと。

そんなに基本的なものなのに、それを扱うものがやたらややこしい気がするのはなぜだろうーーと思ってきたけど、モグタンよろしく「はじめてものがたり」で尋ねていくと、最初はそうでもない。

そりゃそうなんだな、経済学という分野が初めからあったわけでなし、スコットランド系の経済学者と「いま」言われている人も、当人にその自覚があったかどうかはわからない。

つい最近でいうと、ジョン・ロックさんも経済について考えてたみたい。産業社会とか資本主義にだんだんと移り変わる中で、「考え方の枠組みを整理する」必要あったのかも。

実際、ものを売ったり買ったりするのはあんまりにも日常的すぎて、下手すると意識すらしないかも。

でもロックさんはじめ、それまでの土地とか年貢のやり取りから、いよいよ貨幣経済に移行するとなると、支払いの形式そのものが変わっちゃうから、イヤでも意識せざるを得なかったのかなーー

そんな風で、話が経済学の分野に及ぶと、急にワクワクするので、それまで関心なかったものも、急に「そうなんだ!」と目が開かれたりする。

超長い前置きになったけど、ヴェブレンの『有閑階級の理論』もそうした一冊。名前だけ聞いたことあったのがよくなかったのか、「経済の視点から見てみる」発想が抜け落ちてた。

その意味では楽しみなんだけど、経済学は訳本でヌーとなることも少なくない。哲学思想書と同じく原文の方がやたらカンタンだったりして。

困ったことに、「諸価値」というのがやたら気になるようになってしまった。難しそうな響きだけど、確認したら「Values」は「価値観」のことなのね。

一度それに気づいてしまうと、価値観を「諸価値」と言われてもなぁ、という悩みが頭をもたげる。幸か不幸か、ヴェブレンさんの本は複数訳書があるから、性に合う一冊が見つかることを期待( ´ ▽ ` )ノ
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# by ulyssesjoycean | 2017-05-07 12:09 | Comments(0)

「意味のイノベーション」とはナンダロー

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(『デザインの次に来るもの』でキーワードになっていた「意味のイノベーション」。21世紀にロウソクを「照明」に使う人はいないけど、「雰囲気を演出する」ものとしては現役。アロマキャンドルなんてのもあるし。こういう、今までと文脈をズラした発想が「意味のイノベーション」なんだそう)

先日まず読み切った安西洋之・八重樫文の『デザインの次に来るもの』。あらためて全体に目を通して、「意味のイノベーション」とはナンダローと考える。

例は色々と取り上げられていた。照明ではなく雰囲気を演出するロウソクとか、ネクタイのように付け替えるスウォッチとか。

事例を出されると「ナルホド」と思うんだけど、自分の身の回りにあるもので、その文脈(使い方)を「ズラして考える」というのが、なかなかカンタンでない。

仕方がないのでInnovationの方を調べたら何かわかるかな、とOEDを引っ張り出す。そうすると、「全く新しい何か」というより、「作り変える」という意味合いが目につくなー。

例文の中には、Inventionは必ずしもInnovationを惹起しない、なんて気の利いたものもあったりして。発明=革新ではないよ、と。

実際、『デザインの次に来るもの』でも、低コスト(少人数)でも実施可能なのが「意味のイノベーション」ということなので、開発にとんでもない予算がかかるテクノロジー系のイノベーションとは違うよ、とも。

しかしこういうのはコロンブスの卵みたいなもので、誰でもがパッと思いつくものでない。例えばこのブログを書いている本人がまず思いついてない( ´ ▽ ` )ノ。

意味のイノベーションは、デザイン思考の真逆で、個人の思索がそもそものスタート。すでにある製品を改良・改善するのとは違うアプローチに。

じゃあ発想のヒントはどうするかというと、「問いを持って」色んな場所に参加することだという。手ぶらで行っても収穫は期待できないから、好奇心からスタートした「こうかな?」という問いをベースにやっていくーー

幸いにして好奇心は(余計なほど)あるはずだから^_^、あとはそれを「複数人」に発展させることか。

実際、意味のイノベーションでは、完全に1人のアイディアから、2人、グループ、専門家グループと人数を大きくしながら育てていくみたいだし。

これも自転車に乗るのと同じで、何か「コツ」があるような気がする。また、自転車の乗り方が言葉で説明しづらいのと同じく、七転八倒しながら掴むしかないかなー。
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# by ulyssesjoycean | 2017-05-05 12:32 | Comments(0)

SQLはなんの略? いよいよデータベースか

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(SQLという言葉はカタカタ関係でよく耳にするけど、実際「何の略称か」と尋ねられても答えられない。孔子さんは「物の名前をちゃんとするのが大事」と言って、弟子の子路から「先生は何をやるにも回りくどくていけない」とゲンナリされている。自分のやり方も孔子メソッドで「なんでそんな名前なの?」からスタートすること多いなー。Myを調べる前に、Noも出てきてるようだし)

声優の林原めぐみさんは、看護師を目指して申し込みに行ったところ、受付の人の態度を見て声優になる覚悟を決めたそうな。

自分のコンピュータの付き合いもそうしたスタート( ´ ▽ ` )ノ 「自分でやるからいい!」と林原めぐみさん的なエピソードから、結果ピコピコをいじるように。

ただ何事も「やって損はない」と思うたちなので、山本貴光さんの入門書を経由して、いまや数学を学ぶようになったわけだし。

ただ元々のスタートが「好きだから」ではないので、「好きだから」の人と同じ参考書が使えない、もっと正確に言えば「効率良くない」のがツライところ。

数学もそうだったけど、得意な人のやり方とは別に、「苦手な人用の入り口」を用意する必要がある。でも苦手なことをわざわざ突き詰めないから( ´ ▽ ` )ノ、ミスマッチが生じるのも致し方ない。

結局、スンナリ頭に入らないことは、「名前の由来を調べる」「歴史を遡って文脈をつかむ」「必要に応じて外国語の参考書を使う」しかないなー。

「孔子メソッド」は回りくどく見えるけれど、思ったほど遠回りでもない。「◯◯の習慣」を全部足すと合計いくつになるんだろう、という気の利いた言い回しをした人があったけど、そういうのがスッと出てこないのが残念ヽ(´▽`)/
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# by ulyssesjoycean | 2017-05-04 12:19 | Comments(0)

ホーソーの世界はいつの世もタイヘンだ

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(トマス・モアさんのように、法曹の世界で身を立てて、文筆活動も営む思想家は実に多いなー。一方、「身を立てる」レベルでは済まされない世界であるナーというのも、思想家の伝記を読んでいてつくづく感じる。森薫さんの『エマ』でも、登場人物の1人がインナー・テンプル[法学院]に進む話があったな)

フランスのフロベールさんも元々は法律家志望、海を隔ててお隣のイギリスでも、法曹の世界に携わる学者や文人の多いこと。

それ自体はいいんだけど、みんなあるタイミングで「世を捨ててひっそり暮らしたい」と漏らしてるので、何とも大変な世界の様子。

トマス・モアさんのように、王様に真っ向から楯突く人こそ珍しいけど、あれに近いことはみんな経験してるらしい。そんな顔つきに見えないロックさんもゴタゴタに巻き込まれて大変な雰囲気。

何だってちゃんとやろうとすればカンタンなことはないにしても、扱う分野が分野なだけに、リスクの大きさがハンパないな。それがまた「あんたもかい!」という頻度で出てくる。

『平家物語』のショギョームジョーを思わずにいられないけど、そういや、やたら名前の出てくる「法学院」というのは何なのかね。

森薫さんのヴィクトリア朝時代を描いたメイドマンガ(!)『エマ』にも、「インナーテンプル」という話題があった。で、「バリスター」になるとかならないとか。

なんでも、オックスフォードかケンブリッジでなければ、法学院(インナーテンプル)が出世の登竜門だったそう。オックスフォードとケンブリッジはよく聞くので、その「法学院」ってどんな立ち位置なの?と。大学なのかな?

経済学を学んでると法律も絡んでくるから、やっと最近になってその分野にも馴染みが出来たけど、イギリスはまたイギリスで、「判例」という日本人的にはフシギな制度を採用してたはず。

なんだっけ、会社法の原型を作った(or作らせた)のが、ロックの同時代人のクロムウェルだったそう。清教徒革命の猛者がなんで会社法を作ったのかなーとかとか。

イギリスの思想家を見てると、なぜか法律関係の話題が多いので、自然、そっち方面にもアンテナが伸びていく格好に。そんでまた16世紀から『平家物語』まんまのエピソードが多いので、はたた、と思ったりするのでした( ´ ▽ ` )ノ
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# by ulyssesjoycean | 2017-05-02 18:15 | Comments(0)

デザインの「両極端」をおさえよう!『デザインの次に来るもの』

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(「UX」という言葉を目にしない日はない、というくらい快進撃を続けるユーザー・エクスペリエンス。それと並行して「デザインの考え方がビジネス全体に使えるじゃないか!」と、デザインを取り入れた手法についてもよく耳にするようになった。で、そんな流れに棹さすのが本書。クロスメディアパブリッシングから税込1,814円で発売中)

信頼するビジネスパーソンの安西洋之さんが、デザインマネジメントを専門とする八重樫文(かずお)さんと共著を出された。それがこの『デザインの次に来るもの』。

どんな本でも、まずザックリ目を通し、その上で気になったところを再読するのだけど、発売直後でもあるし、「ザックリ」の段階で一度感想など( ´ ▽ ` )ノ

「UX+デザイン」が流行り言葉になっているけど、その肝心のところが浸透する前に、流行りだけで終わってしまってはマズイ!というスタンスから記された由。

実際、UXやデザインの考え方には学ぶことが多けいけど、何か「捉えどころのない」印象も持っていた。役には立つけど熱中するほどではない、みたいな。

このモヤモヤの理由はどこにあるのかなぁ、と自分でも訝しんでいたけど、それは「真逆のベクトル」が不足していたからみたい。

プラスがあればマイナスがあるように、片方だけ取り扱っているとモヤーン感が出てしまうのは世の習い。UXやデザインの発想が「ユーザーの行動を観察し」「現状を改善する」ことに有効だとすれば、当然その逆もあるだろう、と。

新しい発想を作るため、自分をスタート地点にして少人数でアイディアを育てる、そういうスタンスが本書で紹介されている。たしかに、よく聞くUXの捉え方とは真反対だなぁ。

重要なのは、「どっちのベクトルも大事だよ」ということ。実数と虚数のようにーーと付け焼き刃の数学の言葉を使ってみる^_^ーー両極端をおさえることが、物事の捉え方に広がりを出すよね、という。

「意味のイノベーション」という言葉がキーワードとして扱われていて、ロウソクを例えにナルホド、というスタンスが紹介されていたけど、それと並んで「メタファー」という言葉が心に残ったな。

アンガス・フレッチャーの『アレゴリー』が邦訳されるという話が頭にあったせいか、類語として記憶してる「メタファー」が活性化したのかも。

でもその実、「メタファーってどんなもの?」と言われると、そういやよく知らない、いや、全然知らないな、なんて。

この辺の言葉は、自分にとって、アイロニー、サタイア、サーカズムという言葉が今ひとつ腑に落ちてないのと共通してる。ホメ言葉だと思って返答してたら、今のはサーカズムだ、というのが度々ある。

『デザインの次に来るもの』は決して安直な回答を出すものではないし、「◯◯をやれば売上倍増!」みたいな本だったらそもそも手に取らないし(^∇^)。

で、読んでると頭の中に、「それはどう?」とか、「こういう人はいないかな?」とか、「そもそもメタファーってなんだっけ」と色んな「問い」が浮かんでくる。

それについての後日談はまたのちほど、ということにして、まずはOEDでメタファーを調べてみたいと思います( ´ ▽ ` )ノ
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# by ulyssesjoycean | 2017-04-28 18:16 | Comments(0)

山本さほ『無慈悲な8bit』、今年も再読マンガ一位か?!

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(『岡崎に捧ぐ』でホントにマンガ家になった山本さほさん。ゲームが好きすぎる度合いと、この脱力した絵柄がたまらない。模写したけれど、「最初からこういうの描いて」と言われても出てこないだろうなー。ファミ通での連載をまとめたゲームエッセイ『無慈悲な8bit』は1〜2巻がKADOKAWAから税抜き694円で発売中)

この脱力感がスゴイ! そして、ゲーム好きというまとめ方でいいのか?!というくらい「どうかしてる」ゲーム愛でいっぱいの山本さほさん。

マンガ自体おもしろいけど、なかなかここまでデフォルメした絵が自分には描けない! そう思ってたけど、初めて模写にチャレンジしたら、スラッと描けましたヽ(´▽`)/
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1話が見開き2ページで、好きなところから読み始めて好きなところでやめる感じ。寝る前やお風呂の読書にいいかも。

1巻は2016年で1番読み返した本になったけど、このペースで行くと2巻も今年、1番読み返すマンガになりそうだなー。
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# by ulyssesjoycean | 2017-04-27 18:01 | Comments(0)

こんな人がいたのか!ドイツ語の橋本文夫さん

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(哲学思想にドップリ、ちょいちょい出てくる専門用語も「たぶん元はドイツ語のアレだろう」とアタリが付く程度にはなんとかなる。参考書も良さそうなのを拾い読みしたものの、申し訳ないことにこの橋本文夫さんのことは印象になかった。どうもトンデモナイ人だったらしいと分かり、その著作にも触れてみたくなった。ドイツ語の文法典も複数編まれているようで、大冊は14,000円弱で現在も三修社から発売されてる様子)

新聞雑誌、ニュース程度であれば聞いたり読んだりはどうにかなるドイツ語。当初は完全にやる気なかったはずが、ミヒャエル・エンデの作品に感激したおかげで多少は身についたよう。

最近は思うところあって思想関係にも触れるけど、そんな中で「ドイツ語学の巨人・橋本文夫」の存在を知る。

ドイツ語関係というと、「関口存男」という名前は方々で目にするので、そちらの名前は覚えていたり、また種村季弘さんがドイツ滞在時に唯一それだけは持って行っていたという相良ナントカさんのドイツ語辞典も見知ってはいた。

ただ、関口ナニオさんで、相良ダレさんなのかをパッと言えないあたり、チェックはしたけど自分にはシックリ来なかったのが思い出される。橋本文夫さんも、そうした中で通り過ぎてしまったのかな。

ーーところが、思想関連の「訳者あとがき」を読んでいたら、この橋本文夫さんへの賛辞が尋常でない。戦前の中・高等教育で飛び級だった、というのもスゴイけど、単なる頭いい人というのを遥かに超えたスケールあった人のよう。

というか、そんな雰囲気で訳者あとがきに記載されてるので、嫌でも気になってしまう(^∇^)。また、それぐらい人を引き込む力を持っていた人物だったみたい。

フランス語はそこまで困らなくなったけど、ドイツ語で思想系の本を手に取るまではいかない。手に入れるのが簡単でない、という話もあるけど。

せっかくの機会だし、もうちょいドイツ語に深入りしてみようかな、と、変に殊勝な心がけを起こしてみたり。別に哲学やらなくても、ミヒャエル・エンデをもう一度オリジナルで読んだっていいわけだからナー。
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# by ulyssesjoycean | 2017-04-25 18:01 | Comments(0)

テツガクシソー的には19世紀が百花繚乱?

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(1920〜30年代は、ヨーロッパ文学の大豊作。それまでとまるで違う作品がドシドシ出てきたけど、そこに入れ込み過ぎた反動か、「それ以前」にまるで興味が持てなかった。ところが哲学とか思想系の分野では際立った時代みたい。J・S・ミルさんなんかその典型。みすず書房から出てるこの自伝は超面白かったし。税抜き2,800円で発売中。岩波文庫版に思い入れある人もいるみたいだけど、この新訳もすばらしかった)

なんの因果か、ヨーロッパの言葉に馴染みが出来たおかげで、テツガクとかシソーと呼ばれるジャンルが一番面白くなってしまった。

「オリジナルにあたるのが大事」とは知っていたけど、思想、つまり「ものの考え方」となると、それを考えた人と、その人を取り巻く時代背景を知っておいた方が何かと入りやすいーー

実際、懐疑主義という画数の多い分野の代表選手と言われるヒュームさんも、アダム・スミスの友人だったり、大変気さくな人柄だとか、自分の発見に対する気負いと覚悟とか、調べるにつれ「共感」のようなものが芽生える。

案外、エピソード的な部分を押さえると距離が近くなるな、と気づいて以来、哲学者や思想家と呼ばれる人のものほど、周辺の話題から入るようになった。

で、調べてみると、19世紀終わり頃は哲学や思想の分野が大豊作だったみたい。その時代の文学作品はどれも重たくてやりきれないと思ってきたけど、思想関係ではこの時代に充実を見た様子。

むしろ、その影響が1920〜30年代の斬新な文学作品に花開いたのかな、とかとか。なんだっけ、ウォルター・ペイターの『ルネサンス』なんか、「青年の書」としてバイブル的な位置にあったらしい。

当時は、十万歳のあの方とは違う意味の世紀末だから、色んな価値観が混乱してたみたい。科学がグングン進歩する、共産主義が良いのか悪いのか分からないものとして広まる、ヨーロッパの屋台骨のキリスト教も流石にほころびが見える、ニーチェさんはそれに輪をかけて過激なことを言う、とかとか。

そんな中で、各自がなんとか自分なりの足場を作ろうとして必死に取り組んでた、という雰囲気を、その時代の思想なり哲学なりから感じるな。「やらずにいられない」みたいな。

ちょうどその頃は日本も明治から数十年経過したタイミングで、牧野伸顕さんの『回顧録』に出てくる人名が、ハイデガーの伝記で見たことのある名前だったりする。

バルザックの『人間喜劇』だと、あっちの作品に出てきた誰それさんが、こっちの作品にも顔を出すとか、そんな手塚治虫さん的な仕掛けあるけど、その歴史版みたいな感じか。

ジグソーパズル感覚で段々とピースが揃ってきてしまい、いやでも残りの部分が気になる、なんていうのが今の状況(^∇^)。

ただモンダイは、この時代の著作はどれもトンデモナイ分量なので、気軽に「オリジナル」に手が出せないことかな。J・S・ミルさんなんか、ある意味いまだに現代の制度に骨格を残してるけど、全集が30数巻だかあるそうな。
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# by ulyssesjoycean | 2017-04-23 12:12 | Comments(0)

この人が気になる! ドイツを統一した宰相ビスマルク

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(ドイツといえば哲学とクラシック音楽、『風立ちぬ』で技術者憧れの的になっていた工業国、明治時代に森鴎外が当時の最先端医学を身につけるため留学した場所、あるいは地方自治のモデル国ーーでもこうした良いイメージは割と最近のものみたい。で、「それ以前」と「それ以後」のドイツを作ったのがこのビスマルクさんだとか)

このところ思想や哲学ばかりに触れているので、自然とその誕生の地、ドイツにも「どんな国だったのかな」という興味が湧いてきた。

というのも、18世紀くらいまでダメダメな状況だったらしく、マルクスやエンゲルスの登場もそうした背景があったらしい。

ドイツは日本より国土面積は小さいのに、そこに300以上の「領邦」という小国がずらっとあって、まとまってるフランスやイギリスに太刀打ちできない、そんな事情があったらしい。

日本だって現在、47都道府県なのに、それより狭いところに「国」が300あったのではさぞかし大変だ、という。エンゲルスさんは大体過激だけれども、当時のドイツを描いたものはそう誇張でもなかったそう。

で、18世紀終わりにフランス革命が起こって、当時のドイツというのか、各領邦でイジケていた青年たちは歓喜した由。すごい! ダメだダメだと思っていたけど、人間にはこんなことができるんだ!的な。

哲学者のヘーゲルさんもそうした1人だったらしく、バスチーチ陥落の日(ということはつまりパリ祭の日か)には必ず祝杯をあげていたんだって。それもずっと。

ーーで、そうした状況が大きく変わったのが、また変えたのがプロシアのビスマルクさんだという。変えたといっても、300以上のをどうやってまとめたのか、スティーブ・ジョブズばりの無理難題を吹っかけたんだろうか。

ジョブズの伝記など読むと、24時間365日一緒に居たいタイプの人ではないけど、一方で何かをまとめて一丸になって推進する時には、こういう「鬼軍曹」みたいな人が必要なんだよな、とも思う。

実際、ただの鬼軍曹ではなく、やはりどこかに人間的な魅力があるのもジョブズさんだったとか。そうだなぁ、夏目漱石も具合悪くなると猛烈な怒り方をしたそうだけど、お弟子さん達からあれだけ好かれてるわけだし。

といった延長で、ビスマルクさんが気になってる次第。しかもこの人、王様ではなくて宰相ということだから、その意味でも気になる。まあ、王様より大臣的なスタンスの方が動きやすい面もあるだろう。

幸い、世界史の教科書にも載ってるくらいの人だから、調べるのに資料がなくて困る、ということはなさそうだ(^∇^)。マラン・メルセンヌさんなんか気軽に調べられないもの( ´ ▽ ` )ノ
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# by ulyssesjoycean | 2017-04-20 18:17 | Comments(0)

高山宏セレクション、フレッチャー『アレゴリー』は4/29発売予定!

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(ロザリー・コリーの『パラドクシア・エピデミカ』と並び、前々から名著と名前の上がっていたアンガス・フレッチャーの『アレゴリー』。白水社のPR誌を読んでて、おおついに!と思っちゃった。4/29日に白水社から税込8,208円にて発売予定)

白水社の「高山宏セレクション」、次は『アレゴリー』みたい。ロザリー・コリーとほとんどセットで語られてた印象あるので、感慨深いものが。

表紙の絵柄、オディオン・ルドンだと思うけど、これ、アレゴリーとどういう関係にあるのだろう。押見修造さんのマンガ『惡の華』にもドドーンとモチーフとして使われてたけど、ルドンのこと、そういえばサッパリ知らない。

本体そのものは勿論として、「訳者あとがき」を楽しみにしてるんだけど、担当した伊藤誓さんはどんな文章を綴るのかな。すでにフレッチャー作品は複数手掛けてるけど、刊行する今、どんなことを感じてらっしゃるのか。

なんにしても、今月末には店頭に並ぶのだろうから、原書も相当なボリュームだったけど、翻訳書もどんな迫力なのか眺めてみたいところ( ´ ▽ ` )ノ

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# by ulyssesjoycean | 2017-04-16 12:04 | Comments(5)