(あえて避けて来た古典ギリシャ語なんだけど、ロシア語学んでキリル文字に検討がつくようになり、数学に再入門した結果としてムズムズと気になるようになってきた。Wheelock's Latinのように、英語の参考書でやった方がはるかに学びやすいこともわかりーーしかし肝心のギリシャ語作品はどうするか。ロウブ叢書のソフォクレスあたりが狙い目か)
色んな回路を経たことで、なんとなく縁遠いギリシャ語もやってみようかなという気になりつつある。それまで学術書にギリシャ語引用あってもスルーを決め込んできたけど、αρκήとかが「単語として」意識できるようになったので、もうこれはやったほうがいいんじゃないかとも。
ところが語学はテクニックというより、「どうしても原語で触れてみたい」という一種キョーキじみた面がないとものにはならないとイタリア語で痛感。ロシア語もある意味そうだけど。
ソクラテスやプラトンも「ヌー」という感じで、ホメロスにもさして食指は動かない。後年エラスムスの解説書を読んだところ、古典ギリシャ語は、実質「各地の方言」だそうで、アッティカとかドーリアとかで違いが大きいそう。これもヌーヌーと唸るばかり。
そんな中、読んで心底感激したのはソフォクレスの『オイディプス王』かな。クライマックスのシーンでドッと落涙したのは、「悲劇」に馴染みないだけにビックリ。
そして何より、『オイディプス王』は短いのが良い( ´ ▽ ` )ノ 劇作は会話がメインだからその点でも少し気が楽。自分にとって「演劇」も何か親しめないジャンルとしてあるけど、ギリシャ語経由で入門するのも悪くない気がしてきた。