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山本貴光さんの『文学問題(F+f)+』、表紙がついに発表! 11月24日発売予定‼︎

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(山本貴光さんの新著、『文学問題(F+f)+』の表紙がついに発表! 11月24日に幻義書房から税込3,888円で発売予定。版元の幻義書房さんにメール購入予約を入れると、山本貴光さんの執筆ノートもついてくるとか)

なんだか最近やたらソーセキソーセキと耳にするなーと思ったら、2017年は夏目漱石の150周年記念だそう。でも「なんの150周年」かは知らないあたりがヒドイ(^∇^)。生誕かなー(適当)。

山本貴光さんが、漱石読者でもファンの少ないと評判の(?)『文学論』を真正面から論じるというので、大変興味深い。

『文学論』論になるから、ブンガクロンロンにみたいなタイトルになったらダンガンロンパみたいで楽しそう!と思ってたけど、さすがにそうはならなかった。正しい!( ´ ▽ ` )ノ

自分の中で夏目漱石とビートルズはおんなじような位置にあって、「この人がいたから、次の世代が出てきた」という意味で、なくてはならない存在、みたいに感じてる。

夏目漱石もビートルズもいまだにファンになりきれないあたりも共通してて、一時期、変に抵抗感あったけど、今となっては「やっぱりこの人(たち)がいたから、次に続く世代が出てきた。それはやっぱりすごい」みたいな落ち着き方に。

山本貴光さんは、西周(ニシアマネ)先生を相手にした『「百学連環」を読む』でも、ドトーンとすごいボリュームだったけど、今度のブンガクロンロン、じゃなかった、『文学問題 (F+f) +』もすごい厚さになりそう。

漱石先生は人柄の方に関心を持ってたけど、『坑夫』がメチャメチャ面白かったのと、これまたメチャメチャ面白い池辺三山『明治維新三大政治家』(中公文庫)を読んだら、その序文が漱石だったりして、変にインネンめいた雰囲気。

ということで、下半期にドドンと出る山本貴光さんの夏目漱石ロンロンで、漱石キャンペーンを締めくくりたいと思います(^∇^)


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# by ulyssesjoycean | 2017-11-09 20:01 | Comments(0)

「効用」はユーティリティ! 考え出したベンサムおじちゃんを調べよっと

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(「ミイラにして保存して」というトンデモ遺言を残したイギリスの功利主義哲学ジェレミー・ベンサムさん。最近になって、経済学でよく使われる「効用」の原語が「Utility」であると知る。じゃあ「ユーティリテリアン」の本家本元ベンサム先生にもっかいチャレンジしてみよう。画像はウィキペディアより)

高山宏御大の『奇想天外英文学講義』(講談社選書メチエ)で、スコットランド啓蒙思想の話と、それをやっている稀有の人物として、土屋恵一郎さんのことを教えてもらう。

それから爾来幾星霜、主要な関心は経済学になってしまい、今度は経済に直結する人間の心理を追っていて、結局「功利主義」にたどり着いた。

最近は行動と経済のつながりを追っかけてたんだけど、あまりに身も蓋もない人間像にゲンナリしてしまったけど、そこに「ちょっと違う視点」のヒントがあった。

人間はつい、ある商品が5ドルから10ドルになったというと、その「変化した5ドル」を気にしてしまうけど、モンダイはそこじゃないはずだ、大事なのはある商品に出す予定の「10ドル」でどれだけの満足感を得られるかである、云々。

で、この「最終的な満足感」というのをベンサム先生にならうと、「効用を最大化する」と表現するのだって。

サッカーなんかで「ユーティリティ・プレーヤー」という言葉を耳にするけど、そうか、「人間にとっての満足感」と置き換えると「ユーティリティ」「効用」も掴みやすい。

さっきの行動と経済学の話だと、楽しいこと(効用が大きいこと)も、時間+頻度と共に減少していく、「効用逓減仮説」なんて、日本語だと大変ややこしい説もあったりする。で、それを提唱したのがベルヌーイさん。

で、そのベルヌーイさんが偉かったのは、人間にとって大事なのは「計量可能な富」ではなくて、「その富を使って得られる(はずの)効用だ」と気づいたことにあるらしい。

そんな話を読んで、たしかに美味しいピザ(好物=効用が大きい)は素晴らしいけど、じゃあその10倍の値段のピザを買ったからと言って、効用も10倍になるかはわからない。

いくらピザ好きの人にしても、毎日食べるようになったら効用は減少するだろう。たまに食べるピザだから素晴らしいのであって、毎日食べてたらもうカンベンになるのが人情。

じゃあ効用が最大になる「こと」ってなんだろー、というのが最近のテーマになった。そのテーマはテーマとして、じゃあ「効用」の方も調べておかないとね、というのでベンサムさんが出てきたわけ。

ベンサムさんは『自由論』のジョン・スチュアート・ミルの家にも出入りしてて、幼いジョン少年は「ベンサムおじちゃん」が好きだったそうなので、色んなところで繋がってるんだなーと感慨しきり。

ミルさんの英文はケインズばりに込み入ってて中々読む気にならないけど、『ミル自伝』は吹き出す話のオンパレード、時にホロっとくるエピソードあり、大変おもしろい読み物でした(^∇^)

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# by ulyssesjoycean | 2017-11-04 12:01 | Comments(0)

キルケゴールとマルクスは同時代人! それにしても極端すぎる2人(^∇^)

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(エヴァのアオリでタイトルだけはみんな知っているキルケゴール『死に至る病』。なんだかスゴイ名前の本だな、と思っていたけど、ずーっと前に一度手に取ったら、むしろマンガ家・島本和彦さんを想像させるアツイ内容だった。哲学界の『逆境ナイン』と勝手に呼んでるけど賛同者はいるものやら。中公クラシックスから税込1,728円で発売中)

哲学思想が何より落ち着くようになった昨今、以前から気になっていたデンマークの思想家キルケゴールさんを手に取る。

随分前に『死に至る病』だけ目を通したんだけど、むしろこれ、明るい内容だな、ということで、哲学にまるで興味なかった時期に鮮烈な印象を残した。

最近、19世紀ヨーロッパの思想地図が埋まってきて、その中でキルケゴールさんに改めて関心湧いたんだけど、何よりまず、「マルクスの完全な同時代人」というのでビックリ。

お菓子の方ではない「カールおじさん」ことマルクスさん、『共産党宣言』を発表したのが1848年、で、キルケゴールさんがデンマークで『現代の批判』を書いたのが1846年。ほぼ同時期の発表だったのね。

マルクスさんは「外の世界のあり方」を、キルケゴールさんは「内面の世界のあり方」を改革しようとして突っ走ったパンクロッカーの雰囲気。

その時代の雰囲気を追っかけててわかったんだけど、19世紀は全体に「モラルの世紀」だったみたい。道徳とか倫理とかが行き過ぎて、始終気にしてなければならない時代。

キルケゴールさんなんかはもともと牧師になろうとしてたくらいだから、デンマーク一のモラリスト。ところが実際の人間はモラルに徹することができないので、その落差に苦しむ。で、結果パンクになる(^∇^)

ニーチェ先生になると、パンクよりむしろハードコアになるけど、実際はキルケゴールさんと同じだったみたい。あまりにも道徳心があり過ぎて、「真っ暗な部分を強調することで、逆に光を強めよう」みたいなことだったらしい。

ボードレールの『悪の華』も同じ構造を文学や詩の世界でやろうとしたわけだから、19世紀はみんなモラルで困ってたんだなーと。

ヨーロッパをずーっと覆ってきたキリスト教が儀式化してしまい、また一方で産業革命で社会機構はバンバン変わる。科学バンザイ!にはまだ到達しないし、教会の権威はまだちゃんとあるので、にっちもさっちも行かない。

それでキルケゴールさんとか、マルクスやニーチェといった方々のように「突っ走る」系の思想家が出てきたんだなー、なんて。

で、今になってキルケゴールさんを調べたら、これがシミる。マルクスさんは外の世界を相手にしてたから、歴史の移り変わりに合わせてこっちも多分に調整しなきゃいけないけど、キルケゴールさんは内面の話だからまだしも付き合える。

ーーどころか、腰を据えて著作を読んでみたらこれがいいんだ。読んでるとちょっとウルッとくるくらい。キルケゴールさんも極端な人ではあるけど、人間らしい一面が見えて思わず涙する。

実際、詩人というか、文学者・文章家としての声明高かった人らしいというのも、後期の著作に接して納得。

これでデンマーク語の原文も見てみたいなという気もするし、ネットで引けば出てくるんだろうけど、そんなことやってたらますますキリがないな( ´ ▽ ` )ノ

語学人(*自称)としては、デンマーク語ってどんなかな、というキョーミはあるんだけど。メタリカのラーズ・ウルリッヒもデンマーク生まれだし、ディジー・ミズ・リジーもデンマークのバンドじゃなかったっけ。

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# by ulyssesjoycean | 2017-11-02 22:23 | Comments(0)

「行動と経済」とキルケゴールさんの違いは何?

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(ポパイみたいな名前の教授は脳鈴賞、こちらのアリエリー先生は「イグ」の方の脳鈴賞受賞。面白おかしい研究に捧げられる賞だけど、人の振る舞いと経済を連結させる分野は笑ってられない部分も多い。読んでいると悲喜こもごもであるなぁ)


人間は合理的な存在かどうかーー科学的な研究をするまでもなく、自分の日常をかえりみれば「非」のつく方の合理でいっぱいという、なんともトホホな始末。


そういう「人間の非合理性」も勘定に入れてやっていこうよ、というのが近年話題のBehavior Economics。ついにポパイ的な名前の先生が権威ある賞を取るまでになった。


実際、相当大切なことを扱ってると思うので、ピコピコ方面に適用させられる部分も多いだろうーーそんな理由でけっこう前からこの分野をフォローしてきたんだけど、色々と考えさせられる。


ポパイ的な(以下略)とはまた違う、アリエリー先生の著作を読んでみたら、人間はどうにもしょうがないという、今更ながらの感慨を持たざるを得ない。


あまりに「身も蓋も無い」というか、実際の適用方法を考える前にガッカリしてしまう面も。多分これは「自分自身もその通りだよなーガッカリ」も含まれてるんじゃないかな。


人間の行動や判断には様々なバイアスがあって、つまるところ、「本能的・直感的な判断」の真逆をやると「合理的・効率的な結果」につながるんだもの。


で、この分野はそれをわかった上で、「本能的・直感的にやっても間違いのないような設計を施す」のが眼目になってくる。


実際には「オプトアウト」という、『コール・オブ・デューティー』と関係がありそうでない選択肢も用意されてる。期日が来たらメールで「続ける? どうする?」という思い出させるモノが来て、「やっぱやめとく」も選べるというもの。


これを知ってから、「予定の入った瞬間に思い出させるモノを設定する」が基本になったけど、実際、「あとでメモろう」とかはまずアウトみたい。


その時は覚えてたとしても、「別の何か」を完了させちゃうと、「その前にやろうと思ってたこと」をスパーンと忘れちゃう。だからこそ、「予定の瞬間に思い出させるモノをセットする」のが大事だと。


そのこと自体役に立ってるのは事実にしても、一事が万事こうした調子なので、実際の適用方法を考える前にゲンナリしてしまった。この辺り、この分野の研究者はどうされてるのだろう。


先日キルケゴールさんの伝記を読んだら、宗教家になろうとしてもなりきれない自分を恥じ入りながらも、なんとか理想を追求し全うしようとするキルケさんに感激。


自分がダメなのは誰よりも知ってる、だけど目指さずにいられないーーみたいな姿勢には心打たれるんだな。ヒュームさんもそうしたこと言ってたけど。


行動と経済の話とソックリなのに、なんで欠点だらけのキルケゴールさんには感激して、行動と(以下略)の人間像にはガッカリしちゃうんだろう。だってどっちも言ってることは大差ないんだから。


ガッカリと言っても、分野や研究自体にガッカリするんではなくて、そこでハッキリしてくる「素のまんまの人間像」があまりに身も蓋も無いことにガッカリ、という感じ。


ただ実際、「意味のあるガッカリ」でもあるから、自分がかねてから主張してる「絵を描いてコミュニケーション」と同じように、やって損はない分野かと思う。少なくとも「思い出させる人」の使用頻度はグンと上がりました(^∇^)


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# by ulyssesjoycean | 2017-10-31 12:00 | Comments(0)

ブルクハルト先生は「社交」の歴史までフォローしてたそうな

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(ニーチェの同僚だったという、バーゼル大学のブルクハルト教授。同僚だったどころか、ニーチェの良き理解者だったそう。イタリアとルネサンスがピンと来てなかったので、ブルクハルトさんも名前を知ってるだけだったけど、社交の歴史にわざわざ一章を割いていたというので急に興味が湧く)


人が3人以上集まったときにどうするか、というのがここ最近の「ぼんやりテーマ」だったりする。


複数人がいる中で、その集まりが円滑かつ自律的に、つまり「ある程度勝手にうまくいく」ようなやり方なんてあるのかな、と。コントロールするとかでなくて。


最近は哲学シソーばかり楽しんでるけど、ショーペンハウアーが一時ゲーテの仕事仲間兼友人だったりして、「サロン」というのがドイツ思想界では大きな役割を担ってたみたい。


実際うまくいくことも、その反対のこともあったようだけど、「自然と人が集まる」ことで「知性の化学反応」が起こる雰囲気あるのは確か。


それでたまたま、ぜーんぜん別の回路から手に取った書目に、「ブルクハルト」が登場! 更にはそういうサロンの会話を集めたカスティリオーネの『宮廷人の書』まで共通してる。


ブルクハルトさんは自分の中で、ヨーハン・ホイジンガ(フィツィンハ)と似たようなジャンルに納められてたけど、社交の研究までしてるとは知らなかった。実際、今でも必読の文献なのだって。


先日のスピノザさんも、難を逃れて隠遁生活してたのに、王立協会のオルデンバーグがイギリスから訪ねてきたり、果ては噂を聞きつけてライプニッツも面会を申し込んだそうな。


社交というと大げさだけど、人はなんで人と会うのかな、また気の合う同士で「会」を作るのかな、というのは興味あるテーマ。


「友達」とか「同士」というのとはまた違うでしょ、なんか「社交」っていうと。それに「集まってどんちゃん騒ぎ」というのでもない。


メンドクサーなイベントあるのは承知の上でやる以上、きっと何かしら大切なことが含まれてるのだろう。実際、夏目漱石先生も、「漱石山房」としてそういう会を開いていたわけだし。


で、そっから内田百閒や芥川なんかが出てきたわけだから、友達同士やどんちゃん騒ぎもも違う、「社交」に何か大切なことが含まれてる気がしてならない。


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# by ulyssesjoycean | 2017-10-28 12:04 | Comments(0)

行動パターンと思考パターンは2つで1つ?

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(長らく関心の持ちようなかったオランダの思想家スピノザ。生前は無神論者として非難ゴウゴウ、そのため主著『エチカ』はあえて読み取られにくい構成にしたのだとか。でもそういった思想的な話より、趣味で絵を描いていたというエピソードに興味がわいた)


このところソリューションやイノベーション、UとかXのつく分野ばかり学んでたので、気持ちを大きく切り替えるために清水書院のセンチュリーブックスを愛読。


そしたらたまたまなんだけど、スピノザその他の哲学者で、「行動」を思想のコアに据えている人たちがいて、へえ、と思う。


つい先日、Noのつく世界的な賞を行動エコノミックスの研究者が受賞したとかで、フーム、時代は「行動」がテーマなのかな、と。


というのも、イノベーションは「革新」とか訳されるけど、ベルガンティ先生のご本を読んだら、製品やサービスを利用する文脈を変えてみよう、という話らしい。


一方のソリューションは「改善」で、こっちはパーっとドーにかしてシーらんぷりせずにエーっとエーっと考えるサイクルを回していくやり方だとか。


もういい加減、フツーの言葉を使った方が話が早い気がしてしょうがないけど、こういうヘンクツなブログをやる以上、そこは譲れません!的な変なコダワリ(^∇^)


何にしてもイノベーションもソリューションもどっちも大事、実際両方ともメチャメチャ役立ってるけど、頭を切り替えて取り組むのはカンタンではない様子。


イノベーションやソリューション以前に、「自分の知らないことに取り組むのはヤダナー」という話は多いので、それはなぜなのかな、とも思っていた。


で、ヒョイと思ったのは「考え方を変えることで行動を変える」のは難しいのかな?ということ。むしろ、「行動が変わったことで考え方が自然に変わった」方が自然なのかも。


色川武大さんも、わかった、というのは数万件の例外を頭に納めておいて、ある状況に対して反射的に身体が動くこと、と説明してた。裏を返せば「反射的に身体が動かない」のでは「まだわかってない」とも言える。


で、先のイノベーションもソリューションも、カンに頼って以前のやり方を何となく実行するより、よっぽど身になる実感あるんだけど、行動パターンはいつもと同じで考え方だけアップデートする方が大変かもしれない。


たまに必要に迫られてビジネス書なども読むけれど、どれも大概「自分にとって一番大切なことは何か見極めよう!」的なことが書いてある。


それが「みんな」「誰でも」できるのなら苦労はないよ、と思ってしまうし、結局のところこういう話を読んでも「やらない人はやらないよなぁ」と思ってしまう自分がいる。こっちだって何もかにも実践に移せるわけじゃない。


で、話が冒頭に戻ってスピノザとかフィヒテとかの「行動」になるのだけど、これ、思索の結果を行動に紐づけるより、先に行動しちゃった方が思索に行きやすい人多いんじゃない?と。


自分の乏しい「仕事店」体験から言うと、先に概念やグラフの説明があって、それから「世界喫茶店」をやったりするけど、あの順序を逆にしてみたらどうなのかな。もちろん、最低限度のルール説明がないとできないにしても。


色川武大さんは「坊や哲」として鉄火場に出入りしたとき、誰も何にも教えてくれない中で、その勝負事のルールと、張り方と、主要メンバーと、自分の戦い方の方針を学んでいったそうな。


で、大半の人は用心深いから基本的なことは押さえるんだけど、実戦では例外ばかりで基礎が使えなくなってしまうそう。なので、ここで1〜2万件の例外を眺めて身体に染み込ませると。


それで初めて勝負に移れるそうなんだけど、それができるのは10万人に1人とかなんだって。で、上のクラスに行くとそういう人同士のぶつかり合いになる由。


スピノザと坊や哲と「仕事店」は同じではないだろうけど、なーんかヒントが隠れてる気がしてならない。スピノザや坊や哲のやり方は明らかに万人向けでないから、それをもっとフツーにしていけないのかな、と。


例外だらけで何にもわからない!というのを一通りやってから、やっと理論的なアプローチに進んだ方がいいのかな、と。だって理論を学んで行動に移せる人があまりに少ないのなら、先に理論をやっちゃうのはそれこそ非効率なのでは。


さてどうする、というのがカンタンに思いつくならこんな長文を書いたりはしないので(^∇^)、とりあえず、人の考え方と行動パターンはセットじゃないのかなーということをノートにしてみました。


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# by ulyssesjoycean | 2017-10-23 18:00 | Comments(0)

『たそがれメモランダム』の田村茜さんの新刊!『モブ子の恋』

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(超愛読してた『たそがれメモランダム』の作者・田村茜さんの新刊が出てるとは! 『モブ子の恋』というタイトルで徳間書店から発売の由。コミックゼノンでは見つけられなかったはずだ…… 10月20日発売、価格は税込626円なり)


絵から何から素晴らしい!と「ココロ鷲掴まれたー!!」(©︎『吼えろペン』)な作品だった『たそがれメモランダム』。


新聞部のヒロインと同級生たちのイノセントな話がもう、ココロに刺さる刺さる。中にはシビアなエピソードもあるんだけど、森薫さんよろしくサラッと嫌味なく描ききるあたりに脱帽。


連載が終わっちゃうのは惜しい!と思ってたけど、コミックゼノンで連載されてたとは。嬉しくもあり、また見逃してたのも致し方ないな、と思うところも。


何にしても単行本化は嬉しい。コミックゼノンも今度みてみよう、どこで買えるかわからないけれども(^∇^)



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# by ulyssesjoycean | 2017-10-21 12:00 | Comments(0)

これは「擬似ドキュメンタリー」? フロベール『ボヴァリー夫人』

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(クーブリックのモンダイ作『バリー・リンドン』を正面から論じてるのがドナルド・リチー『映画のどこをどう見るか』の由。ジブリのプロデューサー・鈴木敏夫さんがこの書面を挙げており、タカヤマ本で名前を目にした気がするぞ、というので印象に残った次第。というか、リチーさんのこの本、ジブリの出版部から出てるのね)


このところ目を通してるフロベールの『ボヴァリー夫人』。読み進めるに従って、「この人、作品を書くことで何を実現しようとしたんだろう」というのが念頭から去らない。


エミール・ゾラは愛読しないまでも、「この人がやりたいこと」というのは何となく察することができる。バルザックさんもプルーストさんも、趣味嗜好とは別に「なんでこんな作品を書こうと思ったのか」は、自然と漂ってくる雰囲気。


一方のフロベールさんは、その辺がまるで見えてこないので、何をやろうとしたんだろう、というのをついつい考えてしまう。文学史的な手法やその後の影響が大きいのはわかるんだけど、肝心のご本人の「かんどころ」はどの辺にあったのか。


それで思い出したのがクーブリックの『バリー・リンドン』。長い上に面白くないことで有名だけど、事前に「擬似ドキュメンタリー」というキーワードがあったのでちゃんと楽しめた。


鈴木敏夫さんが自著の中で何度かドナルド・リチーに言及していて、そのリチーさん、『バリー・リンドン』は擬似ドキュメンタリーである、と言ってるそうな。


現物を確認してないので何とも言えないけど、18世紀のアイルランド〜ヨーロッパ大陸をドキュメンタリーにしてる、と言われると、ナルホドという気がする。


その後、アンドレイ・タルコフスキーというさらにワケワカンネー映画にハマったりしたので、クーブリックさんはそうメチャメチャなことしてるとも思えないのもある。慣れってコワイ(^∇^)


そうやっていくと、フロベールさんも小説という媒体を選んで擬似ドキュメンタリーにしてるのかな、と。


一語もゆるがせにしないのはいいんだけど、後からやってきたジョイスさんのような楽しい雰囲気が文章からまるで感じ取れないので、これはなんなんだと終始落ち着つかない気分。


落ち着かないからこそ、ゾラと違って原書まで買って持っているのかもしれない。楽しさを感じない割に『感情教育』と『三つの話』は持っていたわけだから。バルザックは『ゴリオ爺さん』が面白かった記憶あるのに、原書は持ってないし。


あとはあれだ、ドナルド・リチーさんと合わせ、プルーストさんのフロベール論に目を通してみるのもいいかもしれない。プルーストさんは必要に迫られて目を通したけど、案外なことに愛読してしまってるわけだから( ´ ▽ ` )ノ


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# by ulyssesjoycean | 2017-10-20 12:00 | Comments(0)

「頭に入る」分野と「入らない」分野があるのはナゼ?

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(技術評論社、オライリーと並んで日々お世話になる日経BPの名シリーズ「なぜ○○は××なのか」。その中で「今までで一番読み通すのに時間がかかった」という強烈な印象を残したのが、『電話はなぜつながるのか』。説明がムチャクチャなわけでもなく、悪文でもなく、しかし読み通すのにものすごく時間がかかったという点でキーポイントになったなー)


近年はカブトムシにも高値がつくので、これを仮に「割高ムシ」と称すると、この反対の言葉で、さらにムシとは全然関係ない分野についてもよく耳にする。


いい加減、自分もピコピコだの情報貯蔵庫だの、果ては「貝殻命令文」など、何かもうその手のワードを使いたくないというのが意地になってしまってるけど、別段ホメられたことではないな(^∇^)


ただ、言葉の内実がなーんにも自分の実感を伴ってないというのは、いくらなんでもオカシイという思いあり、「割高ムシ」は言ってもいいけど、その真反対の言葉はなぜか使いたくない。


本来的には、割高ムシの逆を自分でも使おうと思っていて、お手軽なピコピコではサッパリ内実を伴わないことに腹を立て、これもまた意地になって電話の学習をしたところからスタートする。


学習した甲斐あって、割高じゃないムシを大満足で使っているけど、そこまでしないと使いたくないというのだから、大変に面倒くさい性分だナー。


またその時はじめて「電話ってこんな超メンドイ仕組みで動いてたの?!」と驚嘆することに。『電話はなぜつながるのか』一冊を読み切るのに、1ヶ月弱はかかったんじゃなかったか。


それで思うんだけど、「スッと頭に入る」分野と「スッとは入ってこない」分野があるのかもしれないな、と感じることに。


電話の場合は単純にこっちが知ってることが何もなかったので、ゼロから水を溜めていくようなところあったけど、いまだに工学や通信の力学的な部分には抵抗を感じる。


一方、経済のもろもろのことはスッと頭に入るので、単純に計算をするしないとか、そういうことではないみたい。助けになる知識量が少なくて大変なせいもあるけど、その知識量を積むペースにも、分野ごとに違いがあるような。


自分はたまさかニンゲンの言葉には抵抗をまるで感じなかったけど、こっちが力や運動の伝わり方にヌヌー?となるように、他の土地に住んでるニンゲンの言葉にムムー?となる人だっているだろう。


抵抗を感じないというのは、何もしないという意味ではもちろんなくて、気構えなくスイスイ取り込める感じ。いくら食べても胃もたれしない、みたいな。


一方で抵抗感バリバリの分野は、ちょっと食べただけですぐお腹いっぱいみたいな。もしくはお腹いっぱいで入らないから皿が目の前を通り過ぎていく感覚。


なんでそんな風になるのかな、という、素朴とも深遠とも取れることを最近つくづくと感じるようになったので、それもまたノートしてみた次第。


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# by ulyssesjoycean | 2017-10-18 12:00 | Comments(0)

ムサヲさんの『恋と嘘』7巻は11/9発売予定! めでたいヽ(´▽`)/

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(アニメ化、実写映画化とイキオイに乗るムサヲさんのマンガ『恋と嘘』。別なマンガ単行本についていた折り込み小冊子で、「これは面白そう!」と期待。ちょうど第1巻が品切れ〜増刷の時期だったので、そういう「スタートダッシュ」の頃だったんだなー。画像は6巻のものです)


楽しみに読むマンガの中で、単行本化のページが安定していて嬉しいのがムサヲさんの『恋と嘘』。第7巻は11/9に発売予定だって。


*並べて紹介しちゃっていいのかギモンだけれども(^∇^)、横槍メンゴさんの『君だら』第2巻(完結)も11/17に発売予定の由


山本崇一朗さんの『からかい上手の高木さん』についても言えることなんだけど、初期も初期からマンガで愛読してると、アニメ化は嬉しい反面、見られない!という思いが強い。


マンガ愛読〜アニメーション化あるあるだけども、前に「本を読んでる時に頭の中に声が響く」人と響かない人という話題があったなー。


それこそマンガの単行本を初めて読みはじめた頃は、マンガを読み終わった後に、自分が頭の中で考える言葉のリズムが、さっき読んでたマンガそのものになることも( ´ ▽ ` )。


そうしてみると、マンガとアニメーション化に、嬉しいけどヌヌヌヌヌというのは、ちゃんと研究すると大事なことが含まれてるかもしれない。「自分の声を自分で聞くのがイヤ」というのと、なんかしらカンケーあるのかな?


*何度も聞いてるうちに慣れてしまった面がある


11月はくだんの横槍メンゴさんの単行本と合わせ、『恋と嘘』の7巻発売と、楽しみにする作品が多くて嬉しいヽ(´▽`)/


そういえば、ピン!とくる絵柄は大抵女性作家さんなので、ムサヲさんもその雰囲気をヒシヒシと感じるなーと思ってたら、最近は少年マガジン誌上で対談もされてたり、そのへんオープンになったみたい( ´ ▽ ` )ノ


絵を自分で描くようになって気づいたことはそれかな、「直感的に『グッとくる』のはみんな女性作家さんだ」という。


もちろん、そうに違いない!とヘンに思い込んでいて、アレッ?! 女性作家さんじゃないんだ、ということもあるのだけど(^∇^)


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# by ulyssesjoycean | 2017-10-17 12:00 | Comments(0)