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社会主義者ではない方のサン・シモン ヴェルサイユ宮の男爵さんが書いた『回想録』だって( ´ ▽ ` )ノ

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(アウエルバッハの『ミメーシス』に、フランス宮廷を描いた稀有の人物として「サン・シモン」が出てくる。サンシモンというと、社会主義とかそっちの方でないの?と思っていたので、おかしいなーおかしいなーと読み進めていったら、全くの別人とようやく気づく。社会主義の方のシモンと時代がまるで違うんだから、サクッと気づけよなぁ、と一人ツッコミ^_^)

アウエルバッハの『ミメーシス』で、フーム、そんな作品あったんだと興味をひかれるなか、それは知らなかったナーというモノとして「サン・シモンの回想録」に突き当たる。

社会主義の方面のサン・シモンとは同名なだけで、全くの別人。それにしてもこんな有名な「宮廷回想録」を書いていた人がいたとは知らなんだ。

アウエルバッハさんはロマンス語の教授先生だかで、ギリシャ語ラテン語はもちろん、各地の中世語も読みこなすなど、教養のケタが違う。引用される文面を見ても「これフランス語?」というくらい、中世語は別物。

ラブレーあたりに来てようやく、何とか読めなくもなくもないという感じだったから、アウエルバッハさんが紹介するものも眺めるだけだったけど、マズイことに今回のサン・シモンさんのフランス語が読めてしまう。

それまでの中世語がよっぽどキツかったのか、今風のフランス語に出くわすと単純過去も「見たことあるやつだ!」となるから恐ろしい。何よりサン・シモンさんの書き振りが気に入った面もあるんだけど。

シモンさんは廷臣として長くヴェルサイユ宮にお仕えして、その際の見聞を簡潔冷静に、しかし感動を含んだ文章で書いているので、回想録としても画期的な作品らしい。

どれどれと密林を見てみたけど、プレイヤード版に恐ろしい巻数が付いてたから、これ、シモンさんが宮廷生活を余すところなく書いていたんじゃないかな。

オルレアン公が体調不良で便座に腰掛けながら用向きを聞くなどというワーオな描写もあるんだけど、実際、当時のトイレってどんなものだったのかなと民俗学的な好奇心もあるし。

しかしこういう書物をセッセと手にするのはいいけど、積ん読が増える一方なのは情けない。StendhalのLe Rouge et Le Noir, Madame de StaelのDe L’allemagneもホッポリぱなしだなぁ。やれやれ(´∀`)

by ulyssesjoycean | 2019-02-19 12:00 | Comments(0)

吉増剛造さんの講演から干支が一回り! やっとドマイナー詩人「大手拓次」にチャレンジ( ´ ▽ ` )ノ

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(吉増剛造さんの講演で名前を知って以来、今の今まで読む機会のなかった詩人の大手拓次。このところ「合理性のカタマリ」とでも言うべきピコピコや数学ばっかりなので、その反動で「想像力でのみありえる世界」にキョーミが湧いたんだと思う。『大手拓次詩集』は岩波文庫から税込1,026円にて発売中)

好んで詩を読むタイプではないんだけど、まーリクツと合理性、論理性のカタマリばかりやってると「そーでない世界」にアンテナが向く。

愛読するようになるまで長かった吉増剛造さんというキテル詩人さんがいるけど、その人が激賞してたのが大手拓次。

そんな人いるんだとビックリしたけど、まー初めて名前を耳にするくらいだからそうそうカンタンに本が手に入らない。その講演で名前を聞いた小林正樹監督の『怪談』も、見るまでに相当アチコチ回ったな。

で、大手拓次さんの詩集をやっとこの2019年に手にしたら、まーこれがまた「どうかしてる」。

吉増剛造さんは、折口信夫の讃仰者を名乗るくらいの大ファンだけど、大手拓次の日本語も折口ばりに独特な響きがあって良い感じ。音読すると良さそう。

「遠い昔の夢の断れ片(きれはし)」は折口信夫だけど、「ゆふぐれのさびれたたましひのおともないはばたき」が大手拓次の詩の一行。ふしぎーな響きがある日本語だなぁと、つらつら読み進めている。

「つらつら」と書いて思い出したけど、大手拓次さんはこの手の擬音・擬態語の名人みたい。「どしどし」を「あるく」にあてたり、この辺りの妙に吉増さんは参ったのではないだろうか。

巻末のあとがきその他を見てみると、北原白秋や萩原朔太郎が一文ものしている。朔太郎さんもボードレールに影響を受けたようだけど、大手拓次はボードレールをフランス語で読むだけ、日本語の詩文は一切読まなかったそうな。

萩原朔太郎が大手拓次のところを訪れると、日本語の本がぜんぜんなくて、あるのはフランス語の原書だけ、読んでるのはボードレールとサマンだけ、それも全く衒いなくそう言ってのけたのでビックリした云々。

そのくだりを読んでて思ったのは、「サマンって誰?」ということ。それなりにフランス文学史も眺めたつもりだったけど、「サマン」という名前は初めて聞いた。

外国の人名を昔はぜんぜん違う読み方してたりするから、「サマン」もその仲間かなと思ったけど、思い当たる名前がまるでない。西田幾多郎さんの本に出てくる「モンテーン」が「モンテーニュ」だというのは割にすぐ分かったんだけど。

仕方がないのでグールグル先生に尋ねてみたところ、Albert Samainというフランス詩人らしい。聞いたことないなぁと思って仏国密林で引いてみたら、GallimardやFlammarionなどから新本は一冊も出てないみたい。

それこそ、神田神保町の田村書店2階にあるような年代物のフランス本しかサマンの本はないみたい。ボードレールとは扱いがえらい違う。

あとは単純な話として、萩原朔太郎さんも大手拓次さんも、どーやってフランス語の詩を読んでたんだろう。大手拓次さんはフランス語の原書オンリーだというから、東大仏文・辰野隆門下だったりしたんだろうか。

中原中也と小林秀雄を主役にした『最果てにサーカス』というマンガを激ホメしてるけど、時代的にその後なのか前なのか。

『最果てにサーカス』の中で、賢治の春と修羅がどうした、という新刊詩集をサカナに中原中也と小林秀雄が議論するとこあるけど、そういやこの辺の前後関係はサッパリだな。

その当時、フランス語の扱いはどんなものだったんだろう。中原中也はアテネ・フランセにも通っていたとかいないとかだから、どんな学習法をしてたかキョーミあるんだけどなぁ。


by ulyssesjoycean | 2019-02-16 17:50 | Comments(0)

ライプニッツのお弟子さんクリスティアン・ヴォルフ。お前か! 厄介なドイツ語哲学用語を編み出したのは( ´∀`)

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(ライプニッツの弟子というクリスティアン・ヴォルフさん。ライプニッツさんが主にラテン語で執筆していた中、ラテン語の哲学用語を何とかドイツ語に置き換えようと苦労した人の由。ない言葉を発明するわけだから、一体どんな苦労をされたのか、その一点で大変気になる。でもどマイナーらしく参考書籍がぜんぜんないよ。゚(゚´Д`゚)゚。)

最近はドイツ語を初歩の初歩から再学習中。これまでは力任せだったドイツ語の単語も、語源に戻って調べたりと、いくらか蓄積ができてきた(と思う)。

で、語源を調べてる関係で「ドイツ語の歴史」にも興味が湧いたんだけど、そんな中で名前を思い出したのがクリスティアン・ヴォルフ。

ライプニッツの弟子として哲学用語をドイツ語に整理したという、アチラの西周(にし・あまね)みたいな人。

哲学者としてより、むしろ「ドイツ語で哲学用語を用意した人」として名前が残ってるみたい。自分も前に何かのきっかけでその話を知り、今回ひさびさに「そういえばそんな人いたな」と思い出した格好。

というのも、ヴォルフさんが作った哲学用語、Bedeutung, Begriff, Verhältnis, Vorstellung、どれも辞書でやたら調べた形跡がある。よっぽど意味合いを掴み損ねたみたい( ´ ▽ ` )ノ

何度辞書を引いてもアタマに入らないのは、辞書やアタマの方に問題があるのではなく調べ方が悪かったから。語源まで遡ったら、そういうことかと納得も多少はできた。

それでいうとヴォルフさん、元のラテン語から以上のドイツ語表記を引っ張り出すのは相当タイヘンだったのでは、と。山本貴光さんが百学連環のズッシリ本で西周さんを解説してらしたけど、漢籍から引っ張ってきてたそうだし。

そうするとヴォルフさん、何をどう考えて訳語をヒネリ出したのか。あとは元々のラテン語は何なの?というのも知りたい。案外ラテン語表記の方がサッと分かるんではないの?なんて。

Begriffなんて、Conceptusではないんかね。こっちのラテン語も相当テキトーだから予想がアヤシイことこの上ない(^∇^)

ドイツ語の接頭辞とか接尾辞はラテン語系統と綴り方が違うから、その点を「ははーん、こういう関係か」と分かりたいという思いもある。デカイ辞書を引いても「Be-は強意、意味を強める」としか出てなかったりするから。

ヴォルフさんは哲学者だから、ノートとか著作とか残してるんじゃないの?と。でもマイナーな人らしいから、それを日本語文献で見つけるのは簡単じゃなさそうだなぁ。とほほ(´∀`)

by ulyssesjoycean | 2019-02-08 12:00 | Comments(0)

アウエルバッハの『ミメーシス』でドイツ語に再入門! やっぱ「語源」を押さえるのが語学の近道ダナー( ´ ▽ ` )ノ

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(比較文学の先鞭をつけたという、エーリッヒ・アウエルバッハの『ミメーシス』。長らく苦手にしてきた一冊だったけど、ギルバート・ハイエット先生のおかげで古典文学にも馴染みができ、結果、『ミメーシス』も楽しく読めるように。あんまり面白いので、勢い込んで原書も買ってしまった^_^)

実にいい加減な、ある意味「力づく」で覚えたドイツ語。アウエルバッハの『ミメーシス』原書を購入したこのタイミングでまたポツポツと学習を再開。

あらためて学習がスタートして分かったのは、やっぱり「語源」を調べていかないとむしろ効率悪いんだな、ということ。

それまで愛用していたのは『マイスター独和辞典』で、これはこれで素晴らしい辞書だと思うけど、唯一の難点として「語源の記載がない」。

これがボディーブローのように効いてきたので、結果、小学館の『独和大辞典』に完全移行したのだから世話はない。はたた(´∀`)

なんでこんなに語源が気になるかというと、とにかくドイツ語は「複合語」が多いから。「基本語根A+基本語根B」みたいにつながって、それで単語Cを作ってる、みたいな。

A+Bくらいならまだしも、A+B+Cみたいに「3個いっぺん」のバリューセットもザラにあるので、こうした複合語それ自体を調べていたのではかえって非効率。

自分の場合、英語やフランス語、そのあとに古典ラテン語やイタリア語をやっていたから、語学脳が「ラテン語系」で構成されてる。ラテン語系統なら「なんかこんな意味じゃないの?」と発想しやすい。

ところがドイツ語さんはまた系統が違うから、ラテン語系で培った「こんなんじゃね?」的な知識がまるで使えない。やっぱりそういう基本部分をイチからくみ上げた方が早いな、なんて。

その基本部分を追っかけるのに語源が役に立つから、そこをチマチマ拾ってると、ここ最近になって「あ、こんなんじゃね?」的な発想もできるように。

Gegensatzだったら、Satzを調べ、Setzenがキホンだなと分かったり、用例を見ていくと、なんだ英語の「Set」じゃんとアタリが付くように。こういうのは語源を追っかけてかないと見えてこないから。

でまた、こっちは「語学人」を自称してるくらいだから、こういう地味な語学的作業をやってると非常に落ち着く。このところピコピコやら数学やら「元から得意とはとても言えない」分野をやってたので、勝手を知った我が家に帰ってきた感じ(^∇^)

あとは何より、ドイツ語はいま初歩の初歩をやり直したりしてるので、カンタンなのが有難い。馴染みのほかの言語(英語やフランス語)は、馴染みができた分だけ細かいところに引っかかるように( ´ ▽ ` )ノ

アウエルバッハのドイツ語を読んでても、分からないことだらけだから、分からないことに引っかかる気遣いがない(^o^)  むしろ読める部分があると「おおっ、読めるじゃん!」なんて。

語学は付き合い長い分、心底イヤケがさしたときもあるけど、結局、慣れ親しんだ分野でもあるから、一番落ち着くのも確かだなー。

言葉の世界に心底イヤケがさしたところで、「絵をやれ!」と引っ張ってくれたのがバーバラ・スタフォード大先生だったけど、結局この人もドイツ語圏の出自。

スタフォードの英語は造語のオンパレードだけど、アウエルバッハの文章読んでると、こういう複合語はドイツ語ではフツーなんだよな、と思ったりしてる。

by ulyssesjoycean | 2019-02-05 12:00 | Comments(0)

TOBIさんの『お前ら全員めんどくさい!』最新9巻は、2月12日に発売予定! 2月は楽しみな新刊月間(⌒▽⌒)

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(『お前ら全員めんどくさい!』の9巻もこの2月に発売されるみたい。絵を描くようになったらマンガが以前より楽しんで読めるようになったけど、その分、細かいところまでジックリ読むので、結果、活字の本より時間がかかるというパラドックス(^∇^)。TOBIさんの『お前ら全員めんどくさい!』の9巻は、2019年2月12日に発売予定。Kindle版は2月8日に発売と書いてあるけどどうなのかな。価格は税込616円ナリ)

このところ楽しみにする作品の新刊が続々と発売されるので、2月はマンガ月間だな^_^

マンガ家・TOBIさんの人気作、『お前ら全員めんどくさい!』も、いわゆる王道の展開だけど、なんかグッと来るものが。

先日、地味な設定の話でも、なんかグッと来るのはナゼだろうと思ったけど、これ、絵柄が関係あるかもしんない。

先年からどハマりしている福田晋一さんの『その着せ替え人形(ビスクドール)は恋をする』も、まー、絵柄が華やか&スッキリしてるので読後感が超爽快。

『お前ら全員』のTOBIさんもスッキリした絵を描かれるので、その辺が理由かな? 山本崇一朗さんも過不足なく上手だし。

この「過不足ない」感じがキモなのかも。いつも思うけど、絵の上手な人ほど「引き算」が出来るから、結果的に画面こら受ける印象がスッキリしたものに。

反対に、全ページ全コマ全画面にみっちり書き込みがされちると、あまり絵に自信ないのかな、ということを感じてしまうし、その「気負ってる感」が読むときの印象につながるのかも。

書き込むだけ書き込んでスッキリ見せるのは、フランスのバンド・デシネで感服したから、その意味でも日々読むマンガはスッキリ系になるのかも。

バンド・デシネで言えば、『闇の国々』でシュイテンさんのカツチリした建築の書き込みを見て、「うわ、こうした絵は一生かなわない」と、その画力+根気に対して膝から折れる感じ(大げさ( ´ ▽ ` )ノ)。

前にチラッとだけ模写にチャレンジしたら、一本でも線がヨレると全く似ない!というのが分かり、以降は眺め暮らすばかりになったな(^∇^)

何にしても大好きなマンガ作品の新刊が出るのは嬉しい。『お前ら全員〜』の新刊もチビチビ楽しむことにしよ。


by ulyssesjoycean | 2019-02-04 12:00 | Comments(0)

バーバラ・スタフォードの最新刊『Ribbon of Darkness』はシカゴ大学出版局から2019年6月に発売予定ヽ(´▽`)/

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(おおー! バーバラ・スタフォードに近刊予告が出てる‼︎  新著のタイトルは “Ribbom of Darkness”。シカゴ大学出版局から2019年6月に発売予定の由。ハードカバーは100ドル、ペーパー版は30ドルの価格設定がされてるみたい)

たまたま密林をウロウロしてたら、まさかと思ったスタフォードの新作が!  その名も“Ribbon of Darkness”。

今作は、ステフォードのエッセイや論文を集めたセレクション集みたい。スタフォードさんはとにかく科学とアートに関わることなら何でも手中におさめるので、ある意味その内容のダイジェストになるのかな。

自分としては、スタフォードにハマったキッカケが、まさにそういうセレクションである『グッド・ルッキング』だったので、今回の「闇を束ねるもの」もどんな作品かウキウキだ( ´ ▽ ` )ノ

版元であるシカゴ大学出版局に内容紹介があるんだけど、紹介文もスタフォードばりに「どうかしてる」(©︎みうらじゅん)な。今作のテーマは「Inscrutability, Ineffability, and Intuitability」だって。

この日本語で訳しにくいキーワードを無理に解説すると、「精査することもできず、言い表すことも不可能だが、直感に訴えるなにか」みたいなことかな。

スタフォード師匠は、ヴィジュアルがしょーもないものという扱いを受けているが、ヴィジュアルの持つ「わかる」力を積極的に使っていこう!という方針なので、今回も科学的な何かをアートの力で橋渡しする、みたいな内容かな。

このところ積ん読が増える一方だけど、スタフォードの新刊が6月に出ると分かれば、まだちゃんと読みきれてなかった “Device of Wonder”, “Symbol and Myth”,そしてスタフォードが編集に関わった“The Blackwell Companion to tge Enlightenment”もちゃんと読み切ろう。

ショーコとして、シカゴ大学出版局のリンクを貼っておこ。久々に「おおおっ!」ってなったから(^∇^)


by ulyssesjoycean | 2019-02-03 18:00 | Comments(0)

田村茜さんの『モブ子の恋』4巻が、1月19日に発売してたの⁈ 不覚! 即買いだ‼︎

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(田村茜さんの『モブ子の恋』。推してるのは自分だけかな〜と不安な気持ちがあったけど、最近は書店でも目立つところにドーンと陳列されてるのでジワジワ人気か来ているようだ(^∇^)。そして気がつけばもう4巻が出てる⁈ 田村茜『モブ子の恋』は徳間書店ゼノンコミックスとして税込626円で発売中)

前作の『たそがれメモランダム』、何キッカケで読んだか覚えてないけど、イノセントな絵柄と作風にココロを鷲掴まれ、マンガ家・田村茜さんの大ファンに。

ファンになったと思ったら『たそがれメモランダム』が最終回、そんな! その後しばらくして『モブ子の恋』という新連載の話を耳にし、さっそくこちらを追っかけることに。

スーパーのバックヤードが舞台という、それにしてもな設定ながら、前作から引き続きイノセントな絵柄と作風にグッと来るなぁ。

いつも思うんだけど、こういうなんてことない話をちゃんと魅力的に描けるマンガ家さんは何が違うんだろう。

山本崇一朗さんの人気作『からかい上手の高木さん』だって、登場人物は極端に少なく、シチュエーションも限定されてる。でもなにこの面白さ!みたいな。

日常モノだと、なんかスレた方向に行くのが目も当てられないというアレな感じもなくはないなかで(スゴイややこしい書き方( ´ ▽ ` )ノ)、やはりこうした地味な話をグッとくる内容に仕上げるセンスに脱帽。

近年、ネット発のコミックスで良作佳作が目白押しなのは嬉しいけれど、雑誌と違って「なんとなく目に入る」タイミングが少ないせいか、密林からのおススメです「しまった、発売してたのか!」と知る始末。

『モブ子の恋』も第4巻まで発売されたということは、ちゃんと連載が継続するだけの確かな人気があるということが分かって地味に嬉しい。

とはいえ話が話なだけにシラフでは読み進められないので、半分酔ってるくらいのテンションの時にイキオイで読むことにしよう(^∇^)

by ulyssesjoycean | 2019-02-03 12:00 | Comments(0)

ウィリアム・エンプソンがスゴイ!と、今やっと気づきました(´∀`) 『曖昧さの七つの型』も気になってきた

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(ウィリアム・エンプソンの『曖昧さの7つの型』。英語で本を読み始めた頃に手にしたけど、その頃は自分のアンテナに合致しなかったせいか、そのまま素通り状態。単に語学力が足んなかっただけの気もするけど(^∇^)。邦訳も2種類出てるけど、まだ確認してないなー)

タカヤマ御大がこれはスゴイと全力投球したエリザベス・シューエル。前々から知ってはいたけど、数学とピコピコをやるだけやった後に読んだらビシッとハマった。やっぱタイミングってあるんだなぁと痛感。

で、著者のシューエルさんが何度も引用するのがウィリアム・エンプソン。シューエルと同じくエンプソンも久しくスルー状態だったけど、今読んだらどうなんだろうーー

そう思っていた頃合いにエンプソンのシェイクスピア論を読んだら、うわ、こんな説は今まで一度も聞いたことがない!という斬新さ。

着想自体は単純なところからスタートして、そっからスゴイ話をするというあたり、シューエルにソックリ。

シューエルと同じくエンプソンも元々は数学専攻。自分も数学とピコピコをやるだけやった後、いわゆるカッコつきの「人文系」の書き方にギモンを持つようになってしまったけど、その心理にピタリ合致するのがシューエルとエンプソン。

シェイクスピアは一時期どハマりして、こりゃー面白いと全作品を通読後、ハマり過ぎた反動なのか、スパーンと興味がなくなってしまった。はたた(´∀`)。

初めて読んだときに大感動したのは『ヴェニスの商人』だったけど、先日思い立ってページを開いてみたら、初読当時はあんなに感動した冒頭のシーンも、以前のような感覚なかったな。

「なぜだかわからないが、俺は不安でたまらないんだ」なんてアントーニオの独白でスタートすると、「これ、一体どうなるんだろう⁇」というワクワク感が。なんか「認めたくないものだな」の富野ゼリフみたい(^∇^)

それが先日手にしたらアレッ⁈という感じだったので自分でも驚き。手元に残ってていまもたまーに再読するのは、HamletとTwelfth Nightくらい。Hamletなんて、初読の時はそれこそ「なんだこれ」な感じだったのになぁ。

シェイクスピア関連の批評もたくさん読んで、それこそスティーヴン・グリーンブラット(Stephen Greenblatt)とかも買って読んでた気がするけど、なんでも入れ込み過ぎると反動も大きいみたい。

そんな思いがあったところにエンプソンがシェイクスピア論を書いていて、またこれが戯曲のたった1単語の分析からスタートするという手なみにビックリ。でも「こんな論じ方はどこでも見たことないよ!」と。

翻訳で読んでるんだけど、おそらく訳者さんがかなり気を配って原文の調子を日本語に溶かし込んでる雰囲気。原文は相当フシギな英語なんだろうなぁ、と。

フシギな英語というので思い出したけど、R.P.Blackmurさんという英文学の書き手がいたんだよなー。篠田一士さんが「悪文家」という書き方してて、でもスゴイ批評家なんだと熱っぽい書き振り。

それで記憶には残ったんだけど、長らくスルー状態が続いてたのが、エリザベス・シューエルの原書を手にとってビックリ、序文にR.P.Blackmurへの言及があるでないの。

シューエルの指導教官なのか何か、とにかくシューエルとも学恩というレベルで交流あった人みたい。こういう、「何にも気にしてないところで、別々だと思ってたことに『つながり』が見つかる驚き」こそ、タカヤマ学派として嬉しい瞬間だなー。

それで言うと、人文系の学問のヨロコビは、「関連性の発見」かな。「読み手の世界観を変える」が1つ、もう一つがこの「関連性の発見」。やーっと2つ目が見つかった。気づいたあとは「なんで思い至らなかったんだろ」というくらい当たり前に思えるんだけれども( ´ ▽ ` )ノ

シューエル、エンプソン、ブラックマーと、「ヘンな英語の遣い手」3人が、ここにきて急に自分の関心になってきたなー。これでBlackmurさんも数学出身とかだったらスゴイんだけど。

by ulyssesjoycean | 2019-02-02 12:00 | Comments(0)

人文系の大事なことって? 阿部謹也とスタフォードで1点だけ分かりました(´∀`)

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(「人文系で一番影響を受けた作品は?」と言われたら、即思い出すのが阿部謹也先生のお仕事。ヨーロッパ中世の歴史を扱って、価値観の変遷から何から、明治以降の日本の話まで繋がる長大な射程に大ショック。コレクション趣味のない自分が全著作を追っかけた珍しい例。作品に出会った時期も良かったんだと思う。『中世の星の下で』はちくま学芸文庫から税込1,404円にて発売中)

サイエンス方面の3ポイントは分かったものの、それに当たるヒューマニティーズの3ポイントがなんなのか、いまだにわからないという(*´ω`*)

サイエンス方面はヨソから入っていった形なので分かりやすかったんだな。言葉も文化も違うところに旅行に行ったら色んなものが珍しく、その土地の人が「当たり前」にしてるものが自分には新鮮、みたいな。

じゃあというので自分の文化圏(ヒューマニティーズ)に戻ってきたところで、その魅力がなんなのかわかんないという。当たり前なものに気づくのはムツカシイ。

おさらいとして、サイエンス方面が大事にしてる3点を挙げておくと:

1.計測可能である
2.社会的意義がある
3.実現の可能性がある

これがサイエンサーたちの大きなモチベーションになってるっぽい。言われてみるとナルホド、という。

先年から「理系と文系ケンキュー」に気合を入れてたから、「片方のアプローチを真逆にすると、その分野の最適アプローチになる」と気づいたので、さっきの3点を逆にすれば良いーー

と思ったんだけど、これがけっこう難しい。仕方がないので自分が影響を受けたヒューマニティーズ方面の人名やら著作などを並べてみて「なんか共通点ないかな」と探すことに。

それでやっと1つだけ分かったのは、「ものの見方を変える」じゃないかな。こうすると、「社会的意義がある」の反対ベクトルは埋まる気がする。

1.???
2.ものの見方を変える
3.???

阿部謹也さんの仕事と、バーバラ・スタフォードが自分にとってはその最たるもの。

阿部謹也さんはヨーロッパの中世史をやり、その上でヨーロッパと日本の関わりから何から「当たり前」を突き崩す爽快感が凄かった。阿部謹也ショック! 100メガショック!(龍虎の拳、古い^_^)

で、第2のショックはスタフォード。それまで言葉しかやってなかったこっちが「これからは絵をやろう!」と即決心したもんな。

爾来幾星霜というやつで、これからは絵を描けないとどうにもならないゾ、という予感が的中し、本当に助かっている次第。

タカヤマ御大の訳者あとがきに「スタフォード菩薩」とあったけど、「神さま、仏さま、スタフォードさま」状態(´∀`)  稲尾和久さんもビックリだ。

お2人の仕事はどっちも本であり、考えようによっては文章でしかないんだけど、それがニンゲンの行動を変えちゃうからスゴイ。阿部謹也さんは世界観を一撃で変え、スタフォードさんは次の日から即絵の練習をさせてしまった。

ここまで書いてきて思ったけど、阿部謹也さんが講演録の中で言ってたけど、「教育の目的は人間を変えることだ」とハッキリ言ってたから、それを敷衍すると、「人文系の目的(のひとつ)は、その人間(の価値観や行動)を変えることだ」と言えるのかも。

でもこれでやっと1ポイントが埋まっただけで、サイエンス方面に対応するあと2項目は「???」のまま。

自分のノートにまとめた人名を見ると、「Edmund Wilson、本居宣長、吉田健一、福田恆存、高山宏、柳瀬尚紀、吉増剛造」というゾーンあるんだけど、これは「精神的支柱」ってメモってるものな。

じゃ「精神的支柱」ってなんなの?と思うんだけど、これがサッパリ分からない。ひとつ言えるのは、「なんだかなー」(©︎阿藤快)な状態になると必ず読み返すのがこの人たちというのが共通してる。

自分は洋書をたくさん読むけれども、Edmund Wilsonが例外で、あとはみんな日本人の書き手。やっぱりココロの落ち着きとかそーいうのは母語である必要があるのかな、とかとか。

サイエンス方面の収穫はサクサク持ち帰れるのに、ことヒューマニティーズ方面は馴染みがありすぎてサッパリ掴めないというのはトホホ感があるなぁ。まあでも、調べていくと「それだ!」というタイミングが来るので、気長にチェックしてこ( ´ ▽ ` )ノ

by ulyssesjoycean | 2019-01-26 12:00 | Comments(0)

「新聞」はあるのに「旧聞」はないの? 100年前の今日の「新聞」とか読んだら面白そう(´∀`)

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(小説という概念があるのかどうかもわからない時代に、その原型を作ってしまったデフォーさん。タカヤマ御大の『奇想天外英文学講義』でもデフォーが主役級の扱いだったので『ロビンソン・クルーソー』を読んでみたけど、おんなじ英語表現が頻繁に出てくるので、なんだか英語を覚えたての頃の英作文みたいとビックリ。こっちの『グレートブリテン島周遊紀』はどうなんだろ)

急に思いついた「ニュース」という言葉。新聞も「ニュースペーパー」だけど、なんで「新しいこと」を扱わなきゃいけないのかな、なんて。

自分の場合、何かのアイディアを求めて「新しい」方面を探ることはまずしない。もっぱら古い方に遡って「もともと」の形を調べて、「なるほど、それでこんな発展の仕方をしてきたんだ」なんて思ったりする。

新聞もむしろ、旧聞とか古聞と称して、ちょうど今から100年前の1月22日付の新聞なんて読んだら面白いんじゃないかな。明治時代は新聞がアレもコレもと色々でたから、そういうのを見比べても楽しそう。

なんでニンゲーンは「新しいこと」を求めるのかな、なんでニュースを欲するんだろうと気になってしまった。

それで思い出したのがダニエル・デフォー。当時はニュース(Newes)も小説(Nouvelle)も未分化だったから、デフォーさんのやったことはニュースであり小説である的な。

デフォーさんは商人だったからそうした「新しい」情報が大事だったのはよくわかる。でも今の時代、デフォーさん的な働き方をしてない人でも「最新のニュース」を求めるのはどうしてかな、と。

アイディアを得るのが大事だと言うなら、それこそ「古い話」は有用な情報の宝庫だから、何も新しいのばかり追っかける気はないとも思えるんだけど。

例えばピコピコ言語みたいに、次々新しいなんやかんやが出て、それを即座に試すピコピコラーがいるのは、まあその世界はそういうものだから納得が行くけど、ピコピコラーでもデフォラー(無理やり)でもないけど、ニュースに触れる人は多い。

前になんだっけ、デザイン関連の勉強会に参加した際、「Data→Information→Knowledge→Wisdom」という「知識の階層」を教えてもらった時はハッとしたな。

ちょうど先日のデータがどうした的な本を読んでたら、「39」という数字には何の意味もない由。37,38,とくれば、その次は39,40,と続いていく。

でもこれが「人の体温」だと分かると、この「39」という数字が急に意味を持つと。これは「高熱だ」ということになって、その意味するところがわかる。だからデータはその「文脈」が大事だよ、と書いてあって感心したな。

さっきの情報の階層で行くと、Dataの次のInformationは、「Contextual Data」と読み替えが効くのかも。「文脈がハッキリした情報ですよ」と。

でもそうした観点から見ていくと、「NEWS」はどこあたりに来るのかね。そもそも「Wisdom」と「News」は一致するものなのかな。

ここまで書いてきて思ったのは、人が新しさを求めるのは「退屈」とセットな気がするな。自分だってニュースをアレコレ言ったところで「◯◯さんの新刊が早く出ないかな」なんて言ってるわけだし(^∇^)

別に結論めいたこともないんだけど、ニュースって何なのかなぁと思ったんだよね。「昔はみんな◯◯で情報を仕入れてたんだから、もう一度◯◯で情報仕入れようよ」的な訴えにウーンと思ってしまったので。

それでハタと、なんで新しいのを仕入れなきゃいけないんだろう、そこがハッキリしてないからピンと来ないんだな、なんて。

また気が向いた時にNew, NewsあたりをOEDで引くわけだけど、この辺りの逆行っぷりがなんかヘンな感じ。ピコピコのMathematicsl Logicがニガテなので、Kantの講義録を読んだりしてるわけだからな(´∀`)

by ulyssesjoycean | 2019-01-22 20:05 | Comments(0)