古文も読みつけると、なかなかにいいものですな。
『土佐日記』も
『紫式部日記』も、子を失くした切実な心情であるとか、机に突っぷして寝てる人に声をかけたら飛び起きたとか――いま読んでも十分楽しい。
文章的にも内容的にも読めなかったのは
『蜻蛉日記』ぐらいで、これはツラかった。延々と平仮名ばかりが続く文章で、語る内容がこれでは、ちょっと読めませんよ。
読んでる途中だけど、一番しっくりくるのは
『更級日記』。物語読みたさに京にのぼる――というひたむきさには、心打たれるものがある。この先がどうなるか。
調べたところ、岩波
の『新古典文学大系』は全部で100巻。けっして読みきれない分量ではないから、全部目を通してみようと思う。つまんないと思うやつは読まなきゃいいんだし。
そうするとやっぱり、あとは辞書ということになる。気になる言葉は拾っておいて、あとで辞書で引くようにしてるんだけど、
「華足(けそく)」とか
「臨御(りんぎょ)」とか、とても
『新潮現代』に載ってるとは思えない。
信頼できる辞書をいちから探すのは大変だから、まずは篤実な学者の文章を通覧して、そこで言及されている辞書に当るようにしよう。
内容を吟味するのは当然なんだけど、活字が大きい辞書がいい。経験上、通読できるのは二段組までで、三段組とかになっちゃうと、読むのがツライ。