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翻訳小説『七人の男(抄)』 第八回ピーセルは腕のいいドライバーらしく、口を開かなかった。ただ走らせるばかり。ルーアンの道路まで達すると、フランスにいるとさ、いつもイギリスのネズミ捕りが恋しくなるんだ、とだけ言った。「今まで捕まったことはないけど」と付け足して「でもさ、いつ警官が突進してきて、捕まるなんてしくじりをやるかも分からないっていうのは、興奮がいや増すってもんだよ、そう思わない?」。ネズミ捕りに捕まるかもっていうのは生きるうえでの刺激だよねなんて風な口調で答えはしたものの、内心その発言の骨子をとてもいいとは思えなかった。とはいえ、それを気持ちの中から打ち消したけれど。それに天気はいいし、風はやんだし、絶好のドライブ日和だよ。でね、ノルマンの風景っていうのは、渋い落ち着きがあるものだから、これよりいいものはないと思えたんだね。ただ結局、この風景も真価を十二分には発揮していないなとすぐに思うようになった。それにしてもちょっと速すぎないか? 「ジェイムズ!」という甲高い神経質な声が後ろから響く。それが段々と―――「ホントだよお母さん!」と、もうひとつの声が主張して―――風景がその速度を緩めた。しかし暫くすると、少しずつではあったが、風景は節度を失い、体裁も忘れて、前にも増して速くなっていく。道はすさまじい速さで後方へと駆け抜けていく、もう洪水じゃないか。ポプラ並木が目にもとまらぬ速さで過ぎ去り、私たちが走るその両脇にある木々がすっさまじい音を立てていく。私たちがうえっとするのと同じ速度でルーアン地区を行く車も通り過ぎたように思う。前方に広がる風景の中から城(シャトー)だの興味を引くようなものを見出すなんてことはとても出来ないし、ツルのように首を伸ばして最後の一目を拝む前に地平線の彼方へと消えていってしまう。いつ終わるかも分からない上り坂が登り始めたとたん、突端(とったん)について下り坂へと姿を変えるのだがその終わり近くになって、「ジェイムズ!」との声が次第に聞こえるようになってきたけれども、私たちの車が正面の上り坂をまっすぐ飛び越えていく頃になって―――自然の法則が実証するようにその声がまた次第に消えていった。スピードそれ自体に危険はないというのを疑いはしなかったが、急カーブに達するというときでも、ピーセルは作法にのっとってスピードを落としたりクラクションを一二度ならすなんてこともしないのはなぜなのだろうか。車が一台いたりでもしたら―――まァ、それはよしとしよう。見通しはいい。が、次の曲がり角でスピードも落とさずクラクションも鳴らさず、道路の内回りが混んでいれば、すぐさま、身体が痙攣して(ぜったい……になるに違いないと思うと)それがしばらく続く。全てが上手くいっていたとしてもだ。吐きそうなほどビビってるから、ピーセルの方を向くなんて出来ない。前を見ろ! その前にいるワゴンなんか、干草をつんで大儀そうに進む後ろ姿が見えるけれど、道路を占領しちゃってるんじゃないか? さすがにピーセルだってスピードを落としてクラクションを。やらない。遠くからすばやく一回で針の穴を通すと思えばいい。ワゴンと道路のはしを切り抜けて、そこはほんの数メートル―――いまや数インチの位置であり、それたかと思うと―――荷車があって、その荷車を信じがたいほどかすめるようにして駆け抜けていく。そしてまさに今ピーセルの横顔に目を向ける。そこで目にしたものは落ち着き払った、それでいて非常な興奮にある姿であり、恐怖と驚愕を覚えた。これをはじめて体験したことを思うと、おかしいとは思ったけれども、憎悪ではなく満足感さえ覚えたのだった。今日は吸っていないけれどもギリギリのスリルを感じたのかどうか、それだけを訊きたかったからだ。こいつを理解した。もうそれですぐに満足した。そのぱかーっと開いた口元は、キッと閉じているのが普通の自動車乗りとは随分違って昨晩はどこでも見受けられた深甚たる面白さを感じさせるだけであり、それでハタと、ピーセルについて知りたいと思っていたこと全てが判明した。ほら、さあ―――うわっ、そっちじゃなくてこっち!―――身の内にある情熱を手玉に取っているのか。思い込んでのごまかしなんていらない。ギャンブルはいつも「生きるか死ぬか」なの、と私が訊いたときは、ヘンな顔つきをしていたのを思い出した。これこそ本物の―――正真正銘のゲームであって、これ以上の賭け金はない。それに私もここにいて、テーブルに上乗せをしてしまったからな。「何かデカイこと」が「私にある」と誓ってくれたけれども、もしかすると、そのことについてこの人物の思い込みが手ざわりとして感じられたような…… 私が自問自答のあげく道義心を働かせる前に、憎悪が働き出すなんてことにならないといいが。ただ、この男の悪巧みの中では私も単なる細部(ディティール)以上のものでないとだけは言っておきたい。他人のために激怒しているわけではないのだから、情に欠けるという点では私も同じか。自分の人生を賭しているのは間違いないと思い、疑う余地なく賭しているそれは、他のなにものでもなく幾度も幾度もイチかバチかの―――それでいて節度を保った―――大地(だいち)と水龍(みずち)に生きる人生である。昨夜もう一杯コップの水を飲んでそれで腸チフスになるかもしれないということがあったのを思い出し、このことに私は動かされたのである。決してアルコールには手を出さないというのを取り消したのを思い出し―――事実、何かしらのギャンブルをやっていないときがないということにも動かされたのである。愛娘への献身、これも間違いのないことだ。もっともその献身にしたところで自分自身を守るための冷酷な手段であり、行き着くところまで行ったそのギャンブルのスリルなんてものは、私からすれば吐き気を催させる。
by ulyssesjoycean
| 2006-06-04 15:15
| 翻訳小説『七人の男(抄)』
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Comments(2)
「セブン・メン」届きました!ありがとう。舞台の本番も終わったので、ゆっくり読みたいと思います。
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ulyssesjoycean at 2006-06-05 13:49
>リルさん
プリンタの不調であまりきれいに印刷できませんでしたが、受け取っていただけたようで何よりです。 訳文をプリントアウトしたものは、残念ながら原則として、直接存じ上げている方にしかお送りできない状況となっています。ネット上で読んでくださっている奇特な方がいらっしゃいましたら、深くお詫び申し上げます。
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