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海水浴をしようといったことでもだったが、二人はピーセル夫人に言うことと言っていないことが常にあるのだと感ぜられた。ペギーが父に「投資」のアドバイスをしているなんてこともありそうなことだと思う。果たして二人はピーセル夫人にスイスへいって登山でもやってみようかという気持ちを話したのだかどうだか。 妻のためを思って秘匿するその例をちょっとだけ昼食後に見つけた。コーヒーを飲もうというのでホテルの正面に席を移した。車は既に待機中で、ペギーは飛んでいって日々の点検を行う。ピーセルがタバコをくれたのを見て、氏の細君がこの人は吸わなくなったんですよと教えてくれる。ここのところ吸い過ぎたように思うからねと説明して、それでしばらく「禁煙」するつもりだという。目を合わせたとしても私はにこりともしなかっただろう。はっきりと分かったよ、昨晩、ニコチンというのはギャンブルのスリルにとって有益ではないと私が言ったことをよくよく「考え直した」んだということをね。私はにやにやするのを堪えきれなくてそれをピーセル夫人に見られてしまった。そこで私もタバコをやめられたらと思ってはいるんですけどね、御主人の意志の強さにはかないませんな、と説明した。青ざめた瞳で自分の夫を見ては、にこにことした。「こんなに意志の強い人はほかにいませんよね」と言った。 「何をバカな!」と笑う。「僕ぐらい弱い奴はほかにいないよ」 「そうでしょうとも」と静かに言う。「それも本当よね、ジェイムズ。」 それでまた笑いはしたが、その顔を紅潮させてる。ピーセル夫人の方でもうっすら顔を赤らめたのが分かった。こんな風に前の人間がやったことを繰り返すのが分かってくるっていうのはあまりゾッとしないね。ピーセル夫人のパラドックスから突如として静寂が差し込み、そこへ娘さんが跳んで帰ってきて顔を突っ込むと、早く行くことにしようよと頼み込んできたからこれには助かった。私のほうを見ている自分の妻をピーセルが見つめ、なんとも妙な話だけれども一緒についてくるんだろうねと頼まれているようだった。もちろんそうですよと主張する私。ピーセルは妻に行きたくないときはそう言えよと言う。「だってそうだろう。昨日はカレーから走ってきたんだぞ。それで明日にはまた走りに出て、その後はずっとそうなるんだから」 「そうだよ」とペギーが言う、「ウチにいたほうが絶対いいよ、ねぇお母さん、ちゃんと休まないと」 「ペギー、さ、着替えましょう」とピーセル夫人は席を立って答えた。夫に運転手を呼んでくるのと訊いた。そうするつもりはないという答え。 「やったね!」とペギー。「じゃあ私がフロントに座れるじゃん」 「それはいけません。ビアボームさんが前に座りたいはずですよ。」と母親が言う。 「母と一緒の方がいいですよね」とこの娘が訴える。あたうる限りの力を込めてピーセル夫人とご一緒したいと応えた。もっとも程なくして、母娘が自動車に乗るときのいでたちで再び姿を見せると、私の望みは脇へ追いやられるということが明らかになった。「私、お母さんと一緒に乗る」とペギーが言うのである。 結局のところ、ピーセル夫人が何かの理由から自論を主張したのを、内心ありがたいと思った。私を嫌いなんだなと思って、傷ついてしまったよ。もっとも事故でもあったりしたとき、助手席に座る人間のほうが後部座席に座っている人間より危険度が高いと、単にそう思ってるからなんですよとは言っていたが、私と一緒の座席は嫌だというのに間違いないと思う。それにね、もちろん私という人間より実の娘の方がいいに決まってるよな。しょうがない女だなァ、気持ちだけでもご一緒しよう。車が海沿いからノルマン風の拱道(きょうどう)を通り、街を抜けその周縁を通り過ぎていくと、自信たっぷりに私を鼓舞してくれたけれど、自分のカミさんにもそうしてくれないかなと願ったりした。(ゴーグルをつけていない)そのりりしい横顔を見ると自信がみなぎっているように思えた。(私もゴーグルをしていなかったけれども)折々辺りを見廻しては細君に会釈し明るく微笑んだ。会釈を返してくれないということはなかったけれども、微笑みの方は娘にとっておいたようだ。