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社会主義者ではない方のサン・シモン ヴェルサイユ宮の男爵さんが書いた『回想録』だって( ´ ▽ ` )ノ

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(アウエルバッハの『ミメーシス』に、フランス宮廷を描いた稀有の人物として「サン・シモン」が出てくる。サンシモンというと、社会主義とかそっちの方でないの?と思っていたので、おかしいなーおかしいなーと読み進めていったら、全くの別人とようやく気づく。社会主義の方のシモンと時代がまるで違うんだから、サクッと気づけよなぁ、と一人ツッコミ^_^)

アウエルバッハの『ミメーシス』で、フーム、そんな作品あったんだと興味をひかれるなか、それは知らなかったナーというモノとして「サン・シモンの回想録」に突き当たる。

社会主義の方面のサン・シモンとは同名なだけで、全くの別人。それにしてもこんな有名な「宮廷回想録」を書いていた人がいたとは知らなんだ。

アウエルバッハさんはロマンス語の教授先生だかで、ギリシャ語ラテン語はもちろん、各地の中世語も読みこなすなど、教養のケタが違う。引用される文面を見ても「これフランス語?」というくらい、中世語は別物。

ラブレーあたりに来てようやく、何とか読めなくもなくもないという感じだったから、アウエルバッハさんが紹介するものも眺めるだけだったけど、マズイことに今回のサン・シモンさんのフランス語が読めてしまう。

それまでの中世語がよっぽどキツかったのか、今風のフランス語に出くわすと単純過去も「見たことあるやつだ!」となるから恐ろしい。何よりサン・シモンさんの書き振りが気に入った面もあるんだけど。

シモンさんは廷臣として長くヴェルサイユ宮にお仕えして、その際の見聞を簡潔冷静に、しかし感動を含んだ文章で書いているので、回想録としても画期的な作品らしい。

どれどれと密林を見てみたけど、プレイヤード版に恐ろしい巻数が付いてたから、これ、シモンさんが宮廷生活を余すところなく書いていたんじゃないかな。

オルレアン公が体調不良で便座に腰掛けながら用向きを聞くなどというワーオな描写もあるんだけど、実際、当時のトイレってどんなものだったのかなと民俗学的な好奇心もあるし。

しかしこういう書物をセッセと手にするのはいいけど、積ん読が増える一方なのは情けない。StendhalのLe Rouge et Le Noir, Madame de StaelのDe L’allemagneもホッポリぱなしだなぁ。やれやれ(´∀`)

# by ulyssesjoycean | 2019-02-19 12:00 | Comments(0)

吉増剛造さんの講演から干支が一回り! やっとドマイナー詩人「大手拓次」にチャレンジ( ´ ▽ ` )ノ

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(吉増剛造さんの講演で名前を知って以来、今の今まで読む機会のなかった詩人の大手拓次。このところ「合理性のカタマリ」とでも言うべきピコピコや数学ばっかりなので、その反動で「想像力でのみありえる世界」にキョーミが湧いたんだと思う。『大手拓次詩集』は岩波文庫から税込1,026円にて発売中)

好んで詩を読むタイプではないんだけど、まーリクツと合理性、論理性のカタマリばかりやってると「そーでない世界」にアンテナが向く。

愛読するようになるまで長かった吉増剛造さんというキテル詩人さんがいるけど、その人が激賞してたのが大手拓次。

そんな人いるんだとビックリしたけど、まー初めて名前を耳にするくらいだからそうそうカンタンに本が手に入らない。その講演で名前を聞いた小林正樹監督の『怪談』も、見るまでに相当アチコチ回ったな。

で、大手拓次さんの詩集をやっとこの2019年に手にしたら、まーこれがまた「どうかしてる」。

吉増剛造さんは、折口信夫の讃仰者を名乗るくらいの大ファンだけど、大手拓次の日本語も折口ばりに独特な響きがあって良い感じ。音読すると良さそう。

「遠い昔の夢の断れ片(きれはし)」は折口信夫だけど、「ゆふぐれのさびれたたましひのおともないはばたき」が大手拓次の詩の一行。ふしぎーな響きがある日本語だなぁと、つらつら読み進めている。

「つらつら」と書いて思い出したけど、大手拓次さんはこの手の擬音・擬態語の名人みたい。「どしどし」を「あるく」にあてたり、この辺りの妙に吉増さんは参ったのではないだろうか。

巻末のあとがきその他を見てみると、北原白秋や萩原朔太郎が一文ものしている。朔太郎さんもボードレールに影響を受けたようだけど、大手拓次はボードレールをフランス語で読むだけ、日本語の詩文は一切読まなかったそうな。

萩原朔太郎が大手拓次のところを訪れると、日本語の本がぜんぜんなくて、あるのはフランス語の原書だけ、読んでるのはボードレールとサマンだけ、それも全く衒いなくそう言ってのけたのでビックリした云々。

そのくだりを読んでて思ったのは、「サマンって誰?」ということ。それなりにフランス文学史も眺めたつもりだったけど、「サマン」という名前は初めて聞いた。

外国の人名を昔はぜんぜん違う読み方してたりするから、「サマン」もその仲間かなと思ったけど、思い当たる名前がまるでない。西田幾多郎さんの本に出てくる「モンテーン」が「モンテーニュ」だというのは割にすぐ分かったんだけど。

仕方がないのでグールグル先生に尋ねてみたところ、Albert Samainというフランス詩人らしい。聞いたことないなぁと思って仏国密林で引いてみたら、GallimardやFlammarionなどから新本は一冊も出てないみたい。

それこそ、神田神保町の田村書店2階にあるような年代物のフランス本しかサマンの本はないみたい。ボードレールとは扱いがえらい違う。

あとは単純な話として、萩原朔太郎さんも大手拓次さんも、どーやってフランス語の詩を読んでたんだろう。大手拓次さんはフランス語の原書オンリーだというから、東大仏文・辰野隆門下だったりしたんだろうか。

中原中也と小林秀雄を主役にした『最果てにサーカス』というマンガを激ホメしてるけど、時代的にその後なのか前なのか。

『最果てにサーカス』の中で、賢治の春と修羅がどうした、という新刊詩集をサカナに中原中也と小林秀雄が議論するとこあるけど、そういやこの辺の前後関係はサッパリだな。

その当時、フランス語の扱いはどんなものだったんだろう。中原中也はアテネ・フランセにも通っていたとかいないとかだから、どんな学習法をしてたかキョーミあるんだけどなぁ。


# by ulyssesjoycean | 2019-02-16 17:50 | Comments(0)

ピコピコ学習から考える、文系人が数学を学ぶ時の4つのコツ(⁈) (´∀`)

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(英語オンリーでピコピコ学習してると、使う用語が数学と全く同じなので正直「ズルイ!」と思うくらい(^∇^)。ってことは、ピコピコやってて分かる方法論は、おんなじように数学やるときにも使えるんじゃないのかな。自分としては本好き仲間で気があう師匠のAzat Mardan先生が見つかったのが大きいナー)


ここ最近、ジャバ何とかの進化系をやっていて、「あ、数学やるときのヒントもこういうこと?」と気がつくことがあった。


自分がピコピコ+紐学習をしていて、「あっ! わかった!」というタイミングが幾つもあった。


これってもしかして「数学デキネー」と悩んでる過去の自分的な人の「数学学習」にも役立つかもしれない! だって大半の人は「語学ニガテ」か「数学ニガテ」に分かれるわけだから( ´ ▽ ` )ノ


自分がピコピコやってて痛感した「文系人がピコピコを学ぶ時のお役立ち情報&コツ」をまとめるとこんな感じ:


1. 「日本語」で考えるのをやめる

2. まず「写経」、考えるのは「後から」

3. 自分より上手な人が紐を書くところを「リアルタイムで」眺める

4. 分かんないところがあったら、もっと「高度なレベル」に進む


やるだけやって分かったの以上の4点。一個ずつ解説してみる(´∀`)


1.については散々このブログでも書いてきたけど、自然言語に向いてる人は「音読できない」ことが大きなネックになってるみたい。


数学やってると特殊な記号がいっぱい出てくるけど、紐の世界もおんなじ。で、こういう「記号」の読み方が分かんないとスゲー混乱する。


数学書を読んでると「Σ」の記号が出てきても、それで「やること」(意味)しか書いてない。ところが自然言語派はこれを「シグマ」と発音できないと頭に入らない。


一時が万事その調子なので、日本語で数的処理をやるのは文系人はやめた方が良いと思う(力説)。英語だけに切り替えれば「すべてが音として文章になって聞こえる」ので、その見晴らしの良さと言ったらない(^ω^)


2.はよく言われる「写経」。なんかピコピコ用語をまんま使うのはな~と、このブログでは「紐」「網」「滝ドドド書式」とかぼかして書いてるけど、「写経」はホントのピコピコ用語。


この写経、実際の数学でもやった方がいいんじゃないだろうか。


数学の参考書とか見ると、まず「練習問題」があって、その後に「解説」があるけど、あの手順が文系人には合わないんじゃないかな。


ピコピコ道では「手が覚えている」みたいな言い方をするけど、写経して紐に馴染むと、自然に紐を使った処理を自分で使えるようになるーー


その伝で、数学も解説の式をただ写経してった方が身につくような気がしてきた。ここが日本語交えてだと混乱するので、英語だけにしておくと、おお、「数式」が「文章」として読めるので記憶に残る!


当然、なんでそうすんのかな?という疑問も写経してるうちに浮かんでくるんだけど、それについては4.で( ´ ▽ ` )ノ


3.は昔はやれなかったことだけど、ピコピコ+網の恩恵さまさまで、今は「上手な人のやり方を動画で見られる」のでありがたい。


自分も写経は散々してたんだけど、ビックリするくらい打ち間違えるんだな(^_^)  ピコピコの世界は特殊な記号も多いし、各種カッコ類にも役割があるので、間違えるのは当たり前。


そう思ってたんだけど、ピコピコ道の師匠Mardan先生の打ち込む様子を見たら、「コピーして貼り付け」を全然つかわないのでビックリ。むしろ一直線にズラ~っと書いていく。


そうすると、カッコの打ち方とか、「先にこっちを書いておいて、細かいところは後から入れ替え」なんて処理がザラにある。これは本で写経するだけでは絶対わからない!


きっと数学も、得意な人の書き方をリアルタイムで見ていくと、「計算の手順」が見えて面白いんじゃないだろうか。「そういう順番でやるのか!」という発見は大きい。


あと写経優先だから、別に練習問題は解かなくていいし(^∇^)。まず先生のお手本を写経するだけして、気が向いたら「今日は練習問題をやってみるかな」くらいで。


4.についてはつい先日気づいたんだけど、分かんないことは「先のレベルをやると分かる」みたい。


3.の方法は、自分より圧倒的に上手な人の書き方を追っかけるから、「なんだこれ?」ってものに出会うものもザラ。


そんな書き方一度もやってないけど、師匠はそう書いてるから自分もマネしてみようーーあれ、これでもちゃんと動くじゃん、みたいな。


そういう小さな疑問について「なんだろなー、なんだろなー」と稲川淳二ばりに考えてるんだけど、これ、むしろ進んじゃった方がいいみたい。


自然言語でよく言われる「分からないことがあったら飛ばす。その上で文脈から考える」という意味とは少し違うんだな。むしろ「やることのレベルを上げる」という。


Mardan師匠の書き方について「??」なことあったけど、Xのつくジャバ何とかをやってたら「そういうことか!」と判明。


無印のジャバ何とかでは分からないことが、その発展系のXまで進んだら分かった、というので目からウロコ。


これまでは師匠の講座を繰り返したり、個々の内容をOEDで調べたりしてたけど、むしろ「もっと高度な内容」にヒントがあるというのは盲点だった。


アレだな、XY Coordinationに悩んでる人がもしいたら、XYZの3点以上になるMatricesに進むとかどうだろう。


ピコピコの世界では、高度な技術を使ってその一世代前の手法をカンタンに使えるようにすることがあるけど、それで「比較+対照」ができるので、むしろ「一世代前の手法」の理解が深まったりする。


ズーッと分かんない分かんないと言っていたfunctionについても、それをほっぽって「j問い合わせ」やったらコツが掴めたし、「j問い合わせ」で感じたギモンはジャバ何とかXで解決ーー


自分でやってて感じたのは、「分かんない」は「処理がメンドクサイ」と関連してるみたい。高度な技術で「処理がメンドクサイ」をサラッと扱ってくれると、「そういうことがやりたかったのね」と合点がいく。


自然言語派の人は気に入った本や参考書を何度も使う、という傾向あると思うけど、数学はもしかして「参考書Aで分かんないのとは、もっと難しい参考書Bに進め」ということなのかも。


1. 「日本語」で考えるのをやめる

2. まず「写経」、考えるのは「後から」

3. 自分より上手な人が紐を書くところを「リアルタイムで」眺める

4. 分かんないところがあったら、もっと「高度なレベル」に進む


の4項目が出揃ったので、数学の方もやりやすくなったらイイナー( ´ ▽ ` )ノ


# by ulyssesjoycean | 2019-02-13 12:00 | ピコピコ武者修行 | Comments(0)

ライプニッツのお弟子さんクリスティアン・ヴォルフ。お前か! 厄介なドイツ語哲学用語を編み出したのは( ´∀`)

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(ライプニッツの弟子というクリスティアン・ヴォルフさん。ライプニッツさんが主にラテン語で執筆していた中、ラテン語の哲学用語を何とかドイツ語に置き換えようと苦労した人の由。ない言葉を発明するわけだから、一体どんな苦労をされたのか、その一点で大変気になる。でもどマイナーらしく参考書籍がぜんぜんないよ。゚(゚´Д`゚)゚。)

最近はドイツ語を初歩の初歩から再学習中。これまでは力任せだったドイツ語の単語も、語源に戻って調べたりと、いくらか蓄積ができてきた(と思う)。

で、語源を調べてる関係で「ドイツ語の歴史」にも興味が湧いたんだけど、そんな中で名前を思い出したのがクリスティアン・ヴォルフ。

ライプニッツの弟子として哲学用語をドイツ語に整理したという、アチラの西周(にし・あまね)みたいな人。

哲学者としてより、むしろ「ドイツ語で哲学用語を用意した人」として名前が残ってるみたい。自分も前に何かのきっかけでその話を知り、今回ひさびさに「そういえばそんな人いたな」と思い出した格好。

というのも、ヴォルフさんが作った哲学用語、Bedeutung, Begriff, Verhältnis, Vorstellung、どれも辞書でやたら調べた形跡がある。よっぽど意味合いを掴み損ねたみたい( ´ ▽ ` )ノ

何度辞書を引いてもアタマに入らないのは、辞書やアタマの方に問題があるのではなく調べ方が悪かったから。語源まで遡ったら、そういうことかと納得も多少はできた。

それでいうとヴォルフさん、元のラテン語から以上のドイツ語表記を引っ張り出すのは相当タイヘンだったのでは、と。山本貴光さんが百学連環のズッシリ本で西周さんを解説してらしたけど、漢籍から引っ張ってきてたそうだし。

そうするとヴォルフさん、何をどう考えて訳語をヒネリ出したのか。あとは元々のラテン語は何なの?というのも知りたい。案外ラテン語表記の方がサッと分かるんではないの?なんて。

Begriffなんて、Conceptusではないんかね。こっちのラテン語も相当テキトーだから予想がアヤシイことこの上ない(^∇^)

ドイツ語の接頭辞とか接尾辞はラテン語系統と綴り方が違うから、その点を「ははーん、こういう関係か」と分かりたいという思いもある。デカイ辞書を引いても「Be-は強意、意味を強める」としか出てなかったりするから。

ヴォルフさんは哲学者だから、ノートとか著作とか残してるんじゃないの?と。でもマイナーな人らしいから、それを日本語文献で見つけるのは簡単じゃなさそうだなぁ。とほほ(´∀`)

# by ulyssesjoycean | 2019-02-08 12:00 | Comments(0)

アウエルバッハの『ミメーシス』でドイツ語に再入門! やっぱ「語源」を押さえるのが語学の近道ダナー( ´ ▽ ` )ノ

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(比較文学の先鞭をつけたという、エーリッヒ・アウエルバッハの『ミメーシス』。長らく苦手にしてきた一冊だったけど、ギルバート・ハイエット先生のおかげで古典文学にも馴染みができ、結果、『ミメーシス』も楽しく読めるように。あんまり面白いので、勢い込んで原書も買ってしまった^_^)

実にいい加減な、ある意味「力づく」で覚えたドイツ語。アウエルバッハの『ミメーシス』原書を購入したこのタイミングでまたポツポツと学習を再開。

あらためて学習がスタートして分かったのは、やっぱり「語源」を調べていかないとむしろ効率悪いんだな、ということ。

それまで愛用していたのは『マイスター独和辞典』で、これはこれで素晴らしい辞書だと思うけど、唯一の難点として「語源の記載がない」。

これがボディーブローのように効いてきたので、結果、小学館の『独和大辞典』に完全移行したのだから世話はない。はたた(´∀`)

なんでこんなに語源が気になるかというと、とにかくドイツ語は「複合語」が多いから。「基本語根A+基本語根B」みたいにつながって、それで単語Cを作ってる、みたいな。

A+Bくらいならまだしも、A+B+Cみたいに「3個いっぺん」のバリューセットもザラにあるので、こうした複合語それ自体を調べていたのではかえって非効率。

自分の場合、英語やフランス語、そのあとに古典ラテン語やイタリア語をやっていたから、語学脳が「ラテン語系」で構成されてる。ラテン語系統なら「なんかこんな意味じゃないの?」と発想しやすい。

ところがドイツ語さんはまた系統が違うから、ラテン語系で培った「こんなんじゃね?」的な知識がまるで使えない。やっぱりそういう基本部分をイチからくみ上げた方が早いな、なんて。

その基本部分を追っかけるのに語源が役に立つから、そこをチマチマ拾ってると、ここ最近になって「あ、こんなんじゃね?」的な発想もできるように。

Gegensatzだったら、Satzを調べ、Setzenがキホンだなと分かったり、用例を見ていくと、なんだ英語の「Set」じゃんとアタリが付くように。こういうのは語源を追っかけてかないと見えてこないから。

でまた、こっちは「語学人」を自称してるくらいだから、こういう地味な語学的作業をやってると非常に落ち着く。このところピコピコやら数学やら「元から得意とはとても言えない」分野をやってたので、勝手を知った我が家に帰ってきた感じ(^∇^)

あとは何より、ドイツ語はいま初歩の初歩をやり直したりしてるので、カンタンなのが有難い。馴染みのほかの言語(英語やフランス語)は、馴染みができた分だけ細かいところに引っかかるように( ´ ▽ ` )ノ

アウエルバッハのドイツ語を読んでても、分からないことだらけだから、分からないことに引っかかる気遣いがない(^o^)  むしろ読める部分があると「おおっ、読めるじゃん!」なんて。

語学は付き合い長い分、心底イヤケがさしたときもあるけど、結局、慣れ親しんだ分野でもあるから、一番落ち着くのも確かだなー。

言葉の世界に心底イヤケがさしたところで、「絵をやれ!」と引っ張ってくれたのがバーバラ・スタフォード大先生だったけど、結局この人もドイツ語圏の出自。

スタフォードの英語は造語のオンパレードだけど、アウエルバッハの文章読んでると、こういう複合語はドイツ語ではフツーなんだよな、と思ったりしてる。

# by ulyssesjoycean | 2019-02-05 12:00 | Comments(0)

TOBIさんの『お前ら全員めんどくさい!』最新9巻は、2月12日に発売予定! 2月は楽しみな新刊月間(⌒▽⌒)

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(『お前ら全員めんどくさい!』の9巻もこの2月に発売されるみたい。絵を描くようになったらマンガが以前より楽しんで読めるようになったけど、その分、細かいところまでジックリ読むので、結果、活字の本より時間がかかるというパラドックス(^∇^)。TOBIさんの『お前ら全員めんどくさい!』の9巻は、2019年2月12日に発売予定。Kindle版は2月8日に発売と書いてあるけどどうなのかな。価格は税込616円ナリ)

このところ楽しみにする作品の新刊が続々と発売されるので、2月はマンガ月間だな^_^

マンガ家・TOBIさんの人気作、『お前ら全員めんどくさい!』も、いわゆる王道の展開だけど、なんかグッと来るものが。

先日、地味な設定の話でも、なんかグッと来るのはナゼだろうと思ったけど、これ、絵柄が関係あるかもしんない。

先年からどハマりしている福田晋一さんの『その着せ替え人形(ビスクドール)は恋をする』も、まー、絵柄が華やか&スッキリしてるので読後感が超爽快。

『お前ら全員』のTOBIさんもスッキリした絵を描かれるので、その辺が理由かな? 山本崇一朗さんも過不足なく上手だし。

この「過不足ない」感じがキモなのかも。いつも思うけど、絵の上手な人ほど「引き算」が出来るから、結果的に画面こら受ける印象がスッキリしたものに。

反対に、全ページ全コマ全画面にみっちり書き込みがされちると、あまり絵に自信ないのかな、ということを感じてしまうし、その「気負ってる感」が読むときの印象につながるのかも。

書き込むだけ書き込んでスッキリ見せるのは、フランスのバンド・デシネで感服したから、その意味でも日々読むマンガはスッキリ系になるのかも。

バンド・デシネで言えば、『闇の国々』でシュイテンさんのカツチリした建築の書き込みを見て、「うわ、こうした絵は一生かなわない」と、その画力+根気に対して膝から折れる感じ(大げさ( ´ ▽ ` )ノ)。

前にチラッとだけ模写にチャレンジしたら、一本でも線がヨレると全く似ない!というのが分かり、以降は眺め暮らすばかりになったな(^∇^)

何にしても大好きなマンガ作品の新刊が出るのは嬉しい。『お前ら全員〜』の新刊もチビチビ楽しむことにしよ。


# by ulyssesjoycean | 2019-02-04 12:00 | Comments(0)

バーバラ・スタフォードの最新刊『Ribbon of Darkness』はシカゴ大学出版局から2019年6月に発売予定ヽ(´▽`)/

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(おおー! バーバラ・スタフォードに近刊予告が出てる‼︎  新著のタイトルは “Ribbom of Darkness”。シカゴ大学出版局から2019年6月に発売予定の由。ハードカバーは100ドル、ペーパー版は30ドルの価格設定がされてるみたい)

たまたま密林をウロウロしてたら、まさかと思ったスタフォードの新作が!  その名も“Ribbon of Darkness”。

今作は、ステフォードのエッセイや論文を集めたセレクション集みたい。スタフォードさんはとにかく科学とアートに関わることなら何でも手中におさめるので、ある意味その内容のダイジェストになるのかな。

自分としては、スタフォードにハマったキッカケが、まさにそういうセレクションである『グッド・ルッキング』だったので、今回の「闇を束ねるもの」もどんな作品かウキウキだ( ´ ▽ ` )ノ

版元であるシカゴ大学出版局に内容紹介があるんだけど、紹介文もスタフォードばりに「どうかしてる」(©︎みうらじゅん)な。今作のテーマは「Inscrutability, Ineffability, and Intuitability」だって。

この日本語で訳しにくいキーワードを無理に解説すると、「精査することもできず、言い表すことも不可能だが、直感に訴えるなにか」みたいなことかな。

スタフォード師匠は、ヴィジュアルがしょーもないものという扱いを受けているが、ヴィジュアルの持つ「わかる」力を積極的に使っていこう!という方針なので、今回も科学的な何かをアートの力で橋渡しする、みたいな内容かな。

このところ積ん読が増える一方だけど、スタフォードの新刊が6月に出ると分かれば、まだちゃんと読みきれてなかった “Device of Wonder”, “Symbol and Myth”,そしてスタフォードが編集に関わった“The Blackwell Companion to tge Enlightenment”もちゃんと読み切ろう。

ショーコとして、シカゴ大学出版局のリンクを貼っておこ。久々に「おおおっ!」ってなったから(^∇^)


# by ulyssesjoycean | 2019-02-03 18:00 | Comments(0)

田村茜さんの『モブ子の恋』4巻が、1月19日に発売してたの⁈ 不覚! 即買いだ‼︎

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(田村茜さんの『モブ子の恋』。推してるのは自分だけかな〜と不安な気持ちがあったけど、最近は書店でも目立つところにドーンと陳列されてるのでジワジワ人気か来ているようだ(^∇^)。そして気がつけばもう4巻が出てる⁈ 田村茜『モブ子の恋』は徳間書店ゼノンコミックスとして税込626円で発売中)

前作の『たそがれメモランダム』、何キッカケで読んだか覚えてないけど、イノセントな絵柄と作風にココロを鷲掴まれ、マンガ家・田村茜さんの大ファンに。

ファンになったと思ったら『たそがれメモランダム』が最終回、そんな! その後しばらくして『モブ子の恋』という新連載の話を耳にし、さっそくこちらを追っかけることに。

スーパーのバックヤードが舞台という、それにしてもな設定ながら、前作から引き続きイノセントな絵柄と作風にグッと来るなぁ。

いつも思うんだけど、こういうなんてことない話をちゃんと魅力的に描けるマンガ家さんは何が違うんだろう。

山本崇一朗さんの人気作『からかい上手の高木さん』だって、登場人物は極端に少なく、シチュエーションも限定されてる。でもなにこの面白さ!みたいな。

日常モノだと、なんかスレた方向に行くのが目も当てられないというアレな感じもなくはないなかで(スゴイややこしい書き方( ´ ▽ ` )ノ)、やはりこうした地味な話をグッとくる内容に仕上げるセンスに脱帽。

近年、ネット発のコミックスで良作佳作が目白押しなのは嬉しいけれど、雑誌と違って「なんとなく目に入る」タイミングが少ないせいか、密林からのおススメです「しまった、発売してたのか!」と知る始末。

『モブ子の恋』も第4巻まで発売されたということは、ちゃんと連載が継続するだけの確かな人気があるということが分かって地味に嬉しい。

とはいえ話が話なだけにシラフでは読み進められないので、半分酔ってるくらいのテンションの時にイキオイで読むことにしよう(^∇^)

# by ulyssesjoycean | 2019-02-03 12:00 | Comments(0)

ウィリアム・エンプソンがスゴイ!と、今やっと気づきました(´∀`) 『曖昧さの七つの型』も気になってきた

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(ウィリアム・エンプソンの『曖昧さの7つの型』。英語で本を読み始めた頃に手にしたけど、その頃は自分のアンテナに合致しなかったせいか、そのまま素通り状態。単に語学力が足んなかっただけの気もするけど(^∇^)。邦訳も2種類出てるけど、まだ確認してないなー)

タカヤマ御大がこれはスゴイと全力投球したエリザベス・シューエル。前々から知ってはいたけど、数学とピコピコをやるだけやった後に読んだらビシッとハマった。やっぱタイミングってあるんだなぁと痛感。

で、著者のシューエルさんが何度も引用するのがウィリアム・エンプソン。シューエルと同じくエンプソンも久しくスルー状態だったけど、今読んだらどうなんだろうーー

そう思っていた頃合いにエンプソンのシェイクスピア論を読んだら、うわ、こんな説は今まで一度も聞いたことがない!という斬新さ。

着想自体は単純なところからスタートして、そっからスゴイ話をするというあたり、シューエルにソックリ。

シューエルと同じくエンプソンも元々は数学専攻。自分も数学とピコピコをやるだけやった後、いわゆるカッコつきの「人文系」の書き方にギモンを持つようになってしまったけど、その心理にピタリ合致するのがシューエルとエンプソン。

シェイクスピアは一時期どハマりして、こりゃー面白いと全作品を通読後、ハマり過ぎた反動なのか、スパーンと興味がなくなってしまった。はたた(´∀`)。

初めて読んだときに大感動したのは『ヴェニスの商人』だったけど、先日思い立ってページを開いてみたら、初読当時はあんなに感動した冒頭のシーンも、以前のような感覚なかったな。

「なぜだかわからないが、俺は不安でたまらないんだ」なんてアントーニオの独白でスタートすると、「これ、一体どうなるんだろう⁇」というワクワク感が。なんか「認めたくないものだな」の富野ゼリフみたい(^∇^)

それが先日手にしたらアレッ⁈という感じだったので自分でも驚き。手元に残ってていまもたまーに再読するのは、HamletとTwelfth Nightくらい。Hamletなんて、初読の時はそれこそ「なんだこれ」な感じだったのになぁ。

シェイクスピア関連の批評もたくさん読んで、それこそスティーヴン・グリーンブラット(Stephen Greenblatt)とかも買って読んでた気がするけど、なんでも入れ込み過ぎると反動も大きいみたい。

そんな思いがあったところにエンプソンがシェイクスピア論を書いていて、またこれが戯曲のたった1単語の分析からスタートするという手なみにビックリ。でも「こんな論じ方はどこでも見たことないよ!」と。

翻訳で読んでるんだけど、おそらく訳者さんがかなり気を配って原文の調子を日本語に溶かし込んでる雰囲気。原文は相当フシギな英語なんだろうなぁ、と。

フシギな英語というので思い出したけど、R.P.Blackmurさんという英文学の書き手がいたんだよなー。篠田一士さんが「悪文家」という書き方してて、でもスゴイ批評家なんだと熱っぽい書き振り。

それで記憶には残ったんだけど、長らくスルー状態が続いてたのが、エリザベス・シューエルの原書を手にとってビックリ、序文にR.P.Blackmurへの言及があるでないの。

シューエルの指導教官なのか何か、とにかくシューエルとも学恩というレベルで交流あった人みたい。こういう、「何にも気にしてないところで、別々だと思ってたことに『つながり』が見つかる驚き」こそ、タカヤマ学派として嬉しい瞬間だなー。

それで言うと、人文系の学問のヨロコビは、「関連性の発見」かな。「読み手の世界観を変える」が1つ、もう一つがこの「関連性の発見」。やーっと2つ目が見つかった。気づいたあとは「なんで思い至らなかったんだろ」というくらい当たり前に思えるんだけれども( ´ ▽ ` )ノ

シューエル、エンプソン、ブラックマーと、「ヘンな英語の遣い手」3人が、ここにきて急に自分の関心になってきたなー。これでBlackmurさんも数学出身とかだったらスゴイんだけど。

# by ulyssesjoycean | 2019-02-02 12:00 | Comments(0)

ピコピコの世界は「ダンジョン攻略」そのもの! RPG『ピコピコクエスト』だな( ´ ▽ ` )ノ

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(現代に『ウィザードリィ』感を持ち込んだ、九井諒子さんの傑作マンガ『ダンジョン飯』。当初は2の線かと思われていたエルフのマルシル、いまは完全な「出オチ」キャラに…でもそこが良い!  そろそろ新刊も出ないかな。九井諒子さんの『ダンジョン飯』はエンターブレインから税込670円前後で発売中)

網の深〜い部分にまで手を出すようになってハタと気付いたけど、これ、RPGで言う「ダンジョン攻略」と一緒の構造だな。

ダンジョン(迷宮)も、浅い階層は敵も弱く、戻るのもカンタン。しかし段々と下の層に行くにつれ、敵キャラは強いし、エグい特殊攻撃も頻発、みたいな。

網の世界もこれと一緒で、ダンジョンと違って「地下に降りる」ではなく、「川を上流に向かって遡る」感覚かな。

自分も最初は「ザッと開いて見るもの」の世話になり、河口付近に居たんだけど、レベルアップと共にだんだんと上流に寄ってきた形。

自分としては上位魔法的な「真っ黒画面に直接入力」スキルを身につけたので、ここまでくれば「提供者」「領域」「名前提供者」の「網の三連星」も何とか乗り越えられるだろう、なんて。

ガイア、マッシュ、オルテガの「黒い三連星」も中ボスだったけど、網の三連星も強いわー。あれだな、この装備で大丈夫だろうと思ってボス戦に臨んだけど、ダメだコリャというのでそそくさと撤退する感覚。

RPGで言えば、街に戻って装備品を整え、レベル上げしてから再挑戦するようなもの。

ちょうどその前に、ピコピコ新キャラクター「反応する」に挑戦したんだけど、こっちも時期尚早という感じだったな。色々やってみたけど、参考書の1ページ目からして動かないのではな(´∀`)

「反応する」は新キャラだけに、相当サイクル早いみたい。何しろもう「反応する」で使うワザの出し方が大幅に変わる雰囲気とかで、一定のレベルに達してないと覚束ない感じ。

ーーこういうのを馬鹿正直に取り組んでいてはゲンナリする一方なので、RPGに例えてるんだけど、ちょっとずつ攻略する感覚はホントにRPGそのものなので、ものは考えようとつくづく思う。

なんのかんのと言いながらピコピコ道が続いてるのは、この「果てしない」+「サイクルが早い」ことが合わさった結果、「飽きがこない」せいかもしれない。

「♩テレレレッテッテッテー♫」とレベルアップの音こそ聞こえないけど、実際に使えるスキルや武器が増えていくわけだから、まさにピコピコクエスト。

そうは言っても、「網の三連星」の攻略ができてないモンダイは据え置き( ´ ▽ ` )ノ ま、何とかなるだろう。レベル上げしよ。

# by ulyssesjoycean | 2019-01-30 18:00 | ピコピコ武者修行 | Comments(0)