ここ最近はアレな感じが強いので、
『ユリシーズ』の原書講読に戻ってエネルギーを与えられているのだけど、これがまー、一生懸命やると、6行読むのに30分とかいう、ムチャクチャな話になる。
で、まぁ、そんな悠長な読み方をしている人もいないだろうから、これもせっかくの機会、どんな感じに読み進めているのかというのを、解説(?)してみようと思う。
Strange he never saw his real country. Ireland my country. Member for College green.
(James Joyce, Ulysses, Penguin Books. p 150)
これは頭の中で考えていることだから、文章が切れ切れになっているけど、これぐらいの断片だったら、
「(It is )strange (for me that) he never saw his real country.」とすぐに予想がつく。
問題は
「Member for College green」で、普通、なんとかのメンバーだったら
「of」じゃない? なんで
「for」なの?というところで引っかかる。
で、でかい辞典をばかっと開いて
「member」の項を見ると、
「英国の国会議員、(特に)下院議員」という用法があって、例文に
「a member for Westeringham」とある。
つまりこの
「for」は、
「~区選出の」という意味で、片付いたわけだ。で、となると当然、
「College」は、その選出区になるはずだよなーと見当をつける。
で、辞書を見ると、
「college」のところに
「D」の赤文字で記しがつけてある。これは
「ジョイスのダブリナーズで使われた語句ですよー」という、自分のための記号。同作品では
「大学」という意味で使われてなかったので引いたんだろうね。
じゃどんな用法かというと、かなり長いカッコのあとに、
「聖職者の団体」という意味が出ている。でもなー、これだけだと、
「College」と大文字にする理由が分からない。地名(固有名詞)なのかもしれないというところまでで、これは保留。
すると残るは
「green」で、当然
「ミドリ」って意味じゃないだろう――と辞書にあたると、16番目の用法に
「(校正刷りが)未校正の(not corrected)」と出ていて、これだ!と直感する。
というのも、これが校正室の、その責任者を前にしての独白だから、これしかないわけだ。ここまでやって、
「僧会(コレッジ)から政界入りの話も」なんて言い回しが浮かぶ。うーん、でも
「green」に当たる日本語が思いつかないなー。
などという次元の100兆倍先をやっておられるのが柳瀬尚紀氏だと考えれば良いかも――なんて。
でも実際、こうやって見ていくと、本当に細かい、
「greenってそんな使い方あったんだ!」という驚きがあって、いつもジョイスにビックリする。
幸い、以前と比べて辞書に
「F(innegans Wake)」「D(ubliners)」というチェックマークが追記されたから、これで手がかりがだいぶ増えた。
他の本だと、なんというのかな、辞書を引くのも段取りになってしまって、こういう嬉しい発見はあまりないのだけど、ジョイスさんの作品では、この嬉しさが徹底してるから、
「コード」が発見できたときの感動は類を見ない。
ヒドイ話だけど、先日のスタンダールも、話のオモシロさはともかくとして、あんまり何でもかんでも丁寧に書いてあると、読むのがかったるくなってくる。申し訳なし。
――などという、今回は一風変わった内容にしてみました。もっともジョイスの方は、6行書くのに30分どころではなかったそうだけど。