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食えないオジサン、エドマンド・ウィルソン

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(今に至るまで愛読してる、アメリカの批評家エドマンド・ウィルソン。雑誌『ニューヨーカー』の書評委員を務めたり、多種多様な分野で活動ーーでもやっぱり文学系の作品集が一番好きかな。なんとも食えないオジサンという雰囲気を感じる)

その都度愛読する作品は変わるけれど、一番長いこと読み続けているのは、結局エドマンド・ウィルソンかもしれない。

一時期ヘンリー・ミラーのエッセイが面白いとか、エズラ・パウンドの散文に入れ込んだけど、ウィルソンほど愛読する期間は長くなかった。今でも好きではあるけど。

たまたま上の3人がアメリカ人だけど、ヨーロッパ的な教養を身につけ、語学的にも多文化な視点を盛り込んでる懐深さが一味ちがう、という印象を残す。

ウィルソンさんは時に激しい口調もあるけど、なんだか食えないオヤジというか、どこか愛嬌がある。呉智英さんも、著作中には激烈な調子もあるけど、最終的な愛嬌の部分でイヤミにならない。

そんなわけで、ウィルソンさんも、数こそ多くないけどインタビューの書き起こしなんかで、「しょうがねえな」みたいな部分が見え隠れ。

ご本人、還暦を過ぎたあたりのインタビューで、「下あごに歯なんてないんですから」と言いつつ、それにしてはお元気そうに見えますがという記者の言葉に対し、「そりゃ飲み物があれば話は違いますよ」なんてくだりがオカシイ。

自分と同じウィルソンファンはちょこちょこいるようで、誰だったか、エドマンド・ウィルソンが推理小説を認めなかったから、長いこと推理小説に手を出さなかったミステリー作家がいた気がするけど、あれは誰だったかな。

ウィルソンさんの何が、というと、とにかくその英語が良い、ということなんだろう。メチャメチャ簡単に読める、とは言わないけど、簡潔明瞭な英文使いとして理想の1人。

ただ作品数も多いぶん、全著作が良いとは言えないかな。ジャンルもさまざまだから、読者的にも関心の濃淡がある。戯曲はいまだに手に取る気にならない。

また原文でこれだけ親しんでしまうと、日本語でウィルソンの著作に触れようという気がなかなか起こらない。ウィルソンの評論集が志ある版元から出版されたのは知っていても、買ってしまうのはいつもオリジナル^_^。

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# by ulyssesjoycean | 2017-04-12 18:02 | Comments(0)

「ルールをつくる」のが「自己防衛」? なぜなぜ心理学

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(必要に迫られた方面以外だと、学びの中心は全く心理学ばかり。でも昔の心理学とは違って、モバイルユーザーの行動やUX方面でも有効とわかった結果、いろんな分野の「橋渡し」を心理学が担ってる気がする。あまり注目してなかった[申し訳なし]この図解雑学のシリーズ、良い試みをしてるものが多く、最近頻繁に目を通すなー)

ホームページのデザインから商品購入までの流れなど、テクノロジーや経済の方面から再注目という雰囲気の「心理学」。従来の心理学もアドラーがグッと存在感を増すなど、アプローチしやすい分野かもしれない。

で、ちょこちょこ目に付いたものを拾い読むうち、「おやっ?」と思ったのが、「自己防衛」と「自分ルール」の関係。

「話し下手」というのは、自らを守ろうとする意識の表れ、だからこそ話す前には色んなルールで自分をがんじがらめにしてしまうのですーーなんてことが書いてあった。

そーなんだと思って読み進めるうち、あれ、と思ったのは、「『ルールを作る』ことがなんで『自分を守る』ことになるの?」という。

そりゃ人前での話がスベればツライけど、そうならないように防御姿勢を固めるのと、「あれをしてはいけない、これをしなくてはいけない」というルールづくりに、どんな関係があるのだろう。

ルールというとトランプやスポーツを思い出すから、むしろ「決まりごと」「セオリー」「一定のと手順」とすべきかな。それでも「一定の手順を踏む」のが「防御になる」とは飲み込みにくい。

というより、「ルールなし」が不安、もしくはストレス、というのはありそう。スポーツ選手がよくやる「ルーチン」(バッターボックスに入った時に行う一連の動作)もそうだし、ある意味「厄除け祈願」なんてのも「然るべき手順」がある。

人間は偶然の出来事でも「関係している」と思う性質あるそうだから、「やったことAと結果Bが関係している」と思えると安心するのかな。

で、そのルールが何かの事情で破られると、ものすごく困惑する、とかとか。近年モンダイになってるあれこれも、もとをただすと「自分のルールが破られた」ことに発してるのかもしれない。

そう考えるとつじつまが合うというか、ルールを守ること=自分を守る、だとすれば、ルールが守れなかった=自分を守れない、大変だ、というのは志の輔師匠ばりにガッテンがいく。

結局、遊ぶことも、実質「ルールをどう設定するか」が大事だからなぁ。だからこそイカサマは禁じられてるし、そこまで行かなくても「反則」とスポーツは不即不離の関係。

じゃ、結局ルールってなんだ、ということになるんだけど、こんなの教えてくれるものはあるのかね。ホイジンガの『ホモ・ルーデンス』は翻訳も素晴らしかったので、この機会に再読するかな。

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# by ulyssesjoycean | 2017-04-09 12:06 | Comments(0)

『坑夫』は夏目漱石の『麻雀放浪記』だったのか

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(色川武大/阿佐田哲也作品と文章の雰囲気がソックリだーーと思って何気なく読み始めた、夏目漱石の『坑夫』。読み進むにつれ、『麻雀放浪記』はこの系譜を継いでるんだとわかって嬉しい。麻雀放浪記は小説もいいけど、真田広之さん主演の映画も傑作)

『坑夫』というタイトルなので、鉱山の話が中心なのかと思ったら、半分読んだあたりでやっと山に到着。まだ山に入るところまで行かないので、これは予想とだいぶ違うなぁ。

ただ半分読んだところで確信したのは、夏目漱石の『坑夫』は、色川武大さんが韋編三絶、再三再読ーー言い方はなんでも良いけれど、とにかく愛読していた作品に違いない。

そんな証拠はどこにもないんだけど(^∇^)、読み進めるうちに、『麻雀放浪記』の背景が、『坑夫』のなかに読み取れてくる。

色川武大さんが夏目漱石のこの作品を愛読してたか、具体的な記述は覚えてないものの、「山が嫌いである」旨はどこかに書かれていた。あの存在感と圧迫感がよくない、とかとか。

『坑夫』前半は「山小説」という雰囲気だし(*そんなジャンルがあるか知らないけど)、実際、「自然の神秘!」みたいな書き方ではない。一種「得体の知れない」存在として山が描かれてる。

フーンと思って読み進めるうちに、思いつめた勢いとちょっとした成り行きで山へ行くことになった青年が、先輩坑夫の皆さんが集う場所へ入っていく雰囲気でーーあ、これは「坊や哲」だ、と。

『麻雀放浪記』でも、育ちのいい青年が、グレた挙句に混乱期のドサクサまぎれでバクチ打ちになっていくわけで、先輩バクチ打ちに混じっていく空気感がビックリするくらいよく似てる。

色川さんは博識博読というより、『旧約聖書』とか、気に入ったものだけを繰り返し繰り返し読むタイプだろうから、きっと『坑夫』は念頭にあったろうなぁ。

また、色川さんの作品はどれも自伝的な雰囲気だから、『坑夫』の名前もわからない主人公に激しく感情移入した気もするな。まあ、そういうショーコはないんだけれども( ´ ▽ ` )ノ

どうも夏目漱石作品では、明治という時代はあるにしろ、あまりに四角四面な人物たちについていけない感覚を持っていたけど、『坑夫』はそういう自分を客観視してる感じが良い。

漱石さんはあまりメタフィクションの意識はない作家だーーと思ってたものの、『坑夫』にはそういう意識がハッキリ見て取れるし、今まで目にした中では一番のお気に入りだなー。

まだ半分しか読んでないので、この先どうなるか知らないけども(^∇^)。でもこんなに一生懸命日本の小説を読むのは久しぶりで、たいへん新鮮な心持ちです。

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# by ulyssesjoycean | 2017-04-06 18:14 | Comments(0)

「ハンダづけ」も実践する今なら?『フェンダー解体新書』

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(エレキギターの2大ブランド、フェンダーとギブソン。ギブソンはビンテージ含めて高価だけれど、フェンダーは「量産できる設計」にしてあるのだとか。そうした仕組みをバラして理解しよう!という異色のムック。リットーミュージックから2,700円にて発売中)

古くはエディ・ヴァンヘイレンが、色んなギターのパーツを組みあわせてストライプ柄のギターを自作したり。クイーンのブライアン・メイさんは、実家の暖炉の木材を使ったとか。

作ろうと思えば作れちゃうみたい。実際、エレキギターもフタを開けてみると、ごくごくシンプルな配線で出来ていて、何も木工や旋盤をやらなくても、注意して扱えば扱えるレベル。

実際、色んなマシンと同じく「経年劣化」するので、部品が錆びたり断線したり。そうするとガリガリガリッ!というノイズも出るし、最悪音も出なくなる。

近年、YouTube上に「修理動画」もアップされてるので、それを参考にペンチとハンダの準備をすれば、ボリュームポッド(音量調節のつまみ)やシールドジャック(ケーブル接続部)の交換くらいは自前でできるように。

ピタゴラ装置がキッカケで「キチンと修練を積めば、ちゃんと直せる」という自信も手にした今、フェンダーのギターを解体して解説するという、杉田玄白ばりのムックも楽しく読めるかも。

実際、ドライバー1本でかなりバラせるとわかったのでーーということは「組み立てる」のもカンタンに出来てる、ということなんだろう。

エレキギターは色んなギアが開発されてて、6本のうち1本だけ音程を変えられるスイッチとか、最近では「一度チューニングすると、絶対にズレない」というEvertune Bridge(エバー・チューン・ブリッジ)なんていうシステムも登場したみたい。

実際、ギターは木材ので出来てるから、湿度や温度で伸び縮みするし、本体が伸び縮みすれば張ってる弦のチューニングも変わる。ライブハウスなんか行くと、あれは照明で暖まるんだろう、演奏ごとにチューニングを直してミュージシャンも目立つ。

昔から、エレキギターはどんな仕組みで動いてるんだろ?とは思ってきたけど、大した解説書もないし、かといって自分のギターをバラすだけの度胸も技術もなかったので、2017年現在、『フェンダー解体新書』を読むと楽しめそうだなー。

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# by ulyssesjoycean | 2017-04-01 18:40 | Comments(0)

夏目漱石『坑夫』に色川武大を発見

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(あらゆる面で影響を受けたと言えば、色川武大さん。人によっては「阿佐田哲也」なんだけど、自分にとっては「色川武大」の存在が超デカイ。実際、影響を受けた人は直接、間接に多いみたいで、井上陽水さんから伊集院静さんといった直接の交流から、自分のように活字から入った人間も相当数にのぼるみたい。自身の偏った食を扱った名著『喰いたい放題』は光文社文庫から514円で発売中)

以前から「なんかニガテ、でも気になる」夏目漱石の作品、その中で『坑夫』は案外入りやすそうだぞ、と思って読んでいくと、そこに色川武大さんの姿を発見する。

そんなカッコいい言い方しなくても、「あ、この文章の雰囲気、色川さんにソックリだ」ということ。実際には色川さんの文章が夏目漱石に似てる、という順序なんだけど。

でも、『こころ』やその他の作品でそう思ったことはないから、『坑夫』が特別なんだと思う。漱石さんは10年ぐらいで書ききった人だけど、『坑夫』はどの辺の作品だろう。

というのも、〜〜ない、〜〜ない、なのだから仕方がない、といった「ないない尽くし」のリズムに色川さんを感じる。

いま手元にないので記憶だけれど、『喰いたい放題』の中に、「どうも人間というものは、簡単な決意をするにも手続きが面倒くさくていけない」というくだりがあったはず。

『坑夫』もまさにそんな感じで、調子のいい「ないない拍子」のリズムが心地いい。実は色川さんの愛読書だったりするのかな。

実際、色川さん自身、明治以後の日本の小説家で誰が重要か、という問いに対して「夏目漱石と長谷川伸」と答えている。

色川さんというと、ジャズや映画、芸能を含めた広い交友の著作はあっても、読書論的な印象はない。『わたしの旧約聖書』がとりわけ目立つ一冊というか。

しかし、「夏目漱石と長谷川伸」と名前を挙げるくらいだから、全く読んでないということはないだろう。むしろ深く読み込んだから言及しない、という心理もあるし、それも頷ける。

ーーホントのところはどうか知らないけれども( ´ ▽ ` )ノ、『坑夫』に対して「これなら読めそうだ」と思ったのも、この辺が理由かな。親しみを感じたのは色川さん経由だったからかも。

『坑夫』はアレコレ考えるばかりの自分のことを、語り手自身が突っ放してる感じがして、その辺がすっとぼけた感じがしてて良い(^∇^)。推理小説っぽい仕掛けは『こころ』にもあったけど、『坑夫』はこの辺が違うなー。

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# by ulyssesjoycean | 2017-03-29 18:22 | Comments(0)

フランス革命はすごかった? 夏目漱石『坑夫』

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(英訳版『吾輩は猫である』を読んで、やっと漱石さんが「やりたかったこと」に合点がいった。「大好きな作家」というのとは違ったジャンルとして、「なにか気になる作家」にプルーストや夏目漱石がいる。目に付いた『坑夫』が入って行けそうだったので読み始めた。刊本はもう色々)

英語で漱石作品に触れ、ハハァ、『吾輩は猫である』は、『トリストラム・シャンディ』をスウィフト的にやりたかったんだな、などなど、外国語を通じてはじめて読み通せた。

また、あちらの若い友人たちがSoseki作品を読んでるみたいで、そのことにフームとも思う。まあ、向こうからすれば『A la recherche du temps perdu』を読んでるジャポネなのだから、類友だな( ´ ▽ ` )ノ

漱石とプルーストは、自分の中の二大「気になる作家」ワク。好きかと言われると困るけど、関心が途切れずヒョイとしたタイミングで「読んでみようかな」と思う、そんな感じ。

大好きな方では、色川武大さんや吉田健一、ジョイスやスタフォード、エドマンド・ウィルソンなどなど、ザクザクと名前が出てくるぶん、「気になる」方はぐっと少ないかも。ポーやヴァレリーも、たまーに関心がよみがえる的な。

で、肝心の『坑夫』だけど、『こころ』と同じく推理小説風の仕掛けがしてあって、つい先が気になってしまう。まだ読み始めたばかりだけど、ふっと口調が切り替わったりして、時間軸がズレたのかな?なんて思わせるあたりもニクい。

坑夫ってくらいだから、山で穴を掘るんだろうけど、以前タカヤマ御大の講演に「フランス革命ってすごかったよねえ!」という言及の仕方がされていた。この冒頭からどう持っていくとフランス革命の話題になるんだろうーー

たまたま英訳タイトルを見ると、Minerとなっていた。英語にCoal Minerという言葉もあるし、夏目漱石さんも何かしら発想の念頭にしてる小説ある気がする。

が! 残念、自分の連想の中にMiner系の「小説」は思い当たらない。モンティ・パイソンにそんなスケッチがあったな、というのは思い出したんだけど(^∇^)。

過酷な環境下の、というと、即エミール・ゾラを思い出すけど。ゾラの愛読者ではないからわからないけど、だとするとフランス革命に話が繋がってもおかしかない。

『彼岸過迄』も、出だしから面白そうだ!と食いついて、結局中座してしまったので、『坑夫』もそれと同じになるかもしれないけど、ま、いいや^_^

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# by ulyssesjoycean | 2017-03-28 18:26 | Comments(0)

今も昔もニンゲンは変わらない『エラスムス=トマス・モア往復書簡』

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(世界史や文学史で「見たことある」人名、エラスムスとトマス・モア。ただ実際にその作品を「読んだことある」人は多分少ないんじゃないだろうか。トマス・モアはイギリス人だけど、エラスムスと同じくほとんどラテン語で執筆してたみたいだし。岩波文庫から税込1,166円で発売中)

このところ数学を生まれてはじめて真剣に学び直した結果、頻繁に使われる「ギリシャ文字」にも関心が湧くように。

数学が超ニガテだった理由の1つが、こうした「表記に納得してなかった」とわかったので、ちゃんとギリシャ語の文字も見てみるかーーなんて。

近年、意欲的に執筆される山本貴光さんの本にギリシャ語が登場する縁もあり、いよいよ古典ギリシャ語まで学び始めることに。相変わらず節操がないなぁ( ´ ▽ ` )ノ。

で、そうした古〜い言葉を遡る途上で、エラスムスやトマス・モアというのが「実際、どんな人だったのかな」という興味も出て来た。世界の共通語としてラテン語が活きていた時代に、せっせと作品を書き、また友情を育んだのがこの2人だとも。

で、岩波文庫から出た『エラスムス=トマス・モア往復書簡』をユックリ読み進めてるんだけど、良くも悪くも「ニンゲンは変わらない」というのを切実に感じる。

むかーし、吉田健一さんが1950年代に書いた文章に「選挙カーがうるさい」という話が載っていて、その頃からそうなのかと思ったけど、1518年にやり取りされたエラスムスとトマス・モアにも2017年と全く変わらない話が出ている。

論争になれば嬉しくないし、また片方の論争相手がもう片方の友人だったりして、当人以上に気苦労抱えたり、何気ない一言からその論争が始まったりしてーーといった光景は、ぶたいが変わっただけで、全く当今と変わらない。

一方、友人を気にかけて助力したり、久々に会って話をするのが楽しみだ、あの書き手は年若いながら大変優秀で感激した、そのうち本人に会えないだろうかーーというのも、2017年と変わりないところ。

そうした交友に感激したり、また喧嘩相手の理屈がむちゃくちゃでゲンナリしたりと、500年前もそうしてるということに、嬉しいようなガッカリするような、両方があるなー。読み応えがあって面白いのは間違いないんだけれども。

ただ読み進める中で「へえ」と思ったのは、エラスムスさんもモアさんも、そういう極めて嬉しくない状況でも、「サタイア」の精神があるな、ということ。

サタイアを単純に「諷刺」と訳していいかわからないけど、向こうも怒っていて、こっちもカンカンになっている姿を、より極端に描いて自分ごと笑う、という雰囲気が感じられる。

ミヒャエル・エンデさん曰く、「ユーモアが生まれたのは『ドン・キホーテ』から」ということで、そうなると17世紀くらいか。実際、『ドン・キホーテ』はめちゃくちゃのことをやるけど、「悪い人ではないし、まあその辺で」というタイミングが必ず現れる。

そういう「おおらかさの精神」以前が、エラスムスとモアさんの時代の様子。実際、宗教改革はおおらかどころの騒ぎではないし、ホイジンガが言う「中世には両極端しかない」というのも、なんとなく頷ける。

で、始終とんでもないことが起こっている中で、おおらかさは持ちようがないけど、なんとか精神的な均衡を求めようとして、激おこりの最中で、極端をより極端に描いて笑おう、という感じだったのかな。

通常、イザコザの話は大して読みたいものではないけど(実際、ニンゲンは共感する生き物らしいので、近年の心理学研究によると、「友人の友人まで」その影響が及ぶそうな)、エラスムスとモアの「両極端ジョーダン」で、けっこう楽しく読めてしまう。

さっさと読み飛ばすのはもったいない代物なので、じっくり読み進めてるけど、読み終えた頃にはトマス・モアの『ユートピア』に挑戦してみたいな。

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# by ulyssesjoycean | 2017-03-24 18:13 | Comments(0)

法律も「はじめて物語」で遡ると案外楽しい

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(フランスは絵画と料理、ドイツは哲学とクラシック、イギリスはポップミュージックと文学などなど、その国ごとに「らしい」分野と「らしくない」分野が自然と頭に浮かぶ。法律もその国の考え方を反映したもののようで、「なんでこんな風になったのかな」と遡ると案外楽しめる)

最近はとんと小説を読まなくなりーーというより、「カンタンには読めない小説ばかり」手元に増える格好。プルーストさんやマックス・ビアボームの原書はスラスラ読むどころではないし。

また、経済に関心を持つようになったら、勢い、周辺の各分野にもキョーミが広がることに。土地の代金ってどう決めるのかな、とか、この計算はどうしてるんだろう、などなど。

法律の分野も「歴史」から追っかけると、お国柄や事情が絡み合ってできたものとわかる。成り立ちがわかると納得感があるし、いまは当たり前の制度も、100年前にはなかったのか、なんて。

ーーこういうことをやってなんになるかといえば、なんにもならないのだけど( ´ ▽ ` )ノ、1つだけ確かなのは「納得できると怖くなくなる」ということかなー。

例えば「SIMフリー」云々と聞くようになったけど、「SIM」が何するものなのかわからないまま、「安くなりますよ」とだけ言われても不安が残る。

結果、電話の仕組みをイチから調べて一通り納得、「自分にはこの使い方があってる」とハッキリわかった上でSIMフリーのモバイルを愛用することに。もちろん、キャリアの利点もわかった上で「自分はこうしたい」と目安ができるのが嬉しい。

経済学の話に戻ると、こういう自力で(というより本人にもよくわからない執着心で)取っ組みあうユーザーはごく少数のよう(^∇^)。自分でも「何やってるんだ」と思うところあるけど、「やらずにいられない」のだから仕方ない。

でもそうやって調べてると、ちょいちょい「タカヤマ学」で見知った名前が出てくるのが面白い。経済学の本に引用されてたトマス・クーンの本を見ると、序文に「A・O・ラブジョイ」の名前が出てきたり。

こうしたビックリのつながりが、「偶然」よりちょい高い頻度で現れるので、観念史は思った以上に大事なことの気がする昨今。歴史というより、「マップを作ろう」という狙いだったのかな。

アレだな、「納得できると怖くない」というのも、「自分なりのマップができて、道に迷わなくなった」ってことなんだろう。地図があると、「自分はいまこの辺にいる」というのがわかるのがありがたい。「行かなくていい場所」もわかるし。

このところ哲学や思想書ばっかりになったのはナゼかなーと不思議に思ったので、そんなこんなをノートしてみました^_^

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# by ulyssesjoycean | 2017-03-23 18:04 | Comments(0)

マンガの模写絵、黒川裕美さんの『図書室の君』

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何年ぶりだよ!というくらい久々にマンガの模写をしてみた。黒川裕美さんの『図書室の君』の一コマより。

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# by ulyssesjoycean | 2017-03-20 18:49 | Comments(0)

この新人マンガ家が気になる!黒川裕美『図書室の君』

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(新人登用に意欲的なマンガ誌『ハルタ』。最近ポツポツと読み切りが載るようになった黒川裕美さんが、大変印象的な作品を発表してらっしゃる。新作『図書室の君』は、ハルタ2017, March号に掲載)

新人マンガ家をドシドシ登用する点で応援しているマンガ雑誌、『ハルタ』と『ゲッサン』。読者側だけでなく、雑誌本体もコラボするなど版元を越えたタッグが頼もしい。

読み切りで見かけて「これは!」と思った山本崇一朗さんは、押しも押されもせぬ人気作家になり、大変うれしい。雑誌に目を通してると、そうした作品にいち早く目がいくのが楽しみの1つだったりする。

で、本題の黒川裕美さん。読み切り第1回から、昭和レトロな雰囲気に、小学生男子と憧れの先生のエピソード。今回の『図書室の君』も、見るからに文化系なヒロインとボーイッシュなヒロインの図書室を通じた交流ーー

ストーリー自体は王道だけど、なーんか心に引っかかるものがある。というか、ストーリーが目新しいかどうかはあんまマンガの魅力とカンケーない気がしてる昨今。

だって前述の山本崇一朗さんの人気作『からかい上手の高木さん』なんて、席は固定だし、たまに登下校があるだけで、あとは延々と高木さんにからかわれる日々。でもそれが面白い!(力説)

なので、黒川さんのストーリーというより、絵柄も含めたトータルで「何か印象に残る」マンガ家なんだよなー。先日完結した石黒正数さんの『それ町』も、何がどう、というんじゃないけど面白いし。

要注目の新人作家としてメモしておきました( ´ ▽ ` )ノ 応援する意味合いも込めて、たまには模写してみようかな。

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# by ulyssesjoycean | 2017-03-19 18:05 | Comments(0)