マンガとアニメーションと人文を、脱線(Digression)でつなぐブログ。
by ulyssesjoycean
カテゴリ
全体
駄文
高山宏講演『脳にいい人文学』
佐々木果、「コマ」を語る
グルンステン×高山宏
物語の中の動物
ヴィジュアリゼイション
詐欺の文化史
探偵する小説
美しい洋書たち
翻訳小説『サンタール』
翻訳小説『七人の男(抄)』
翻訳小説『不安な墓場』
シロクマの文学雑学コレクション
ネコログ
今日のなぐり書き
語学参考書
未分類
以前の記事
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
2005年 07月
2005年 06月
2005年 05月
2005年 04月
ライフログ
フォロー中のブログ
幻戯書房NEWS
前田真宏のINUBOE
最新のコメント
>右往左往さん コメン..
by ulyssesjoycean at 12:21
度々すいません・・訂正で..
by 右往左往 at 11:17
早速お答えいただいて有難..
by 右往左往 at 11:13
>右往左往さん コメン..
by ulyssesjoycean at 12:53
どうも度々お邪魔してすみ..
by 右往左往 at 12:03
>右往左往さん コ..
by ulyssesjoycean at 16:55
どうもお久しぶりですお邪..
by 右往左往 at 00:03
>mimizoさん ..
by ulyssesjoycean at 23:41
こりはまんぞくさんではな..
by mimizo0603 at 16:33
>右往左往さん コメン..
by ulyssesjoycean at 10:46
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


2017は赤さんマンガ大豊作! 吉川景都さんの『子育てビフォーアフター』が面白い!

d0026378_23380244.jpg
(買って大正解! 吉川景都さんの『こそだてビフォーアフター』。それまでと180度違う行動を取ってしまう著者自身の冷静なツッコミに笑う。購入してから再三再読してるなー。)

とよ田みのるさんのツイッターで紹介されていた吉川景都さん。ザクザクッとした絵柄が気になっていたので単行本化を機に購入。見事にハマった(^∇^)

「それはしないでしょ」と思ってた作者の吉川さん自身が自分のヘンボーぶりに驚きつつ、でもそれを楽しんでる雰囲気が大変すばらしい。

そういやとよ田みのるさんの『最近の赤さん』(現在は成長に伴い「娘さん」に進化)、じゃんぽ〜る西さんの『モンプチ  嫁はフランス人』、そして吉川景都さんの『こそだビフォーアフター』で、なんか赤さんモノをやたら愛読。

愛読もそうだし再読という意味でもそう。赤さんや幼児さんの行動は「へえ」と思う話もあるし、何より自分が3歳以下の頃のことは自覚記憶ないから、「自分はどうだったのかな」というキョーミもある。

でもこれだけ愛読するということは、なんか三作品に「共通した何か」があるんじゃないかな?と考えてしまう。だって赤さんモノなら何でも読むわけじゃないから( ´ ▽ ` )ノ

それで1つ思ったのは「〜〜でなければいけない」「〜〜すべきである」みたいな、価値観の押しつけがないところかな。

近年、ピコピコ系が身近になったことで、インターフェースやUXから捉える心理学がちょっとしたブームになってるけど、なんでもコアになるのは「メタ認知」みたい。

「自分がやってることを自分で意識できる」というのがメタ認知だそうな。これがオレ様ちゃん的な過剰評価でもいけないし、どうせいいんだ的な過小評価でもよくないそう。主観と客観のブレが少ない正確性が大事なんだとか。

自分の場合、愛読するマンガ家さんと言えば石黒正数さんや森薫さんなど。その他の作家さんでもインテリジェンスある人がイイナーと思っていて、その特徴が「押しつけがましくない」かもしれない。

とよ田みのるさん、じゃんぽ〜る西さん、今回の吉川景都さんしかり、そりゃ赤さんと対峙するのは大変な時もあるだろうけど、「その大変な自分を客観視できる」だけのインテリジェンスが共通項かな。

先日、ふとした弾みで数学者の岡潔さんの本を読んだけれど、この人は例えるのがうまい。「自分の胃が痛くてたまらない」という状態が続くと、「自分」と「たまらない」だけしか考えられなくなる由。

で、世の大半はそうである、と話が進んでいくんだけど、それは言ってみればメタ認知が全然ないってことだろう。岡潔さんが文章を集中的に発表してらしたのは1950〜60年代だから、「メタ認知」って言葉はまだなかったろう。あったとしてもメジャーではないはず。

そうすると、赤さんマンガで愛読する・しないの差があるのは、その辺かなー。「大変だ大変だ」でストップするか、「あ、いま自分は『大変だ大変だ』と思ってるな」と思えるかどうか。ややこしい文章だな、これ^_^

でも結局、「押しつけがましくない」というのは、そういう「大変な自分を意識できるスペース」があるからかも。

ーーなんだかやけに小難しい話になったけど、吉川景都さんほか、とよ田みのるさんの作品もじゃんぽ〜る西さんの作品も読めば面白いので、この三作品はオススメです( ´ ▽ ` )ノ

[PR]
# by ulyssesjoycean | 2017-09-15 12:00 | Comments(0)

ロックフェラーが面白かったからロスチャイルドも面白いのでは(安直!)

d0026378_21364383.jpg
(ロックフェラー財閥の三代目にあたる、銀行家デイヴィッド・ロックフェラーさんの自伝が超面白かったので、じゃあロスチャイルド家の話も超面白いのではという安直な発想。たぶん日本語訳も出てるんだろうけど、デイヴィッドさんもオリジナルで読んだ方がしっくりきたので、こっちも英文で読んでみたい。Niall Fergusonさんの名前が読めない。ナイオールで良いのかどうか)

非常によく分かって、かつ面白いのが経済の話ばかりというので、おもえば遠くへ来たもんだ。名の通った財閥ロックフェラーさんの自伝がメチャメチャ面白かったので、ロスチャイルドにも興味がわいた次第。

どっちも古い家系かと思ったら、ロックフェラーさんの方がぜんぜん新しいのな。自伝の著者であるデイヴィッドさんが三代目で、現在もご存命(だと思う)から、19世紀終わりから20世紀にかけてグングン伸びていったお家らしい。初代のロックフェラーさんは石油王だったものな。

どっちもカタカナの「ロ」で始まるから、なんとなく混同している面もあり、せっかくだからロスチャイルド家も調べないと申し訳がないだろう。という理由づけはどうだろう。

フランス語の小説など読んでいても、たまーに「ロートシルト」といった表記でちょいちょい出くわす。誰のどの作品でだったかは覚えてないけど、あれ、こっちにも出てくるし、あっちで見た気もするぞ、なんて。

たまたま目に留まったこのNiall Fergusonさんの連作は出だしから超面白そう。純粋に英語で読む方が面白そうだ、というのと、金融や経済の英語を翻訳で読むのがまったくやりきれない。

デイヴィッド・ロックフェラーさんの本職である銀行業務も、漢字で見ると「預金」「為替」「貸付」だけど、これ全部Deposit, Exchange, Loanなので、なんだか英語で読む方が簡単だな。

会計にまつわる「賃借対照表」も英語ならBalance Sheet、その中身は左側がAssetで右側がLiabilities。こっちの方がよっぽどイメージ掴みやすいよ、と。最初にこういうのを「日本語に訳した人」はエライなとは思うけど。

最近はピコピコ関係の学習がメインになってしまったけど、ヨーロッパでお金持ちといえばロスチャイルド!ということで、その家系は調べてみたいなと思います。

[PR]
# by ulyssesjoycean | 2017-09-14 12:00 | Comments(0)

ピコピコも料理も「基礎」が一番ムズカシイ?

d0026378_11432612.jpg
(ついにピコピコ系学習も、この先に進むには鯖をやらなくてはならないらしい。鯖を仕込むのはいいけど、自分としてはその「必要性が何もない」というのが大変困る。これは前橋和哉さんの一冊。技術評論社とオライリーにはお世話になってるなぁ)

止むに止まれずスタートしたピコピコ系学習。ついに鯖と、鯖を仕込むためにアリスに出てきた怪獣みたいなのに手を出す段階が来たか。

鯖はいいとしても、根っから天邪鬼なので、アリスに出てきた怪獣みたいな名前は誰も彼もがやっているので、自分としては違うアプローチをしたい。

で、ここまでピコピコ系学習を続けてきてわかったんだけど、気の利いた書物のどれを見ても「基礎がない」という嘆きが共通している。

例えるなら「自転車には乗れる」けれども、「自転車とは何か」「なぜ人は自転車に乗れるようになるのか」「自転車はどうして誕生したのか」みたいな知識をガッチリ押さえて、それで自転車に乗ってる人は相当少ないみたい。

技術系の参考書ではないけど、『納品をなくせばうまくいく』を読んだら、会社の代表である著者自身が「コピーアンドペーストで作ったコードなんてゴミ同然です」とバッサリ。

ピコピコ開発系のプロジェクトで相当な苦労もされたろうに、いわゆる苦労話がほとんど出てこなかった。それだけに「コピペで作るコードはゴミも同然」という強い口調にビックリしてしまった次第。

じゃあ「基礎ってナニ?」という話になるのだけど、自分はピコピコ系を最初からやったわけじゃないから、料理とかで想像するしかない。

料理の場合、初めて作るときはレシピを見ながら分量を確認しながら進めるのだけど、一回作ってしまえば、「ここいらなくね?」などの省略や、「でもここだけは省いちゃいけないな」という下ごしらえや、「もうちょっと辛くしよう」と自分好みに味加減を変えられる。

あとは店で食べて「コリャーうまい!」な食べ物も、「こうやって作ってるんじゃないかな?」と想像、実際に自分でそれを再現したりする。「おいしいけど、これ素材はなんだろう?」とかも考えるかな。

こうやってくと、考えなくてもサクサク作れるし、また味加減も安定してくる。見ただけで作れそうな料理も分かったり、これは調理器具を揃えないと作れない、といった判断も可能に。

今までのことを仮に料理の基礎だとすれば、「効率化」「カスタマイズ」「再現」「応用」「発明」とかがキーポイントだろうか。「自動化」というのも大きいかも、いちいち意識しない、という(でも料理は包丁や火も使うから気を抜いてはいけない)。

じゃーなんでそういうのをやったのかなーと考えると、「食い意地が張ってるから」というところに行き着くな( ´ ▽ ` )ノ おいしいものをお店でしか食べられないのはイヤだ!という。

その類推で考えると、ピコピコ系で基礎がない、というのも自然な話に思えてきた。だって料理もホテルのコック長から自分ちでちょっとおいしいものを食べたい、まで色々あるものな。

ただあれか、料理の世界なら調理師免許がいるし、お店でお金を取って料理を出すとなると、一定以上の力量がいる。いつもそういう人たちを見ていてスゴイなぁ、と感心するのは「味付けがいつも同じ」ということ。

帝国ホテルコック長・村上信夫さんがおっしゃってたけど、その日にケンカした人間は味付けをしちゃいけないんだって。イライラしてると塩加減がきつくなるから。

この辺の味塩梅を「一定にする」のは、たぶん基礎があった上での相当な修行が必要なんだろう。1人前も100人前も、同じ味付けにできるプロは本当にスゴイといつも感激する。

なんの話をしてるかわからなくなったけど(^∇^)、サクサクと効率化するための「基礎」はどうやって身につくんだろう。あるとかないとか言うのはカンタンだけど、「基礎とは何か」を考えるのも大事な気がしてきた。

[PR]
# by ulyssesjoycean | 2017-09-10 12:00 | Comments(0)

この赤さんマンガが気になる! そして著者名が読めない! 吉川景都『子育てビフォーアフター』

d0026378_11270712.jpg
(マンガ家とよ田みのるさんのツイートでチョコチョコと絵柄を見かける吉川景都さん。この方も、赤さんに特別の思い入れないと思っていたけれど、いざ赤さんがやってきたらそのビフォーアフターぶりがスゴイ、というマンガみたい。新潮社から税込602円で発売中)

最近はマンガの買い方も「好きなマンガ家さんのツイートをチェックする」「リツイートされてるマンガ家さんをチェックする」「気に入ったら購入」というフローが定着。

マンガ系のニュースサイトから手に取ることもあるし、人から勧められてという王道もあるけど、「愛読するマンガ家さんが愛読するマンガ」というのが自分にヒットしやすい。

で、とよ田みのるさん経由でファンになったマンガ家さんといえば、山本さほさんであり、『ホクサイと飯さえあれば』の鈴木小波(さなみ)さんとか。

ただあれだな、文字で目にする「鈴木小波」を「すずきさなみ」と読めるようになったのはごく最近。明治時代の書き手に小波と書いて「さざなみ」と読ませた人もいる気がする。

で、冒頭の吉川さんのマンガに戻るのだけど、ツイッターで発表するのに必要十分なザクザクとした絵柄で何かピーンと来るものがあった。

赤さん系のマンガ多いけど、あまり苦労話ばかり読まされてもな、と感じる作品がないこともないこともない。

実際、吉川さんの『子育てビフォーアフター』もどんな内容か確認したい。あとは何より「景都」という下の名前をなんと読むのか確認したい( ´ ▽ ` )ノ


[PR]
# by ulyssesjoycean | 2017-09-09 12:00 | Comments(0)

ショーペンハウアーをドイツ語で読んでみたい!

d0026378_19420094.png
(奇抜すぎる髪型と厭世主義の2つが重なって読む気になれなかったショーペンハウアーさんだけれども、「さん」づけをするくらい今では興味を持っている次第。ドイツ語の文章として第一級らしいので、これはぜひ目を通してみたいと。画像はウィキペディアより引用)

近年は哲学、哲学といえばドイツ、ドイツといえばドイツ語、というわけで、ちまちまとドイツ語を学び直し中。

以前エネルネスト・グラッシのドイツ語原書を見つけた時に狂喜したけど、中身がサッパリ頭に入ってこなかった。最近出版されたグラッシの『形象の力』で訳文を見たら、あー、こりゃ自分のドイツ語力では歯が立たなかったなーと変に納得。

グラッシさんのドイツ語に触れて一番困ったのが、各種哲学用語。Bedeutung, Vorstellungとかとか、今では大丈夫なものも、当時は哲学思想に馴染みがなかったから、辞書に何度も引いた痕跡が見られる。

その後、哲学者の生涯がわかるとニンゲンとして親しみわいて、その思想にも納得いくこと増えた。もちろん、その真反対で完全にキョーミをなくす場合もあるのだけれども( ´ ▽ ` )ノ

そんなこんなで、ミヒャエル・エンデを通して力づくで覚えたドイツ語も、いま基礎をやったら案外もっとよくわかるんじゃないかな、なんて。

ドイツの哲学をたくさん紹介した方に橋本文夫さんがおられた由。最初にドイツ語を学んだ時は全く知らなかったけど、語学参考書も色々出されているようだ。

NHKラジオで覚えたドイツ語も、ハハァ、こんな解説がされてるのかと楽しく読めたりする。何しろ基礎なのがありがたい(^∇^)

なんかパッとしない時はカンタンなことに戻るべし、というのが色川武大さんの教えなので、その意味でもドイツ語の学び直しはだいぶ気が楽。

このぶんで行くとショーペンハウアーさんの原書に辿り着くのがいつになるかわからないけど、それはそれで良し。だいたい『意志と表象としての世界』は中公クラシックスでも3巻本、そうひょいひょいと手に取れるものでもない。

ネットで引くと原文も見られるのだけど、簡潔平明、達意の文章という雰囲気。ブラウザ上で3巻本を読むのでは話がムチャクチャだから、折をみてショーペンハウアーさんのことは思い出していきたい。

その前にミヒャエル・エンデのDie Unendliche Geschichteがもう一度読んでみたいところ。こりゃショーペンハウアーさんは遠いぞ( ´ ▽ ` )ノ

[PR]
# by ulyssesjoycean | 2017-09-07 19:39 | Comments(0)

これは名著! 服部雄樹『HTML&CSSとWebデザインが一冊できちんと身につく本』

d0026378_23214960.png
(コード打ちを最終ページまでやった最初の一冊に。技術評論社から税込2,462円で発売中)

チマチマと学習は続けていたものの、「PC上でコード打ち」だけはどーしてもハードル高くてできなかった。何しろPCで作業すると肩コリが凄いから、その時間を最小限にするように下書きをバッチリ作り込んでるくらい。

ただこの一冊では、なぜか「やってみよう」と思えたので、自分と同じくピコピコの実作業に距離のある方にもオススメしたい。

ただ自分で最後まで打ち込んでサイトを作るとこまでは行ったけど、これ、「間違ってるのを『直す』」のが、独学スタイルだとエラく難しいなー。

テキストにある通りに打ち込んでいるはずが、なぜか正しく反映されない。ピコピコは「思った通りにではなく、書いてある通りに動く」そうなので、こっちの書き方のどこかがおかしい。

おそらくお手本のコードと自分のコードをマッチングして、「どこがズレてるか」検証するソフトウェアもあるはずだけど、まだやってない。それは最後の手だ!的な(^∇^)

この辺りの「添削」があると、きっとググーンとコーディングが身近になるんじゃないかな。「打ち間違いを直す」のを、打ち込んだ当人ではなかなかムツカシイ。文章の朱入れと似たような難しさがある。

そんな次第で、ピコピコ系の学習も、なんかもっと効率的かつ楽しくできないかな、と日々考える。ワークショップなんかではその場でコミュニケーションできるわけだから、「作る」より「直す」をメインにしてみたらどうかな、とかとか。

なんにしても、服部さんのこの本は名著かと思う。オススメ( ´ ▽ ` )ノ


[PR]
# by ulyssesjoycean | 2017-09-06 12:00 | Comments(0)

雑誌の「通読」は単行本より難しい? マンガ雑誌を見て思う

d0026378_10033240.jpg
(マンガ雑誌をヒョイとしたタイミングで購入しても、そこから「定期読者」になるのは何段階かハードルある気がする。購読してる人も「通読」となると話は変わってくるだろうし。通読ということで頭に浮かんだのは技術評論社の月刊誌『Software Desin』だったりする)

たまたま気になる作品が載っていると分かりマンガ雑誌を購入するも、フリで入った読者として「通読」するのはナカナカ大変だな、と感じる。

それで思い出したんだけど、『架空』の編集後記で川勝徳重さんが「もっと雑誌はゴチャゴチャしていて欲しいのです」(同誌15号)と書いてあったのは、こういうことかと。

名前を知ってるメジャーな作品でもカラーは相当違うし、単行本単位の「時間」で向き合うと楽しめる作品も、急に寄ってみました!なノリでは、チューニングが合わないのかな。

そもそもの雑誌のターゲット層と大きく外れれば見当違いだしーーというので、若手BD作家バスティアン・ヴィヴェスさんの話を思い出した。

講演会の席で話を聞きに行ったら、質疑応答の際にターゲット読者云々という質問が出て、そうした発想は良くないとバッサリ。

質問に何も不自然なところはなかったし、「ターゲット層」という考え方にも全く違和感なかったので、返事のバッサリな勢いに何か新鮮なものを感じた次第。

それを今回マンガ雑誌を手にして久々に思い出したけど、ターゲット層を特定すればするほど、何かのタイミングでやってきた「いちげんさん」は通り過ぎるほかないのだろうか。

ウェブ上のマンガも、とよ田みのるさんの赤さんマンガとか、TOBIさんの『お前ら全員めんどくさい!』など愛読してるけど、そっから別の作品を見てみる、という流れになってないな、と。

逆に通読した雑誌なんてあるかな?と考えたら、ピコピコ系の『Software Design』かなー。

ピコピコ系の情報をフォローするのに雑誌媒体かい、というツッコミもありそうだけど、自分の場合、「ピコピコが根っから大好きです!」ではないので、「全体像をザックリおさえる」というと雑誌単位がありがたい。

マンガ雑誌から専門誌まで、お世話になる反面「雑誌ってなんだろ」というのは意識してなかったかもなー。

それも、「最初から最後まで通読する」雑誌ってなんなんだろうと。「通読」視点で雑誌を考えてみるのもオモシロイかもしれない( ´ ▽ ` )ノ

[PR]
# by ulyssesjoycean | 2017-09-01 12:01 | Comments(0)

法律は「集合論」? NozickからBenthamを思い出す

d0026378_19052441.jpg

(『奇想天外英文学講義』の中で、スコットランド啓蒙思想との関わりから言及されていた土屋恵一郎さん。ベンサムのことをなーんも知らない時に読んだこの一冊が、いまは講談社学術文庫に収録されてる様子。税込1,296円なり)

風変わりな法哲学者Robert Nozickさんの著作を読んでいたら、「これは数学でいう『集合』と関係あるんじゃないか」と。

Nozickさんは「同じ人はこの世に2人といない」というのを柱に話を進めている。

ところが法律の方は、個人個人を別物として扱っていたら人数分の法律を作らなくてはいけなくなる。それはどだい無理な注文。

それで個人個人は置いておいて、可能な限り網羅的に準備しておこうよ、というスタンスになるんじゃないだろうか。

ところが現実にいるのは個人個人ではないか、このギャップをどうする、と敢えて挑戦状を叩きつけてきたのがNozickさんという印象。

そういう個別性を重んじる点で、なんだかヒュームさんのようだな、と思ったわけ。

ヒュームさんとどの程度同時代人なのか知らないけど、Jeremy Benthamというイギリス人はまた、Nozickさんと真逆のスタイルということで思い出す。

ベンサムさんは最終的にはプログラミング感覚で法律自動装置のようなものを考えてたらしい。あっちのアレとこっちのコレを適用して、結論はハイこちら的な。

思うにベンサムさん、現実には個人個人しかいないのはわかっていて、しかしそれをシステム状やるわけには行かないのだから、その辺は全部割り切ってしまえ、ということだったのかな。

いまやってるピコピコ系だと、とにかく大事なのが「定義する」ことみたい。「名前をつける」でもいいけど。

コレはこんな風に使うので、こういう名前を付けました、というのが設計上の工夫のしどころ。名前の付け方1つで「画像」として扱うか「文字」として扱うかが決まってくる。と思う(^∇^)。

ベンサムさんも「自然権を考えるのは理にかなってない、法律で定めたものだけが権利である」と言っているそうである。

そうすると、ベンサムさんはまさに法律や権利自体をプログラム化して、可能な限り効率的かつ網羅的な運用を目指した人に思える。SQLとかでデータベース組ませたらかなりの腕前になったのでは。

ただNozickさんを読んでても思ったんだけど、法律は人間総体を相手にするから、「試験する」というのができないのがツライ。ベンサムさんの考えにしたって、理論と実際を「やってみて確かめる」のは難しい。

発想的にはプログラミングや数学の集合論のようだけど、テストできないから頭の中でやるシュミレーションが限界。

社会契約論にしても、「それで大将、実際のところはどうだったんだい」と尋ねられないのが難しいところだなー。ピコピコ頭脳系でシュミレートすることはできないだろうか。でもそれも結局シュミレーションだからなぁ。
[PR]
# by ulyssesjoycean | 2017-08-26 12:00 | Comments(0)

ピコピコ系は「ゴール」が「スタート地点」なのがタイヘン

d0026378_12383886.jpg

(山本貴光さんの『世界が変わるプログラム入門』から「やってみようかな」とピコピコ系学習がスタート。アレコレ経由してやっと情報の閾値を超えたのか、ピコピコ用の命令文を書くところまで来た。)

肩コリがシンドイのでなるべくノートピコピコは開きたくない、という超ネガティヴな前提条件あるにも関わらず、自分の情報が必要なだけ揃ったのと、良い参考書に巡り会えたので、いよいよ命令文を打ち込むことに。

それまでは単なるピコピコ用の命令文なんだけど、「目に見える画面」が出てくるとものすごく嬉しい! 意味も分からず書いてある通りに打ち込んだだけなのに、カッコイイ画面になったよ!という。

1.とりあえず打ち込む
2.戻って打ち込んだ内容の詳細を確認
3.自分なりの理解をノートにまとめる
4.次の章に進む
5.とりあえず打ち込む

がキホンのスタイル。

数学の時に「表記や略称の意味が分からないとその先に進めない」と分かったので、「3.」のところでは、「これなんの略?」を調べるのが中心。

「ul」が「U」nordered 「L」istの略だなんて想像のしようがない。ulの兄弟分「li」は「L」ist 「I」temだそう。

こういうのをチマチマおさえつつ、学習を進めて行くんだけど、前々から思っていた通り、「ピコピコはゴールがスタート地点なんだな」ということ。

芸術やアートの世界だと、作っていく過程ではじめてゴールが見えてくる印象ある。文学作品も、全く途中のシーンが思いついて、そうしたパーツが組み合わさってはじめて、作者本人も知らなかったゴールにたどり着く、みたいな。

この辺り、ミヒャエル・エンデさんも言ってるし、それを「クエスト(探求の旅)」に例えたりしてたな。もちろんトーマス・マンのように、下書きレベルで全てを厳密に確定させる書き手もいるわけだけど。

で、話をピコピコ系に戻すと、ピコピコ系は全く建築物と一緒だから、作るもの、イメージ、見た目、設計図、材料、材料ごとのサイズをあますことなく網羅してからスタートするのがベスト。

建築の例えを使えば、そりゃその通りなんだな。土地だけあるから図面も何もなしにビルを作り始めるなんてまず手順としてはありえない。

建築であれば、引力とか材料の耐久力とか物理的な制約もあるし、建物として自然な形というのが頭にイメージされる。1段の高さが1メーターある階段なんて、巨人以外に用途がないというのは、説明されなくてもOK。

でもことピコピコ系の場合、物理的な制約がビルに比べて極端に少ない、もしくは共通したイメージがないので、考えるだけであれば「地下70階建のビル」も、「平屋だけど128部屋の建物」もありえてしまう。

じゃあ建築と同じくガッチリ設計図と図面を用意してからスタートしましょうというと、それが難しい。

なにしろ人間のやることは曖昧かつ何となくがキホン。反面ピコピコさんはメチャ融通がきかない。四則演算や数値情報が行動の基準だからなぁ。

別にピコピコのイメージなくても、「美容院」を考えればすぐにわかる。「いつもとちょっとちがう感じで」という要望(?)に困り果てる美容師さんは多いはず。

単純な「長い」「短い」1つでも、人によって持ってるイメージが違うし、場合によっては時と気分でその「長い」「短い」の定義が変わったりする。でも美容師さんは実際に「何センチか何ミリか」を切らなくてはいけない。

以前お話を伺ったら、やはり写真を見せてもらうといいそうな。前髪はここのこんな風に、など、この部分はこんな風、と指定を組み合わせるだけですごく助かるんだと。

ーーで、結局いつもの結論で、「間を埋めるのはビジュアル」しかないよなぁと思うのでした。

バーバラ・スタフォード大先生が「ビジュアルの持つ『わかる力』」と言ってたのに感激して絵を学び始めたのが一昔前。その確信は正しかった!とつくづく思う。

別にアート的な絵や写真じゃないから、ピコピコサイドで設計図が欲しい人(実際に作る担当)も、絵心なくても鉛筆と定規で画面とサイズを描くことはできるんじゃないだろうか。

あとはもっと根本として、「絵を描くことを『どう』教えるか」というのがモンダイかなー。ピコピコも建築も技術書は優れたものいっぱいあるけど、絵を描く系での入門書というと、それほど多くないかも。

すでに絵心ある人用のは多いけど、「全く絵心ないんだけど、描けるようになる」スタンスのものは少ないかも。

それを思うと小林七郎先生の『アニメーション美術』はすごかったな。第一課が、「フリーハンドで正方形を描く」だったもの。これなら自分でも始められると思った( ´ ▽ ` )ノ
[PR]
# by ulyssesjoycean | 2017-08-24 18:00 | Comments(0)

アニメ監督の神山健治さんは新作出てたのか

d0026378_21525867.jpg

(ふいっとアニメ監督・神山健治さんのことを思い出す。以前ほど頻繁にお名前を目にしなくなった気がしていたけれど、『ひるね姫』など新作を発表されていて安堵した。単に自分のアニメーション情報アンテナがポンコツ化してただけだっだ(^∇^))

攻殻機動隊のテレビシリーズで華々しく登場された、アニメ監督の神山健治さん。華々しく、と勝手に思い込んでいたけど、そこに至るまで、至った後にも色々あったみたい。人に歴史あり。

単に自分が知らなかっただけで、『ひるね姫』というオリジナル作品も2017年に公開された様子。ファンとしてご活躍が嬉しい。

ファンとか言っておきながらムチャクチャな話だけど、「神山健治さんの作るアニメーション」のファンではなく、「神山健治さんご自身」のファンだったりする。それどういうこと?

というのも、神山健治さんが作品づくりに臨む姿勢が、自分が何かに取り組む時の姿勢に近い。というより、神山さんの取り組み方を参考にしてやった結果、勝手に近づいたというのが実情か( ´ ▽ ` )ノ

宮崎駿さんみたいな天才アニメーターだと、話は面白いけど参考にはならない。押井守さんは演出家としてスタッフを動かす方に注力してるから、その意味では参考になる。でも親近感という意味ではちがうかなー。

で、神山健治さんは取り組み自体に親近感を感じるのと、大変ありがたいことに、「今まさに自分が困ってること」を、「その数年前に神山さんが困っていた」というのがメチャメチャ参考になる。

こっちはアニメを作るわけじゃないんだけど、シチュエーションから生じる気分はものすごく近い。さらにそれを「抜け出た上での言葉」を聞けるのが大変ありがたい。

最近は何かとアレな感じなので、発表された新作のムックを確認するなり、前著に再編集を施した単行本などチェックしたいところ。

それで肝心のアニメは観ないんかい!と、自分にツッコミが入りもするのだけど(^∇^)。
[PR]
# by ulyssesjoycean | 2017-08-22 21:35 | Comments(0)