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こんなところにもM・H ・ニコルソン! ハイエット『西洋文学における古典の伝統』

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(山本貴光さんのお仕事を通じて馴染みができた「自然科学」。しかしそれまではアンテナがまるで立ってない状態だったため、マージョリー・ホープ・ニコルソンの仕事も「ふーん」と一読するばかりだった。自然科学と接点できて以降はニコルソン先生のお仕事も楽しく拝読できるようになったので、つくづく読むタイミングは大事であるなぁと思う昨今。ニコルソンの『ピープスの日記と新科学』は「高山宏セレクション」の一冊として、白水社から税込4,536円にて発売中)

ピコピコ方面でバリバリと紐を打ち、またそれに必要な数学ばかり学んでいるけど、その反動として古い時代の文学作品にちょこちょこ目を通す形。

西脇順三郎さんの『詩学』を楽しんでるうちに、自分の書架に「筑摩叢書」が増えてきたことに気づく。モーロワ『プルーストを求めて』、プルースト『プルースト文芸評論』などなど。

西脇さんの本に名前が出来たので思い出し、前々から気になっていた、古典学者ギルバート・ハイエットの『西洋文学における古典の伝統』を注文。

前書きを読んでビックリ、そこに「Marjorie Hope Nicolson」の名前が! こんなところにも!という感覚。

具体的にどれ、と言えないのが悲しいけれど、「この人は目配り細やか、引用する文献もニクいなぁ」なんて感心してる著作に限って、「Nicolson」の名前が謝辞に並んでたりするんだよね。

全く別系統でビックリしたのは、日本古典で目覚ましいお仕事をされた小西甚一さん。古文をやり直したいときに小西さんの『古文の読解』(現ちくま学芸)を読んでビックリ、こんなスゴイ人がいたのかと大感動。

おかげで古文も抵抗なく読めるようになり、小西さんの他の著作を巡ってたら、ルネ・ウェレックの名前は出てくるし、この人もHistory of Ideasの影響受けてたの?!と。

今回のギルバート・ハイエットさんも、サラッとしたユーモア、ツボをおさえた引用など、干からびた古典学者のイメージとは程遠い。何しろトインビーに食ってかかってる。

世界の歴史ということではトインビーさんはビッグネーム中のビッグネームだと思うけど、その人の意見を「間違っている」とハッキリ指摘するのだから、ハイエットさんの学識と典拠は相当なものだろう。実際、本を読めばその通りなんだけど。

あとは意外なところで「へえ」と思ったのが、ルネサンス以前のヨーロッパでギリシャ語の伝統が失われたという話。写字生がギリシャ語読めないから、「ここはギリシャ語なのでわからない」とまんま書いてあるそうな。

これと全く同じエピソードを吉田健一さんの著作で読んでたので、もしかして吉田健一さんも、ハイエットの読者だったのかな?と。

自分もちゃんとやったのはラテン語だけで、ギリシャ語はかじった程度だけど、ハイエット先生の熱のこもった話を聞いてると、やはり興味はわく。

エラスムスの『Encomium Moriae』(痴愚神礼賛)は先日はじめてそのラテン語文をみて、「あっ、意味がわかる程度には読めるぞ!」と気づいて嬉しかった。

そのうちギリシャ語もやるようになるのかどうか。数学とギリシャの関わりは深いから、その辺からなのかなぁ。あんまりプラトンとかにはノレないできちゃったから( ´ ▽ ` )ノ

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# by ulyssesjoycean | 2018-08-12 12:00 | Comments(0)

「この方式でやろう!」プロトコル(取り決め)がないまま進んでるのが、学習系の大モンダイ?

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(ピコピコ方面の学習を続けてきて、いよいよ「機械そのもの」の仕組みにまで手を出すことになった。調べてわかったけど、「機械の作られ方」はどうにもできないからこそ、「ピコピコ上の紐の書き方」に独特の制約が出てしまうんだと大納得。『プログラムはなぜ動くのか』は日経BP社から最新版が税込2,592円にて発売中)

以前からピコピコ+紐をやってきて、ついに機械そのものにまで手を出すことに。ーーというより「機械の仕組みがわからないと、紐の仕組みがわからない」と気づいたため。

以前から「Arrayって何だよ委員会」なんて言ってきたけど、紐をやると必ず出てくる、横並びに情報がズラーッと並ぶアレ。結局、「機械の仕組み」上、そうせざるを得ないみたい。

なんでArrayはゼロから数えるのか、なんてことにもようやく合点が行った。だってねぇ、紐を機械に合わせるか、機械を紐に合わせるかで比べたら、そりゃ機械の方に合わせるしかない。ハンダごて持っていじるわけにはいかないからなぁ。

ここまでやってきて思ったんだけど、自分が常々、数学やピコピコ(紐)系の参考書に対して感じていたのは、「プロトコルがないまま話が進んでいる」ことじゃないだろうか。

プロトコルは「京都議定書」なんてのにも使われるけど、AさんとBさんが「今後はこのやり方でやっていきましょう」という双方向の取り決め。OEDさんに聞いたら、大使が持ってく国書のことらしいけど。

それでいうと、数学アンド紐の世界では、そのプロトコルが「向こうからの押し付け」に見える場合があるので、それが違和感だったんだ、とようやく気づいた形。

自分は数学やピコピコの独特の表記(√、角度を示すθ、累乗を表す^などなど)につまづいたけど、「それは誰が決めたのか」に納得してなかったから。

「数学的な思考」が大事だ、というのは、語学人(*自称)としても全く同意。ところが、数学をやる上での「表記」(さっきのやつ)については、「いや、自分はその約束事にウンと言った覚えはない」という感じか。

数学的な思考が大事であれば、√4をR4と書いたっていいはず。大事なのは「数学的な思考」であって、「数学的な表記」はどーでもいいんだから。ダメだとすれば、R4で解いてたものをピコピコ式にCompileして、答えのところだけ√4に戻せばいい。

もし「数学的な表記がどーでもいい」とは言えないなら、「数学的な表記がどーでもよくない理由」を伝えるのが手順というもの。

今回、ピコピコの機械部分を調べてみて、「機械の設計上、そうせざるを得ないんです」と言われれば、「それは仕方ないなぁ」とプロトコル調印。でも「なんだから知らないけど、”0”から始めると決まってるんだ」と言われると、コッチはヒネクレてるから(^_^)、「いやいや、そんな理由ではOKできません」となってしまう。

色々言ってしまったけど、語学方面もこれと全く同じ事情がある気がしてならないなぁ。

自分も「機械の設計」を言われてはじめて、「それは仕方ないなぁ、わかりました」とスッと納得したように、語学をやるというプロトコルに「納得できる」ポイントがあるんじゃないのかな。例えば「誰が学校教育に『外国語』の科目をくわえたのか」とか。

国語方面では上田万年とか、森有礼とか、ヒョイヒョイ名前が出てくるけど、「外国語を科目に加えた」のが誰なのか、恥ずかしながら全く知らない。

科目に加える以上、成績の付け方とか、教科書を用意する必要あるし、そもそも「誰が教えるのか」を決定しなくてはいけない。

江戸時代は「蛮書調所」なんてモノモノしい名前が付いてたのに、夏目漱石さんの頃には英語が科目になってたわけだから、これはどうしたことだろう。その前のオランダ語なんて、学ぶために脱藩までしてたわけだから。

数学やピコピコ方面にヌーヌー言っていて、語学方面を知らぬ存ぜぬは大変アンフェアである。言った手前、「外国語が学校教育の科目に加えられた経緯」についてもちゃんと調べよう。

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# by ulyssesjoycean | 2018-08-11 11:44 | ピコピコ武者修行 | Comments(0)

スタフォードの『Device of Wonder』をようやく入手(´∀`)

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(タカヤマ御大と並び、自分の「師匠」であるバーバラ・スタフォード大先生。長らく手にできなかった展覧会カタログ『Device of Wonder』をようやく入手!  豪華絢爛な図版と文章にクラクラっとするレベル。良い買い物をした(´∀`))

自分が広く「ヴィジュアル」全般に手を出すキッカケとなった、バーバラ・スタフォード大先生。おかげで今はサラサラと絵を描いてコミュニケーションできるようになったのだから、学恩かぎりなし。

スタフォードさんは、Macのモニターに並ぶ「アイコン」群を、18世紀の「Cabinet of Curiosities」と同列に論じる人だから、そのクラクラっと来る具合がすごい。

Device of Wonderもカラー図版満載で、そこにスタフォードさんの「なんでもかんでも一文にブッコム」キテる英文が添えられてるので、まーなんとも贅沢なつくり。

ピコピコ方面にガッツリ取り組んでからスタフォード本に向き合うのはこれが初のタイミングなので、今までとはなんか感じ方が違うかなと期待する面も。

全著作通読は、あっちこっちに興味が移る自分としては大変珍しい。スタフォード以外だと、Edmund Wilsonくらいかも。

ピコピコで頭が疲れたら絢爛な図版を見て頭を休ませたいと思います( ´ ▽ ` )ノ

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# by ulyssesjoycean | 2018-08-08 18:00 | Comments(0)

数学用語の「arguments」を初めて使ったのは『カンタベリー物語』のチョーサーさん(^o^)

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(中世英語をガッチリ固めた立役者、ジェフリー・チョーサーさん。当時の王様はみんなフランス人だったので、役人として出世した人はみんな、土着の英語と仕事用のフランス語の2言語に通じてた由。チョーサーさんはその代表格。王侯貴族がフランス語を喋ってるので、土着の英語もドンドンそっち方面に寄っていったというのを英語史で読んだ記憶ある。岩波文庫の『カンタベリー物語』は、税込929円にて発売中。上・中・下の全3巻)


数学&プログラミングを学んでいて、「なんだこれ?」とギモンに思った「arguments」。


よくよく調べてみると、それまで「variable」だったものが、「function」と一緒に使われる時に「arguments」になるみたい。


「argue」は意見を戦わせる方の、しかもdiscussに比べて攻撃的な意味合いを含むから、なんでそれが数学用語に?という。


OEDを調べてビックリ、数学(orプログラミング)用語の「arguments」を初めて使ったのは、『カンタベリー物語』の作者、ジェフリー・チョーサーさんみたい。


////

[argumentの語釈]


2.Astr. and Math.The angle, arc, or other mathematical quantity, from which another required quantity may be deduced, or on which its calculation depends.


[チョーサーの実例]


c1386 CHAUCER Frankl.T. {Franklin’s Tale} 549

Hise othere geeris, As been his centris and his Argumentz.

////


英文学をかじった人なら誰でも知ってる中世英語のチョーサーが、一方では「数学用語のargument」を初めて使った人として辞書に出てくる驚き!


「argue」の元々の意味は、「動かぬ証拠を突きつける」「証拠を引き合いに出す」とか、今で言う「エビデンス」と近しいニュアンス。


その意味合いと、数学用語のargumentsでは、間がジャンプしてるように感じるんだけど。


もっとも、チョーサーさんはイングランドの高級官吏としてメチャ優秀で、当時の先進国のイタリアに留学してるくらいだから、そっちで覚えたのかもしれない。


チョーサーさんはイングランドの「税関」で働いてたから、入ってくる物品にどのくらいの関税をかけたらいいかというのを、「金融先進国イタリア」で叩き込まれたのかな。


とりあえず出典に明記されてた、『カンタベリー物語』の「フランクリンの話」だけは再読してみよう。粉屋とか騎士の話は覚えてるけど、「フランクリンの話」は全く記憶にないので( ´ ▽ ` )ノ


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# by ulyssesjoycean | 2018-08-04 18:00 | ピコピコ武者修行 | Comments(0)

ピコピコで使われる「焼き菓子」は、『セサミストリート』が名前の由来?

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(人形は見たことあるけど、どんな番組かは実のところ分かってない『セサミストリート』。ピコピコ方面で以前からヌー?と思っていた「焼き菓子」は、『セサミストリート』に出てくる青いやつ由来なんだとか。焼き菓子をモリモリ食べる怪獣と、ピコピコ方面の用語にどういうつながりあるんだろう)

ノード何ちゃらをやるだけやって、いまはヘビさんで基礎の基礎から再学習中。複雑な世界からメチャメチャ基礎的な世界に戻ったので、「なーるほど、そういうことか」という発見も多い。

自分的にピコピコやっていて一番大事な発見は、「何が分からないかが分かる」こと。これが分からないと、何をどう学べばいいかも分からないという。

今回、ジャワティー的な綴りの何かをやっててそれが判明。自分は「焼き菓子」が分かっていないと分かったのだった。

最近はプライバシーが云々かんぬんで、アチラの史跡を訪れると必ず、「焼き菓子認めるよね?」という表示がされるように。

網上の史跡さんは、リクエストを受け取ったら初めて反応を返すという、たいへんに杓子定規な対応。こっちからリクエストしないと、史跡さんはなーんもしない。

何もしないのはまだしも、一度「ザックリ見るもの」を閉じちゃうと、それまでやりとりしてきた内容も全部なくなってしまう。もっと言うと、1ページ目から2ページ目に進んだ段階で、1ページ目の情報は丸ごとなくなるそうだけど。

で、そういう塩対応がデフォルトの網史跡さんに対し、作り手の側が涙ぐましい工夫を重ねて、前に入れておいた内容が次のページでも保存されるようになったとか。

で、この「前にやったことを覚えておいて、それを次の動作に引き継ぐ」役割をするのが「焼き菓子」らしいんだな。

ただ困ったことに、なんで「焼き菓子」という名前が付いてるのか、その由来を解説したものは皆無。他の用語なら、調べさえすればピコピコに使われる理由もわかるんだけど、「焼き菓子」は冗談でも何でもなく、全く「焼き菓子」でしかない。

しかも困ったことに、「前のページの内容を次のページ以降にも引き継ぎます」機能は、「現金」みたいな名前の機能が請け負ってる。現金ならcashだけど、この綴りじゃないやつ。

どっちも「ザックリ見るもの」に備わってる機能らしいけど、どっちがどういう区分なのか、明確に分かっていない。「提供側」的には、「焼き菓子」の方が関わり深いみたいだけど。

手持ちの『Dictionary of Computer And Internet Terms』(Barron’s)を引いたら、1980年代の「クッキーモンスター」が由来と出ている。

『セサミストリート』の中に、焼き菓子をがっついて食べる青色のキャラクターがいたと思ったけど、どうやらあの青色がピコピコの「焼き菓子」の由来なのだとか。

しかしなぁ、焼き菓子をモリモリ食べるモンスターと、情報の引き継ぎを請け負う機能では、まるで接点が感じられない。

話の流れを推測するに、どこの誰それさんが「これからこの機能を焼き菓子と言いましょう」と決めたわけではなく、仲間内の便利な言葉として使ってるうちにそれが正式表現になっちゃった気配。

ピコピコ方面から考えるより、青色モンスターさんのことを調べた方が由来を掴めそうな気がするなー。だってよくよく考えたら、『セサミストリート』を1話通してちゃんと見た記憶ないもの( ´ ▽ ` )ノ

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# by ulyssesjoycean | 2018-08-01 12:00 | ピコピコ武者修行 | Comments(0)

レイトン? ライトン? 『トリスタンとイゾルデ』を描いた19世紀のイギリス画家

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(「トリスタンとイゾルデを描いた、こんな絵があったんだ!」と久々にビックリ。作者はEdmund Leightonというイギリス人の由。19世紀の人らしいけど、なんが画風を見るとラファエル前派っぽい。美術史はガッツリ学んだ気がしてたけど、知らない絵描きさんはまだまだいるようだ。

レイトンなのかライトンなのか分からないけど、Edmund Leightonという19世紀イギリスの絵描きにグッと来る。19世紀の作品に心動かされたことに自分でビックリ。

というのも、2004〜2006に絵を真剣に学び始め、まずは美術史をさらってみようと画集その他を手当たり次第に読んでた頃がある。

絵画史をウワーッと眺めて見ると、自分がグッと来るのは「18世紀」「女性の画家」という傾向が見えてきた。

一方で19世紀の作品は、どれもコッテリしていて気乗りせず。コルセットぎゅーぎゅー文化の名残なのか、人の肌色も彩度が極端に低くて、親しみを感じられなかった。

好きな方も多いので申し訳ないながら、ラファエル前派は、自分にとって「天下一品ラーメン」レベルのコッテリ具合に感じたので、特に距離を感じていた面が。

自分の趣味嗜好も察しがついて、大体の書き手も頭に入ったと思いこんでたので、「こんな絵があるんだ!」とビックリすることにまずビックリ。

しかもこのLeightonさん、画風はラファエル〜っぽいのに、今までの「ラファエルはナー」な距離感はどこへやら。『トリスタンとイゾルデ』という画題も良かったのかもしれない。

そもそも論で言えば、2004以降に絵にのめり込んだのは、高山御大が訳したスタフォード『グッド・ルッキング』の影響。煮詰まりに煮詰まっていた頃なので、スタフォード先生のやり方みて、「自分に欠けてるのはビジュアルだ!」と。

それこそティファールの鍋底がガリガリに焦げ付くレベルで煮詰まってたのが、ビフォーアフターばりの「なんということでしょう」なスッキリ感(^o^)  あのタカヤマ訳を目にした衝撃は今も忘れられない。

自分で絵を描くのはもちろん、そっからビジュアル関係を手当たり次第に学ぶようになったけど、スティーヴン・カーン『視線』(研究社)が、この手の19世紀絵画をガッチリ扱っていた記憶ある。

Edmund Leightonさんについても、自分が忘れてるだけで、きちんと取り扱われてるんじゃないのかな。この機会に再読してみたい。


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# by ulyssesjoycean | 2018-07-28 09:40 | Comments(0)

西脇順三郎→ベーコン→バシュラール→テュゼを連想&想像してみました(´∀`)

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(フランスの密林から取り寄せて買ったHélène Tuzet, Le Cosmos et L’imagination。現物を見てビックリ、まさかのフランス装!  いわゆる「仮綴本」という、ペーパーナイフで切り開きながら読む体裁。まさか21世紀にフランス装で新本が買えるとは思わなんだ。でもこのテュゼさんの師匠筋、ガストン・バシュラール先生の本も仮綴が多いみたい)

ピコピコで紐を打ち込むことが面白くなり、また因果なことにそっち方面に追い風も吹くのだから、「向いてない」と思ってることの方が向いてるのかな、と思うことしきり。

とはいえ、ピコピコに真剣に取り組んだところで、数学的な処理能力が急に高まるはずはなく(^∇^)、不慣れな作業の連続だった脳髄さんから、「ちょっと整理する時間をちょーだい」的なメッセージ。

前にロシア語を学んだ時も、アルファベットと似てそうで似ていない少し似てる(*ラー油へのオマージュ)キリル文字で似たような経験が。

いくらやってもキリル文字の読み方が頭に入らず、もういいや!と放擲して数日、あれ、読めるようになってるぞ、なんて。

パンと同じく、少し寝かせた方がまとまるみたいなので、これまで縁遠くなってた人文書をちょこちょこ。と言っても、あんま気合の入ったやつはツライから、ものすごく脱力したものを読もう。ーーで、西脇順三郎さんの『詩学』。

詩の中に「ホー」とか出てくるスットボケ具合を前々から愛好してるけど、ひさびさに『詩学』を読んだら、「理性から想像力が生まれたのではなく、想像力から理性が生まれた」うんぬんのくだり「へー」と思う。

このところピコピコの紐などという、理性と理論の権化みたいなのに向き合ってたから、そこに引っかかったのかも。

西脇先生によれば、それまで理性一辺倒だったヨーロッパの知的風土が、フランシス・ベーコンあたりで始めて「想像力」に価値を認めるようになったとか。

想像力とは、自然が結んだものを離し、 離れ離れな関係を結びつけるチカラだという。

フランシス・ベーコンさんについては、ピコピコの「情報貯蔵庫」を齧った段階でさらった経緯が。何しろベーコンさんは「実験結果を書き留めて情報として蓄積する」方法論を確立した人だから、ピコピコ情報貯蔵庫の元祖みたいな人。

それまでのワケワカンネー学問のやり方に心底嫌気がしていたベーコンさん、今で言う自然科学の方法論をドシドシ紹介されてけど、その人が「想像力だいじ」と言ったかと思うと意義深い。

それでつい、ガストン・バシュラールのことが思い浮かび、またそのお弟子さんであるエレーヌ・テュゼさんのことも思い出したり。

バシュラールさんは夢と空間がどうした、という書物をたくさん持ってらっしゃるけれど、もともとはバリバリの理論派。科学をおさめたのち、哲学に進んだんじゃなかったか。

テュゼさんも「宇宙のことを考えるのは、かつては詩人の仕事であった」という意味のことを言っている。

自然科学の学識備えた人たちが、こぞって「想像力だいじ」をテーマにしてるのだから、ピコピコと紐でくたびれた自分の脳髄さんが、「そっちの方をフォローしておけ」と気をきかせたような。

アンリ・ポワンカレさんもそっち系統な気がするけど、惜しいことにまだフランス語でポワンカレさんの文章に接する機会がない。

新しい分野に多少とも右左がついてくると、前は素通りだった人たちのお仕事にヒョイと回路ができるからオモシロイ。

テュゼさんも前に一度通読したキリだったけど、数学に馴染みのできたいま、改めて手に取ると印象ちがうかな。

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# by ulyssesjoycean | 2018-07-24 22:36 | Comments(0)

石黒正数さんの最新作『天国大魔境』の第1巻が、2018年7月23日に発売!

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(『それ町』完結から数年、ついに石黒正数さんの新作が単行本で読めるように。『それ町』の「すこしふしぎ(SF)」テイストから一転、今作『天国大魔境』ではガチのSF作品!  第1巻は7/23日発売予定、版元は講談社アフタヌーンコミックス。定価は680円なり)

年単位で追っかけて読んでるマンガ家さんと言えば、「とよ田みのる」「山本崇一朗」、そしてこの「石黒正数」ーーお三方の名前がパッと思い浮かぶ。

とよ田みのるさんも山本崇一朗さんも月刊誌で新作が読めるようになったけど、『それ町』の完結から数年を経て、石黒正数さんの新作『天国大魔境』が毎月楽しめるようになった。感涙(T-T)

で、来たる7/23にその単行本が発売されるというので、祭りだワッホイな気分。

『天国大魔境』は、「マンガ家としての自分の原点(オリジン)」を真正面から取り扱う雰囲気で、その「ガチ感」にシビれる。

あとは『それ町』の頃から、Tシャツの柄から何から、細かーいところにさりげなくネタが仕込まれていたので、大本気なSF作品の『天国大魔境』でも、そういう「あそび」が隠されてるんじゃないだろうか。

その手の「小ネタ」探しは雑誌より単行本の方が探しやすいので、1巻が発売されたら長く楽しむことになりそう(´∀`)

*どシリアスなSFモノではあるけど、『それ町』テイストのスッとヌケた笑いもてんこ盛りなので、『それ町』読者にも広くオススメしたい


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# by ulyssesjoycean | 2018-07-21 12:00 | Comments(0)

できれば避けて通りたい! でも無理っぽい‼︎ Sequenceで「数列」に再入門⁈

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(「ニガテ分野は発見だらけだ!」と感得[大げさ]し、今では数学やらピコピコメカニックスばかり読むように。日本語だと分からないけど、英語で読めば分かる、という発想の転換もでき、それで弾みがついた格好。でもそのうちSequentialに進むかと思うとさすがに気が重い。Oxfordから数学の小本も出てるようなので、こういう小さなレベルから攻めていきたい)

自然言語ばっかりの語学人(*自称)が、なんの因果か数学やらピコピコやら、理路整然とした分野ばかり学ぶようになったのだから、ニンゲンわからない。

ピコピコも数学も「英語でやれば頭が混乱しない」と気づいたので、網上コースを色々受講。

Mathematicsの基礎講座を豊富に扱うKhan Academyのお世話になり、Khan先生の小気味良い口調に誘われてfunction、functionと唱える日々。

とはいえ、この先どーしても避けて通れなさそうなのがSequence。「数列」というやつ。

数学は得意・不得意がハッキリしてる分野だけど、得意の中にも色んな層がある。「数学が得意!」という人はいても、「数学の全分野がまんべんなく得意!」というのは珍しい。

数学がモロにニガテな頃、それでも親和性を覚えたのはProbabilityと、Permutation、Combinationの分野。確率と順列組み合わせだけは、意気揚々としてたな(^∇^)

一方、意気揚々の真反対、360度のサラウンドで楚の歌が聞こえてきそうだったのが、自分の場合Sequence。数列という、例のアレ。

得意な人もいるんだろうけど、自分的にはまるでダメな分野で、それに近々取り組む必要あるのかと思うと、さすがに気が重い。

じゃ、やらなきゃいいじゃん、となるのだけど( ^ω^ )、ピコピコに深入りすると、どーも避けては通れなさそうなんだな。

情報をズドーンと大量に集める「情報基盤」はあるにしても、ピコピコ紐で並列情報を扱うとき、Arrayは不可避の様子。

ヘビっぽい名前のものから、色んなピコピコ言葉を眺めてみたけど、ぜんぶArrayがらみ。横にならんだ情報の列の、最初と最後をこうする、なんていう操作が多い。

Arrayって、なーんでこんな横並びの構図にしてるのかな、と思ってたけど、あれはLinear Algebraで処理するからだそう。ピコピコさんはLinear Algebraの処理と相性良いみたい(*なぜかはまだわからないけれども)。

で、情報の集まりを横一列で扱う際、「最初と最後」を指定しながら、目的の動作を行う様子。この、「最初と最後」をどうにかする、というのが、まんまSequence!

自分がチャレンジしてみたBinary Searchの手法、最初と最後を足して2で割ると「真ん中」が手に入る。で、その「真ん中」を基準に、求める数がそれより「大きい」のか「小さい」のかを判断するーー

うーん、こりゃまんま数列だぞ、と青くなったものの、Bの次の言葉で書かれてた紐を、イエズス会でないJSに書き直すことができたので、「昔よりはだいぶマシ」という実感を得ることもできた。

とにかくピコピコさんは、「タテ」とか「ヨコ」という言い方が通じないので、こっち方向に〇〇だけ進んだら、あっち方向に××だけ進む、なんて、数列のオンパレードであるなぁ。

むしろピコピコやって始めて、1,4,7,10,13...とかとか、こういう「規則的な数の並び」は何なんだろう?と思ってた昔のギモンに答えが出た気もするんだけど。こういう時に使うのね、なんて。

そういえば、むかしライプニッツさんの本をまとめて読んでた頃、数列の合計の出し方について、ライプニッツさんが公式を出してたんじゃなかったか。

ライプニッツさんは二進法(Binary!)の発明者でもあるし、その人の発想がいまのピコピコに生きてるんだと思うと感慨深い気もするなぁ。

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# by ulyssesjoycean | 2018-07-18 12:00 | ピコピコ武者修行 | Comments(0)

「No longer human」は太宰の◯◯のことか! 全体的に日本文学ブームが来てるの?

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(会話の中で「No longer human」と言われて、いったいなんのことかなーと考えてたら、「Dazai」の名前が出てきたので『人間失格』のことか!と気づく。夏目漱石の『吾輩は猫である』も、英語で読んだら「ナールホド、こういうことがしたかったのか」と分かる面あったので、太宰でなくDazaiを入り口にすると良いのかも)

マンガ関連の投稿が少なくなってしまったけど、相変わらず雑誌その他で「これは!」という作品が見つかるのは嬉しい。その嬉しさから関心はずーっと途切れずにいる。

そうした関心からすると、なんとなくの共通項として、「日本文学」がマンガ内で取り扱われること多くなった印象。

激オシしてた『最果てにサーカス』は中原中也と小林秀雄が主役だったし、紗久楽さわさんの『かぶき伊佐』とか、江戸文化を取り上げるものも。

そういうド正面から扱うものもあるけど、作品の隅っこにちょっと日本文学への言及あるとか、そんな現象にちょいちょい出くわす。「おや、この人もだ」みたいな。

ド正面系なら「◯◯さんが書いている××」とも言えるんだけど、小道具的に言及されるものはメモってない分、それが明示できないのがツライところ(^∇^)

あとは最近、アチラの知り合いがSosekiの『Kokoro』を読んでたり、別な人の話の中で『Book of Tea』が出てきたり。むしろ欧羅巴方面から古い時代のことに興味を持ったりして。

そういえばタカヤマ御大も『夢十夜を十夜で』という瀟洒な一冊を編んでおられたし、グンと新しいところでは、山本貴光さんがプログラミングの発想から漱石の『文学論』を扱ったり。

こっちはどういうのか、西脇順三郎さん言うところの「西洋コジキ」趣味で長いこと通したから、ちょっと昔の日本文学はいまやっと、という感じ。

古文は好きになって、平安から色々眺めるようになったものの、ちょっと前の日本文学はナーなんて思ってたけど、英語で読むとこれが案外入っていきやすい。

『吾輩は猫である』より『I am a cat』にスッと入れると気づいた面あるので、食わず嫌いで長くきちゃった太宰さんも、横文字の「Dazai」から入ると印象違うかも。

古文はヘコタレ気味な時に読むと大変すばらしいと気づいたので(『土佐日記』とか)、なんだろう、ちょっと前の日本文学に色んな人の関心が集まるのは、そういう「なにかのムード」が一致してるからなのかな。

単純な事の起こりは、「あれ、この人も主役を国語教師に設定してる」と気づいたことなんだけど(^∇^)

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# by ulyssesjoycean | 2018-07-15 12:26 | Comments(0)